ーコンコンッ

控えめなノックが響く。明智か…あるいは金田一が迎えに来たのだろう。もう覚悟はできた、と春葉は意を決してその部屋のドアを開けた。

「こんにちは。」

しかし、そこには予想していた人物はいなかった。にっこりと人好きのする笑顔が向けられている。しかし、目の前の人物を春葉は知らなかった。ホテルマンという服装でもなく、どこにでもいるような普通の青年がそこにはいた。『貴方は誰』と咄嗟に手話をすると、綺麗に笑っていた唇が歪な弧を描く。

「俺はね、死神マジシャンって呼ばれてるんだ。名前くらい知ってる？」
「…！？」

彼が語った名前には聞き覚えがある。しかし目の前の人間が「それ」だとは到底信じられない。明智とは違う意味で「遠い世界」の人物だと思っていたからだ。成人しているであろうその体躯は、春葉の頭の先よりも大きく、それだけで恐怖心を煽った。

「佐倉春葉、か。予定外だったけど、まさかこんなに美味しい餌が舞い込んでくるなんて！俺って運がいいな～。」
「っ！」

伸びてきた腕に防衛本能が働き、力を込めてドアを閉じようとするが目の前の男性は全くものともしない。そのまま男はドアを押し開くと春葉の口元を手で塞いだ。

「っ…！」
「ちょ～っとおとなしくしててね。」

容赦なく呼吸を塞がれて身体が震えているのがわかる。しかし、抵抗したくても身体は動かなせない。昔の「ある感覚」を思い起こさせる息苦しさに、心臓が冷えるのを感じたが視界はすぐに暗くなっていった。