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五条より警備の説明を受けたイサミは、その足で、今度は女子寮へと案内されていた。
緑豊かな坂道にゆるりと建ち並ぶ鳥居階段の傍、背面を山々に囲まれた広場に、その建物はあった。
高専のあちこちにある建造物のように、味わいのある外装をしている。
だがそこまで古臭く感じることもなく、どこか近代的な印象も見受けられた。
「靴はここで脱いでってね」
マイスリッパがあるなら自由に使っていいから、と案内人は言う。
イサミは言われたとおり靴を脱ぎ、生徒用のスリッパに履き替えた。
玄関扉を抜けた直ぐ先は、掃出し木製ガラス戸に囲われた広い廊下だった。
外の景色がよく見えて開放的だ。
晴れた日の昼間であれば、照明要らずだろう。
天井はというと屋根の形そのまま、三角状に角度がついていて、和装を損なわないよう、落ち着きのあるペンダントライトが等間隔につらくられていた。
「ちょっと年季入ってるけど、そこは侘び寂びってことで」
この人は侘び寂びとは程遠そうだな、とイサミは密かに思った。
「楽しみでしょ、自分の部屋を見るの。景気付けにクラッカー取ってこようか?」
「・・・誕生日じゃないんですから」
「本当はワクワクしてるくせに」
きゃっ、とでも聞こえてきそうなキャピキャピ具合をみせる成人男性を、イサミはじとりと見た。
――悟はいつもこんなんだから、早めに慣れとけよ。
出会ったばかりのクラスメートの言葉を反芻する。
自分よりも付き合いの長いであろう、真希のお墨付きだ。
つまるところ、こればかりはどうしようもなく、慣れるしかないのだ。
「ここが君の部屋だ。東京の住宅事情から鑑みれば、まあ良物件だよね」
ある1枚扉の前に来て、二人分のスリッパの音が止んだ。
「中は意外と広いから、夜は皆でお菓子パーティー、桃鉄99年もできるよ」
「・・・・・・」
それは自分がやりたいだけなんじゃ・・・と、イサミは心の中で呟いた。
あと桃鉄はやらない。
やるとしても、99年もやらない。
イサミの反応が冷めていく一方、そんなの知ったこっちゃないのが五条悟だ。
彼は「ささ、どうぞ中へ」とイサミに入室を促すと、一歩引いたところに立った。
それを断る理由がないイサミも、促されるままドアノブへと手をのばした。
金属特有のひんやりとした感触が手の平に沁みる。
誕生日プレゼントのリボンを解くときのような心境、というほどでもないが、全くドキドキしていないといえば嘘になる。
ここが今後の住まいとなる以上、内装が気になるのは誰だって同じだろう。
教え子がどんな反応を見せるのか、楽しみで堪らないといった空気が隣から漂ってくるのに気づかないフリをして、イサミはゆっくりと扉を開いた。
視界が徐々に開けていく。
「わ・・・」
一歩、室内へ足を踏み入れれば、イサミの表情はパッと明るくなった。
まず、こじんまりとした台所が目に留まった。
丁寧に手入れされたシンクに、備え付けの水切りラック。
その隣ではシンプルな黒の冷蔵庫が佇んでいて、有難いことに、簡易の電子レンジまで用意されてある。
申し分ない設備だ、厚遇と言えよう。
向かい側の壁には洗面台と、恐らく、浴室だかお手洗いに続くらしき扉があった。
おかげさまで、休日は外へ出なくても生活できそうだ。
「そうそう、隣は真希の部屋だから、寝言には気をつけること」
「え、」
「うっかり "死ね" なんて言っちゃったら、それこそイサミも真希も、ただじゃ済まないから!」
包帯で目元が隠れていても分かる。
側頭部を軽く、ぺんっと叩き「明日の天気は雨だから、傘を忘れないでね!」ぐらいの軽い調子で言ってのけた五条は、微塵も悪気のない、にこやかな笑みを浮かべていた。
あまりにもリスキーな提案。
これにはイサミも肝を潰された。
当事者の安全が保障されない、しかも、やり直しのきかない試行錯誤をやれと言うのだ、たまったもんじゃない。
それでも五条が本気だということは伝わってくる。
泣きついたところで、取り下げはしてくれないだろう。
だとしても、だ。
「ちょっと待ってください!」
イサミは咄嗟に口を開いた。
「そんなの、あぶな――」
「その言葉だって "危ない" よ」
す、と五条の指先がイサミの唇に触れそうな位置に下りてきて、それ以上の発言を強制的に遮った。
イサミは、じっと口をつぐんだ。
・・・つぐむしか、なかった。
「いずれは超えなくちゃいけない壁だ。それがぶ厚い壁なら尚更、一秒でも早く壊しておくに限る」
イサミが固く唇を結んだのを確認して、五条は指先を離した。
それから教え子と目を合わせるように屈むと、あくまでも真剣に、彼なりに諭そうと試みる。
「足踏みするのは今日で終わり。力に振り回されたくないんだろ?」
「!」
イサミの拳に、ぎゅっと力が入った。
薄い膜がイサミの視界を支配していく。
五条と、その周囲の背景までもが潤み、小刻みに揺れて見える。
もう自分に嘘を吐きたくない。
力に振り回されて、自分に怯えながら生きるんじゃなくて、いつか、胸を張って歩けるようになりたい。
どれもこれも、本心から搾り出した言葉だったはずだ。
なのに、もう逃げ出そうとしていた。
・・・・・・どれくらい時間が経っただろう。
1分か、或いは、それほどかかっていなかったかもしれない。
「やります」
余分な水分があることを誤魔化すため、強めの瞬きを何度か行ってから、イサミは伏し目がちになりかけていた顔を上げた。
「ここで引き返すわけにいかないので」
「フッフッフ、いいねぇ、その調子だよ」
どうやら腹は決まったようだ。
迷いのない真っ直ぐな声に、五条の口角が上がる。
「案ずるより産むが易し、ってね。存外、サクッと馴染むかもよ」
そう励ましの言葉を添えてから、
「もし何かあっても責任は僕がとるから、オマエは安心してアオハルしてればいーの」
と、締めくくった。
かに思えた。
「といっても、死人を生き返らせることはできないから、結局はイサミの頑張りに懸かってるんだけどね」
安心感が秒で消えた瞬間だった。
追い討ちをかけるタイミングが最悪すぎる。
「五条さ」
「ハーイ、こちらが洋室になります!広くて快適ですねぇ~。僕としちゃあ、もう少し広いほうが好きだけど」
「あの、話を」
「カーテンつけるのに困ったら、真希に頼んでね。体裁的に、僕が女子寮に出入りするとまずいから」
まともに質問に取り合ってくれない・・・!
五条に背をぐいぐいと押されるがまま、イサミの両足は、ずりずりと音を立てながらキッチンの奥へと迫っていく。
トン、と小さな背を一押し。
主な生活圏となる洋室、そこにイサミは半ば無理やり押し込まれてしまった。
「んじゃ、あとは荷解きガンバッて!時間になったら、また迎えに来るから」
木製扉の向こうに、五条はあっさりと姿を消した。
「・・・・・・」
1Kの自室、いくつかの段ボール箱に足元を囲まれて、ぽつねんと佇むイサミ。
身の丈より大きい窓からは、うっそうと生い茂った木々や低木が見える。
忙しなく羽根をはたはたと動かすモンシロチョウが、イサミの視線の先を横切っていく。
「慣れるしかない・・・」
誰に言うでもなし、イサミはぽつりと呟いた。
そう、慣れるしかないのだ。
この生活にも、あの男にも。
イサミは盛大に溜息を吐いた。
・・・・・・ひとまず、やれることからやろう。
そう思い直して、イサミは足先に触れていた段ボール箱から片づけを始めるべく、のっそりと箱に手をかけた。
緑豊かな坂道にゆるりと建ち並ぶ鳥居階段の傍、背面を山々に囲まれた広場に、その建物はあった。
高専のあちこちにある建造物のように、味わいのある外装をしている。
だがそこまで古臭く感じることもなく、どこか近代的な印象も見受けられた。
「靴はここで脱いでってね」
マイスリッパがあるなら自由に使っていいから、と案内人は言う。
イサミは言われたとおり靴を脱ぎ、生徒用のスリッパに履き替えた。
玄関扉を抜けた直ぐ先は、掃出し木製ガラス戸に囲われた広い廊下だった。
外の景色がよく見えて開放的だ。
晴れた日の昼間であれば、照明要らずだろう。
天井はというと屋根の形そのまま、三角状に角度がついていて、和装を損なわないよう、落ち着きのあるペンダントライトが等間隔につらくられていた。
「ちょっと年季入ってるけど、そこは侘び寂びってことで」
この人は侘び寂びとは程遠そうだな、とイサミは密かに思った。
「楽しみでしょ、自分の部屋を見るの。景気付けにクラッカー取ってこようか?」
「・・・誕生日じゃないんですから」
「本当はワクワクしてるくせに」
きゃっ、とでも聞こえてきそうなキャピキャピ具合をみせる成人男性を、イサミはじとりと見た。
――悟はいつもこんなんだから、早めに慣れとけよ。
出会ったばかりのクラスメートの言葉を反芻する。
自分よりも付き合いの長いであろう、真希のお墨付きだ。
つまるところ、こればかりはどうしようもなく、慣れるしかないのだ。
「ここが君の部屋だ。東京の住宅事情から鑑みれば、まあ良物件だよね」
ある1枚扉の前に来て、二人分のスリッパの音が止んだ。
「中は意外と広いから、夜は皆でお菓子パーティー、桃鉄99年もできるよ」
「・・・・・・」
それは自分がやりたいだけなんじゃ・・・と、イサミは心の中で呟いた。
あと桃鉄はやらない。
やるとしても、99年もやらない。
イサミの反応が冷めていく一方、そんなの知ったこっちゃないのが五条悟だ。
彼は「ささ、どうぞ中へ」とイサミに入室を促すと、一歩引いたところに立った。
それを断る理由がないイサミも、促されるままドアノブへと手をのばした。
金属特有のひんやりとした感触が手の平に沁みる。
誕生日プレゼントのリボンを解くときのような心境、というほどでもないが、全くドキドキしていないといえば嘘になる。
ここが今後の住まいとなる以上、内装が気になるのは誰だって同じだろう。
教え子がどんな反応を見せるのか、楽しみで堪らないといった空気が隣から漂ってくるのに気づかないフリをして、イサミはゆっくりと扉を開いた。
視界が徐々に開けていく。
「わ・・・」
一歩、室内へ足を踏み入れれば、イサミの表情はパッと明るくなった。
まず、こじんまりとした台所が目に留まった。
丁寧に手入れされたシンクに、備え付けの水切りラック。
その隣ではシンプルな黒の冷蔵庫が佇んでいて、有難いことに、簡易の電子レンジまで用意されてある。
申し分ない設備だ、厚遇と言えよう。
向かい側の壁には洗面台と、恐らく、浴室だかお手洗いに続くらしき扉があった。
おかげさまで、休日は外へ出なくても生活できそうだ。
「そうそう、隣は真希の部屋だから、寝言には気をつけること」
「え、」
「うっかり "死ね" なんて言っちゃったら、それこそイサミも真希も、ただじゃ済まないから!」
包帯で目元が隠れていても分かる。
側頭部を軽く、ぺんっと叩き「明日の天気は雨だから、傘を忘れないでね!」ぐらいの軽い調子で言ってのけた五条は、微塵も悪気のない、にこやかな笑みを浮かべていた。
あまりにもリスキーな提案。
これにはイサミも肝を潰された。
当事者の安全が保障されない、しかも、やり直しのきかない試行錯誤をやれと言うのだ、たまったもんじゃない。
それでも五条が本気だということは伝わってくる。
泣きついたところで、取り下げはしてくれないだろう。
だとしても、だ。
「ちょっと待ってください!」
イサミは咄嗟に口を開いた。
「そんなの、あぶな――」
「その言葉だって "危ない" よ」
す、と五条の指先がイサミの唇に触れそうな位置に下りてきて、それ以上の発言を強制的に遮った。
イサミは、じっと口をつぐんだ。
・・・つぐむしか、なかった。
「いずれは超えなくちゃいけない壁だ。それがぶ厚い壁なら尚更、一秒でも早く壊しておくに限る」
イサミが固く唇を結んだのを確認して、五条は指先を離した。
それから教え子と目を合わせるように屈むと、あくまでも真剣に、彼なりに諭そうと試みる。
「足踏みするのは今日で終わり。力に振り回されたくないんだろ?」
「!」
イサミの拳に、ぎゅっと力が入った。
薄い膜がイサミの視界を支配していく。
五条と、その周囲の背景までもが潤み、小刻みに揺れて見える。
もう自分に嘘を吐きたくない。
力に振り回されて、自分に怯えながら生きるんじゃなくて、いつか、胸を張って歩けるようになりたい。
どれもこれも、本心から搾り出した言葉だったはずだ。
なのに、もう逃げ出そうとしていた。
・・・・・・どれくらい時間が経っただろう。
1分か、或いは、それほどかかっていなかったかもしれない。
「やります」
余分な水分があることを誤魔化すため、強めの瞬きを何度か行ってから、イサミは伏し目がちになりかけていた顔を上げた。
「ここで引き返すわけにいかないので」
「フッフッフ、いいねぇ、その調子だよ」
どうやら腹は決まったようだ。
迷いのない真っ直ぐな声に、五条の口角が上がる。
「案ずるより産むが易し、ってね。存外、サクッと馴染むかもよ」
そう励ましの言葉を添えてから、
「もし何かあっても責任は僕がとるから、オマエは安心してアオハルしてればいーの」
と、締めくくった。
かに思えた。
「といっても、死人を生き返らせることはできないから、結局はイサミの頑張りに懸かってるんだけどね」
安心感が秒で消えた瞬間だった。
追い討ちをかけるタイミングが最悪すぎる。
「五条さ」
「ハーイ、こちらが洋室になります!広くて快適ですねぇ~。僕としちゃあ、もう少し広いほうが好きだけど」
「あの、話を」
「カーテンつけるのに困ったら、真希に頼んでね。体裁的に、僕が女子寮に出入りするとまずいから」
まともに質問に取り合ってくれない・・・!
五条に背をぐいぐいと押されるがまま、イサミの両足は、ずりずりと音を立てながらキッチンの奥へと迫っていく。
トン、と小さな背を一押し。
主な生活圏となる洋室、そこにイサミは半ば無理やり押し込まれてしまった。
「んじゃ、あとは荷解きガンバッて!時間になったら、また迎えに来るから」
木製扉の向こうに、五条はあっさりと姿を消した。
「・・・・・・」
1Kの自室、いくつかの段ボール箱に足元を囲まれて、ぽつねんと佇むイサミ。
身の丈より大きい窓からは、うっそうと生い茂った木々や低木が見える。
忙しなく羽根をはたはたと動かすモンシロチョウが、イサミの視線の先を横切っていく。
「慣れるしかない・・・」
誰に言うでもなし、イサミはぽつりと呟いた。
そう、慣れるしかないのだ。
この生活にも、あの男にも。
イサミは盛大に溜息を吐いた。
・・・・・・ひとまず、やれることからやろう。
そう思い直して、イサミは足先に触れていた段ボール箱から片づけを始めるべく、のっそりと箱に手をかけた。