ノーマル
休日の午後、静けさに満たされた部屋の中。
おれはソファでコーヒーの入ったマグカップを手にしている。
少し向こうでは、伊吹が冷蔵庫の扉を開けた音がした。
そういえば、昨日帰りに寄ったコンビニでデザートを買っていたなと思い出す。
「志摩ぁ」
不意に名前を呼ばれて、マグカップを持ったまま顔を上げた。
懐っこく甘えを含んだ声に、何か言いたいことがあるんだろうなと察する。
「ん?」
目でそう返すと、伊吹は柔らかな笑みを浮かべた。
顔の造形が良いだけに、その視線を向けられるだけでときめいてしまうのはおれだけの秘密。
「俺さ、志摩といると幸せになっちゃうんだよね」
その言葉は、あまりにも唐突であまりにも真っ直ぐだった。
コーヒーを飲もうとしていたが、危うくこぼしそうになり、慌ててマグカップを置く。
「…は?」
思わず眉をひそめて、聞き返す。
伊吹は悪びれもせず、むしろますます嬉しそうに笑った。
「どっち食べる?」
何もなかったかのようにそう聞きながらおれの隣に腰を下ろす伊吹。
シュークリームとプリンを掲げてくるから、プリンを指差せばスプーンも一緒に渡してくれる。
「こうやって志摩と分け合ったり、一緒に飯食って同じベッドで寝て…くだらないことで笑ってるとさ、俺すげぇ幸せなんだよね」
伊吹はシュークリームを口にしてうめぇなんて言いながら話していた。
そんな恋人にこっそりとため息をつく。
どうしてこんなに眩しいやつがおれの隣にいるのだろうか。
「…はいはい、おれのせいで幸せになってくれ」
考えることを放棄して、ぶっきらぼうに返事をした。
伊吹はいたずらっぽく笑って、おれの背に腕を回しふわりと抱き寄せる。
急に近づいた体温と包み込むような力強さに、照れを隠すように小さく抗議する。
「…邪魔」
そう言いながらも逃げる素振りは見せないのだから本当におれは面倒な性格をしている。
それすら敏感に感じ取り、さらにぎゅっと抱きしめてくれる伊吹には正直頭が上がらない。
「んふふ〜志摩のせいで俺こんなに幸せになっちゃったんだからな」
「…しつこい」
ぼそりと呟いた自分の声はどんなだっただろうか。
本当は、しつこいくらいに伝えてもらうのが嬉しい。
おれからは素直に伝えることはできないけれど。
「なあ」
「なに」
「志摩も、俺のせいで幸せになってくれる?」
伊吹の声が少し低くなる。
さっきまでとは違う、真剣な響きを帯びた声。
「もうなってるよ」
誰にも聞かれないような小さな声で、けれど確かな想いを込めて呟く。
しかし、耳のいい恋人にはちゃんと聞こえていたらしく顔がうるさくて仕方なかった。
