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ノーマル


伊吹は書類を手にしながら、廊下を歩いていた。
もうすぐ退勤できる喜びからか軽い足取りで、隣を歩く志摩の肩に肩を寄せるようにして。

「ねえ、志摩ぁ」
「近い」
「今日さ、この間のお店寄ってかない?あそこの甘いやつ買って帰ろーよ」
「…いいけどここ職場、弁えろ」

何気ない会話をしていると、ふと廊下の向こうから、1人の女性職員が手を振りながら駆け寄ってきた。
明るい茶色の髪をふわりと揺らし、にこやかな笑顔を浮かべた彼女におれは見えていないらしい。
当たり前のように伊吹に向かって喋り出す。

「伊吹さん!今ちょうど探してたんですよ〜!」
「なになに〜?俺なんかしちゃった?」

女の猫撫で声に嫌気をさしながらも、黙って少し後ろで見ることしかできない。
伊吹の誰に対しても距離を取らず優しく接する性格は良いところだ。
そう、良いところだ。

「今度飲み会をするので、伊吹さんも来ませんか?絶対楽しいと思うんです!」
「ごめんね、俺そういうの行かないんだよねぇ」
「え、そうなんですか?」
「うん、志摩との時間減っちゃうから」

笑顔で言い切る伊吹に、その女は一瞬だけ固まったが、すぐに作り笑いを浮かべる。
そして次の誘い文句を話そうとしたところを、伊吹の声が遮った。

「あ!たいちょー見っけ!」

かなり遠くの方にいた隊長を見つけた伊吹は、女のことなど気にも止めず走って行ってしまった。
足は速いから、追うのは面倒だなと思っていると女が口を開く。

「伊吹さんって、本当に志摩さんのことが好きなんですね。びっくりしました」
「…そうなんですよ。あいつ、おれのことしか好きじゃないから」

どう返そうか少し迷ってから、ただそれだけを言った。
困惑しているのがわかったが、そのまま一礼して場を去ることにする。

背中を向けてから小さく息を吐いた。
こんなことでマウントとってどうするんだ、と。
だけど、心の底に独占欲のようなものがあるのは見ぬふりできない事実だった。

「志摩ぁ!書類渡してきた!」

大きな声に苦笑しながらも、眩しいほどの笑顔に、ざらざらした感情が柔らかく溶けていく。

「帰ろ!甘いやつ買ってからね!」
「わかったわかった」

あいつは、おれのことしか好きじゃない。
なんて傲慢だと思うのに、優越感で思わず口角が上がってしまった。
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