脆い僕と突然の自己嫌悪は海より深く溶岩より熱く吹雪より寒く

【脆い僕と突然の自己嫌悪は海より深く溶岩より熱く吹雪より寒く】

あの子は全然悪くない、あの子は全然悪くない、あの子は全然悪くない、あの子は全然悪くない、あの子は全然悪くない。
言い聞かせるよう唱えた後に残った言葉は――。


ロールからのメールが途絶えてから三日目、ロックマンは相変わらず暇があると音楽を大音量で聴き、頭の中の雑音を掻き消そうと必死になっていた。
いつもの青いPETの中、独り床に転がって、音楽を貪る。
しかし雑音は日に日にその大きさを増し、遂には音楽の音量を耳が壊れそうな最大音量にしてもかき消えなくなっていく。
耐えかねて指を噛んで痛みを感じても、唇を噛み締めて堪えてみても、やはり雑音は消えない。
嗚呼ロールが気付いてさえくれれば、こんなものどうせ一発で吹き飛んでしまうだろうに、と思うも、ロールからまた声がかかる気配は一向に無い。
もしかしたらこの先ずっと、自分が声を出さなければロールは気付いてくれないのではないだろうか、そんな思いがロックマンの脳裏を過る。
そう考えると、どうにもロールの事を馬鹿だと言いたくなってしまう、どうして自分に気付いてくれないのかと怒りたくなってしまう、所詮ロールにとって自分などそんなものかと呆れたくなってしまう。

「……馬鹿。」

耳には轟々とした音楽を流して全ての音をかき消しながらも、ロックマンがぽつりと呟いたそれはロールに宛てたものだったのだろうか、それとも自分に宛てたものだったのだろうか、この段階ではロックマン自身にも分からなかった。
そしてロックマンは、女々しくもアドレス帳の画面を目前に開き、ロールのいるメイルのPETのアドレスを見詰める。
すると、こんなものが、こんなものが此処にあるから自分は期待をしてしまうのではないだろうか、という思いが脳裏を過って、ロックマンはそっと近くにあるアドレス帳の編集ボタンを押し、削除プログラムを開いた。
全てのアドレスの横、メイルのアドレスの横にも『削除』と書かれたボタンが現れる。
そしてロックマンは、メイルのアドレスの横に現れたその『削除』と書かれたボタンにゆっくりと指を伸ばし、触れた。
すると小さな画面が開いて、本当に削除してよろしいですか? と、問いかけてくる。
ロックマンの頭の中で色々な想いが巡る。
どうせ熱斗はここ数年程メイルに連絡を取ろうとしている様子はない、消したって問題ないのではないだろうか? と、全てから解放されて楽になりたがる自分が告げている。
しかしその一方で、駄目だ、消しては駄目だ、絶対に後々で後悔してしまう、だから消してはいけない! という叫びが、聞こえた気もした。
それから、そもそもそんな物を見ているのが間違いだ、女々しい奴め、という罵倒も聞こえた気がした。

「……馬鹿みたい。」

結局ロックマンは、最後の最後で削除に対する『はい』の二文字をタッチ出来ず、『いいえ』の三文字に触れて、メイルのアドレス――ロールのアドレスを残した。
そして、数日前にやったように乱暴に画面を殴りつけて壊して閉じる。
後で出るかもしれないエラーが鬱陶しいかもしれないと思ったが、それぐらいはやらないと気が済まなかったのだ。
それまで横向きで床に転がっていたロックマンは、ごろりと寝がえりをうって真上を向いた。
PETの中の電脳世界は天井が高いようで低いようで高いようで低いようで高いかもしれないし低いかもしれない。
少なくとも、人間が野原に横たわって大空を見上げるような開放感は与えてくれなかったそれは、ロックマンの心の状態にもよく似ている気がした。
そんな不思議な天井を見上げながら、ロックマンは耳には轟音を流しつつ、実際にはそれではなく頭の中の雑音の中に堕ちる。

本音を言えば、ロールが悪くなど無いのは心のどこかで分かっている、少なくとも分かっているつもりではあるのだ。
そもそもメールというツール自体がそういう性質のもので、いつでもどこでもすぐに返さなければ、などという事は最近の頭の緩い女子高校生しか思っていないだろう。
だからロールはそのツールをそのツールらしく使った、それだけの事だと分かっている。
それにロールはオペレーターが自分のオペレーターに比べて多忙で、その結果自分よりロールの方が多忙で時間もとれないのは分かっている。
分かっているのだが、それでもロールからの声を欲する自分がいた。
ロックマンはその事実に酷く落胆し、頭の中の雑音の正体を知る。

「……僕の、馬鹿。」

急に鼻がツンと痛んで、目が熱くなるのは涙が溜まってしまったからか。
自分が一番怨むべきはロールではない、たかがメールというツール一つでこれほどまでに混乱している自分自身なのだと、この時ロックマンは悟ってしまった。
そうなると後は墜落の一直線で、ロックマンは自分の体が何処か遠くの暗い場所へ沈んでいくような感覚を覚えながら目を閉じた。
眼球とまぶたの僅かな隙間に収まりきらなかった涙が両脇に零れ落ち、耳のパーツと顔の間を伝ってやがて地面へ落ちる。
再び目を開いた時、ロックマンはやや無意識に、左手の指を数本噛んでいた。
酷く、悔しかったのだ。

ロールはメールをくれない、ロールは気付いてくれない、そんな事は自分のワガママ。
これが普通で、気付いてくれる方がおかしいのだと悟ってしまったら、もう怨める相手は自分しかいなかった。
それまでロールに向かっていた憤怒、憎悪が一気にその行き場を自分に変えて、ロックマンはその息苦しさに悶える。
苦しい、煩い、苦しい、煩い、苦しい、煩い、苦しい、煩い、苦しい、煩い、苦しい、煩い、苦しい、煩い、苦しい、苦しい、煩い。
頭の中の雑音は、そのピークを迎えようとしていた。
ロックマンは耳の故障を覚悟で音楽の音量を最大に上げる。
耳がガンガンとして頭がグラグラと揺れるが、頭の中の雑音に比べればそれは何処か心地よく、ロックマンは音楽の渦の中に自分の全てを沈め始めた。
そして、音楽に身をまかせながらも口の動きだけで一言、

――ごめんなさい。――

と、誰に聴かせるでもなく呟いた。


あの子は全然悪くない、あの子は全然悪くない、あの子は全然悪くない、あの子は全然悪くない、あの子は全然悪くない。
言い聞かせるよう唱えた後に残った言葉は、僕が悪い、の一言だった。


End.
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