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「噂の同級生を連れてきたよ」
さほど多くない荷解きを終え、空き箱を潰してまとめていたところ、五条がタイミングよくひょっこり戻ってきた。
疲れた身体を引きずって、いますぐ休みたい気持ちをぐっと堪えながら、イサミは五条に連れられて寮の玄関を出た。
沈み始めの陽が茜色に空を染め上げ、周囲の山々に建物に、濃い闇を落としている。
すぐ傍にある鳥居階段はさながら異界の入り口のようで、昼間はあんなに情緒があるのに、時間帯が変われば不気味に感じるのだから不思議なものだ。
夕焼けに顔を照らされて、眩しさからイサミは目を細める。
今度はどこへ連れて行かれるのだろう。
なんだかんだ見慣れてしまった背を黙って追いかけていくと、その足は意外にもすぐそこで止まった。
五条はポケットから片手を引き抜いて、目当ての人物に向けて合図をした。
「お待たせ~」
長く伸びた影の先。
寮のすぐそこにある開けた場所、夕暮れに包まれた赤黒い広場に、一つの影が佇んでいる。
砂埃に塗れたシャツとズボンに、くたびれかけの運動靴を履いた黒髪の少年――。
「あ、先生」
怖気が脊髄を駆け抜けた。
背筋に氷柱を突き刺されたような感覚に全身が粟立つ。
ぬるりとした、言葉に尽くしがたい気味の悪さと、息を吐くことすら許さないような圧迫感。
強烈な死のイメージがイサミを襲った。
次の瞬間、イサミの目に信じられない光景が飛び込んできた。
――何だあれは。
少年の背後に、どす黒い何かがいる。
夕暮れが見せる錯覚なんかじゃない。
それは、自身の身体を少年の足や身体に絡ませ、まるで彼のことを抱擁するかのように背後にぴったりとくっついて揺れていた。
「疲れてるところ悪いね、憂太」
「いえ、僕なら大丈夫です」
「いいね、だいぶ慣れてきたんじゃない?この間まで、筋肉痛で全身ガクガクだった子の台詞とは思えないよ」
「だといいんですけど」
生存本能から姿勢を低くし、目標と距離を置こうと後ずさるイサミを置き去りにして、五条だけが気配の根源へと近づいていく。
「真希さんたちに比べたら、僕なんてまだまだですし・・・」
「そこは伸び代と思って」
そうか、彼が例の。
イサミはストンと、腑に落ちるものを感じた。
乙骨憂太、五条が言うところの「ワケあり」だけど「悪い子じゃない」同級生。
遠巻きに観察してみた限り、柔らかい物腰と口調から、攻撃的な人格ではなさそうではある。
――悪い子じゃないから、仲良くしてやってよ。
数時間前にかけられた言葉が改めてフラッシュバックする。
だがそれでも、
「限度ってものがあるでしょ・・・!」
五条が乙骨と他愛ない会話を交わす傍ら、真綿で首を絞めるような威圧感を振りまきながら、その"何か" は気配をより濃くしていた。
冷えた汗が、つ、と額を伝って鼻筋へと流れていく。
経験の乏しいイサミでさえ、ここまで鋭敏に反応しているのだ。
この事態を五条が把握していないはずがない。
それでも平然と振舞う五条の考えが読めず、いつ決壊するか分からない緊張感も相まって、イサミは苛立ちを募らせた。
「イサミー」
一箇所を凝視して動こうとしないイサミを見かねて、五条が「来い来い」と手で合図する。
けれどイサミは、ぶんぶんと頭を左右に振って拒否の意を示した。
それどころか、さっきより距離を置く始末である。
「ふぅん」
五条は暫し、教え子たち――具体的には、乙骨の背後にいるモノとだが――を見比べたあと、心なしか意地悪く口角を上げた。
「流石のイサミも、特級相手にガン無視はできなかったか」
「ガン無視?それってどういうことですか」
「そのままの意味さ」
乙骨からの問いに、五条はさらりと答えた。
彼はじっと、微動だにしないイサミを余裕の笑みで見つめている。
それに倣い、乙骨もイサミの様子をそっと盗み見た。
警戒心を剥き出しにして距離を置くその姿にいつかの光景が重なって、乙骨はごくりと固唾を呑み込んだ。
約一ヶ月前、彼が学び舎へ初めて足を踏み入れたあの日。
初対面の同級生がとった行動は正しいものだったと、いまでこそ乙骨は理解はしている。
他にも、高専の敷地内で軽く挨拶を交わそうとしただけで、初めて会う術師が逃げるように去っていくことだって少なからずあった。
もはや慣れつつある日常だ。
だが向けられ慣れていない敵意を直にぶつけられて、平静を保てるほど、彼は成熟しきれていない。
「えっと、はじめまし――」
それでも乙骨は最大限の配慮を尽くそうと試みた。
しかし、あと一歩遅かった。
乙骨の緊張感を敏感に察知した "それ" の方が、断トツに早かったのだ。
『ゆ゛う゛だを"を"ををぉ"』
「――ッ!」
乙骨が固唾を呑んだ時点で、こうなることは決まったも同然だった。
案の定、彼が口を開いた直後、禍々しい姿を伴ってそれは顕現した。
夕空の下、乙骨の背面の何もない空間から、ほの白い、人の何倍もある巨大な二の腕がずるりと飛び出す。
「里香ちゃん!?」
『いじめ"るな"あぁあ"あ!』
里香と呼ばれたモノは、刃物以上に鋭利な視線を邪魔者へと寄越した。
やめて、と乙骨が引き止めにかかるが、まるで効果がない。
「あの人は敵じゃないんだ!」
「・・・っ」
マスクに指をかけ、イサミは短く息を吸い込んだ。
唇が震える。
太くて頑丈そうな指と、ぶ厚く鋭い爪、左手の薬指には、よく知るものが光って――。
全容を確認しきるまでに、人ならざる者の腕がイサミの視界を覆い尽くした。
さほど多くない荷解きを終え、空き箱を潰してまとめていたところ、五条がタイミングよくひょっこり戻ってきた。
疲れた身体を引きずって、いますぐ休みたい気持ちをぐっと堪えながら、イサミは五条に連れられて寮の玄関を出た。
沈み始めの陽が茜色に空を染め上げ、周囲の山々に建物に、濃い闇を落としている。
すぐ傍にある鳥居階段はさながら異界の入り口のようで、昼間はあんなに情緒があるのに、時間帯が変われば不気味に感じるのだから不思議なものだ。
夕焼けに顔を照らされて、眩しさからイサミは目を細める。
今度はどこへ連れて行かれるのだろう。
なんだかんだ見慣れてしまった背を黙って追いかけていくと、その足は意外にもすぐそこで止まった。
五条はポケットから片手を引き抜いて、目当ての人物に向けて合図をした。
「お待たせ~」
長く伸びた影の先。
寮のすぐそこにある開けた場所、夕暮れに包まれた赤黒い広場に、一つの影が佇んでいる。
砂埃に塗れたシャツとズボンに、くたびれかけの運動靴を履いた黒髪の少年――。
「あ、先生」
怖気が脊髄を駆け抜けた。
背筋に氷柱を突き刺されたような感覚に全身が粟立つ。
ぬるりとした、言葉に尽くしがたい気味の悪さと、息を吐くことすら許さないような圧迫感。
強烈な死のイメージがイサミを襲った。
次の瞬間、イサミの目に信じられない光景が飛び込んできた。
――何だあれは。
少年の背後に、どす黒い何かがいる。
夕暮れが見せる錯覚なんかじゃない。
それは、自身の身体を少年の足や身体に絡ませ、まるで彼のことを抱擁するかのように背後にぴったりとくっついて揺れていた。
「疲れてるところ悪いね、憂太」
「いえ、僕なら大丈夫です」
「いいね、だいぶ慣れてきたんじゃない?この間まで、筋肉痛で全身ガクガクだった子の台詞とは思えないよ」
「だといいんですけど」
生存本能から姿勢を低くし、目標と距離を置こうと後ずさるイサミを置き去りにして、五条だけが気配の根源へと近づいていく。
「真希さんたちに比べたら、僕なんてまだまだですし・・・」
「そこは伸び代と思って」
そうか、彼が例の。
イサミはストンと、腑に落ちるものを感じた。
乙骨憂太、五条が言うところの「ワケあり」だけど「悪い子じゃない」同級生。
遠巻きに観察してみた限り、柔らかい物腰と口調から、攻撃的な人格ではなさそうではある。
――悪い子じゃないから、仲良くしてやってよ。
数時間前にかけられた言葉が改めてフラッシュバックする。
だがそれでも、
「限度ってものがあるでしょ・・・!」
五条が乙骨と他愛ない会話を交わす傍ら、真綿で首を絞めるような威圧感を振りまきながら、その"何か" は気配をより濃くしていた。
冷えた汗が、つ、と額を伝って鼻筋へと流れていく。
経験の乏しいイサミでさえ、ここまで鋭敏に反応しているのだ。
この事態を五条が把握していないはずがない。
それでも平然と振舞う五条の考えが読めず、いつ決壊するか分からない緊張感も相まって、イサミは苛立ちを募らせた。
「イサミー」
一箇所を凝視して動こうとしないイサミを見かねて、五条が「来い来い」と手で合図する。
けれどイサミは、ぶんぶんと頭を左右に振って拒否の意を示した。
それどころか、さっきより距離を置く始末である。
「ふぅん」
五条は暫し、教え子たち――具体的には、乙骨の背後にいるモノとだが――を見比べたあと、心なしか意地悪く口角を上げた。
「流石のイサミも、特級相手にガン無視はできなかったか」
「ガン無視?それってどういうことですか」
「そのままの意味さ」
乙骨からの問いに、五条はさらりと答えた。
彼はじっと、微動だにしないイサミを余裕の笑みで見つめている。
それに倣い、乙骨もイサミの様子をそっと盗み見た。
警戒心を剥き出しにして距離を置くその姿にいつかの光景が重なって、乙骨はごくりと固唾を呑み込んだ。
約一ヶ月前、彼が学び舎へ初めて足を踏み入れたあの日。
初対面の同級生がとった行動は正しいものだったと、いまでこそ乙骨は理解はしている。
他にも、高専の敷地内で軽く挨拶を交わそうとしただけで、初めて会う術師が逃げるように去っていくことだって少なからずあった。
もはや慣れつつある日常だ。
だが向けられ慣れていない敵意を直にぶつけられて、平静を保てるほど、彼は成熟しきれていない。
「えっと、はじめまし――」
それでも乙骨は最大限の配慮を尽くそうと試みた。
しかし、あと一歩遅かった。
乙骨の緊張感を敏感に察知した "それ" の方が、断トツに早かったのだ。
『ゆ゛う゛だを"を"ををぉ"』
「――ッ!」
乙骨が固唾を呑んだ時点で、こうなることは決まったも同然だった。
案の定、彼が口を開いた直後、禍々しい姿を伴ってそれは顕現した。
夕空の下、乙骨の背面の何もない空間から、ほの白い、人の何倍もある巨大な二の腕がずるりと飛び出す。
「里香ちゃん!?」
『いじめ"るな"あぁあ"あ!』
里香と呼ばれたモノは、刃物以上に鋭利な視線を邪魔者へと寄越した。
やめて、と乙骨が引き止めにかかるが、まるで効果がない。
「あの人は敵じゃないんだ!」
「・・・っ」
マスクに指をかけ、イサミは短く息を吸い込んだ。
唇が震える。
太くて頑丈そうな指と、ぶ厚く鋭い爪、左手の薬指には、よく知るものが光って――。
全容を確認しきるまでに、人ならざる者の腕がイサミの視界を覆い尽くした。
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