ライラックが散るまで:2
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ん?でもなんで佐倉くんがここに?七瀬くんはまぁ…わかるんだが…。」
「さっきも言った通り、この子のお目当ては別なんだよなぁ~。あれ?明智さんは?」
「警視か?用事があるって言って午前中に出て行ったっきりだが…いつ戻ってくるのかもわからないなぁ。用事があるのって警視にか?なんでまた…。」
再び春葉の代わりに美雪が剣持に事の成り行きを説明する。
「なんだ、そういうことか…わざわざ来てもらったところご苦労だったが、警視がいつ戻るかわからないからな。俺が代わりに……って…」
「…。」
「春葉ちゃん…?」
「佐倉…?」
「…。」
美雪、金田一、そして剣持の3人が春葉を見て閉口する。
眉は重力に逆らうことを知らないかのように、下がり切ってしまっている。静かに俯いた顔は誰が見ても「悲しそうな人」と答えるだろう。
春葉は言葉では咄嗟に取り繕うことができない。それ以前に今自分がどんな表情をしているのか、周りがそれを見てすっかり固まってしまっているこの空気に気づいていないようだった。
「み、美雪…。佐倉って…。」
「常々わかりやすい子だとは思ってたけど…。」
放課後の金田一同様「代わりに渡す」と提案した剣持も、それを言い切ることを思わず止めてしまうほどだ。
「え、え~と…佐倉くん?ちょっと待ってみるか…?元々金田一に話があったから呼んだわけだし…。話が終わるまで…。」
ーガチャ
「随分と賑やかですね。」
「!」
ドアが開いて聞こえた声。まだ記憶の中に残っている声色がはっきりと耳まで伝わってきた。大袈裟とも言えるほど反応して振り返ってしまったが、それは金田一や美雪、剣持も驚いたのは変わらないようだった。
「金田一君、七瀬さん、こんにちは。…っと…春葉さん。何故こんなところに…?」
しっかりと目が合うと、本当に明智が目の前にいるのだと改めて実感する。そして先日会ったときに感じた数々の思いが撒き戻った。昨日と違う、「わざわざ明智に会いにここまで来た自分」を自覚すると、気恥ずかしさが一気に襲ってきた。
「美雪…俺、見てられないぜ…。」
「ダメよ、はじめちゃん…!」
嫌な沈黙。突如現れた明智に、頭の中で密かに考えていた段取りが何もかもガラガラと崩れさっていた。黙ついたままで、やけに長くて嫌な時間をその場にいた全員が味わうことになったが、美雪も金田一も剣持も、わざわざ明智に会いに来た彼女の目的を奪うようなマネはしなかった。
「…。」
先程剣持にしたように、春葉は意を決して顔を上げる。泳いでいた目線が急に意志を持ち、明智のことを見つめた。どうしたものかと困っていた明智も春葉の視線に縫い付けられたように固まった。
カバンの中から取り出されたペン入れと、小さな紙。
「これは…。」
見覚えのあるものを差し出されて、それを手に取ることを明智は迷わなかった。
「私のペン…。昨日お貸ししたものですね。」
ペンと一緒に受け取った紙は名刺サイズのメッセージカード。
純白の紙は一見シンプルだが、マット紙の手触りが心地良い。飾り縁には小さな白と紫の花が集まって一房となっている絵が描かれている。10代の女子がメッセージカードに選ぶ絵柄としては、少し落ち着きすぎていると思われるかもしれない。
カードには小さな字でシンプルに、『どうもありがとうございました。』と書かれている。
「わざわざこれを返しに来てくれたんですね。」
春葉が頷くと、明智が微笑む。
昨日の邂逅、記憶の中だけの笑顔。今一度上塗りされる。
彼のスーツの内ポケットにしまわれるペン。一時自分の手元にあったそれがしまわれるのをまじまじと見てしまった。