ノーマル
夜の静けさが部屋を満たしていた。
ふたりしてベッドの上に転がって、何を話すでもなく、ただぼんやりと天井を眺めていた。
エアコンの弱い風が、ときおり志摩の髪を微かに動かしていく。
沈黙は決して居心地の悪いものではなく、むしろ静けさのなかに安心を覚えるようなそんな時間。
そんな中、不意に枕に顔を半分埋めたまま志摩が小さく呟いた。
「恋ひ死なん後も心の変はらずはこの世ならでも物や思はん」
志摩がこんな雰囲気の言葉を紡ぐのは三度目だ。
恋と死。唯一聞き取れた単語は真逆のフインキで、いつも通りその意味を汲み取ることはでなかった。
「なぁに、また難しい話?」
問いかければ、志摩はほんのわずかに微笑む。
それからしばらく言葉を選ぶように間を置いて、ぽつりと続けた。
「…おまえのことが大好きだって話」
その声は、あまりにも愛おしい音だった。
冗談でもふざけた調子でもないまっすぐな言葉に思わず息が詰まる。
志摩がこちらに顔を向け、その瞳の奥に俺の顔が映っているのがわかった。
この目に映る俺は、世界でいちばん幸せそうにしている。
死ぬまで、死んだあとさえも、俺だけを見て、ほかの誰も映さなければいいのにと思う。
「んふふ、一緒だね。俺も志摩のことだいすき」
伊吹はあまりにも簡単に返してくれる。
いや、おれはもっと重いんだ。
そう思ったけれど、それは胸の内にしまっておくことにした。
おれの頬を撫ぜる手のひらがあまりにも優しくて、幸せだったから。
(諸説あり)
恋ひ死なん後も心の変はらずはこの世ならでも物や思はん: もしも恋の苦しさで死んでしまっても、あの世でもきっとあなたのことを想い続けて悩むだろう。
