ノーマル
もう真夜中という時間帯で、窓の外に響くのはたまに鳴く猫の声くらい。
小説を切りのいいところまで読んで、まどろんでいたときだった。
不意に隣に寝ている伊吹の寝息が乱れた。
シーツが強く握りしめられ、額には滲んだ汗が浮き、まるで苦しむように眉根を寄せている。
「…いぶき」
呼びかけると、はっと目を見開いたがその瞳は迷子のように揺れていた。
乱れた呼吸のまま肩を上下させている。
「いぶき、おれはここにいる」
伊吹の瞳にようやく自分が映るけれど、どこか遠くを見ているようで、視線は交わらない。
何度もこういう夜があった。
定期的に訪れる悪夢の内容の詳細は知らないけれど、伊吹がこうして苦しむのを見るのは辛かった。
「志摩の声、すき。歌、うたってくれたら、たぶん俺、安心する」
前に、一度だけ伊吹が言ったことがある。
だから、それ以来こういう夜には決まって小さく歌うようになった。
__ 灯り消えて気づく光、ただ夜の中に
口ずさみながらそっと触れると、いつもの体温はなく、死人のように冷たかった。
そのまま髪を撫でると、縋るように寄ってくる。
「しま、こわい、いやだ」
震える声を出す伊吹を優しく抱きしめて、その背中をゆっくりと摩った。
正直、こんな状態になる度におれだって伊吹を失いそうで怖くなる。
__君に僕はどんなことが歌えるだろう、意味を越えて
その合間、かすれるように名前を呼ばれて、さらに強く抱き寄せた。
だんだんと、腕の中で呼吸がすこしずつ落ち着いていくのが分かる。
__物語つづく絶望のそばで、温もりが消えるその時まで
歌を歌い終えたあと、そのまま伊吹の肩に顔を埋めた。
汗の匂いと、いつものあたたかな体温が入り混じる。
「…しま、ありがと」
うつむきがちに呟いた伊吹の声に、くすぐったくなって志摩はほんの少し笑った。
何度だって、こうして夜を越える。
伊吹が寝たのを確認してから、志摩も目を閉じる。
次の朝まで、ふたりの呼吸は穏やかだった。
