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中学の卒業旅行で活躍することがなかった旅行鞄、それほど多くない私服、その他日用品は、午後に寮へ着く予定の運送会社の小型トラックに預けた。
手に持っておきたい物や貴重品を詰め込んだリュックサックを膝の上に抱きかかえて、イサミは、外の景色が田園風景から鉄骨ビルの山々に変わるまでの間、黙って窓の向こうを眺めていた。
その横顔は決意に満ちている・・・こともなく、現実味がない、心ここに在らずといった印象を五条は受けた。
道路を埋め尽くす車、派手なネオン看板、ビルの山、窮屈そうな青空。
その足元を、コンクリートで固められた横断歩道を行き交う人、人、人。
それとたまに怪しい影。
「んん・・・」
ザ・都会な風景もそろそろ見飽きてきたイサミは、窓に預けていた身体を起こし、凝り固まった上半身をほぐすように伸びをした。
どことなく高級感漂う車に乗せられてから何時間経つだろう。
イサミの記憶が正しければ、地元を出たのが2~3時間前だと記憶している。
今回の長旅への同行者は二人で、内、一人は初対面だ。
その人物は、少しばかり長めの前髪を真ん中で分けた黒縁眼鏡の男性で、名を伊地知潔高という。
彼が受け持つ仕事は呪術高専での補助監督だけに留まらず、時には呪術師を現地へ送り迎えすることも少なくはないのだとか何とか。
まだ呪術高専の生徒じゃないイサミに説明をされてもトンチンカンな部分が多いが、つまり、サポーターのような存在になるらしい。
そして残る一人が・・・毎度お馴染み――イサミとしては遠慮願いたい――五条悟である。
さて、話は戻るが、伊地知の話によればあと1時間ほどで目的地に着くそうだ。
・・・・・・あともう1時間もあるのか・・・。
座りっぱなしというのは存外、疲れるもので。
イサミは身体を動かしたい気持ちと、都会の景色への飽きから、一秒でも早いところ車を降りたい気持ちでいっぱいになっていた。
同時に、東京からの往復で約6時間は運転している伊地知を前に、そう思うことへの申し訳なささも感じていた。
だけど、誰だってここまで長いこと拘束されれば疲れる。
それに――。イサミは目を伏せる。
突如として決まった引越しと転入、そして都会での新生活。
地元に親しい友人はいない、けれど、あの土地には唯一の肉親がいる。
イサミに心残りがあるとすればそれぐらいだが、後ろ髪を引かれるには充分すぎた。
家族との別れを惜しむには時間が短すぎて、明日になればまた会えるんじゃないかという気さえしている。
未だに湧いてこない実感、でもこれが現実。
一昨日、嵐のようにやって来た ”きっかけ” によって、必然的に親元を去ることになったイサミが感傷的になるのも無理はない。
こういうときだからこそと五条が自らチョイスし、準備しておいたお菓子のレパートリーの数々を見せても、イサミはあまり興味を示さなかった。
それならばと、五条が一方的に提供する話題――脈略がなさすぎて、傍で聞いている伊地知を呆れさせた――をもってしても、その浮かない顔を晴らすことは叶わなかった。
完全にお手上げ状態である。
実際、五条は両手を上げかけた。
「ねぇ、そろそろ顔、見せてくれたっていいんじゃないの?どうせこのあとクラスメートにお披露目するんだしさァ、そのリハーサルとでも思って。カウントいっくよ~~!・・・サン、ハイ!」
五条は右手と左手の人差し指を立てると、クルクルと輪を描いてから、ハイ!のタイミングに合わせて、イサミを2本の指でビシリと指名した。
・・・・・・・・・会話が止まり、車内に暫しの沈黙が落ちる。
いま、五条の視界には、俯いたイサミが自身に巻きつけたシートベルトの端っこを指で弄る姿が映っている。
「・・・これもだめか。やれやれ、今回の新入生は手強い」
五条悟立案、この場のノリでマスクを外させたい作戦!が失敗に終わった瞬間である。
シ・・・ン、とした空気が場を支配する。
二人のやりとりを運転席から見守るだけだった伊地知が居心地の悪さを感じ始めた頃、後部座席から、フウ、と息を吐く気配がした。
伊地知が背後の様子をそろりとルームミラー越しに窺えば、五条は両手を後頭部で組み、イサミと逆の窓から外を眺めていた。
何度目かの静寂に包まれる車内。
伊地知は独特の手つきで眼鏡の位置を微調整すると、自身も運転に集中するためにハンドルを握り直した。
タイヤが砂利を踏みつける音、そして三人分の呼吸をBGMに、彼らを乗せた車は大都会を駆け抜ける。
これまでの経路で高速や大型道路を利用してきた一行だが、気がつけば、周囲を走行する車の数はずいぶんと減っていて、いまでは市街地やら脇道やらをすいすいと走り抜けている最中だ。
ようやっと渋滞から開放されたからか、伊地知も気分が良さそうに見える。
やがて、これが東京だと言わんばかりの街並みは過ぎ去り、周囲には生い茂る木々が目に見えて増えてきた。
たまに道路が傾斜気味になるところから、山道に入ったことが窺える。
イサミは背もたれに重心を預けながら、全身にかかる独特の感覚と、キーンと響く耳鳴りに眉をしかめた。
片や五条はというと、お菓子のバーゲンセール状態のレジ袋から好ましいお菓子を発掘するなり、嬉々として口に含んでいた。
ぱくぱく、さくさくと、いくつかの駄菓子が成人男性の胃袋へ消えていく。
そのいっそ清々しい食べっぷりを傍観していたイサミが、何も食べていないのに胸焼けを覚えるぐらいの勢いだ。
「僕けっこう忙しいから、観光地のお菓子とかご当地グルメとかを食べることが多いんだけど、たまにはこういうのも悪くないね」
次の菓子袋を引っ張り出すついで、イサミの分も適当に選び取ってやり、そっと彼女の前に差し出す。
駄菓子屋で重宝されていそうな、五円玉をモチーフにしたチョコレート菓子が、五条の指先でプラプラ揺れている。
それをイサミはチラと見て、次に視線を指先から上へとずらし、自分より高い位置にある五条の顔を見上げた。
「もっと肩の力抜いていこうよ。なんたって青春真っ盛りなんだから、楽しまなきゃ。もったいないよ?」
「五条さんは、少し抜きすぎなのでは・・・」
「僕が何だって?」
「いえ、何も・・・・・・」
「伊地知、あとでデコピンね」
「えっ」
温厚で親しみやすい教師のイメージから一変、少しばかり圧を感じる声が五条の口から飛び出すと、あっという間に伊地知を萎縮させた。
はて、こういうものは何ハラと言うのだったか。
イサミがミラー越しに見る伊地知の眉は八の字になっており、彼の顔色が若干悪いのも、光の加減による錯覚ではなさそうだ。
きっとこの二人の間には、覆ることのない上下関係があるのだろう、イサミはそう推測した。
「君にも事情があるのは分かった」
と、ここで五条は対象をイサミへ戻した。
その上で、どこまでも優しく語りかける。
「けど、これだけでも食べといたほうがいい。学校に着いたら、イサミはその足で学長と面談になるからね。頭を回すならコレが一番手っ取り早い。ほら」
半ば押しつけるようにチョコをイサミの手に握らせて、五条は離れた。
「ご縁がありますように、ってね」
「・・・・・・はあ・・・」
先に折れたのはイサミのほうだった。
「おっ」
イサミが黙って菓子袋の開封口を破いていく。
出会って初めて得られた好感触、五条が気を良くしないわけがなかった。
そしてついに、マスクがずらされ、その素顔が明らかに――・・・はならなかった。
イサミはマスクの下側に隙間を作ると、器用なことに、そこからチョコを口に含んでみせた。
「・・・・・・え?あれ?オマエそんなことするタイプだったの?」
期待を裏切られ、うっかり自が出てしまった五条などお構いなしに、イサミは甘いチョコレートを咀嚼し終えたあと、何を期待していたんだか、と残念そうにしている成人男性を残念そうな目で見た。
「まあいいや」
しかし五条は五条で、気持ちの切り替えが早かった。
「ところでさっきの僕、上手いこと言えたと思わない?五円とご縁を掛け合わせたアレ」
「・・・・・・・・・」
掛け合わせるも何も、元々そういう駄菓子なんですケド。
通常運転に戻ってしまった目隠し男を冷めた目つきで静観しながら、イサミは思う。
学校へ着いたら、この男専門のマニュアルが置いてあったりしないだろうか。
この頃になると外の景色もかなり様変わりしていて、見渡す限りの山が広がっていた。
付近に住宅街はなく、森林の隙間にポツンと一軒、二軒の家屋をたまに見かける程度には山奥だ。
途中で飽きた景色に再び好奇心が湧いたイサミは無断で窓を開けると、五条に座席へ引き戻されるまで、身を乗り出したままあちこちを見渡していた。
「もうすぐ着きますよ」
コンクリートとガードレールで整備された緩いカーブを大きく曲がり、山道を上へ上へと車は進んでいく。
二つ目のカーブを曲がり終えようとした時、イサミが後部座席から伊地知の肩越しに顔を覗かせれば、フロントガラスのその先に坂道の終わりが見えた。
「到着です。長旅、お疲れ様でした」
伊地知の言葉を合図に、三人を乗せた車が駐車場で停車する。
「私はこのまま車庫へ戻ります。イサミさんは、そのまま五条さんの案内に従ってください」
「荷物はそのまま伊地知に預けていくといいよ。後で届けてくれるから」
「そういうことで、安心してください。イサミさん、学長との面談、頑張ってくださいね。ではまた近いうちに」
ハンドルを切り、伊地知が元来た道を引き返していくその去り際、イサミはお礼の言葉を口にする代わりに、ペコリと丁寧に頭を下げた。
「なんか俺の時と対応ちがくない?」
ここにきてあまりに素直な態度を見せてくれた教え子(予定)に、どこか面白くなさそうなカオで五条が呟いたことを、この場をとうに立ち去った伊地知が知るはずもなく。
彼がこの件で五条から弄られる羽目になるのは、そう遠くない先の出来事だ。
手に持っておきたい物や貴重品を詰め込んだリュックサックを膝の上に抱きかかえて、イサミは、外の景色が田園風景から鉄骨ビルの山々に変わるまでの間、黙って窓の向こうを眺めていた。
その横顔は決意に満ちている・・・こともなく、現実味がない、心ここに在らずといった印象を五条は受けた。
道路を埋め尽くす車、派手なネオン看板、ビルの山、窮屈そうな青空。
その足元を、コンクリートで固められた横断歩道を行き交う人、人、人。
それとたまに怪しい影。
「んん・・・」
ザ・都会な風景もそろそろ見飽きてきたイサミは、窓に預けていた身体を起こし、凝り固まった上半身をほぐすように伸びをした。
どことなく高級感漂う車に乗せられてから何時間経つだろう。
イサミの記憶が正しければ、地元を出たのが2~3時間前だと記憶している。
今回の長旅への同行者は二人で、内、一人は初対面だ。
その人物は、少しばかり長めの前髪を真ん中で分けた黒縁眼鏡の男性で、名を伊地知潔高という。
彼が受け持つ仕事は呪術高専での補助監督だけに留まらず、時には呪術師を現地へ送り迎えすることも少なくはないのだとか何とか。
まだ呪術高専の生徒じゃないイサミに説明をされてもトンチンカンな部分が多いが、つまり、サポーターのような存在になるらしい。
そして残る一人が・・・毎度お馴染み――イサミとしては遠慮願いたい――五条悟である。
さて、話は戻るが、伊地知の話によればあと1時間ほどで目的地に着くそうだ。
・・・・・・あともう1時間もあるのか・・・。
座りっぱなしというのは存外、疲れるもので。
イサミは身体を動かしたい気持ちと、都会の景色への飽きから、一秒でも早いところ車を降りたい気持ちでいっぱいになっていた。
同時に、東京からの往復で約6時間は運転している伊地知を前に、そう思うことへの申し訳なささも感じていた。
だけど、誰だってここまで長いこと拘束されれば疲れる。
それに――。イサミは目を伏せる。
突如として決まった引越しと転入、そして都会での新生活。
地元に親しい友人はいない、けれど、あの土地には唯一の肉親がいる。
イサミに心残りがあるとすればそれぐらいだが、後ろ髪を引かれるには充分すぎた。
家族との別れを惜しむには時間が短すぎて、明日になればまた会えるんじゃないかという気さえしている。
未だに湧いてこない実感、でもこれが現実。
一昨日、嵐のようにやって来た ”きっかけ” によって、必然的に親元を去ることになったイサミが感傷的になるのも無理はない。
こういうときだからこそと五条が自らチョイスし、準備しておいたお菓子のレパートリーの数々を見せても、イサミはあまり興味を示さなかった。
それならばと、五条が一方的に提供する話題――脈略がなさすぎて、傍で聞いている伊地知を呆れさせた――をもってしても、その浮かない顔を晴らすことは叶わなかった。
完全にお手上げ状態である。
実際、五条は両手を上げかけた。
「ねぇ、そろそろ顔、見せてくれたっていいんじゃないの?どうせこのあとクラスメートにお披露目するんだしさァ、そのリハーサルとでも思って。カウントいっくよ~~!・・・サン、ハイ!」
五条は右手と左手の人差し指を立てると、クルクルと輪を描いてから、ハイ!のタイミングに合わせて、イサミを2本の指でビシリと指名した。
・・・・・・・・・会話が止まり、車内に暫しの沈黙が落ちる。
いま、五条の視界には、俯いたイサミが自身に巻きつけたシートベルトの端っこを指で弄る姿が映っている。
「・・・これもだめか。やれやれ、今回の新入生は手強い」
五条悟立案、この場のノリでマスクを外させたい作戦!が失敗に終わった瞬間である。
シ・・・ン、とした空気が場を支配する。
二人のやりとりを運転席から見守るだけだった伊地知が居心地の悪さを感じ始めた頃、後部座席から、フウ、と息を吐く気配がした。
伊地知が背後の様子をそろりとルームミラー越しに窺えば、五条は両手を後頭部で組み、イサミと逆の窓から外を眺めていた。
何度目かの静寂に包まれる車内。
伊地知は独特の手つきで眼鏡の位置を微調整すると、自身も運転に集中するためにハンドルを握り直した。
タイヤが砂利を踏みつける音、そして三人分の呼吸をBGMに、彼らを乗せた車は大都会を駆け抜ける。
これまでの経路で高速や大型道路を利用してきた一行だが、気がつけば、周囲を走行する車の数はずいぶんと減っていて、いまでは市街地やら脇道やらをすいすいと走り抜けている最中だ。
ようやっと渋滞から開放されたからか、伊地知も気分が良さそうに見える。
やがて、これが東京だと言わんばかりの街並みは過ぎ去り、周囲には生い茂る木々が目に見えて増えてきた。
たまに道路が傾斜気味になるところから、山道に入ったことが窺える。
イサミは背もたれに重心を預けながら、全身にかかる独特の感覚と、キーンと響く耳鳴りに眉をしかめた。
片や五条はというと、お菓子のバーゲンセール状態のレジ袋から好ましいお菓子を発掘するなり、嬉々として口に含んでいた。
ぱくぱく、さくさくと、いくつかの駄菓子が成人男性の胃袋へ消えていく。
そのいっそ清々しい食べっぷりを傍観していたイサミが、何も食べていないのに胸焼けを覚えるぐらいの勢いだ。
「僕けっこう忙しいから、観光地のお菓子とかご当地グルメとかを食べることが多いんだけど、たまにはこういうのも悪くないね」
次の菓子袋を引っ張り出すついで、イサミの分も適当に選び取ってやり、そっと彼女の前に差し出す。
駄菓子屋で重宝されていそうな、五円玉をモチーフにしたチョコレート菓子が、五条の指先でプラプラ揺れている。
それをイサミはチラと見て、次に視線を指先から上へとずらし、自分より高い位置にある五条の顔を見上げた。
「もっと肩の力抜いていこうよ。なんたって青春真っ盛りなんだから、楽しまなきゃ。もったいないよ?」
「五条さんは、少し抜きすぎなのでは・・・」
「僕が何だって?」
「いえ、何も・・・・・・」
「伊地知、あとでデコピンね」
「えっ」
温厚で親しみやすい教師のイメージから一変、少しばかり圧を感じる声が五条の口から飛び出すと、あっという間に伊地知を萎縮させた。
はて、こういうものは何ハラと言うのだったか。
イサミがミラー越しに見る伊地知の眉は八の字になっており、彼の顔色が若干悪いのも、光の加減による錯覚ではなさそうだ。
きっとこの二人の間には、覆ることのない上下関係があるのだろう、イサミはそう推測した。
「君にも事情があるのは分かった」
と、ここで五条は対象をイサミへ戻した。
その上で、どこまでも優しく語りかける。
「けど、これだけでも食べといたほうがいい。学校に着いたら、イサミはその足で学長と面談になるからね。頭を回すならコレが一番手っ取り早い。ほら」
半ば押しつけるようにチョコをイサミの手に握らせて、五条は離れた。
「ご縁がありますように、ってね」
「・・・・・・はあ・・・」
先に折れたのはイサミのほうだった。
「おっ」
イサミが黙って菓子袋の開封口を破いていく。
出会って初めて得られた好感触、五条が気を良くしないわけがなかった。
そしてついに、マスクがずらされ、その素顔が明らかに――・・・はならなかった。
イサミはマスクの下側に隙間を作ると、器用なことに、そこからチョコを口に含んでみせた。
「・・・・・・え?あれ?オマエそんなことするタイプだったの?」
期待を裏切られ、うっかり自が出てしまった五条などお構いなしに、イサミは甘いチョコレートを咀嚼し終えたあと、何を期待していたんだか、と残念そうにしている成人男性を残念そうな目で見た。
「まあいいや」
しかし五条は五条で、気持ちの切り替えが早かった。
「ところでさっきの僕、上手いこと言えたと思わない?五円とご縁を掛け合わせたアレ」
「・・・・・・・・・」
掛け合わせるも何も、元々そういう駄菓子なんですケド。
通常運転に戻ってしまった目隠し男を冷めた目つきで静観しながら、イサミは思う。
学校へ着いたら、この男専門のマニュアルが置いてあったりしないだろうか。
この頃になると外の景色もかなり様変わりしていて、見渡す限りの山が広がっていた。
付近に住宅街はなく、森林の隙間にポツンと一軒、二軒の家屋をたまに見かける程度には山奥だ。
途中で飽きた景色に再び好奇心が湧いたイサミは無断で窓を開けると、五条に座席へ引き戻されるまで、身を乗り出したままあちこちを見渡していた。
「もうすぐ着きますよ」
コンクリートとガードレールで整備された緩いカーブを大きく曲がり、山道を上へ上へと車は進んでいく。
二つ目のカーブを曲がり終えようとした時、イサミが後部座席から伊地知の肩越しに顔を覗かせれば、フロントガラスのその先に坂道の終わりが見えた。
「到着です。長旅、お疲れ様でした」
伊地知の言葉を合図に、三人を乗せた車が駐車場で停車する。
「私はこのまま車庫へ戻ります。イサミさんは、そのまま五条さんの案内に従ってください」
「荷物はそのまま伊地知に預けていくといいよ。後で届けてくれるから」
「そういうことで、安心してください。イサミさん、学長との面談、頑張ってくださいね。ではまた近いうちに」
ハンドルを切り、伊地知が元来た道を引き返していくその去り際、イサミはお礼の言葉を口にする代わりに、ペコリと丁寧に頭を下げた。
「なんか俺の時と対応ちがくない?」
ここにきてあまりに素直な態度を見せてくれた教え子(予定)に、どこか面白くなさそうなカオで五条が呟いたことを、この場をとうに立ち去った伊地知が知るはずもなく。
彼がこの件で五条から弄られる羽目になるのは、そう遠くない先の出来事だ。