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東京都立、呪術高等専門学校。
郊外に位置しており、日本に2校しかない呪術教育機関の1校である。
「日本国内での怪死者・行方不明者は年平均1万人を超える。そのほとんどが、人の肉体から抜け出した負の感情、”呪い” の被害だ」
伊地知と別れ、言われたとおり、イサミが五条の後ろをついて回る間。
五条は、呪術の世界に足を踏み入れてまだ間もない若人のためにと、この世界での常識を掻い摘んで聞かせていた。
彼曰く、中には呪詛師による悪質な事案もあるらしく、術師といっても決して善人ばかりではないらしい。
「呪いに対抗できるのは同じ呪いだけ。ここは、呪いを祓うために呪いを学ぶ、都立呪術高等専門学校。ま、表向きには私立の宗教系の学校ってことになってるけど――」
多くの呪術師が卒業後もここを起点に活動しており、教育のみならず、任務の斡旋やサポートも行っている。
つまり。
「呪術界の要ってこと。はいここ、次のテストに出ます!」
「・・・・・・。」
イサミは疑いの目で五条を見た。
本当に出題されるのか、この教師が相手だと疑わしさしかない。
そういえば昨日、一年生の担任は自分だと名乗っていたけれど・・・大丈夫だろうか、色々と。
本人には申し訳ないが、イサミには、彼がまともに授業をしている姿をまったく思い描けないでいる。
それにしても――。
イサミは周囲を見渡した。
大規模な教育機関の割に、人気がなさすぎやしないだろうか。
時刻は12時手前。
単に時間帯が悪いだけなのか、不思議なことに誰ともすれ違わない。
イサミが探るように視線を泳がせていると、それに気づいた五条が。
「呪いが見える人間はマイノリティなんだ。ただ見えるからといって、全員が呪術師になれるわけじゃない。だからこの業界は常に人手不足なのさ」
と、まるで心を見透かしたように応えた。
「あと、一年生はイサミを含めて5人ね」
同級生がたったの4人ぽっちとは、ずいぶん少ない。
イサミの出身校でも一学年にギリ、二桁近い生徒がいるのに都会でコレとは、なんだか変な感じだ。
五条が少数派と言い表した理由にも納得がいく。
話は変わるが、表向きが宗教系の学校というだけあって、呪術高専の施設の殆どが木造建築を主としているようだ。
見方を借りれば、寺院と京都の街並みを混在させたような、そんな印象を受けた。
たまに目につく灯篭が、まさにそれっぽい雰囲気を醸し出している。
これは慣れるまで少しばかり時間がかかりそうだと、イサミは思った。
五条に先導されるがままに少し長めの石段を下り、門をくぐって、人工の小川が流れる曲がり道を並んで歩く。
土地勘がなければ地図もない、彼が遠回りしているのか近道しているのかもイサミには分からない。
だがそれも、ようやく終わりを迎えそうだ。
遠くに、目的地と思われる敷地の輪郭が見えて、イサミは安堵した。
しかしそれも束の間。
ここで彼女は、衝撃の事実を告げられる。
「そうだ、言い忘れてた。イサミはこれから学長と面談だけど、下手打つと入学拒否られるから、気張ってね」
「・・・・・・え!?」
神社によくある大きな鳥居の足元で歩みを止めた五条が、後ろをついてきていたイサミを振り返るなり、そう平然と言ってのけたのだ。
思わず耳を疑うような言葉に、やや反応が遅れてイサミの歩みも止まる。
寝耳に水とはこのことか。
いまのが聞き間違い、もしくは冗談であって欲しいと、イサミが反射的に五条を見上げるが、その発言に偽りはないことを彼の表情が語っている。
信じられない――これはイサミの率直な感想だ。
地元から目的地まで、車で揺られることおよそ4時間弱。
もし面談を失敗すれば、また同じだけ時間をかけてトンボ返りする羽目になるということか、そうなのか。
送り出したはずの荷物と共に自室で座り込む自分の姿を想像して、イサミはゾッとした。
仮に、地元へ出戻ることになったとして、”入学を拒否されました” では、父親に伝える理由としてはあんまりだ。
「おーい。一人で百面相するのもいいけど、待ち合わせの時間過ぎちゃってるし、急いだほうがいいよ」
「あ、ちょっと、」
いつのまにか大鳥居より先、塀に囲まれた門の前に立っている五条に声をかけそうになるのを飲み込んで、イサミは急ぎ足でその背を追いかけた。
ところで彼はさっき、学長との待ち合わせ時間が過ぎていると言ったけれど、これはもう、なんというか、既に下手を打っているというやつではないだろうか。
「も、つかれた・・・」
心も身体もフラフラになってしまったイサミは、重い足取りで五条の後を追う。
いまはとにかく、門の向こうで涼しげな表情で手を振る男をどうにかしてぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
*
敷居を跨ぎ、二人並んで参道を歩く。
参道を挟むようにして、入母屋造りの家屋が数軒立ち並んでおり、それらよりもひと回りふた回りほど大きい拝殿らしき建物が、参道の終わりで待ち構えていた。
五条が目指していたのはどうやらこの拝殿だったようだ。
イサミの来訪を予期していたのか、はたまた、開けっ放しているのが常なのか、重厚な観音扉は大きく口を開けている。
相も変わらず軽薄な笑みをたずさえた五条に倣い、イサミもまた、拝殿へ続く階段へと足をかけた。
陽光の下と打って変わって、拝殿の中は薄暗い。
規則的に並べられた幾本もの丸太柱のくりぬき部分で、柱と同じだけの本数の蝋燭が、外から入ってくる風にゆらめいては細々と闇を照らすのみだ。
誰もいないはずの背後で、扉が重々しい音を立てて閉ざされた。
外からの光を絶たれ、より暗さを増す内陣。
環境の変化により、イサミの瞳孔が多くの光を取り込もうと大きく開いた。
何も言わない五条に、自然とイサミも無言になる。
隙間風の音さえ聞こえてきそうな静けさに、固唾を呑む音がいつもより大きく聞こえたような気がした。
そうして訪れた静寂を、成人男性の低い声が破った。
「遅いぞ悟、8分遅刻だ。責める程でもない遅刻をする癖、直せと言ったハズだぞ」
声は観音扉の反対側、イサミと五条の真正面から聞こえた。
イサミは目を瞬かせた。
部屋の奥、背が高い二本の燭台の間で胡坐をかき、俯き加減で熱心に何かを作り続ける大柄な男の姿をイサミの目が捉えた。
そう、大柄な男がたくさんのキモカワイイぬいぐるみに囲まれながら、ぬいぐるみを作っているのだ。
完成に向かいつつあるそれが河童なのか犬なのかは、恐らく、作っている本人にしか分からないだろう。
ここは、かの有名なウナギのイヌに倣って、カッパイヌとでも名付けようか。
そんなくだらないことをイサミが思案し始めた頃。
製作者である夜蛾が「この子はキャシィと名付けよう」と発言したことにより、カッパイヌは即、イサミの中でお役御免となった。
キャシィ、これまたずいぶんとハイカラな名前ではないだろうか。
頭部がカッパのそれに近いのだし、どちらかといえば、和名の方がしっくりきそうなものだが。
イサミはそれとなくキャシィへ視線をやった。
「ん?」
ふと一瞬、キャシィの口の隙間から白い歯のようなものがちらりと見えたような気がして、イサミは目を疑った。
けれど、彼女が次に瞬きをした時には、キャシィの口は何もなかったように上下がくっついていた。
・・・・・・見間違い、だったのだろうか。
イサミは少しの気味悪さを覚えた。
「責める程じゃないなら責めないでくださいよ。どーせ人形作ってんだから。可愛い教え子への道案内も、教師の務めの内ってね」
「それでもだ。いい加減、待ち合わせ時間を決める意味を考えたらどうなんだ」
厳粛な態度で接する男に対して、掴みどころのない態度で応える五条。
そんな対極的な二人のやりとりを静観していたイサミだったが、隣に立つ五条が会話の合間を縫い、あの人が夜蛾正道学長だ、と紹介してきたので、慌てて背筋を正した。
「・・・・・・その子が、例の?」
「秋山イサミです」
夜蛾の関心がイサミにシフトした。
”よろしくお願いします” の代わりに、イサミは軽く会釈をする。
「何しに来た」
「・・・・・・。面談に・・・」
「呪術高専にだ。呪いを学び、呪いを祓う術を身に付け、その先に何を求める」
夜蛾による突然の問い。
どう応えればよいか分からず、イサミはまごついた。
――はじまった。
いまのうちに二人から距離を置いて、五条は薄ら笑む。
これは通過儀礼だ。
気づきを与える教育をモットーとする夜蛾が、入学前の生徒にいつも問いかける ”理由”。
呪術師には常に死が寄り添う。
家族に囲まれ穏やかに死ねるなど、夢のまた夢。
だからこれだけは断言できる。
呪術師は生半可な覚悟で目指していい職業ではない。
故に、夜蛾は問いかける。
「答えてもらおうか。秋山イサミ」
郊外に位置しており、日本に2校しかない呪術教育機関の1校である。
「日本国内での怪死者・行方不明者は年平均1万人を超える。そのほとんどが、人の肉体から抜け出した負の感情、”呪い” の被害だ」
伊地知と別れ、言われたとおり、イサミが五条の後ろをついて回る間。
五条は、呪術の世界に足を踏み入れてまだ間もない若人のためにと、この世界での常識を掻い摘んで聞かせていた。
彼曰く、中には呪詛師による悪質な事案もあるらしく、術師といっても決して善人ばかりではないらしい。
「呪いに対抗できるのは同じ呪いだけ。ここは、呪いを祓うために呪いを学ぶ、都立呪術高等専門学校。ま、表向きには私立の宗教系の学校ってことになってるけど――」
多くの呪術師が卒業後もここを起点に活動しており、教育のみならず、任務の斡旋やサポートも行っている。
つまり。
「呪術界の要ってこと。はいここ、次のテストに出ます!」
「・・・・・・。」
イサミは疑いの目で五条を見た。
本当に出題されるのか、この教師が相手だと疑わしさしかない。
そういえば昨日、一年生の担任は自分だと名乗っていたけれど・・・大丈夫だろうか、色々と。
本人には申し訳ないが、イサミには、彼がまともに授業をしている姿をまったく思い描けないでいる。
それにしても――。
イサミは周囲を見渡した。
大規模な教育機関の割に、人気がなさすぎやしないだろうか。
時刻は12時手前。
単に時間帯が悪いだけなのか、不思議なことに誰ともすれ違わない。
イサミが探るように視線を泳がせていると、それに気づいた五条が。
「呪いが見える人間はマイノリティなんだ。ただ見えるからといって、全員が呪術師になれるわけじゃない。だからこの業界は常に人手不足なのさ」
と、まるで心を見透かしたように応えた。
「あと、一年生はイサミを含めて5人ね」
同級生がたったの4人ぽっちとは、ずいぶん少ない。
イサミの出身校でも一学年にギリ、二桁近い生徒がいるのに都会でコレとは、なんだか変な感じだ。
五条が少数派と言い表した理由にも納得がいく。
話は変わるが、表向きが宗教系の学校というだけあって、呪術高専の施設の殆どが木造建築を主としているようだ。
見方を借りれば、寺院と京都の街並みを混在させたような、そんな印象を受けた。
たまに目につく灯篭が、まさにそれっぽい雰囲気を醸し出している。
これは慣れるまで少しばかり時間がかかりそうだと、イサミは思った。
五条に先導されるがままに少し長めの石段を下り、門をくぐって、人工の小川が流れる曲がり道を並んで歩く。
土地勘がなければ地図もない、彼が遠回りしているのか近道しているのかもイサミには分からない。
だがそれも、ようやく終わりを迎えそうだ。
遠くに、目的地と思われる敷地の輪郭が見えて、イサミは安堵した。
しかしそれも束の間。
ここで彼女は、衝撃の事実を告げられる。
「そうだ、言い忘れてた。イサミはこれから学長と面談だけど、下手打つと入学拒否られるから、気張ってね」
「・・・・・・え!?」
神社によくある大きな鳥居の足元で歩みを止めた五条が、後ろをついてきていたイサミを振り返るなり、そう平然と言ってのけたのだ。
思わず耳を疑うような言葉に、やや反応が遅れてイサミの歩みも止まる。
寝耳に水とはこのことか。
いまのが聞き間違い、もしくは冗談であって欲しいと、イサミが反射的に五条を見上げるが、その発言に偽りはないことを彼の表情が語っている。
信じられない――これはイサミの率直な感想だ。
地元から目的地まで、車で揺られることおよそ4時間弱。
もし面談を失敗すれば、また同じだけ時間をかけてトンボ返りする羽目になるということか、そうなのか。
送り出したはずの荷物と共に自室で座り込む自分の姿を想像して、イサミはゾッとした。
仮に、地元へ出戻ることになったとして、”入学を拒否されました” では、父親に伝える理由としてはあんまりだ。
「おーい。一人で百面相するのもいいけど、待ち合わせの時間過ぎちゃってるし、急いだほうがいいよ」
「あ、ちょっと、」
いつのまにか大鳥居より先、塀に囲まれた門の前に立っている五条に声をかけそうになるのを飲み込んで、イサミは急ぎ足でその背を追いかけた。
ところで彼はさっき、学長との待ち合わせ時間が過ぎていると言ったけれど、これはもう、なんというか、既に下手を打っているというやつではないだろうか。
「も、つかれた・・・」
心も身体もフラフラになってしまったイサミは、重い足取りで五条の後を追う。
いまはとにかく、門の向こうで涼しげな表情で手を振る男をどうにかしてぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
*
敷居を跨ぎ、二人並んで参道を歩く。
参道を挟むようにして、入母屋造りの家屋が数軒立ち並んでおり、それらよりもひと回りふた回りほど大きい拝殿らしき建物が、参道の終わりで待ち構えていた。
五条が目指していたのはどうやらこの拝殿だったようだ。
イサミの来訪を予期していたのか、はたまた、開けっ放しているのが常なのか、重厚な観音扉は大きく口を開けている。
相も変わらず軽薄な笑みをたずさえた五条に倣い、イサミもまた、拝殿へ続く階段へと足をかけた。
陽光の下と打って変わって、拝殿の中は薄暗い。
規則的に並べられた幾本もの丸太柱のくりぬき部分で、柱と同じだけの本数の蝋燭が、外から入ってくる風にゆらめいては細々と闇を照らすのみだ。
誰もいないはずの背後で、扉が重々しい音を立てて閉ざされた。
外からの光を絶たれ、より暗さを増す内陣。
環境の変化により、イサミの瞳孔が多くの光を取り込もうと大きく開いた。
何も言わない五条に、自然とイサミも無言になる。
隙間風の音さえ聞こえてきそうな静けさに、固唾を呑む音がいつもより大きく聞こえたような気がした。
そうして訪れた静寂を、成人男性の低い声が破った。
「遅いぞ悟、8分遅刻だ。責める程でもない遅刻をする癖、直せと言ったハズだぞ」
声は観音扉の反対側、イサミと五条の真正面から聞こえた。
イサミは目を瞬かせた。
部屋の奥、背が高い二本の燭台の間で胡坐をかき、俯き加減で熱心に何かを作り続ける大柄な男の姿をイサミの目が捉えた。
そう、大柄な男がたくさんのキモカワイイぬいぐるみに囲まれながら、ぬいぐるみを作っているのだ。
完成に向かいつつあるそれが河童なのか犬なのかは、恐らく、作っている本人にしか分からないだろう。
ここは、かの有名なウナギのイヌに倣って、カッパイヌとでも名付けようか。
そんなくだらないことをイサミが思案し始めた頃。
製作者である夜蛾が「この子はキャシィと名付けよう」と発言したことにより、カッパイヌは即、イサミの中でお役御免となった。
キャシィ、これまたずいぶんとハイカラな名前ではないだろうか。
頭部がカッパのそれに近いのだし、どちらかといえば、和名の方がしっくりきそうなものだが。
イサミはそれとなくキャシィへ視線をやった。
「ん?」
ふと一瞬、キャシィの口の隙間から白い歯のようなものがちらりと見えたような気がして、イサミは目を疑った。
けれど、彼女が次に瞬きをした時には、キャシィの口は何もなかったように上下がくっついていた。
・・・・・・見間違い、だったのだろうか。
イサミは少しの気味悪さを覚えた。
「責める程じゃないなら責めないでくださいよ。どーせ人形作ってんだから。可愛い教え子への道案内も、教師の務めの内ってね」
「それでもだ。いい加減、待ち合わせ時間を決める意味を考えたらどうなんだ」
厳粛な態度で接する男に対して、掴みどころのない態度で応える五条。
そんな対極的な二人のやりとりを静観していたイサミだったが、隣に立つ五条が会話の合間を縫い、あの人が夜蛾正道学長だ、と紹介してきたので、慌てて背筋を正した。
「・・・・・・その子が、例の?」
「秋山イサミです」
夜蛾の関心がイサミにシフトした。
”よろしくお願いします” の代わりに、イサミは軽く会釈をする。
「何しに来た」
「・・・・・・。面談に・・・」
「呪術高専にだ。呪いを学び、呪いを祓う術を身に付け、その先に何を求める」
夜蛾による突然の問い。
どう応えればよいか分からず、イサミはまごついた。
――はじまった。
いまのうちに二人から距離を置いて、五条は薄ら笑む。
これは通過儀礼だ。
気づきを与える教育をモットーとする夜蛾が、入学前の生徒にいつも問いかける ”理由”。
呪術師には常に死が寄り添う。
家族に囲まれ穏やかに死ねるなど、夢のまた夢。
だからこれだけは断言できる。
呪術師は生半可な覚悟で目指していい職業ではない。
故に、夜蛾は問いかける。
「答えてもらおうか。秋山イサミ」