脆い僕はいつまでも君を待ち続けているから

【脆い僕はいつまでも君を待ち続けているから】

ずっと、ずうっと、君を待つ。
君の言葉を待っている。


それはある日の深夜の事。
熱斗だけでなくはる香も祐一朗もその他この町の住人達も、ほぼ全ての人間が深い眠りの中に居るその時、ロックマンは珍しくロールとの密かなメールのやり取りを楽しんでいた。
最近あった事や過去にあった事、様々な事を話し合うメールは楽しくて、ロックマンは常に自分のできる限りの最速でメールを打ち、それに対してのロールからの返信を待ちわびていた。
今もロックマンはロールのメールへの返信を書き終え、送信ボタンをタッチしようとしている。
さてこの返信にロールはどんな返信をくれるのだろう? ロックマンはワクワクと胸が高鳴るのを感じながら送信ボタンを押した。
それまで送信ボタンの表示されていた画面に、送信完了の文字が表示される。
これで後数分もすれば、ロールから返事が来るはずだ。

「ロールちゃん、ロールちゃん……!」

珍しくロールと話し込めたことが嬉しくて、ロックマンは近くにあったクッションを抱き締めてロールの名前を繰り返す。
あと何分したら返信が来るのだろう? 大体八分から十分程度で来るだろう、嗚呼早くロールの反応が知りたい、そしてもっと色々な事を長く話したい。
ロックマンはロールから返信が来たら次は何を話そうかと考え、それに対してのロールの返信をいくらか想像し、更に胸が高鳴るのを感じていた。

しかし、そういった喜びは長くは続かないのが世の常である。

ロックマンが返信を出してから十五分が過ぎた。
予想よりやや長い待ち時間に、暇を持て余したロックマンは音楽を聞きながらWebブラウザによるインターネットサーフィンに興じていたが、その様子は何処かそわそわと落ち着きが無い。
基本的にはWebブラウザ用の画面を見ながらも、時々メール用の画面の様子を窺っている、そのせいだろうか。
Webブラウザでネットサーフィンをして、他のアプリケーションで音楽を聞きながらも、ロックマンは何か嫌な予感を感じ始めていた。

「ロールちゃん、どうしたのかな……。」

あまりにも遅い深夜だから、メイルに見つかってメールをやめるよう言われた、という事は……まぁないだろう。
何故ならメイルがロールにメールをやめるように言う理由はないからだ。
なら、何故ロールからのメールはロックマンの元に届いていないのだろう?
ロックマンは一瞬、自分のメールがロールに届いていなかった可能性を考えたが、今までそんな事はなかったし、PETのネットワークを管理する会社からも障害のお知らせは出てはいないからそれはないだろうと考え直す。
では、何故ロールからの返信は無いのだろう。

「ロールちゃん……。」

それまでのウキウキとした気分はいつの間にか萎れて枯れて、ロックマンは小さな溜息を何度も零していた。
どうして、どうしてロールは返信を、返事をくれない? その訳をロックマンは考え続ける。
やはりメールが届いていなかったのだろうか、それともメイルからもうやめるように言われたのだろうか、もしそれ以外だとすると少し人間臭い理由になるが、

「もう寝ちゃったのかな、ロールちゃん……。」

自分の右手にWebブラウザ、左手にメールソフトを開いたままのロックマンは、Webブラウザではなくメールソフトの方に視線を向けながらそう呟いた。
ネットナビにはあまり縁の無い話だと思っているが、人間だとそこそこありうるパターンの一つに“寝オチ”というものがある。
これはほぼその名の通り、メールやチャットの途中で眠ってしまう事でチャットやメールができなくなる事を指しており、人間には割とよくある話である。
だがロックマンとロールはネットナビだ、睡眠――スリープモードは基本的に必ずしも必要と言う訳ではない。
だからこれはあまり考えられない可能性だと思う、けれど、もしロールが日中に酷く疲弊する様な活動を行っていれば、それなりにありうる可能性でもある。
事実ロックマン自身、あの電脳獣事件の頃のトリルとの融合による獣化の後は、酷い疲労に襲われて意識を保つ事ができなくなっていた。
だから、それに似た事、つまりは極度の疲労に繋がる行為がロールの身に起きていたなら、こんな深夜なのだから、ロールが人間のように寝オチをしてしまう事は無いとは言い切れない。

「……。」

無言でメールソフトの画面を見詰めながら、ロックマンは届かぬメールに思いを馳せて再び溜息を吐いた。
もう、ロールの返信を待ち始めて二十分が経とうとしている。
ロールからのメールが来ない理由を疲労による強制スリープかもしれないと考え始めたロックマン自身も、あの頃の獣化後程ではないとはいえ、軽い疲労を感じ始めていた。
あと十分、あと十分経ってもメールが届かなかったら、つまりは三十分を過ぎてもメールが届かなかったら、今日はもう自分も眠ってしまおう、そんな事を考えつつ、ロックマンはメールソフトの画面を少し身体の横に押しのけて、Webブラウザの画面を自身の視線の中央に置いた。
そして、とりあえず面白い動画でも探そうか、と、ロックマンは大手動画サイトの画面を開くのであった。

そうして更に二十五分、合計四十五分の時が過ぎた時、ロックマンはようやく夜の内に返信を貰う事を諦めて自身もスリープモードに入っていった。
時刻は、午前四時を過ぎようとしていた。


それから六時間後の午前十時、ロックマンは熱斗が休日用にかけていた少し遅めのアラームの音で目を覚ました。
ピピッ、ピピッ、という音がPETの中と現実世界の熱斗の部屋に響く。
それに気がついてスリープモードを解除していつも通りの緑色の床の上に降り立ち、その中の小さな段差に座り込んだロックマンは、アラームを止めるよりも熱斗の様子を見るよりも先に、PETの中のある場所に手を伸ばす。
それはメールソフトが格納してある場所で、ロックマンはメールソフトを起動して受信トレイを開いた。

「……。」

ピピッ、ピピッ、というアラーム音が頭に響く中で受信トレイの画面を見るロックマンの表情はどうにも優れない。
何処か残念そうで、何処か寂しそうで、何処か不機嫌にも見えるその顔の訳は、受信トレイの中身にあった。
受信トレイの中には、新着のメールは一件も入っていなかったのだ。

「……ロールちゃん。」

受信トレイが映し出された画面の上に置かれた両手が、もしも素手なら手のひらに爪が食い込んでしまいそうな程に強く握られる。
幸いロックマンの手は水色の手袋で覆われているから爪が手のひらに食い込む事など無いが、ロックマンは逆にそれが悔しかった。
いっそこの手が痛みを感じてくれたなら、この胸の妙な痛みを誤魔化す事ができたかもしれないのに、とロックマンは悔しく思う。
握りしめた両手をゆっくりと解いて、そのうちの片方である右手を自分のナビマークに重ねる。
人間で言う心臓の近く、自分で言うナビマークの部分が、きりきりと痛い気がしたのだ。
沈む、沈んでいく、何か泥沼のような場所に気持ちが沈んでいく。

「おいロックマン、そろそろアラーム止めてくれよ……。」

その泥沼からロックマンの意識を引き上げたのは、まだ眠そうで気だるげな熱斗の声であった。
ロックマンがハッとして声のした方を向くと、そこには現実世界とこのPETの中を繋ぐ画面が現れていて、まだパジャマ姿の熱斗の顔を映しだしている。
そこでロックマンはようやく、まだアラームを止めていない、という事実に気が付いたのであった。

「あ、ゴメン、今止めるよ。」

ロックマンはメールソフトの画面を熱斗から見えない位置に押しのけると、アラームのアプリケーションを呼び出し、その音を止める。
音を止めてから改めて現実とPETを繋ぐ画面を見ると、熱斗がまだ眠いと言いたげな顔をしながらも洗顔と朝食の為に部屋を出て行くのが見えた。
それを確認してロックマンは再び段差の上に座りなおし、一度は端に追いやったメール画面を自分の目前に引き寄せる。
引き寄せたメール画面の受信トレイ画面は先ほどと変わりない様子で、ロックマンは溜息を吐く。

――まだ寝てるのかな、ロールちゃん……。――

昨日はそんなに疲れる事でもあったのだろうか、それとも自分とのメールで疲れてしまったのだろうか、そのどちらなのかは分からないが、ロックマンはロールがまだ活動していないのだろうという結論を出す事でメールが来ないという事実に納得しようとする。
と言うよりも、そうでなければ納得がいかない、とも言うかもしれない。
昨日(と言っても正確には今日の一部だが)の会話は中途半端だったのだ、おやすみの四文字も見ていない、だからきっと、ロールは活動を始めたら急にメールをやめてしまった事を詫びつつそれなりの返事をくれるだろう、ロックマンはそう信じていた。
いや、信じていたかった。

だからロックマンは、その日は一日中メールソフトを気にしながら生活し、ロールからの返事を待ち続けた。


しかし、ロールからのメールは一向に届く気配を見せず、そしてまた夜が来てしまった。
現実世界では熱斗が普段着からパジャマへと着替えを進めている、それを映す画面を視界の端に収めながら、ロックマンはメールソフトの受信トレイ画面を見詰め続ける。
おかしい、絶対におかしい、こんな事は、こんな筈は、そんな言葉がロックマンの脳裏をよぎり続ける。
まさかロールはまだ寝ているというのか、いやそんな事はさすがに無いだろう、そんな事を考えてはロックマンは唇を噛みしめる。
どうして、の四文字が頭の中を埋め尽くして掻き回して止まらない。

「じゃ、おやすみ。」

現実世界の熱斗の声にハッとなってロックマンは顔を上げる。
現実とPETの中を繋ぐ画面には既にパジャマに着替え終えた熱斗の姿が映っていて、ロックマンは何故かそれに驚いてPETの中の時計画面へと視線を向けた。
時刻は十時三十分になろうとしている。
熱斗のような典型的な良い子ならもう眠りにつく時間、それを知ってロックマンは再び唇を噛んだ。
そんなロックマンの様子に熱斗が頭上に疑問符を浮かべたような表情を見せ、ロックマンへ問いかける。

「ロックマン、どうかしたのか?」
「え、」

突然の問いかけにロックマンは上手く反応出来ず、間抜けな一文字を零してから、

「あ、ううん、何も無いよ?」

と必死に取り繕った。
熱斗はしばしの間ロックマンを疑うような視線で見ていたが、やがてどう思ったのか、話したくないならそれでもいいとでも思ったのか、ともかくそれ以上の追及を諦めたらしく、そっか、とだけ言って部屋の明かりを消し、ベッドの中へと潜り込んでいった。
それを見ながらロックマンは静かに唇を噛みしめる。
もしもロールが返信をくれなくなったのがこの眠るという行為のせいだったなら、と思うと、まさに今自分の目の前で眠ろうとしている熱斗が妙に憎らしく感じられたのだ。
これ以上現実世界を見ているのは自分の精神に対して良くない、そう思ったロックマンは静かに現実とPETを繋ぐ画面を閉じて、その画面があった場所に背を向けて座り込む。
座りこんで、もう一度メールソフトの受信トレイ画面を見た。
やはり、ロールからのメールは来ていない。

「……ロールちゃん、の、馬鹿。」

そんな言葉が口を突いて出てきたが、それが誰かに届く事は無い。
それはある種の安心に近く、またある種の絶望に近かった。
そして何かを諦めたようにメールソフトの画面を閉じて、ロックマンは床に身体を預けてゆっくりと目を閉じる。
ロールからメールが来なくなった原因だと思うと憎いけれども、現実逃避には一番な行為、睡眠――スリープモードに入る為だ。


翌朝、再びメールソフトを開いたロックマンが、そこにロールからのメールが無い事に絶望した事は言うまでもないだろう。


ずっと、ずうっと、君を待つ。
君の言葉を待っている。
君は僕を待たないけれど、僕だけはずっと君を待つ。


End.
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