脆い僕の胸の疼きは酷く

【脆い僕の胸の疼きは酷く】

何もかも、何もかも、始まりはゼロで、終わりもゼロだ。
始まりは終わりを意味している。
何処かで出来た関係は、いずれ希薄になって、途切れて消える。
だから僕は――。


「……え?」

それは多くの人間が寝静まり夢の中を彷徨う時刻、午前二時ごろの事だった。
いつもの青いPETの中で密かに活動を続けて、直接訪れるインターネットシティにのではなく、一つの小さな窓を通してWebページを見る形のインターネットサーフィンに興じていたロックマンは、突然耳に入ってきた、ピピッ、という軽い音に驚きの声を漏らした。
何度聞いても慣れないように作られているのか、突然鳴るとどうしても驚いてしまうその音は、メールの着信音だった。
こんな夜遅い時間に、一体誰からメールが来たというのか、ロックマンは一度跳ねあがった呼吸を落ちつけながらそれを確かめる為にメールの送信者名と受信者名を確認する。
すると、アドレスこそやいとのPETのものであるが、送信者自体はグライドで、熱斗ではなくロックマン宛てである事が分かった。
珍しい事もあるものだと思いながら、ロックマンは熱斗へ許可をとる事無くそのメールを開く。
中に入れられた本文には、グライドらしい丁寧な文体で、やいとが熱斗やメイルの話をして懐かしくなったからメールをした、最近そちらはどうしているか、という内容が書かれている。

ふと、ロックマンの中で何かが疼いた。
グライドという旧友のメールは、ロックマンが封印したはずのある事を思い出させてしまう。

熱斗が小学校を卒業してから早数年、中学生になる時にやいと、高校生になってからはメイルやデカオとも道を別った熱斗は、それらの友人とあまり連絡を取らなくなっていた。
それに並行するかのように、ロックマンがロールやガッツマン、グライドと会う、もしくは何か連絡を取る機会も減り、ロール達からロックマンへ連絡が入る事も減っていった。
一度だけ、それが少し寂しいと熱斗に零した時、熱斗が何と言ったのか、ロックマンは思い出す。

――“みんな色々忙しいんだし、仕方ないって。”……って、言われちゃったんだよね……。――

仕方ない、それは分かっている、けれど、置いて行かれたみたいで寂しいじゃないか、と反論すると、熱斗は、考え過ぎだよ、と返してきた事はまだ記憶に新しい。

とにかく、ロックマンが何を思い出してしまったのかと言うと、一時はまるで恋人同士であるかのように多量の言葉を文字でも音でもかわし続けたというのに、何時しかお互いの多忙を理由にして途切れてしまった関係の一つ。すなわちロールとの対人関係である。
此処数ヶ月、熱斗の新しい担任から連絡のメールが入るばかりで、面白みのあるメールなど全く来ない生活をしていて、以前の友人の事などもう期待しないと思って記憶の底に封じていた、その矢先に届いた以前の友の一人、すなわちグライドからのメールは、ロックマンが封じていた渇望の、その封印の扉を、僅かにではあったが開いてしまったのだ。

――ロールちゃんと、メールがしたいよ……。――

それまではずっと平穏になる様にしてこれた、思い出さないように身体の奥底に封印してこれた、此処数ヶ月ずっとなかった事のように過ごして来れた、嗚呼それなのに、一度思い出してしまうとその想いはとどまるところを知らず溢れだして、ロックマンの精神を蝕む。
昔のように沢山の言葉を沢山の時間にわたって交わしたい、色々な事柄について話し合いたい、たまにちょっとしたすれ違いをして、それでもまた戻れる事を実感したい。
沢山の欲求がロックマンの中で暴れ出した。

けれど、

――……でも、やめよう。――

ロックマンはグライドのメールへの返信はする事を決めながらも、ロールへのメールの送信はしない事を静かに決めた。
それまでインターネットに使っていた小さな窓をメール作成用に起動し直して、ロックマンはグライドへの返信を打つ。
グライドのメールより少し多めの文字数になる様に、自分の近状を綴る。
そして誤字脱字や表現の変更などのチェックを済ませると、送信ボタンを指で押す。
そこで自分が異様に緊張している事に気がついて、ロックマンはふと苦笑――自嘲した。

メール一つ出すだけだというのに、文章の細部にまで神経を使って、これで良いかと何度も見なおさないといけない、そんな神経質になってしまったというのに、今更メールがしたいなどという一種の矛盾に近い欲求を持つなど、何と愚かしい事だろう。
今はグライドから来たメールに返信を出しただけであるからともかくとして、もしこれが自分を最初とするメールだったなら、自分の体はその緊張に耐えられるのか、いささか自信が無い。
しかもそれが此処数ヶ月連絡のないロールへのメールだとしたら……

――嗚呼、僕には無理だ。――

メールを出す前と出した後、そして返信が来るまでの全ての時間、自分は期待と不安の入り混じった緊張に苛まれて壊れてしまうだろう、そう考えたロックマンは大きな溜息を着いて目の前の窓を閉じ、インターネット閲覧用に切り替えた。
それに、出してしまった後はまた緊張とは別に怖い事がある。

――僕だけ舞いあがるのも、嫌だしね。――

もし相手が返信をしてくれたとして、その時自分はそれを一体どれだけ喜ぶのか、それを考えるとロックマンは恐ろしくてこの静寂を破る気にはなれなくなっていく。
喜んで、喜んで、天にも昇るような気持ちになったとして、その後それが相手には全くない感情だと気付く時、自分は地獄に落ちるような衝撃を感じることだろう。
そう、正に自分だけがあの頃のまま舞いあがってしまって、相手は実はそんな自分に呆れているという展開が待っていたら……そう考えると恐ろしくて仕方が無い。
そして、そうなるぐらいならこのまま静寂と沈黙を続けるべきなのだという考えがロックマンの中に浮かび上がる。
いや、浮かび上がるという表現はおかしいかもしれない。
浮かび上がっているのはロールに声をかけたいという渇望で、今ロックマンが考えた静寂と沈黙の継続はそれらの渇望が浮かび上がらないようにする為の鎖と重り、と言った方が正しいだろう。

ともかく、ロックマンはグライドにメールを出すとインターネットサーフィンへと戻っていった。
しかし、先ほどまで違い、どうにもネットの閲覧に身が入らない。

「……馬鹿みたい。」

渇望はどれだけ深い深い場所に埋め直してもその力を失くさず、静寂と沈黙の継続という鎖と重りを与えてもロックマンの思考を揺さぶる程度の勢いを持ち続ける。
嗚呼、嗚呼、ロールに声をかけたい、あの頃のように話したい、でもできない、してはいけない、望まれてはいない、嗚呼、嗚呼。

このまま活動を続けていれば、何れはロールにメールを出してしまいそうだ。
そう思ったロックマンは、今日はもうその活動を停止することに決める。
一つ、大きな溜息を吐きながら小さな窓を消すと、ロックマンは地面へ体を預けた。
ふと、夢が見られないネットナビである事が悔しくなる。

――僕が人間だったら、例え夢でも、逢う事ができたのかな……。――

大きな寂しさと諦め、そして重みを抱えながら、ロックマンは瞼を閉じる。
そして人間でいう眠り、ナビでいうスリープモードに落ちる直前、ロックマンは思った。

――嗚呼でも、逢わない方が、忘れられるかな……?――


何もかも、何もかも、始まりがあれば終わりがある。
その終わりが何時なのかを知る事は出来ないが、終わりがある事は知る事ができる。
その終わりを自覚ししつつ始まりを持つかどうかは個人の自由だ。
ただ、その終わりを自覚しないまま始まりを持ち、そして終わりの時期を感じてしまった、そんな僕は――。


End.
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