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ノーマル


side.k
分駐所の扉を開けた瞬間、思考が停止した。
ソファーに座る伊吹さんの膝の上に、志摩さん。
二度見どころか三度見した。
大事そうに抱え込んで柔らかい視線を注いでいる伊吹さんと、それに気づいているのかいないのか、じっと静かにしている志摩さん。

距離感が近いのは、機捜にいた頃から知っていた。
しかし、さすがにこれはどうだろう。

「…失礼しました」
「九ちゃん、久しぶり」

踵を返してそっとドアを閉めようとしたそのとき、志摩さんに声を掛けられた。
いつもなら嬉しいのに今だけは迷惑この上ない。

「あ、はい…すみません、邪魔してしまって…ちなみにそれは何されてるんですか?」

恐る恐る問うと、志摩さんは少しだけ首を傾げる。
それから、真面目な顔のまま呟いた。

「ぬいぐるみになってる」
「ぬいぐるみ、ですか?」
「そう、ぬいぐるみ。いぶきの」

聞き間違いかと思ったし、聞き間違いであってほしかった。
しかし、再確認の上でやはり志摩さんはそう言った。
優秀な刑事のくせに、何を言っているんだこの人は。

「そういうこと〜」

伊吹さんが便乗するけれど、なんの説明にもなってない。
そういうこと、とは。
百歩譲って伊吹さんはわかるのだが、志摩さんまでもが、抵抗せず伊吹さんの手を指先でいじっているのが理解できない。
とんでもない場面に遭遇してしまった気がする。

「そうなんですね。おふたりの邪魔をしてはいけないので、わたしはこれで…」
「邪魔じゃないよ、いま暇だし」

介入したら必ず面倒に巻き込まれると察知する。
どうにかして退出しようとするも、志摩さんに淡々と返され、完全に逃げ道を塞がれた。
ただただ居心地の悪さに耐えながら、どうやって抜け出そうかと頭を悩ませるのだった。

side.i
何年だろう、志摩に惹かれて。
目で追って声を聞いて、それだけで胸の奥が痛いようなくすぐったいような気持ちを抱えたまま過ごしてきた。

好意を真っ直ぐに伝えたって、はぐらかされるか軽く流される。
そもそも、相棒としてとしか受け取ってもらえず、距離は埋まらないままだった。

けれど、志摩は自分のことになると途端にぽんこつになる。
だったら、それを利用してしまえばいい。
まともに受け取ってもらえないなら、子供じみた口実で甘えて触れてしまえばいい。

今日だってそうだ。
実は小さい頃からぬいぐるみが手放せなくて、腕の中に何かがないと落ち着かないなんて。
何言ってんだって自分でも笑いそうになったけど、真剣に悲しそうな声で訴えた。

そしたら志摩はほんの少し困った顔をして、でもすぐにこの腕の中に収まってくれた。
すっぽり抱きしめると、あたたかくて落ち着く匂いがして、呼吸の音さえも近くに感じる距離が幸せだった。

そのとき、扉の開く音がして、九ちゃんが顔を覗かせた。
ぎょっとした顔をするのも当然だろう。
いい大人が職場でこんな状態になっているだなんて、普通じゃありえない。

わかってる。
わかってるから、お願いだから余計なことは言わないで。
九ちゃんにそう祈りながら、笑って誤魔化した。

「そういうこと〜」

志摩が俺の腕の中にいる、その理由なんて誰にもわからなくていい。
恋人になれなくとも、今この瞬間このぬいぐるみは。
志摩は俺のものだから。
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