脆い僕は忘却を取得できずにのた打ち回って
【脆い僕は忘却を取得できずにのた打ち回って】
彼女は忙しい、そんなことは知っている。
彼女の行動に他意は無い、そんなことも知っている。
間違っているのは常に自分、そんな事は昔から知っている。
知って、いる、けど。
ある週末の午前七時頃の事、その時ロックマンは、PETの中の段差に腰かけながらメール用の画面を手元に開き、ある相手からのメッセージを待っていた。
メールを交わすその相手は珍しくロックマンの待ち望んでいた人物で、メイルのパートナーのネットナビであるロールだ。
普段メールを交わす事の無くなっていたロールとロックマンが何故メールなどという行為をしているのかというと、それは本日の午前二時頃、ロックマンも熱斗も寝静まっている頃に、久しぶりにロールの方から置き土産のように突然のメールが届いたからである。
当然、朝目を覚ましてメールの存在に気が付いたロックマンはそのメールを純粋に喜んだ。
連絡して良いのか分からなかった、そもそも連絡がつくのかさえ分からなかったロールからメールが来た、大切な人からの短いメッセージに、ロックマンは頭の中で軽く伸びやかに踊るような感動を覚えたものだった。
そしてもちろん、その気持ちが伝わるぐらいポップに、頭の緩い返信を送った。
すると数時間後、ロールからの返信があった。
その返信にロックマンが更に喜び、久しぶりの交流に胸を躍らせ、キーボードに指を走らせたのは言うまでもない。
それから更に三時間が経っていただろうか、ロックマンは今再びロールからの返信を待っている。
交わしたメールは受信も送信も合わせてもうすでに三十通程になっただろうか、それでもまだロックマンはロールからの返信を待っている。
どうしてかなど言うまでもない、自分ではなくロールから声をかけてきたこのチャンスをロックマンは逃す気など無かった。
さてこれからどんな事を話そうか、まだメールに書いていない話題はあっただろうか、そもそもロールはどんな返信をくれるのだろうか、ロックマンは期待に胸を膨らませて待つ。
待つ、待つ、待つ。
メール受信用の画面と一緒にインターネット閲覧用の画面も開いていたが、そちらはもうオマケ程度にしか意識していない。
待つ、待つ、待つ。
それから数分後、開きっぱなしのメール受信用画面がようやくポーンと音を鳴らし、ロールからの返信の受信を知らせてきてくれた。
それまでインターネット閲覧用の画面に身体を向けていたロックマンは、飼い主に呼ばれた犬のようにビクリと反応し、飛びつくようにメール受信用の画面に身体を向ける。
ああやっと返信が来た、ロールはどんなメール作成用のソフトを使っているか分からないが自分より少し遅い、などと考えながら、ロックマンはメールを展開する。
受信用の画面はすぐにメール展開用の画面に切り替わり、その画面いっぱいにロールの返信を映した。
そしてロックマンは目を見張った。
「え……。」
ロールの返信はほぼ九割が普通の返信だったが、その最後、残りの一割が先ほどロックマンが送った文章とは関係ないもので、要約すると、これから忙しいからメールはできないかもしれない、というものであった。
どうやら、メイルのピアノのレッスンの手伝いがあるらしい。
ロックマンはその事実に酷く落胆し、そんな予定があるなら何故自分からメールを出してきたのだと怒りだしたい気持ちになったが、次の瞬間にはそれは自分のワガママでしか無いなと思い直し、ロールには伝えない事にする。
その代わりにロックマンは、それじゃあ無理しないで余裕がある時で良いよ、といった返信を打つ。
これなら、余裕がある時にはメールが返ってくるかもしれないし、そうでなくてもメイルのレッスンが終わるまでの時間程度なら、待てる自信がロックマンにはあったのだ。
その一文を含んだ新しい返信をロールのいるPETへ送信する為のボタンを、ロックマンは穏やかに押した。
そしてロックマンは一時間経っても二時間経っても、三時間が経とうと十二時間が経とうと、待っていた。
しかし、ロールからの返信はロックマンのメールに了解を出したメールが返って来た後、ぱたりと途絶えてしまった。
そして時刻は午後十一時になった頃だった。
その時ロックマンは、耳のパーツにイヤホンのコードを繋いで激しい音楽ばかり爆音で聴きながら床に横たわり、抱き枕のようなものを抱き締めていた。
横を向いた顔の前にはインターネット閲覧用のブラウザが開かれていて、今も尚沢山の情報をロックマンの視界に見せつけている。
そのブラウザで音のある動画を開いた時だけ、ロックマンの聴く爆音の、周囲に誰かナビがいれば“音漏れしているよ”と教えてくれるであろう音楽の音は止まる。
しかしその動画が終わるとロックマンはまた音楽を耳に流し込み始め、PETの中に所謂音漏れからなる音楽を響かせる。
その顔には、明らかな不満が浮かんでいた。
一体ロールは何をしているというのだろう、メイルのピアノのレッスンとはこんなに長いものだっただろうか、いやそんなはずはない、そんなはずはないのだ。
そもそもこんな時間じゃメイルだってそろそろ寝ているだろう、ではロールも? そうかロールも一緒になって寝こけているというのか、忌々しい。
そんな思いが頭の中で雑音として発生する度、ロックマンは音楽の音量を一つずつ上げていく。
そして時々、自分でも声を出して歌ってみる。
行き場の無いモヤモヤとした衝動がロックマンの身体を突き上げて、ロックマンは耳に聞こえてくる女性シンガーの絶叫に合わせ、自分も叫んでしまいたいような気持ちになった。
そして遂に、ロックマンはメールの受信用画面を殴りつけて壊した。
バキッ、という音を立ててメール受信用の画面が割れ、崩れ、消える。
別にデリートした訳ではない、ただ一旦手荒な方法でそのブラウザを閉じただけだ。
後でエラー画面が出て面倒くさい事になるなぁ、と思いながら溜息を吐く、すると大きな音で音楽が流し込まれる耳の隅っこに、微かに音楽ではない誰かの声が聞こえた。
「……ッマン、ロッ……ン、……ロック……!」
徐々に大きくなってくるその声が気になって、ロックマンは音楽を止める。
すると声はこれ以上なくクリアに、ハッキリとロックマンの耳に飛び込んできた。
「ロックマン! 聞いてるのかよ!」
聞きなれたパートナーの声にハッとして背後を向くと、PETの中と外を繋ぐ画面に熱斗の姿が映っていた。
熱斗は何か少し怒っている様な顔をしていたが、ロックマンはそれに怯えることなく逆にガンを飛ばし返す。
ロックマンが不機嫌そうにギロリと睨みをきかせると、熱斗は少し驚いたのか表情が怒りから僅かな動揺に変わった。
「な、なんだよそんな顔して……それよりお前、どうしたんだよ、ソレ……こっちまで聞こえる音量だけど、耳壊れないのか?」
熱斗は自身の耳を指差しながらそう言ってきた。
どうやら、ロックマンの聴いていた音楽は電脳空間内の音漏れから更に外、現実世界への音漏れを起こしていたらしい。
熱斗が起こったような顔をしていたのはそんな事をするロックマンを不信、または心配に思ってだったのだろうか。
しかしそんな心配もロールへの怒りに囚われたロックマンには届かない。
「頭が壊れるよりはいいと思うよ。」
そう言ってロックマンはこれ以上現実世界に音漏れを起こさないように、PETと現実世界の接続を切った。
画面が消える直前、熱斗の焦った顔が見えた気がしたが、ロックマンはそれを無視することに決め、手元に置いていた音楽再生用のパネルに触れて再び爆音の音楽を流し始める。
だが、今度の頭の中の雑音はどうにも上手く消えてくれはしない。
それどころか、考えはグルグルとループしながらも徐々に進み、ロックマンの身体をも蝕んでいく。
何故ロールからのメールはこないのだろう、そればかりが頭の中で回って回って回って目が回って、苦しい。
嗚呼今度ロールからメールが来たらどんなに嬉しくても無視してやろうかな、そうしたらロールも自分と同じ苦しみを味わってくれるのかな、などという考えがロックマンの頭の中に浮かぶ。
しかしすぐに、ロールは自分からメールが来なければ来ないで平和に過ごして自分の事なんか忘れてしまうのはもう十分分かっている事ではないか、という結論がロックマンの中で導き出された。
そう、ロールは忘れられるのだ、ロックマン.EXEという存在の事なんか、簡単に。
それに気付いた時ロックマンは、ロール.EXEという存在を忘れる事が出来ない自分の思考回路を憎んだ。
忘れたい、僕も忘れたい、早く忘れたい、忘れて、楽になりたい。
そんな思いでロックマンは音楽のボリュームをこれ以上ない音量まで上げ、口を開き大声で慟哭するように歌い始めた。
時々指や唇を噛んでは、ロックマンは雑音だらけの自分の頭の中を憎み、そんな雑音の元になっているロールの存在を憎むのであった。
彼女は忙しい、そんなことは知っている。
彼女の行動に他意は無い、そんなことも知っている。
間違っているのは常に自分、そんな事は昔から知っている。
知って、いる、けど、それが憎らしくって、忘れられなくて。
End.
彼女は忙しい、そんなことは知っている。
彼女の行動に他意は無い、そんなことも知っている。
間違っているのは常に自分、そんな事は昔から知っている。
知って、いる、けど。
ある週末の午前七時頃の事、その時ロックマンは、PETの中の段差に腰かけながらメール用の画面を手元に開き、ある相手からのメッセージを待っていた。
メールを交わすその相手は珍しくロックマンの待ち望んでいた人物で、メイルのパートナーのネットナビであるロールだ。
普段メールを交わす事の無くなっていたロールとロックマンが何故メールなどという行為をしているのかというと、それは本日の午前二時頃、ロックマンも熱斗も寝静まっている頃に、久しぶりにロールの方から置き土産のように突然のメールが届いたからである。
当然、朝目を覚ましてメールの存在に気が付いたロックマンはそのメールを純粋に喜んだ。
連絡して良いのか分からなかった、そもそも連絡がつくのかさえ分からなかったロールからメールが来た、大切な人からの短いメッセージに、ロックマンは頭の中で軽く伸びやかに踊るような感動を覚えたものだった。
そしてもちろん、その気持ちが伝わるぐらいポップに、頭の緩い返信を送った。
すると数時間後、ロールからの返信があった。
その返信にロックマンが更に喜び、久しぶりの交流に胸を躍らせ、キーボードに指を走らせたのは言うまでもない。
それから更に三時間が経っていただろうか、ロックマンは今再びロールからの返信を待っている。
交わしたメールは受信も送信も合わせてもうすでに三十通程になっただろうか、それでもまだロックマンはロールからの返信を待っている。
どうしてかなど言うまでもない、自分ではなくロールから声をかけてきたこのチャンスをロックマンは逃す気など無かった。
さてこれからどんな事を話そうか、まだメールに書いていない話題はあっただろうか、そもそもロールはどんな返信をくれるのだろうか、ロックマンは期待に胸を膨らませて待つ。
待つ、待つ、待つ。
メール受信用の画面と一緒にインターネット閲覧用の画面も開いていたが、そちらはもうオマケ程度にしか意識していない。
待つ、待つ、待つ。
それから数分後、開きっぱなしのメール受信用画面がようやくポーンと音を鳴らし、ロールからの返信の受信を知らせてきてくれた。
それまでインターネット閲覧用の画面に身体を向けていたロックマンは、飼い主に呼ばれた犬のようにビクリと反応し、飛びつくようにメール受信用の画面に身体を向ける。
ああやっと返信が来た、ロールはどんなメール作成用のソフトを使っているか分からないが自分より少し遅い、などと考えながら、ロックマンはメールを展開する。
受信用の画面はすぐにメール展開用の画面に切り替わり、その画面いっぱいにロールの返信を映した。
そしてロックマンは目を見張った。
「え……。」
ロールの返信はほぼ九割が普通の返信だったが、その最後、残りの一割が先ほどロックマンが送った文章とは関係ないもので、要約すると、これから忙しいからメールはできないかもしれない、というものであった。
どうやら、メイルのピアノのレッスンの手伝いがあるらしい。
ロックマンはその事実に酷く落胆し、そんな予定があるなら何故自分からメールを出してきたのだと怒りだしたい気持ちになったが、次の瞬間にはそれは自分のワガママでしか無いなと思い直し、ロールには伝えない事にする。
その代わりにロックマンは、それじゃあ無理しないで余裕がある時で良いよ、といった返信を打つ。
これなら、余裕がある時にはメールが返ってくるかもしれないし、そうでなくてもメイルのレッスンが終わるまでの時間程度なら、待てる自信がロックマンにはあったのだ。
その一文を含んだ新しい返信をロールのいるPETへ送信する為のボタンを、ロックマンは穏やかに押した。
そしてロックマンは一時間経っても二時間経っても、三時間が経とうと十二時間が経とうと、待っていた。
しかし、ロールからの返信はロックマンのメールに了解を出したメールが返って来た後、ぱたりと途絶えてしまった。
そして時刻は午後十一時になった頃だった。
その時ロックマンは、耳のパーツにイヤホンのコードを繋いで激しい音楽ばかり爆音で聴きながら床に横たわり、抱き枕のようなものを抱き締めていた。
横を向いた顔の前にはインターネット閲覧用のブラウザが開かれていて、今も尚沢山の情報をロックマンの視界に見せつけている。
そのブラウザで音のある動画を開いた時だけ、ロックマンの聴く爆音の、周囲に誰かナビがいれば“音漏れしているよ”と教えてくれるであろう音楽の音は止まる。
しかしその動画が終わるとロックマンはまた音楽を耳に流し込み始め、PETの中に所謂音漏れからなる音楽を響かせる。
その顔には、明らかな不満が浮かんでいた。
一体ロールは何をしているというのだろう、メイルのピアノのレッスンとはこんなに長いものだっただろうか、いやそんなはずはない、そんなはずはないのだ。
そもそもこんな時間じゃメイルだってそろそろ寝ているだろう、ではロールも? そうかロールも一緒になって寝こけているというのか、忌々しい。
そんな思いが頭の中で雑音として発生する度、ロックマンは音楽の音量を一つずつ上げていく。
そして時々、自分でも声を出して歌ってみる。
行き場の無いモヤモヤとした衝動がロックマンの身体を突き上げて、ロックマンは耳に聞こえてくる女性シンガーの絶叫に合わせ、自分も叫んでしまいたいような気持ちになった。
そして遂に、ロックマンはメールの受信用画面を殴りつけて壊した。
バキッ、という音を立ててメール受信用の画面が割れ、崩れ、消える。
別にデリートした訳ではない、ただ一旦手荒な方法でそのブラウザを閉じただけだ。
後でエラー画面が出て面倒くさい事になるなぁ、と思いながら溜息を吐く、すると大きな音で音楽が流し込まれる耳の隅っこに、微かに音楽ではない誰かの声が聞こえた。
「……ッマン、ロッ……ン、……ロック……!」
徐々に大きくなってくるその声が気になって、ロックマンは音楽を止める。
すると声はこれ以上なくクリアに、ハッキリとロックマンの耳に飛び込んできた。
「ロックマン! 聞いてるのかよ!」
聞きなれたパートナーの声にハッとして背後を向くと、PETの中と外を繋ぐ画面に熱斗の姿が映っていた。
熱斗は何か少し怒っている様な顔をしていたが、ロックマンはそれに怯えることなく逆にガンを飛ばし返す。
ロックマンが不機嫌そうにギロリと睨みをきかせると、熱斗は少し驚いたのか表情が怒りから僅かな動揺に変わった。
「な、なんだよそんな顔して……それよりお前、どうしたんだよ、ソレ……こっちまで聞こえる音量だけど、耳壊れないのか?」
熱斗は自身の耳を指差しながらそう言ってきた。
どうやら、ロックマンの聴いていた音楽は電脳空間内の音漏れから更に外、現実世界への音漏れを起こしていたらしい。
熱斗が起こったような顔をしていたのはそんな事をするロックマンを不信、または心配に思ってだったのだろうか。
しかしそんな心配もロールへの怒りに囚われたロックマンには届かない。
「頭が壊れるよりはいいと思うよ。」
そう言ってロックマンはこれ以上現実世界に音漏れを起こさないように、PETと現実世界の接続を切った。
画面が消える直前、熱斗の焦った顔が見えた気がしたが、ロックマンはそれを無視することに決め、手元に置いていた音楽再生用のパネルに触れて再び爆音の音楽を流し始める。
だが、今度の頭の中の雑音はどうにも上手く消えてくれはしない。
それどころか、考えはグルグルとループしながらも徐々に進み、ロックマンの身体をも蝕んでいく。
何故ロールからのメールはこないのだろう、そればかりが頭の中で回って回って回って目が回って、苦しい。
嗚呼今度ロールからメールが来たらどんなに嬉しくても無視してやろうかな、そうしたらロールも自分と同じ苦しみを味わってくれるのかな、などという考えがロックマンの頭の中に浮かぶ。
しかしすぐに、ロールは自分からメールが来なければ来ないで平和に過ごして自分の事なんか忘れてしまうのはもう十分分かっている事ではないか、という結論がロックマンの中で導き出された。
そう、ロールは忘れられるのだ、ロックマン.EXEという存在の事なんか、簡単に。
それに気付いた時ロックマンは、ロール.EXEという存在を忘れる事が出来ない自分の思考回路を憎んだ。
忘れたい、僕も忘れたい、早く忘れたい、忘れて、楽になりたい。
そんな思いでロックマンは音楽のボリュームをこれ以上ない音量まで上げ、口を開き大声で慟哭するように歌い始めた。
時々指や唇を噛んでは、ロックマンは雑音だらけの自分の頭の中を憎み、そんな雑音の元になっているロールの存在を憎むのであった。
彼女は忙しい、そんなことは知っている。
彼女の行動に他意は無い、そんなことも知っている。
間違っているのは常に自分、そんな事は昔から知っている。
知って、いる、けど、それが憎らしくって、忘れられなくて。
End.
1/1ページ