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では改めて。
「・・・・・・秋山、イサミです」
名乗るだけの簡素な自己紹介。
静かにおじぎをする子供の表情は、固かった。
「それでは、これから転入生の紹介を始めたいと思います!!ハイ皆、拍手して!ほらっ」
「ヨッ、待ってました」
「いーから早くしろよ」
イサミがいる座席に向かって、ぱらぱらと疎らな拍手が鳴る。
先刻、五条があとで本人からさせるとしていた自己紹介だが、様々な意見――真希はこのあとすぐに稽古があり、語彙を絞っての自己紹介は時間がかかるなど――から、この場は結局、五条が取り仕切ることとなった。
長期に渡るコミュニケーションの課題が、早くも浮き彫りになる形となった瞬間。
当然といえば、当然のことだった。
どうしても必要な場合を除き、イサミが言葉を交わすことが許されているのは、特定の人物とだけ。
これから共に学んでいくクラスメートたちとは、もちろん、赦されていない。
決して超えてはならない境界線。
理解はしてる。
制約も呑んだ。
ただ、どれだけ頭で理解していようと、その根底にある心の問題を切り離すことは容易くはない。
さっきだってそうだ。
イサミの気持ちが萎まないはずがなかったことは、言うまでもない。
それでも今後、少女は、これまで以上に気を張って生きていかなければならないのだ。
心を殺し、言葉を殺し、声を潜めて、そうして自身も他人も守る。
だからこれは、自らにかかった”呪い”と向き合うための第一歩なのだと、そう言い聞かせて――。
「それじゃあいくよ」
五条の自己紹介、もとい他者紹介が始まる。
「甘いものが好きじゃないなんて信じられない!!■■県出身のひよっこ呪言師、秋山イサミ!語彙のレパートリーは居酒屋のメニューだよ!ん~~、渋い!」
今しがたまで抱えていたはずのセンチメンタルな気持ちなど、瞬時に何処かへ吹き飛んでしまった。
余計な言葉だらけの自己・・・否、他者紹介に、開いた口が塞がらない。
例えばの話、もしも五条悟が犬だったなら、絶対に、なんとしても放し飼いにしてはいけないタイプの犬だったにちがいない。
「ってな感じで」
「うわっ」
異論を唱えることもできずに遠い目をするイサミに、軽い足取りで背後に回ってきた五条がその肩を掴むと、クラスメートへ向き合うよう半ば強引に体を半回転させた。
急な方向転換に、イサミの視界が大きくぶれる。
上半身と下半身のバランスを崩されたせいで少しふらつきそうになったが、そこは五条の大きな掌が支えてくれた。
「詳しいことはまだまだ調査中なんだけど、先祖返りで狗巻家相伝の呪言が発言しちゃった秋山イサミクンでーーす。語彙を絞りきるまでに時間がかかるだろうし、危険を感じたら殴ってでも止めていいから。皆よろしくー!!」
とまあ、周囲に紙吹雪の幻覚が見えそうな勢いで、彼はこの場にいる誰よりも元気よく締め括ったのであった。
「なぐっ・・・」
「イサミ、お口チャックね」
「・・・・・・・・・はい」
殴ってでも止めていい発言に反応をみせたところを、五条がすかさずたしなめ、イサミは口をぎゅっと結んだ。
うんうん、と満足げに頷く五条。
「それじゃあ次は呪術師の先輩こと、愉快な同級生たちの紹介といこうか」
「だれが愉快だ、誰が」
「禪院真希、呪いの籠った呪具を使うよ。パンダ・・・は、さっき話したからナシで」
「俺はべつにもう一回やってもいいけど」
「次は、棘かな。二人はこの間会ってるし、はじめましてじゃないよね」
「・・・・・・」
しゃけ、とだけ呟いた少年を盗み見た。
色素の薄い髪が、食堂の窓から吹き込む柔らかい風に吹かれて、ふわふわと揺れている。
狗巻の顔半分、鼻から下はネックウォーマーで隠されており、眠たげな瞳でこちらを見ている。
感情を読み取るには、いささか情報が足りないように思えた。
そして、初対面のあの時と変わらず、発言が独特だ。
何故そうなのか。
イサミが思い当たるよりも早く、答えはすぐに与えられた。
「狗巻棘。君と同じ、呪言師だ」
「・・・え。おなじ、って・・・」
思わず声が漏れた。
五条を見上げかけたその直後、はっとして、イサミは反射的に狗巻へと目を向けた。
イサミの表情が困惑と驚き、そして、ほんの僅かな期待を込めたものに変わっていく。
薄情だと思われるだろうか。
この瞬間、イサミは内心、安堵を覚えていた。
同じ境遇に在る人間が他にもいて、自分は孤独ではないと知れたからだ。
だが同時に、情けなくもなった。
彼――狗巻棘は、高専という地で自らの居場所を見つけ、強かに生きている。
他者との関わりを可能な限り絶ち、殻に閉じこもって生きてきた自分とは、大違いだった。
「そうやって余計なことを考えるの、よくないよ」
ストンと、まるで教え子の考えを見透かしたような声が頭上から降ってきて、イサミはひとつ瞬きをし、傍らに立つ五条を見上げた。
「君はこれから大きく変わる。そのための呪術高専だ」
真面目な顔から一転、五条はいつもの笑顔を浮かべて言う。
「頼れる仲間もいることだし、毎日が楽しくて仕方なくなる。だから、なにも心配する必要はないんだよ」
そんな五条に面食らっていると、イサミの視界の隅で、誰かの手の平が静かに映りこんだ。
手の主は、狗巻だった。
「高菜」
「・・・?あの、」
「こんぶ」
この手はなんだろう。
それに、高菜と明太子とは。
――君と同じ、呪言師だ。
「・・・・・・」
食べ物の名前だけで会話が成り立つには、相当の努力と期間を要することをイサミは体験済みだ。
いまはまだ、正確に彼の意思を汲み取ることはできない。
けれど、これはきっと彼なりの挨拶の部類に入る言葉なのだろうと推察はできる。
イサミは差し出された手の平を、そうっと握った。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、狗巻の指先がピクリと動く。
そのあとは何事もなかったように、指先で柔らかく握り返してきた。
「・・・高菜」
繰り返される高菜に、イサミの口から、ふ、と息が漏れた。
「お、ちょっと笑った」
と、パンダが何やら嬉しそうにするその隣で、頬杖をつき、事を見守っていた真希も「だな」と、ぶっきらぼうに呟いた。
「顔合わせも済んだことだし、次いこうか。イサミは寮の荷解きもあることだしね」
時間も時間だ。
挨拶もそこそこに、あとは各々の行動に移ることになった。
パンパンと手を鳴らし、解散!と告げた五条の傍を、同級生たちがぞろぞろと歩いていく。
「そうだ。あともう一人、紹介したい生徒がいるんだけど・・・真希、憂太は?」
「自主練。先にグラウンドで走らせてる」
「憂太が高専に来て、一ヶ月ちょいくらいか。めげずに頑張ってるみたいだね。その調子でビシバシ鍛えてやってよ」
「言われなくとも」
真希は素っ気なく返すと、そのまま外へと繋がる廊下へ、さっさと歩いていってしまった。
それに倣い、パンダと狗巻もあとを追いかけていく。
また後で、と手を振る1人と一匹に小さく手を振り返し、イサミは彼らの背を見送った。
束の間の沈黙。
顎に手を当てて、考え事をする仕草をしていた彼は「ま、いけるか」と一人ごち、
「もう気づいてるだろうけど、憂太は君の同級生だ」
と、カラッとした口調で話を始めた。
「乙骨憂太。彼もワケありでね、イサミのように、僕がここに連れてきたんだ。悪い子じゃないから、仲良くしてやってよ」
乙骨憂太という少年の抱える "理由" がどれほどのものなのか、この時のイサミに知る由はない。
だが数時間後、イサミは五条の言葉の意味を、嫌でも体感することとなる。
「・・・・・・秋山、イサミです」
名乗るだけの簡素な自己紹介。
静かにおじぎをする子供の表情は、固かった。
「それでは、これから転入生の紹介を始めたいと思います!!ハイ皆、拍手して!ほらっ」
「ヨッ、待ってました」
「いーから早くしろよ」
イサミがいる座席に向かって、ぱらぱらと疎らな拍手が鳴る。
先刻、五条があとで本人からさせるとしていた自己紹介だが、様々な意見――真希はこのあとすぐに稽古があり、語彙を絞っての自己紹介は時間がかかるなど――から、この場は結局、五条が取り仕切ることとなった。
長期に渡るコミュニケーションの課題が、早くも浮き彫りになる形となった瞬間。
当然といえば、当然のことだった。
どうしても必要な場合を除き、イサミが言葉を交わすことが許されているのは、特定の人物とだけ。
これから共に学んでいくクラスメートたちとは、もちろん、赦されていない。
決して超えてはならない境界線。
理解はしてる。
制約も呑んだ。
ただ、どれだけ頭で理解していようと、その根底にある心の問題を切り離すことは容易くはない。
さっきだってそうだ。
イサミの気持ちが萎まないはずがなかったことは、言うまでもない。
それでも今後、少女は、これまで以上に気を張って生きていかなければならないのだ。
心を殺し、言葉を殺し、声を潜めて、そうして自身も他人も守る。
だからこれは、自らにかかった”呪い”と向き合うための第一歩なのだと、そう言い聞かせて――。
「それじゃあいくよ」
五条の自己紹介、もとい他者紹介が始まる。
「甘いものが好きじゃないなんて信じられない!!■■県出身のひよっこ呪言師、秋山イサミ!語彙のレパートリーは居酒屋のメニューだよ!ん~~、渋い!」
今しがたまで抱えていたはずのセンチメンタルな気持ちなど、瞬時に何処かへ吹き飛んでしまった。
余計な言葉だらけの自己・・・否、他者紹介に、開いた口が塞がらない。
例えばの話、もしも五条悟が犬だったなら、絶対に、なんとしても放し飼いにしてはいけないタイプの犬だったにちがいない。
「ってな感じで」
「うわっ」
異論を唱えることもできずに遠い目をするイサミに、軽い足取りで背後に回ってきた五条がその肩を掴むと、クラスメートへ向き合うよう半ば強引に体を半回転させた。
急な方向転換に、イサミの視界が大きくぶれる。
上半身と下半身のバランスを崩されたせいで少しふらつきそうになったが、そこは五条の大きな掌が支えてくれた。
「詳しいことはまだまだ調査中なんだけど、先祖返りで狗巻家相伝の呪言が発言しちゃった秋山イサミクンでーーす。語彙を絞りきるまでに時間がかかるだろうし、危険を感じたら殴ってでも止めていいから。皆よろしくー!!」
とまあ、周囲に紙吹雪の幻覚が見えそうな勢いで、彼はこの場にいる誰よりも元気よく締め括ったのであった。
「なぐっ・・・」
「イサミ、お口チャックね」
「・・・・・・・・・はい」
殴ってでも止めていい発言に反応をみせたところを、五条がすかさずたしなめ、イサミは口をぎゅっと結んだ。
うんうん、と満足げに頷く五条。
「それじゃあ次は呪術師の先輩こと、愉快な同級生たちの紹介といこうか」
「だれが愉快だ、誰が」
「禪院真希、呪いの籠った呪具を使うよ。パンダ・・・は、さっき話したからナシで」
「俺はべつにもう一回やってもいいけど」
「次は、棘かな。二人はこの間会ってるし、はじめましてじゃないよね」
「・・・・・・」
しゃけ、とだけ呟いた少年を盗み見た。
色素の薄い髪が、食堂の窓から吹き込む柔らかい風に吹かれて、ふわふわと揺れている。
狗巻の顔半分、鼻から下はネックウォーマーで隠されており、眠たげな瞳でこちらを見ている。
感情を読み取るには、いささか情報が足りないように思えた。
そして、初対面のあの時と変わらず、発言が独特だ。
何故そうなのか。
イサミが思い当たるよりも早く、答えはすぐに与えられた。
「狗巻棘。君と同じ、呪言師だ」
「・・・え。おなじ、って・・・」
思わず声が漏れた。
五条を見上げかけたその直後、はっとして、イサミは反射的に狗巻へと目を向けた。
イサミの表情が困惑と驚き、そして、ほんの僅かな期待を込めたものに変わっていく。
薄情だと思われるだろうか。
この瞬間、イサミは内心、安堵を覚えていた。
同じ境遇に在る人間が他にもいて、自分は孤独ではないと知れたからだ。
だが同時に、情けなくもなった。
彼――狗巻棘は、高専という地で自らの居場所を見つけ、強かに生きている。
他者との関わりを可能な限り絶ち、殻に閉じこもって生きてきた自分とは、大違いだった。
「そうやって余計なことを考えるの、よくないよ」
ストンと、まるで教え子の考えを見透かしたような声が頭上から降ってきて、イサミはひとつ瞬きをし、傍らに立つ五条を見上げた。
「君はこれから大きく変わる。そのための呪術高専だ」
真面目な顔から一転、五条はいつもの笑顔を浮かべて言う。
「頼れる仲間もいることだし、毎日が楽しくて仕方なくなる。だから、なにも心配する必要はないんだよ」
そんな五条に面食らっていると、イサミの視界の隅で、誰かの手の平が静かに映りこんだ。
手の主は、狗巻だった。
「高菜」
「・・・?あの、」
「こんぶ」
この手はなんだろう。
それに、高菜と明太子とは。
――君と同じ、呪言師だ。
「・・・・・・」
食べ物の名前だけで会話が成り立つには、相当の努力と期間を要することをイサミは体験済みだ。
いまはまだ、正確に彼の意思を汲み取ることはできない。
けれど、これはきっと彼なりの挨拶の部類に入る言葉なのだろうと推察はできる。
イサミは差し出された手の平を、そうっと握った。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、狗巻の指先がピクリと動く。
そのあとは何事もなかったように、指先で柔らかく握り返してきた。
「・・・高菜」
繰り返される高菜に、イサミの口から、ふ、と息が漏れた。
「お、ちょっと笑った」
と、パンダが何やら嬉しそうにするその隣で、頬杖をつき、事を見守っていた真希も「だな」と、ぶっきらぼうに呟いた。
「顔合わせも済んだことだし、次いこうか。イサミは寮の荷解きもあることだしね」
時間も時間だ。
挨拶もそこそこに、あとは各々の行動に移ることになった。
パンパンと手を鳴らし、解散!と告げた五条の傍を、同級生たちがぞろぞろと歩いていく。
「そうだ。あともう一人、紹介したい生徒がいるんだけど・・・真希、憂太は?」
「自主練。先にグラウンドで走らせてる」
「憂太が高専に来て、一ヶ月ちょいくらいか。めげずに頑張ってるみたいだね。その調子でビシバシ鍛えてやってよ」
「言われなくとも」
真希は素っ気なく返すと、そのまま外へと繋がる廊下へ、さっさと歩いていってしまった。
それに倣い、パンダと狗巻もあとを追いかけていく。
また後で、と手を振る1人と一匹に小さく手を振り返し、イサミは彼らの背を見送った。
束の間の沈黙。
顎に手を当てて、考え事をする仕草をしていた彼は「ま、いけるか」と一人ごち、
「もう気づいてるだろうけど、憂太は君の同級生だ」
と、カラッとした口調で話を始めた。
「乙骨憂太。彼もワケありでね、イサミのように、僕がここに連れてきたんだ。悪い子じゃないから、仲良くしてやってよ」
乙骨憂太という少年の抱える "理由" がどれほどのものなのか、この時のイサミに知る由はない。
だが数時間後、イサミは五条の言葉の意味を、嫌でも体感することとなる。