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ノーマル


たまたま出会った新しい小さなカフェ。
店先に立てられたポップには、可愛らしい手書きの文字で「カップル割あります♡」と書かれていて、思わず目を逸らした。

伊吹とおれが男女だったとして人前でイチャつく自分は想像できないが、男同士という事実を突きつけられたようで苦しくなる。
ポケットの中で指をぎゅっと握ったが、無理して気にしないようにすればするほど、胸の奥に小さな痛みが溜まっていく。

「志摩」

耳元で囁くように名前を呼ばれて、びくりと肩を揺らした。
見上げると、伊吹がいつもの穏やかな目をして、少し困ったように笑っている。

「なに怖い顔してんの」
「…してない」

そう言いながら、視線を逸らす。
けれど勘のいい恋人にはとうにバレていたらしく、気がつけば明るい声でレジにいる女性店員に話しかけていた。

「ねぇ、おねーさん。カップル割ってさ、なんか条件あるの?」
「おい、ばか…っ」

焦って袖を引っ張るけど、伊吹は悪びれないし動じない。
店員さんはその勢いに少し驚いたあとにこやかに答えた。

「カップルっぽいお写真やお揃いのアクセサリーなどのご提示が多いですが、この場でキスされた方もいらっしゃいましたよ」

ついでにおすすめはこちらですなんて勧めてくる。
まるで性別なんて気にも留めず自然に話すその姿に、ほんの少しだけ心が軽くなった。

「そっかぁ、志摩はキスとか嫌がるから写真ね」

そう言いながらスマホを取り出して、アルバムの中から選んだのは、おれが寝ている写真だった。
ベッドの上ですやすやと眠る姿を他人に見られるなんてどんな嫌がらせだと顔が熱くなる。

「ツーショットじゃないとだめ?志摩ちゃん恥ずかしがり屋さんだから隠し撮りばっかなんだけど」
「わー素敵ですね!恋人さんのこと大好きなの、すっごく伝わります〜!」

職業柄なのか、やはり同性という点には何も引っかからない様子で目を輝かせてくれる店員。
そのあと、おれの方に顔を向けて同じく写真を求めてくるからどうしようかと迷っていると伊吹が横から口を挟んでくれた。

「志摩は写真とかないもんね。俺ばっかり夢中なの。さっきの写真だけじゃだめ?」
「あーそうなんですね…まぁそういうカップルさんもいらっしゃいますから」

なんだか気に入らないと思ってしまった。
伊吹が助けてくれたのはわかっているけれど、何が俺ばっかり夢中なの、だ。
おれだって、おまえのことが大好きなのに。

「…ある」

ぽそりと志摩が言った。
余計なことをして逆に嫌な思いをさせたのではないかと心配で焦っている俺を他所に、ポケットからスマホを取り出す志摩。
画面に映し出されたのは俺の後ろ姿で、撮られた記憶はないからきっとこれは隠し撮り。

「おれだって、お前の写真くらい持ってる…」

頬をわずかに染め、視線を逸らしながらそう呟いた志摩の姿があまりにも可愛くて苦しくなる。
こらえきれず口元を緩めると、店員さんも微笑んでくれた。

「お似合いのおふたりですね〜!それでは割引いたします」

受け取ったレシートの値引き額なんてどうでもよかった。
志摩がきゅるきゅるしていて、俺の頭はそれだけが占めていた。
店を出てから小さく話しかける。

「あんな写真いつ撮ったの」
「ないしょ」
「えー志摩ちゃんも俺のこと大好きじゃん」
「…あたりまえだろ」

少し俯いていた志摩が顔を上げ、真っ直ぐ俺の瞳を見つめる。
それからお決まりのように人差し指を俺に向けて言った。

「一つ言っておく。おれは嫌いな人間と付き合うほど尻軽じゃない」

照れくさいのか俺を置いて先を歩いていってしまう志摩にまた恋をした。
不器用で可愛くて仕方がない恋人。
俺は、やっぱり俺のほうが夢中だよなと思いながら走ってその後をついて行った。
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