脆い僕は乾く心に膿んだ傷口を広げて
【脆い僕は乾く心に膿んだ傷口を広げて】
おやすみ。
その一言に、引き裂かれる気が何故かしていた。
多分、自分は酷く不器用になっていて、だから――。
「……あ。」
それは多くの人間が寝静まり夢の中を彷徨う時間、深夜二時頃のこと。
いつもの青いPETの中で密かに活動を続けていたロックマンは、ロールからのメールの文末を読んで落胆の声を漏らした。
最近、ロックマンはオペレーターが寝静まった後で自分と同じナビ仲間にメールを出すことが趣味になっていて、今も二時間程前からその中で一番頻繁に連絡を取る相手であるロールとメールでの会話を続けていた、のだが、それが終わる時間が来たらしい。
PETの中の電脳世界の床に足を投げ出して座り、まるでその膝にノートパソコンでも置くかのように二つの小さな立体画面を開いているロックマンの表情は落胆の声と同時に無表情になり、そこで固まった。
ロールからのメールの中の“それじゃあ私はそろそろ寝るわね、おやすみなさい。”という最後の一行が、今日はお終いだとロックマンの視界に告げている。
その一行を読んだ途端、すうっと何かが冷めていくような、または醒めていくような、薄っすらと冷たい感覚がロックマンの全身を波の様にハッキリと、しかし淡く駆け抜け始めた。
「……まぁ、分かってるよ。」
その冷たい波を否定するように、ロックマンは小さな声でそう呟いた。
それでも、膝の上と正面に開いた二つの画面の光が妙に冷たく見えて、ロックマンは自分の両肩を何度か擦る。
まるで凍える身体を温めるように見えるその行為は、自分を温めるというより、自分にこびり付いた何かを削ぎ落すように見えるのは何故だろう。
何度も、何度も擦ってみた、その体勢のまま自分を抱くように腕に力を入れてみた、それでも凍えるような嫌な感覚は身体を離れず、ロックマンは手の動きを止めてから疲弊した溜息を吐いた。
溜息と共に馬鹿馬鹿しさがこみ上げて、無表情だった顔がようやく自嘲の笑みへと形を変えるべく動く。
「ハハッ。」
出てきたものは、小さく乾いた笑いだった。
無表情にも近いほど非常に薄く、自虐的で虚ろな笑みのまま、ロックマンは自分の思考へ堕ちる。
せめて夢の中なら救いがあるが、ナビにそんなものはないし、もしあるとしても、起きているロックマンにはその中を彷徨い現実を忘れることは出来ない。
正直、この冷たさを感じる度に、自分は非常に馬鹿な事をしていると思っていた。
それでも求めずには居られなかった、後に残る冷たさを知って、それでもなお、期待していた。
いっそ頭の中に楽園でも作りきった方が楽なことは知っているのに、わざわざ他人の手を掴んで、離されて、それなのに自分の心は何故か引き裂けていた。
――僕は、とても馬鹿な事を繰り返している。――
自分で自分を馬鹿だと思える程の経験値はあるのに、その馬鹿な行為をやめることができない意志の弱さが悔しくて、ロックマンは自分の両肩を爪を立てるように強く掴んだ。
爪、といっても、常に手を覆っている青い手袋のせいで、爪が刺さっている、という感覚はあまりないが、それでも身体の何処かに物理的な痛みを与えなければ、己にも他人にも決して形としては見えない中身の痛みに気が狂う気がして、それを避けるためにはやらずにはいられない、まだ正常でありたい、こうすれば耐えられるから。
そんな言い訳を自分に向けて頭の中で吐きながら、いや、もう狂っているから物理的な痛みが欲しくなるのかもしれないと自嘲する。
複雑な作業過ぎて、心が砕けてしまいそうだ。
悲しいのに口元が僅かに吊りあがる矛盾もロックマンの思考の糸を解きようが無い程絡ませることに一役買っていて、ついには涙まで零れようとして目に僅かな痛みを起こしてきた。
それが涙の湧きあがる前兆であることを、ロックマンはよく知っている。
でも、泣きたくない。
見ている人間がいない事は知っていた、だから泣いても良いことも知っていた。
でも、泣きたくない、こんなことで、他の誰かなら泣かないことで、くだらない程の杞憂のはずのことで、泣きたくないと強く感じたロックマンは、もし涙が湧きあがっても零れないように顔を天上へ向ける。
そして涙が収まるように、自分への説得という言い訳を唱えるのだ、頭の中だけで。
――大丈夫、明日になれば安心して笑える、それに、何も言われずに去られるよりは、何倍もマシだって、僕は知ってるじゃないか。そもそも、ロールちゃんは僕が嫌で止めた訳じゃない、ただ、時間がそうしただけ、それぐらい分かってるよね? ……僕。――
それでもまだ冷たさは身体に残って、心は乾いて水を求めて、それなのにそこにできた身勝手な傷は酷く膿んで膿みと鮮血を自分に塗りつける、そんな感覚がロックマンの思考の中を永遠と巡り続けている。
何が傷だ、こんなの、リストカッターの自傷痕以下なのに、なんてことはとっくに知っているのに。
それに傷だと言うなら誰が付けた傷だ、世界? 社会? システム? ロール? 違う、自分だ。
一人では抱えきれないがぶつける場所も人も居ない、そんな思いが喉元まで込み上げてどうしようもない苦しさに、ロックマンは先ほどからずっと開いたままの立体画面で使うソフトをメールソフトから簡単な文章制作ソフトに切り替えて、膝の上に出してキーボードの様にした立体画面で打ち出す。
『助けて。馬鹿だって分かってるけど。何故か、寂しい。不安だ。』
まともな文が打てる精神でないことぐらい、ロックマン自身が一番よく分かっていた。
こんな事を書いたって、ロールにも、熱斗にも、誰にも伝わらないこともよく知っている。
そもそも自分は恵まれていることも良く分かっているのだけど、これがただの悲劇のヒロイン気どりであることも知っているのだけど、相手を大切に思えば思う程、その手が一秒でも離れることが怖くなっていく。
馬鹿だ、本当に。
だって、友達が自分を信じてくれないのではなく、自分が友達を信じていないからこうなるんだろう、もしくは、自分の、ただの、ワガママ、で。
考え過ぎて頭の中がグチャグチャになり過ぎた頃になって、今日はもうそれ以上の考えにはたどり着けないことを感じ、これ以上考えることはもうやめようと思った。
今回の相手はとっくに眠りに落ちている、自分のオペレーターだってその数時間前から……だから、自分もそうすればいい、その間に、見えない手は解けて、自分の心は元の形に戻る、この冷たさ――寂しさなんて忘れられる。
そんなふうに必死に自分を言いくるめて、ロックマンは二つの立体画面をその場から消した。
明日また、こうしてもがくことを知りながら。
おやすみ。
その一言に引き裂かれる気がしてごめんなさい。
ただね、僕はね――。
End.
おやすみ。
その一言に、引き裂かれる気が何故かしていた。
多分、自分は酷く不器用になっていて、だから――。
「……あ。」
それは多くの人間が寝静まり夢の中を彷徨う時間、深夜二時頃のこと。
いつもの青いPETの中で密かに活動を続けていたロックマンは、ロールからのメールの文末を読んで落胆の声を漏らした。
最近、ロックマンはオペレーターが寝静まった後で自分と同じナビ仲間にメールを出すことが趣味になっていて、今も二時間程前からその中で一番頻繁に連絡を取る相手であるロールとメールでの会話を続けていた、のだが、それが終わる時間が来たらしい。
PETの中の電脳世界の床に足を投げ出して座り、まるでその膝にノートパソコンでも置くかのように二つの小さな立体画面を開いているロックマンの表情は落胆の声と同時に無表情になり、そこで固まった。
ロールからのメールの中の“それじゃあ私はそろそろ寝るわね、おやすみなさい。”という最後の一行が、今日はお終いだとロックマンの視界に告げている。
その一行を読んだ途端、すうっと何かが冷めていくような、または醒めていくような、薄っすらと冷たい感覚がロックマンの全身を波の様にハッキリと、しかし淡く駆け抜け始めた。
「……まぁ、分かってるよ。」
その冷たい波を否定するように、ロックマンは小さな声でそう呟いた。
それでも、膝の上と正面に開いた二つの画面の光が妙に冷たく見えて、ロックマンは自分の両肩を何度か擦る。
まるで凍える身体を温めるように見えるその行為は、自分を温めるというより、自分にこびり付いた何かを削ぎ落すように見えるのは何故だろう。
何度も、何度も擦ってみた、その体勢のまま自分を抱くように腕に力を入れてみた、それでも凍えるような嫌な感覚は身体を離れず、ロックマンは手の動きを止めてから疲弊した溜息を吐いた。
溜息と共に馬鹿馬鹿しさがこみ上げて、無表情だった顔がようやく自嘲の笑みへと形を変えるべく動く。
「ハハッ。」
出てきたものは、小さく乾いた笑いだった。
無表情にも近いほど非常に薄く、自虐的で虚ろな笑みのまま、ロックマンは自分の思考へ堕ちる。
せめて夢の中なら救いがあるが、ナビにそんなものはないし、もしあるとしても、起きているロックマンにはその中を彷徨い現実を忘れることは出来ない。
正直、この冷たさを感じる度に、自分は非常に馬鹿な事をしていると思っていた。
それでも求めずには居られなかった、後に残る冷たさを知って、それでもなお、期待していた。
いっそ頭の中に楽園でも作りきった方が楽なことは知っているのに、わざわざ他人の手を掴んで、離されて、それなのに自分の心は何故か引き裂けていた。
――僕は、とても馬鹿な事を繰り返している。――
自分で自分を馬鹿だと思える程の経験値はあるのに、その馬鹿な行為をやめることができない意志の弱さが悔しくて、ロックマンは自分の両肩を爪を立てるように強く掴んだ。
爪、といっても、常に手を覆っている青い手袋のせいで、爪が刺さっている、という感覚はあまりないが、それでも身体の何処かに物理的な痛みを与えなければ、己にも他人にも決して形としては見えない中身の痛みに気が狂う気がして、それを避けるためにはやらずにはいられない、まだ正常でありたい、こうすれば耐えられるから。
そんな言い訳を自分に向けて頭の中で吐きながら、いや、もう狂っているから物理的な痛みが欲しくなるのかもしれないと自嘲する。
複雑な作業過ぎて、心が砕けてしまいそうだ。
悲しいのに口元が僅かに吊りあがる矛盾もロックマンの思考の糸を解きようが無い程絡ませることに一役買っていて、ついには涙まで零れようとして目に僅かな痛みを起こしてきた。
それが涙の湧きあがる前兆であることを、ロックマンはよく知っている。
でも、泣きたくない。
見ている人間がいない事は知っていた、だから泣いても良いことも知っていた。
でも、泣きたくない、こんなことで、他の誰かなら泣かないことで、くだらない程の杞憂のはずのことで、泣きたくないと強く感じたロックマンは、もし涙が湧きあがっても零れないように顔を天上へ向ける。
そして涙が収まるように、自分への説得という言い訳を唱えるのだ、頭の中だけで。
――大丈夫、明日になれば安心して笑える、それに、何も言われずに去られるよりは、何倍もマシだって、僕は知ってるじゃないか。そもそも、ロールちゃんは僕が嫌で止めた訳じゃない、ただ、時間がそうしただけ、それぐらい分かってるよね? ……僕。――
それでもまだ冷たさは身体に残って、心は乾いて水を求めて、それなのにそこにできた身勝手な傷は酷く膿んで膿みと鮮血を自分に塗りつける、そんな感覚がロックマンの思考の中を永遠と巡り続けている。
何が傷だ、こんなの、リストカッターの自傷痕以下なのに、なんてことはとっくに知っているのに。
それに傷だと言うなら誰が付けた傷だ、世界? 社会? システム? ロール? 違う、自分だ。
一人では抱えきれないがぶつける場所も人も居ない、そんな思いが喉元まで込み上げてどうしようもない苦しさに、ロックマンは先ほどからずっと開いたままの立体画面で使うソフトをメールソフトから簡単な文章制作ソフトに切り替えて、膝の上に出してキーボードの様にした立体画面で打ち出す。
『助けて。馬鹿だって分かってるけど。何故か、寂しい。不安だ。』
まともな文が打てる精神でないことぐらい、ロックマン自身が一番よく分かっていた。
こんな事を書いたって、ロールにも、熱斗にも、誰にも伝わらないこともよく知っている。
そもそも自分は恵まれていることも良く分かっているのだけど、これがただの悲劇のヒロイン気どりであることも知っているのだけど、相手を大切に思えば思う程、その手が一秒でも離れることが怖くなっていく。
馬鹿だ、本当に。
だって、友達が自分を信じてくれないのではなく、自分が友達を信じていないからこうなるんだろう、もしくは、自分の、ただの、ワガママ、で。
考え過ぎて頭の中がグチャグチャになり過ぎた頃になって、今日はもうそれ以上の考えにはたどり着けないことを感じ、これ以上考えることはもうやめようと思った。
今回の相手はとっくに眠りに落ちている、自分のオペレーターだってその数時間前から……だから、自分もそうすればいい、その間に、見えない手は解けて、自分の心は元の形に戻る、この冷たさ――寂しさなんて忘れられる。
そんなふうに必死に自分を言いくるめて、ロックマンは二つの立体画面をその場から消した。
明日また、こうしてもがくことを知りながら。
おやすみ。
その一言に引き裂かれる気がしてごめんなさい。
ただね、僕はね――。
End.
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