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「せっかくだし、僕も一緒に食べようっと」
「四人がけだぞ、悟は一人で食えよ」
「真希は僕に、孤■のグルメをしろって言うの。生徒にハブられて一人、離れた席で食べる教師を見て心が痛まない?」
「全っ然」
真希の言っていた通り、すっかり冷めてしまった昼食を設備の電子レンジで温め直している間、イサミは、二人と一匹のやりとりを離れた場所から眺めていた。
「・・・やっぱちょっと狭いね」
「俺も狭くて嫌だぞ」
「悟、足ジャマ」
先に四人がけのテーブルへ着いていたパンダの隣席を選んだ五条に、足を引っ込めろだの、やれ隣のテーブルへ移れだの、次々と文句が飛ぶ光景は傍から見ている分には面白い。
「しょうがない、奥の手を使うか」
そう言うと五条は、温め直した魚定食の乗ったトレーをそのままに、椅子から立ち上がって隣のテーブルまで移動すると、ひょいっとそれを持ち上げて「まずはテーブルをくっつけます」と宣言した。
「そうまでして混ざりたい理由って何なんだよ」
「だって、どうせなら広く使いたいじゃない。それに、他に人いないんだし、誰も困らないでしょ」
すかさずパンダの突っ込みが飛べば、五条はそれに、さらりと答えた。
そうして彼は、二人分のうっとうしげな視線を浴びながらもあっという間に、テーブルを八人がけへと変えてしまった。
「はい、これで問題解決!」
「秋山。悟はいつもこんなんだから、早めに慣れとけよ」
「・・・はは」
頬杖をつき、事の一部始終を眺めていた真希が、一仕事終えましたといわんばかりの五条を親指で指して言うので、電子レンジ待ちの最中だったイサミは微苦笑を零した。
真希はああ言うが、彼らはきっと仲が良いのだとイサミは思う。
教師と生徒にしては距離が近く、お互いに名前を呼び捨てすることを許し合い、軽口を叩けるような間柄。
これを仲良しと呼ばずに何と呼ぼう。
そうこうしている内に、カレーライスの良い香りが鼻腔をついた。
イサミが電子レンジへと視線を戻せば、薄い硝子の向こうで、眩しい橙色のスポットライトを浴びながら規則的に、ゆっくりと回転するカレーライスがいた。
艶のある白米とコクのありそうなルーが交互に手前に来ては、自信ありげにその美味しさをアピールしてくる。
そんな姿をぼんやり観察していると、イサミと電子レンジをすっぽりと覆うくらい大きな影が、ふっと落ちてきた。
温められていくルーの香りに混じり、おひさまのような、温かな気配がイサミの頬を撫ぜた。
イサミが大好きな飼い犬を連想させられる、そんな温かさだ。
「秋山、だったな」
イサミの頭上から低い声が降ってきた。
首を傾け、イサミが声の主を見上げると、五条の顔とそう変わらない位置にパンダの顔があった。
「パンダだ、よろしく頼む」
パンダが口を開くたび、その口周りにある、ふかふかの短毛が微かに揺れる。
パンダは、ゆっくりと瞬きをした。
「・・・カレー、好きか?」
会話の糸口を探るためのパンダの慎重な問いかけに、イサミが小さく頷けば、次いで「何口が好きだ?」と彼は新しい質問を口にした。
既視感。
けれど、悪い気はしなかった。
イサミは、そっと口を開いた。
「・・・辛口」
「フッフ、悟よりは気が合いそうだ」
パンダは肩を揺らして笑う。
その口内で、白い牙がちらりと見え隠れした。
鋭い牙だ。
林檎なんかは丸ごとでも簡単に噛み砕いてしまえなくらい、がっしりとしている。
間近で見ると、これがなかなか迫力があるもので、イサミはちょっとばかしドキリとした。
「さっきから見てたけど、ガチガチだな」
「あー、えーと」
流石のパンダも、イサミの強張りには気がついていたらしい。
これでも隠しているつもりだったのに、容易に見破られてしまったことが少し恥ずかしくて、イサミの視線が食堂の隅へ泳ぐ。
「ところで、悟とはどれくらい一緒にいたんだ?」
腰に手を当てて、パンダは尋ねた。
パンダとしては純粋な疑問が半分、そして好奇心を半分だけ含めた質問だった。
「半日と、ちょっとくらい・・・?」
「結構長い時間、一緒にいたんだな」
イサミがやや間を空けて答えたところ、パンダとしてはそれが意外だったらしく、ビー玉のような黒い瞳をよりまん丸くした。
そうして、悟の相手は大変だったろ、とイサミだけに聞こえるように呟くと、パンダは小さく笑った。
一体何が大変だったかなど、いまさら尋ねるまでもない。
イサミは眉尻を下げ、小さく笑い返した。
「ちょっと、そこ!僕に内緒で、イサミに変なこと吹き込んでんじゃないでしょうね」
「悟と違って、さっきから真面目な話しかしてないからモーマンタイだぞ」
内緒話の気配を察知した五条から声を投げかけられたパンダは、肩越しに振り返り、そう、さくっと返事をした。
そのあとイサミに向き直ると、パンダは内緒話をするときのように手の平を口元に寄せて「あんなだからな、慣れるまでに苦労するぞ。俺達はもう慣れたけど」と、ひそひそ声で付け足した。
どうやら、彼受け持ちの生徒は皆して ”そういう時期” があるらしい。
まるで、ある種の通過儀礼のようだ。
「まあ、なんだ」
話したかったことを一通り話し終えたらしいパンダは踵を返し、改めてイサミに声をかける。
「俺達とも、これから少しずつ慣れていけばいいだけの話だわな。いますぐにとはいかなくても、いずれ自然に振舞えるようになるさ」
そう言うとパンダは、のしのしと自分の席へ戻っていった。
イサミの耳に、電子レンジが仕事を終えたことを告げる音が届いたのは、そのすぐ後のことだった。
「話しは済んだかよ」
「なんだ、真希もイサミと話したかったのか?なら、一言そう言えばいいのに」
「私は、さっさと話を先に進めたいだけ。それに、このあと昼錬あんだろ。時間が惜しいんだよ」
「相変わらずだな」
自分の分のトレーを片付け、より広く快適になったテーブルへ着いたパンダが、ぶっきらぼうな真希の態度に怯むことなく笑ってみせる。
真希は黙ってグラスの水を口に含んだ。
ここであれこれ言い返したところで、逆にからかわれるだけだと判断したからだ。
パンダ同様、イサミ達が来る前に昼食を食べ終えていた彼女は、半分ほど減らした口直し用の水が入ったグラスをテーブルに置くと、そういや、と新たな話題の口火を切った。
「アイツもそろそろ着くって」
パンダと向き合いながらも、熱々になったカレー皿を大慌てでテーブルへ運んできたイサミを視界に収めつつ、真希は言う。
「ついさっきLINEに連絡があった」
「おいおい。朝イチからの任務で、そこそこの怪我したんじゃなかったか。もう平気なのか?」
「へーきだろ」
同級生からの報せにパンダが眉をひそめるも、スマートホンの画面を指先で小突きながら、平然とした様子で真希は応える。
「硝子サンのおかげで完治したっていうし、コンビニ弁当だって食えてんだから」
「スーパードライだな・・・」
いつもと変わらぬ対応を見せる同期が果たして、このひよっこ新入生と仲良くやっていけるだろうか。
あちあちと、皿にかけていたサランラップを指先でつまんで外そうとする新入生と、その姿にぶっきらぼうな視線を寄越す同期を見比べてみて、一抹の不安がパンダの胸を掠める。
しかしまあ、もう一人の同期とは上手くやれているのだし、そう大きな問題は起こらないだろうとも思えるのだった。
そしてその傍らで、電子レンジの加減を誤ったイサミを茶化して遊んでいた五条が、魚の身をほぐす箸をピタリと止めて顔を上げた。
「やっと来たね」
熱々カレーの我慢大会の練習?とか、実はドジっ子なんじゃないのだとか、散々からかわれたおかげでぶすくれかけていたイサミも、背後から聞こえた食堂の引き戸が開く音に気づいて手を止めた。
「お疲れ。今朝の任務はどうだった?」
「高菜」
「ムグ!?」
忘れようにも、どうも印象に残ってしまっていた単語と、聞き覚えのある声に、イサミは反射的に振り返ってしまった。
振り向くよりも先に、口へ放り込んでいたカレーライスを咀嚼し終えたイサミの目に、ほんの数日前に出会ったばかりの、あの少年の姿が映る。
そう、またしても失念していたわけだ。
あの夜、彼も ”あの場” にいたというのに。
会話という会話をすることなく、彼とはただの一般客と店員という関係で終わったつもりだったのに、まさかこんな形で再会することになるとは思いも寄らなかった。
ちょっと考えれば思いつけたはずの展開なのに、どうしてここまで鈍いのか。
それにしても、反射的に顔を合わせたまではいいが、困ったことに、イサミはかける言葉が出てこないでいた。
ところが、相手もどうやら似た心境にあるらしい。
黙りこくったままでいるイサミを前に、少年もまた、どう切り出してよいものかと考えあぐねているようだった。
そうして数秒が経過した頃。
少年こと狗巻棘は、イサミにようやっと届くほどの声量で「おかか」と、ぽそりと呟いた。
「四人がけだぞ、悟は一人で食えよ」
「真希は僕に、孤■のグルメをしろって言うの。生徒にハブられて一人、離れた席で食べる教師を見て心が痛まない?」
「全っ然」
真希の言っていた通り、すっかり冷めてしまった昼食を設備の電子レンジで温め直している間、イサミは、二人と一匹のやりとりを離れた場所から眺めていた。
「・・・やっぱちょっと狭いね」
「俺も狭くて嫌だぞ」
「悟、足ジャマ」
先に四人がけのテーブルへ着いていたパンダの隣席を選んだ五条に、足を引っ込めろだの、やれ隣のテーブルへ移れだの、次々と文句が飛ぶ光景は傍から見ている分には面白い。
「しょうがない、奥の手を使うか」
そう言うと五条は、温め直した魚定食の乗ったトレーをそのままに、椅子から立ち上がって隣のテーブルまで移動すると、ひょいっとそれを持ち上げて「まずはテーブルをくっつけます」と宣言した。
「そうまでして混ざりたい理由って何なんだよ」
「だって、どうせなら広く使いたいじゃない。それに、他に人いないんだし、誰も困らないでしょ」
すかさずパンダの突っ込みが飛べば、五条はそれに、さらりと答えた。
そうして彼は、二人分のうっとうしげな視線を浴びながらもあっという間に、テーブルを八人がけへと変えてしまった。
「はい、これで問題解決!」
「秋山。悟はいつもこんなんだから、早めに慣れとけよ」
「・・・はは」
頬杖をつき、事の一部始終を眺めていた真希が、一仕事終えましたといわんばかりの五条を親指で指して言うので、電子レンジ待ちの最中だったイサミは微苦笑を零した。
真希はああ言うが、彼らはきっと仲が良いのだとイサミは思う。
教師と生徒にしては距離が近く、お互いに名前を呼び捨てすることを許し合い、軽口を叩けるような間柄。
これを仲良しと呼ばずに何と呼ぼう。
そうこうしている内に、カレーライスの良い香りが鼻腔をついた。
イサミが電子レンジへと視線を戻せば、薄い硝子の向こうで、眩しい橙色のスポットライトを浴びながら規則的に、ゆっくりと回転するカレーライスがいた。
艶のある白米とコクのありそうなルーが交互に手前に来ては、自信ありげにその美味しさをアピールしてくる。
そんな姿をぼんやり観察していると、イサミと電子レンジをすっぽりと覆うくらい大きな影が、ふっと落ちてきた。
温められていくルーの香りに混じり、おひさまのような、温かな気配がイサミの頬を撫ぜた。
イサミが大好きな飼い犬を連想させられる、そんな温かさだ。
「秋山、だったな」
イサミの頭上から低い声が降ってきた。
首を傾け、イサミが声の主を見上げると、五条の顔とそう変わらない位置にパンダの顔があった。
「パンダだ、よろしく頼む」
パンダが口を開くたび、その口周りにある、ふかふかの短毛が微かに揺れる。
パンダは、ゆっくりと瞬きをした。
「・・・カレー、好きか?」
会話の糸口を探るためのパンダの慎重な問いかけに、イサミが小さく頷けば、次いで「何口が好きだ?」と彼は新しい質問を口にした。
既視感。
けれど、悪い気はしなかった。
イサミは、そっと口を開いた。
「・・・辛口」
「フッフ、悟よりは気が合いそうだ」
パンダは肩を揺らして笑う。
その口内で、白い牙がちらりと見え隠れした。
鋭い牙だ。
林檎なんかは丸ごとでも簡単に噛み砕いてしまえなくらい、がっしりとしている。
間近で見ると、これがなかなか迫力があるもので、イサミはちょっとばかしドキリとした。
「さっきから見てたけど、ガチガチだな」
「あー、えーと」
流石のパンダも、イサミの強張りには気がついていたらしい。
これでも隠しているつもりだったのに、容易に見破られてしまったことが少し恥ずかしくて、イサミの視線が食堂の隅へ泳ぐ。
「ところで、悟とはどれくらい一緒にいたんだ?」
腰に手を当てて、パンダは尋ねた。
パンダとしては純粋な疑問が半分、そして好奇心を半分だけ含めた質問だった。
「半日と、ちょっとくらい・・・?」
「結構長い時間、一緒にいたんだな」
イサミがやや間を空けて答えたところ、パンダとしてはそれが意外だったらしく、ビー玉のような黒い瞳をよりまん丸くした。
そうして、悟の相手は大変だったろ、とイサミだけに聞こえるように呟くと、パンダは小さく笑った。
一体何が大変だったかなど、いまさら尋ねるまでもない。
イサミは眉尻を下げ、小さく笑い返した。
「ちょっと、そこ!僕に内緒で、イサミに変なこと吹き込んでんじゃないでしょうね」
「悟と違って、さっきから真面目な話しかしてないからモーマンタイだぞ」
内緒話の気配を察知した五条から声を投げかけられたパンダは、肩越しに振り返り、そう、さくっと返事をした。
そのあとイサミに向き直ると、パンダは内緒話をするときのように手の平を口元に寄せて「あんなだからな、慣れるまでに苦労するぞ。俺達はもう慣れたけど」と、ひそひそ声で付け足した。
どうやら、彼受け持ちの生徒は皆して ”そういう時期” があるらしい。
まるで、ある種の通過儀礼のようだ。
「まあ、なんだ」
話したかったことを一通り話し終えたらしいパンダは踵を返し、改めてイサミに声をかける。
「俺達とも、これから少しずつ慣れていけばいいだけの話だわな。いますぐにとはいかなくても、いずれ自然に振舞えるようになるさ」
そう言うとパンダは、のしのしと自分の席へ戻っていった。
イサミの耳に、電子レンジが仕事を終えたことを告げる音が届いたのは、そのすぐ後のことだった。
「話しは済んだかよ」
「なんだ、真希もイサミと話したかったのか?なら、一言そう言えばいいのに」
「私は、さっさと話を先に進めたいだけ。それに、このあと昼錬あんだろ。時間が惜しいんだよ」
「相変わらずだな」
自分の分のトレーを片付け、より広く快適になったテーブルへ着いたパンダが、ぶっきらぼうな真希の態度に怯むことなく笑ってみせる。
真希は黙ってグラスの水を口に含んだ。
ここであれこれ言い返したところで、逆にからかわれるだけだと判断したからだ。
パンダ同様、イサミ達が来る前に昼食を食べ終えていた彼女は、半分ほど減らした口直し用の水が入ったグラスをテーブルに置くと、そういや、と新たな話題の口火を切った。
「アイツもそろそろ着くって」
パンダと向き合いながらも、熱々になったカレー皿を大慌てでテーブルへ運んできたイサミを視界に収めつつ、真希は言う。
「ついさっきLINEに連絡があった」
「おいおい。朝イチからの任務で、そこそこの怪我したんじゃなかったか。もう平気なのか?」
「へーきだろ」
同級生からの報せにパンダが眉をひそめるも、スマートホンの画面を指先で小突きながら、平然とした様子で真希は応える。
「硝子サンのおかげで完治したっていうし、コンビニ弁当だって食えてんだから」
「スーパードライだな・・・」
いつもと変わらぬ対応を見せる同期が果たして、このひよっこ新入生と仲良くやっていけるだろうか。
あちあちと、皿にかけていたサランラップを指先でつまんで外そうとする新入生と、その姿にぶっきらぼうな視線を寄越す同期を見比べてみて、一抹の不安がパンダの胸を掠める。
しかしまあ、もう一人の同期とは上手くやれているのだし、そう大きな問題は起こらないだろうとも思えるのだった。
そしてその傍らで、電子レンジの加減を誤ったイサミを茶化して遊んでいた五条が、魚の身をほぐす箸をピタリと止めて顔を上げた。
「やっと来たね」
熱々カレーの我慢大会の練習?とか、実はドジっ子なんじゃないのだとか、散々からかわれたおかげでぶすくれかけていたイサミも、背後から聞こえた食堂の引き戸が開く音に気づいて手を止めた。
「お疲れ。今朝の任務はどうだった?」
「高菜」
「ムグ!?」
忘れようにも、どうも印象に残ってしまっていた単語と、聞き覚えのある声に、イサミは反射的に振り返ってしまった。
振り向くよりも先に、口へ放り込んでいたカレーライスを咀嚼し終えたイサミの目に、ほんの数日前に出会ったばかりの、あの少年の姿が映る。
そう、またしても失念していたわけだ。
あの夜、彼も ”あの場” にいたというのに。
会話という会話をすることなく、彼とはただの一般客と店員という関係で終わったつもりだったのに、まさかこんな形で再会することになるとは思いも寄らなかった。
ちょっと考えれば思いつけたはずの展開なのに、どうしてここまで鈍いのか。
それにしても、反射的に顔を合わせたまではいいが、困ったことに、イサミはかける言葉が出てこないでいた。
ところが、相手もどうやら似た心境にあるらしい。
黙りこくったままでいるイサミを前に、少年もまた、どう切り出してよいものかと考えあぐねているようだった。
そうして数秒が経過した頃。
少年こと狗巻棘は、イサミにようやっと届くほどの声量で「おかか」と、ぽそりと呟いた。