このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

ノーマル


信号待ちの車内、窓の外は薄曇り。
こんな日はいつもよりも口数が減ってしまう。
そんな中、ふと志摩がぽつり呟いた。

「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする」

静かな声だった。
意味はわからないけれど確かに綺麗な響きだった。

「なにそれ」
「おまえはわかんなくていい」

答えてもらえないことに一瞬の苛立ちを覚えたが、志摩の柔らかな表情にはそれは消える。
見捨てられた、わけではなさそうだ。
納得はいかなかったけれど、なんとなくそれ以上は踏み込めず窓の外に目をやった。

それから、いくつもの季節が巡った。
喧嘩をして笑い合って、何度もすれ違いを繰り返して、恋人になった。
眠る前の薄暗い部屋で、志摩がまた不意に口にする。

「君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな」
「…またわかんないやつだ」

少しむくれたように言えば、志摩は少しだけ肩を揺らして笑った。
それからなんとも可愛らしく俺の胸に擦り寄ってくる。

「わかんなくていいよ」
「ずるい、志摩だけわかってんの」

志摩の背中に腕を回す。
服越しに伝わる体温が、呼吸が、静かに重なった。

「強いて言えば、おまえのおかげで死ななかったってこと」

その意味を考えようとしたけれど、結局わからなかった。
難しい話はやっぱり苦手だ。
でも志摩の声は、あの時よりもさらに優しい音だった。
だからきっと悪いことではないのだろう。

「…そっか、志摩が生きて俺のとこにいて笑っててくれるならいーや」

そう言って、そっとおでこに唇を落とす。
志摩がわからなくていいと言うなら、きっと俺は知らなくていいんだろう。
今、志摩が腕の中にいるこの瞬間こそが何よりも確かな答えだった。


(諸説あり)
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする:私の命よ、どうか絶えてしまってくれ。もしもこのまま生きながらえるのなら、秘めた恋心に耐えきれず、想いが漏れてしまいそうだから。

君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな: あなたのためなら命なんて惜しくないと思っていた。でも今は、あなたと一緒にいるためにもっと生きていたいと願ってしまう。

伊吹に恋して死にたくなった志摩が
伊吹と恋人になって生きたいと願いはじめたらいいな、と。
28/38ページ
スキ