ライラックが散るまで:1
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「それでは、お二人は休日を楽しんで下さいね。私はこれから仕事なんです。」
「祭日なのに明智さんはお仕事なんですね。お忙しいところ、本当にありがとうございました!」
いつの間にか2人の話は終わり、美雪がいつもの快活な声で一連のお礼を述べる。
「…。」
ちくり、と感触の悪い痛みが胸の上辺りを刺した。なんで私は声がでないのだろうか、と少しだけ隣の美雪が羨ましくなった。せめて自分ができる最大限のお礼を表現しようと、明智に向かって腰を折り、丁寧に頭を下げた。
「春葉さん。今日はよい1日を。」
頭を上げた春葉に向かって、明智は綺麗に笑った。背中を向けて歩き出してしまったが、春葉の網膜にはいつまでもその笑顔が残る。
そして、名前を呼ばれたことに心が躍った。
「…。」
「明智さん、素敵な人よね。」
隣でにっこりと笑う美雪。彼女の言葉には”下心”がない。目の前のビルの大きなディスプレイに写ってる男性アイドルユニット、彼らに対して向ける「素敵」「かっこいい」という言葉と何ら変わりがないのだ。明智のような人間は春葉達高校生からしてみたら、画面越しの人間と同じように「住む世界が違う」と言っても過言ではないよう気がした。
「すっごい偶然だったけど…明智さんのおかげですぐに春葉ちゃんが見つけられてよかったわ。」
少し困ったように眉を下げる美雪は、春葉のことを心底心配していたようだった。優しい彼女のことなので、おそらくこのように出会いづらいところを待ち合わせ場所に設定したことも悔いているのだろう。美雪のそんな気遣いを感じ、先ほど一瞬でも美雪に対して小さな妬みを感じたことを申し訳なく思った。
『大丈夫だよ。気にしないで。』
持参していたメモに一言書いて微笑むと、美雪は慣れた様子でそのメモ帳を覗き込み、よかったぁといつもの笑顔を見せてくれた。その顔に笑顔で返事をすると、春葉はあることに気づいた。
「…!…!」
「あ…これって…。」
片手に持ったペンを見せつけるようにぶんぶんと振って、反対の手で指を何度も差す。あまりの必死の表情と、メモ帳に書かれたペンをなくしたという文章を見て、美雪も言いたいことを瞬時に悟ったようだ。
「…もしかして…明智さんの?」
こくこくと大袈裟なほど首を縦に振る。しかし、明智が歩いて行った方向を見ても、絶えず動く人の波の中に彼の姿を見つけることはもう叶わなかった。
「返しそびれちゃったけど…。明智さんならはじめちゃんを通じて会えなくもないかな…。返さなかったからって怒るような人じゃないし、今度機会があったら返せばいいよ。」
美雪の言葉にこくん、と頷く。
「あ!映画の時間始まっちゃう…!見たいお店もあるから、この回を逃す訳にはいかないわ…!春葉ちゃん!急ごう!」
そう言うと美雪は離れないようにと春葉の腕をしっかり掴んで、早足で歩き出す。
映画が、あのお店が、と春葉を引っ張りながら楽しそうに語りだす美雪をぼうっと眺めながら、春葉の頭の中には「今度」という言葉がいつまでたっても離れなかった。