844年
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「最初から上手く飛べとは言わん。だが、最低でも7日で飛べるようにはなってもらう」
あの後、アリシアが木にぶら下がれることを確認したリヴァイは、次回の壁外調査に向けて明確な目標をアリシアに課した。
場所が変わり、調査兵団本部にある食堂。
大人数のテーブル席に着いた兵士達が、ささやかな食卓を囲み、眠気覚ましとばかりに他愛のない話に花を咲かせている。
その一角で――不思議と、二人がいるテーブルには誰も寄り付かなかった――嚙み千切るには少々固いパンと、味がするようでしない野菜スープを前に、アリシアは表情を固くしていた。
理由は、与えられた猶予のあまりの短さだ。
「たったの7日で、ですか」
「7日も、だ。飲み込みが早けりゃ、そのくらいで使いこなせるようになる」
思っていた以上に厳しいスケジュールに、アリシアが不平を垂れたそうな顔をするが、指導役となる彼はそれを許さなかった。
リヴァイは自身の立体起動装置へ視線を落とした。
「お前はこいつのことを知った気になっているかもしれんが、そんなものはほんの一部に過ぎない。実戦では、想定外のことが起きやすい・・・そのための訓練も必要だからな」
だからこそのイムリミットだ、とリヴァイは会話を締め括った。
そこから話が発展することはなく、リヴァイが黙々と朝食を食べることに専念し始めたので、アリシアも、パンを千切りかけていた手を再開させた。
アリシアは、リヴァイから教えられた予定を頭の中で確認する。
食事が済んだあとは集会に参加、その後で、誰かがこの施設の案内をしてくれるそうだ。
案内が終われば、次は、立体起動装置の手入れの仕方を叩き込まれるらしい。
そしてこの一日は、アリシアを立体起動装置を着けたままの活動に慣らすための日でもあるという。
正直、気乗りはしない。
だが、取引の件もある。
従わないわけにはいかないだろう。
ともかく、いまは食事に専念すべきだ。
リヴァイに遅れないよう、アリシアもスープを口に含んだ。
「・・・・・・」
具は少ないけれど温かくて、どこか懐かしいような味がする。
生きることに必死過ぎて忘れていた味だ。
・・・そういえば、こうして落ち着いた食事ができるのはいつぶりだろう。
アリシアは深皿の中で揺れるスープに、浮かない顔が静かに揺らいでいるのを見つけた。
そいつの頭には包帯が巻かれたままで、目の下にはうっすら隈ができている。
およそ一年前の自分とは似ても似つかない顔つきに、本来の自分を見出せなくなりそうだった。
スプーンを握るアリシアの手に、力が篭もる。
自分をここまで追い込んでくれた連中に一矢報いりたい気持ちから、あれだけ入りたくなかった組織に身を置くことを決めた。
が、果たしてこれで良かったのだろうか。
本当に連中を追い込むことができるのかどうかすら保証がなく、それよりも前に、自分が先に死んでしまうかもしれないというのに。
考え始めればきりがないもので、皿越しに手の平に伝わる温度はいつの間にか冷めきっていた。
「具の入ってないスープがそんなに珍しいか」
「え」
思案の深みにいたアリシアを、リヴァイの声が引き戻した。
素っ頓狂な声を上げるアリシアに、いま一度、彼は訊ねる。
「豆と野菜の切れ端しか入っていないようなスープは、初めてかと聞いている」
「そういうわけでは・・・」
「・・・・・・先に片づけてくる」
俺が戻るまで、そこを動くな。
そうしっかりと釘を刺し、リヴァイが食堂の奥へと消えていくのを、アリシアは横目で見送った。
ぽつねんとして一人、テーブルに残されたアリシアは、半分になったパンの断面を撫ぜた。
部屋に持ち帰ったあとで食べてもいいが、いまは少しでも体力を取り戻さないければならない身。
無理にでも胃に収めなければその分、回復も遅れる。
それに、小言を言われるようなことはなるべく避けたい。
アリシアは少しでも消化しやすいようにと、千切ったパンをスープに浸した。
その時、アリシアの手元に、ふっと濃い影がかかった。
アリシアがおもてを上げれば、目と鼻の先にハンジの顔が迫っていた。
「・・・うわっ!?」
「やあアリシア、調子はどう?元気?リヴァイの姿が見えないけど、いまは一人なのかな?」
「・・・ハンジさん・・・」
スープの皿を零しそうな勢いで飛び退いたアリシアに、ハンジはカラッとした笑顔を向ける。
「会えてちょうど良かったよ~、話したいことがたっくさんあるんだ!」
アリシアが立てた大きな物音のせいで、何事かと周りの視線が集まるが、ハンジがいることを確認すると、すぐに各々の日常へ戻っていった。
また面倒な人が来てしまった。
一秒でも早くここを立ち去りたいが、リヴァイにここで待つように言われている上に、食事も済んでいないため、適当な理由をつけて逃げることができそうにない。
アリシアは諦めて椅子に座り直した。
「そうそう!集会が終わったあとは、アリシアはリヴァイと一旦別行動だから。施設の案内は私がさせてもらうよ」
これでも古株なんだ、とハンジは笑む。
古株ということは、兵団の中でも異常に死亡率が高い、この調査兵団において、何度も死線を潜り抜けてきた人物ということになる。
アリシアは目を細めた。
ここは、運の良さだけで生き延びられるような場所じゃない。
だからこの人は、きっと強いのだろう。
心も、身体も。
「・・・メガネ、ここで何してる」
二人の間に沈黙が落ちること、ほんの数秒。
その間に、片付けを終えたリヴァイが戻ってきた。
「おはようリヴァイ、朝早くからご苦労様」
ハンジはアリシアの前の席、リヴァイが座っていた場所から隣へずれると、彼にも着席するよう促した。
「で、試運転はどうだった、上手くいきそう?」
「問題ない。出だしが良すぎて、気持ち悪いぐらいだ」
「そっかそっか、ふーん、なるほどねぇ・・・」
呟きながら、ハンジが眼鏡越しにアリシアを見る。
その観察するような視線から少しでも逃れたいが、やはり勝手に動くわけにもいかず、アリシアは渋々、気まずい空気の中でパンをかじった。
「・・・・・・」
もしゃもしゃとパンを咀嚼するアリシアに、二人分の視線が刺さる。
二人揃ってこちらを見るのを、どうかやめてはくれないだろうか。
食べづらくて仕方がない。
アリシアが目のやり場にも困り始めた、そんな折だ。
ハンジの背後から、知らない声が降ってきた。
「ハンジ班長、朝食を貰って来ました。・・・?何かあったんですか」
「ありがとうモブリット、助かるよ」
「勝手に席を変えるから、探すのに時間がかかりましたよ」
モブリットと呼ばれたその男性は、二人分のプレートを手にしており、そのままハンジの隣へと移動した。
そして、その流れでアリシアと視線が合うと、彼は動きを止めた。
「・・・ハンジさん、その子が?」
「そう。アリシア・フェリシスタス、我々の新しい仲間だ」
「仲間って、まだ子供じゃないですか。・・・あの話は本当なんですか?」
「ん?」
モブリットが発した「子供」というワードに、ハンジが首を傾げる。
「モブリット、彼女は」
「子供じゃないです」
「え?」
今度は、モブリットが首を傾げる番だった。
「来月で20です」
だから子供じゃないです。
ムシリ、と最後のパンに齧りつきながら、アリシアは語尾を強めに言い放った。
アリシアのあからさまに不貞腐れた顔と、驚きを隠せないモブリットの顔に、堪えきれなかったハンジが思いきり噴出した。
後に判明することだが、ハンジ曰く、モブリットがアリシアの年齢を知らなかったのは、彼女が途中で資料を取り上げてしまったからなんだそうだ。
あの後、アリシアが木にぶら下がれることを確認したリヴァイは、次回の壁外調査に向けて明確な目標をアリシアに課した。
場所が変わり、調査兵団本部にある食堂。
大人数のテーブル席に着いた兵士達が、ささやかな食卓を囲み、眠気覚ましとばかりに他愛のない話に花を咲かせている。
その一角で――不思議と、二人がいるテーブルには誰も寄り付かなかった――嚙み千切るには少々固いパンと、味がするようでしない野菜スープを前に、アリシアは表情を固くしていた。
理由は、与えられた猶予のあまりの短さだ。
「たったの7日で、ですか」
「7日も、だ。飲み込みが早けりゃ、そのくらいで使いこなせるようになる」
思っていた以上に厳しいスケジュールに、アリシアが不平を垂れたそうな顔をするが、指導役となる彼はそれを許さなかった。
リヴァイは自身の立体起動装置へ視線を落とした。
「お前はこいつのことを知った気になっているかもしれんが、そんなものはほんの一部に過ぎない。実戦では、想定外のことが起きやすい・・・そのための訓練も必要だからな」
だからこそのイムリミットだ、とリヴァイは会話を締め括った。
そこから話が発展することはなく、リヴァイが黙々と朝食を食べることに専念し始めたので、アリシアも、パンを千切りかけていた手を再開させた。
アリシアは、リヴァイから教えられた予定を頭の中で確認する。
食事が済んだあとは集会に参加、その後で、誰かがこの施設の案内をしてくれるそうだ。
案内が終われば、次は、立体起動装置の手入れの仕方を叩き込まれるらしい。
そしてこの一日は、アリシアを立体起動装置を着けたままの活動に慣らすための日でもあるという。
正直、気乗りはしない。
だが、取引の件もある。
従わないわけにはいかないだろう。
ともかく、いまは食事に専念すべきだ。
リヴァイに遅れないよう、アリシアもスープを口に含んだ。
「・・・・・・」
具は少ないけれど温かくて、どこか懐かしいような味がする。
生きることに必死過ぎて忘れていた味だ。
・・・そういえば、こうして落ち着いた食事ができるのはいつぶりだろう。
アリシアは深皿の中で揺れるスープに、浮かない顔が静かに揺らいでいるのを見つけた。
そいつの頭には包帯が巻かれたままで、目の下にはうっすら隈ができている。
およそ一年前の自分とは似ても似つかない顔つきに、本来の自分を見出せなくなりそうだった。
スプーンを握るアリシアの手に、力が篭もる。
自分をここまで追い込んでくれた連中に一矢報いりたい気持ちから、あれだけ入りたくなかった組織に身を置くことを決めた。
が、果たしてこれで良かったのだろうか。
本当に連中を追い込むことができるのかどうかすら保証がなく、それよりも前に、自分が先に死んでしまうかもしれないというのに。
考え始めればきりがないもので、皿越しに手の平に伝わる温度はいつの間にか冷めきっていた。
「具の入ってないスープがそんなに珍しいか」
「え」
思案の深みにいたアリシアを、リヴァイの声が引き戻した。
素っ頓狂な声を上げるアリシアに、いま一度、彼は訊ねる。
「豆と野菜の切れ端しか入っていないようなスープは、初めてかと聞いている」
「そういうわけでは・・・」
「・・・・・・先に片づけてくる」
俺が戻るまで、そこを動くな。
そうしっかりと釘を刺し、リヴァイが食堂の奥へと消えていくのを、アリシアは横目で見送った。
ぽつねんとして一人、テーブルに残されたアリシアは、半分になったパンの断面を撫ぜた。
部屋に持ち帰ったあとで食べてもいいが、いまは少しでも体力を取り戻さないければならない身。
無理にでも胃に収めなければその分、回復も遅れる。
それに、小言を言われるようなことはなるべく避けたい。
アリシアは少しでも消化しやすいようにと、千切ったパンをスープに浸した。
その時、アリシアの手元に、ふっと濃い影がかかった。
アリシアがおもてを上げれば、目と鼻の先にハンジの顔が迫っていた。
「・・・うわっ!?」
「やあアリシア、調子はどう?元気?リヴァイの姿が見えないけど、いまは一人なのかな?」
「・・・ハンジさん・・・」
スープの皿を零しそうな勢いで飛び退いたアリシアに、ハンジはカラッとした笑顔を向ける。
「会えてちょうど良かったよ~、話したいことがたっくさんあるんだ!」
アリシアが立てた大きな物音のせいで、何事かと周りの視線が集まるが、ハンジがいることを確認すると、すぐに各々の日常へ戻っていった。
また面倒な人が来てしまった。
一秒でも早くここを立ち去りたいが、リヴァイにここで待つように言われている上に、食事も済んでいないため、適当な理由をつけて逃げることができそうにない。
アリシアは諦めて椅子に座り直した。
「そうそう!集会が終わったあとは、アリシアはリヴァイと一旦別行動だから。施設の案内は私がさせてもらうよ」
これでも古株なんだ、とハンジは笑む。
古株ということは、兵団の中でも異常に死亡率が高い、この調査兵団において、何度も死線を潜り抜けてきた人物ということになる。
アリシアは目を細めた。
ここは、運の良さだけで生き延びられるような場所じゃない。
だからこの人は、きっと強いのだろう。
心も、身体も。
「・・・メガネ、ここで何してる」
二人の間に沈黙が落ちること、ほんの数秒。
その間に、片付けを終えたリヴァイが戻ってきた。
「おはようリヴァイ、朝早くからご苦労様」
ハンジはアリシアの前の席、リヴァイが座っていた場所から隣へずれると、彼にも着席するよう促した。
「で、試運転はどうだった、上手くいきそう?」
「問題ない。出だしが良すぎて、気持ち悪いぐらいだ」
「そっかそっか、ふーん、なるほどねぇ・・・」
呟きながら、ハンジが眼鏡越しにアリシアを見る。
その観察するような視線から少しでも逃れたいが、やはり勝手に動くわけにもいかず、アリシアは渋々、気まずい空気の中でパンをかじった。
「・・・・・・」
もしゃもしゃとパンを咀嚼するアリシアに、二人分の視線が刺さる。
二人揃ってこちらを見るのを、どうかやめてはくれないだろうか。
食べづらくて仕方がない。
アリシアが目のやり場にも困り始めた、そんな折だ。
ハンジの背後から、知らない声が降ってきた。
「ハンジ班長、朝食を貰って来ました。・・・?何かあったんですか」
「ありがとうモブリット、助かるよ」
「勝手に席を変えるから、探すのに時間がかかりましたよ」
モブリットと呼ばれたその男性は、二人分のプレートを手にしており、そのままハンジの隣へと移動した。
そして、その流れでアリシアと視線が合うと、彼は動きを止めた。
「・・・ハンジさん、その子が?」
「そう。アリシア・フェリシスタス、我々の新しい仲間だ」
「仲間って、まだ子供じゃないですか。・・・あの話は本当なんですか?」
「ん?」
モブリットが発した「子供」というワードに、ハンジが首を傾げる。
「モブリット、彼女は」
「子供じゃないです」
「え?」
今度は、モブリットが首を傾げる番だった。
「来月で20です」
だから子供じゃないです。
ムシリ、と最後のパンに齧りつきながら、アリシアは語尾を強めに言い放った。
アリシアのあからさまに不貞腐れた顔と、驚きを隠せないモブリットの顔に、堪えきれなかったハンジが思いきり噴出した。
後に判明することだが、ハンジ曰く、モブリットがアリシアの年齢を知らなかったのは、彼女が途中で資料を取り上げてしまったからなんだそうだ。
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