オール・リセット

【オール・リセット】

慟哭して、渇望して、憎悪して、嫌悪して、不信になって、見放されて、また慟哭する。
これは、全ての終わりの物語。

ロックマンがパソコンの中を立ち去り、Webブラウザの中のお気に入り機能の整理を終えて早数時間。
熱斗は何をする気も持てずにただぼんやりと、ベッドの上に横になっていた。
動かすのが億劫な身体は、本当にあの薬を処方量以上に飲んだ後なのか疑いたくなる。
確かにあれは即効性は無いし、量もたったの十錠だけれども、もう少し救いが、もしくはいっそ眩しい程の破滅があってもいいじゃないか、と、熱斗は思っていた。

パソコンを立ち去る前の、ロックマンの言葉が時より頭の中でリピートされる。
“勝手にすれば”の一言は、ロックマンの冷めた言い方もあり、ロックマンが考えていたよりも、そして熱斗自身が考えていたよりも深く、熱斗の精神を抉ったらしい。
思い出すたびに心臓や胃がが握りつぶされる、もしくは締め上げられるような苦しさがこみ上げてくる。
それはまるで、自分はロックマンと仲違いがしたかった訳では無い、という熱斗の隠された本心と渇望を身体が叫んでいるかのようだったが、当の熱斗の表層意識はそれを鬱陶しく感じていた。
表層――繋いでいたはずの手を離されて、叩かれて、突き飛ばされたと思っている熱斗にとっては、その相手と仲良くしたいという思い――本心・渇望など、邪魔以外のなんでもない。

それに、熱斗にはもはや正常と呼ばれるような友人関係を自分が誰かと築くビジョンなど、一切見えなくなっているのだ。
ある程度までは自分も確かに正常でいられる、例えば本当の意味での知人・知り合い程度の浅い関係ならば、自分は特に周囲と違う事は思わず、愛憎に沈む事も無い。
けれど、友人・友達となると、途端に話が別になってしまう。
例えば知人が軽く手を振り合って挨拶をするだけの関係ならば、友人は手を繋いで共に行動するような関係に例えられる、と熱斗は考えている。
すると、知人の時は挨拶さえできればそれで十分だった関係が友人になった途端に、突如として、いつか手を離される不安が押し寄せてきて、そんな事になってほしくは無いという強い想いが相手への執着を生んで、ただ少しだけ気付いてもらえなかっただけでも、大きく裏切られたような、その手を離されたような気分を生み出すのだ。
そして実際に手を離されると、その相手を好きであった分だけ、否、むしろそれよりも多く、相手を憎む気持ちが生まれて、熱斗はいつの間にか、相手に不幸が、死が訪れる事を祈らずにはいられなくなっていた。
小学生だった頃は、こんな思いを抱える事は無かったのに、自分はいつの間にこんなに憶病になって、そして、陰湿になってしまったのだろう、と思うも、今更治せそうもないそれに、熱斗は小さく溜息を吐く。
その息は僅かに震えていて、熱斗は自分が泣きたくなるほど他人を求めている事実を感じ、それにショックを受け、悔しそうな表情で目を閉じる。

解放されたい、と熱斗は思った。

再び目を開いた熱斗の思いを支配するのは、それだけだった。
そして熱斗は、どうすればこの重くて、暗くて、濁っていて、汚い執着心から解放されるのかを考える。
おそらく自分は、この先も誰かと友人(のような)関係になる度に、その手を離される事に怯えて、相手に執着して、勝手に期待しては、裏切られた気持ちになるのだろう。
そして、いつか本当に手を離されて、その孤独に全身を貫かれる事になる。
そう考えると、目の奥と鼻の奥がツンと痛んで、熱斗は涙が目に溜まるのを感じた。
そんな自分に気付いては、嗚呼、駄目だなぁ、と思って、熱斗は服の袖で零れる前の涙を拭う。
大学生になって、本格的に独りになってきて、周囲に名前を知る相手がほとんどいなくなってから、何度も何度も、“それ”が――どれだけあがいても、最後には独りになる事が自分のさだめだと、運命だと考えてきたのに、それを考えただけで涙が出るなんておかしい事だからだ。
それでも、涙は止まらずに湧き上がり、熱斗の頬と頭の下のベッドのシーツを濡らす。

情けない、と熱斗は思った。

“それ”がさだめで、運命だと分かっているはずなのに、自分の手は未だに誰かの手を探して見えもしない何処かへ伸ばされているのだと思うと、自分の脆さに腹が立つ。
どうせいつかは離されると分かっているのだから、そもそも相手は握り返しては来ないと知っているのだから、自分も握らなければいいのに、探さなければいいのに、どうしてそれができないのだろう? どうして自分は、誰かの手を求めているのだろう? 誰かの存在を求めているのだろう?

気持ち悪かった、吐き気がした、反吐が出る思いがした。
だから熱斗は、横たえていた身体をゆっくりと起こすと、ベッドに座り、その隣の白い壁を見た。
落ち着かない、酷く落ち着かないのだ、何故なら悔しいから。
心臓が軋む、胃が押し上げられる、そんな自分が大嫌いで仕方が無い。
熱斗は混濁した意思に任せて、壁に頭を打ちつけた。
いつも通り、壁はゴンッという鈍い音をさせる。
今、リビングにはる香や祐一朗はいない、パソコンやPETの中にはロックマンもいない、だから熱斗は、思う存分壁に頭を打ちつける。
そんな熱斗を見ると、はる香と祐一朗やロックマンはいつも、そんな痛い事の何が良いのかと訊いてくるが、そんな事は熱斗にだって答えられない。
ただ、強いて言うなら、こうして壁や固い物に頭をぶつけていると、何かが許されるような、いや正確には、何かが許される為の罰を受けているような、そんな感覚がして、少しだけ、少しだけ救われたような気持ちになるというのは、あるかもしれない。

それから数分間、壁に頭を打ちつけ続けていた熱斗だったが、やがてそれにも飽きが来たのか、ピタリと身体の動きを止めた熱斗は、ぼんやりと白い壁を見詰めていた。
壁を見詰めながら、熱斗はやはり、どうやったら自分はこの思いから解放されて、身軽になる事ができるのかを考える。
少なくとも、誰かを友人(と思いたい)というレベルで欲する限り、この思いは消えない、この重荷は溶けない、そして、いつもその重荷を背負うのは自分だけ、それは分かった。
そう、今更ながらに思うが、相手を欲しているのは自分だけで、その相手は自分の事など一欠片も欲していないのだ。
そう思うと途端に、自分が相手を欲している事が悔しくなって、あの感覚が浮上する。
そう、透やメイル、そしてロックマンに対して感じた、死を願う思い、それが、やいとやライカ、炎山、サロマやみゆきに対しても湧き上がってくる。
そうだ、どうせヤツ等にとって自分は生きていようが死んでいようがどうでもいい相手なのだ、それに気付いた時、熱斗は身体の中に強力な電流が駆け抜けたような気がした。

手は、離される前に離せばいい。
熱斗は遂に、それに気が付いた。

そう、相手にとって自分が塵一つ程の価値すらないのなら、相手に自分が捨てられる前に、自分が相手を捨てたとしても、これっぽっちの問題も無いのだ。
どうせ引き留めてくるヤツはいない、どうせ追い掛けてくるヤツもいない、だったら――。
熱斗は白い壁から目をそむけ、ベッドを下りると机の前の椅子に座り、パソコンの電源を入れた。
数秒立ってパソコンが立ちあがると、熱斗はメールソフトを開いた。
相変わらずメールは一通も来ていない、それに逆に安心しながら、熱斗はメールソフトの中のフォルダ整理を始める。
今まで、いつかメールがあるかもしれないフォルダとして分けていた、やいとや炎山、ライカ達のフォルダを、メイルや透と同じ“過去”のフォルダに入れる。
そう、もうやいとや炎山、ライカ達は自分にとって過去になるのだ、過去の錯覚になるのだ、と思うと、何故だか笑い出したいような、何とも愉快な気分になって、熱斗は口の両端を吊り上げた。
どうせ今まで一度も引き留めもせず、追い掛けもしなかった連中だ、切り捨てたって問題は無い、問題は無いのだ、と、そう思うと今までの愛情にも似た好意が全て憎しみに色を変えて、熱斗は頭の中で叫んだ。

――全員、死んじまえ!!――

ふと、もしも彼等、彼女等がこの言葉を耳にしたら何を思うだろう? と熱斗は考えた。
それは怒り? それとも悲しみ? 否、いやそんなはずはない、そんな喜ばしい事は起こらない、と熱斗は思う。
何故なら、捨てられた事に怒りを感じるほど、彼・彼女等が熱斗を好いているなら、捨てられた事に悲しみを感じるほど、彼・彼女等が熱斗を愛しているなら、熱斗が此処まで辿り着いてしまう前に、いくらでも引き留めて、いくらでも追い掛けて、いくらでも熱斗の心に働きかける事ができた筈だからだ。
だが、実際はどうだろう? 熱斗が此処までたどり着く前に、誰が引き留めてくれたというのだろう? 誰が追い掛けてくれたというのだろう? 誰が、熱斗の心に働きかけようとしてくれたというのだろう?
サインはいくらでも発していた、Seapeに載せたサヨナラと呪いの文字はその代表例で、ホームページにだって、まるでフィクションの様にしてサインを発した形跡がある。





それを無視したのは、他でもないお前らじゃないか。





だから熱斗は、今更自分が手を離した所で、彼・彼女等を捨てた所で、彼・彼女等は怒りもしなければ悲しみもせず、当然のように熱斗を忘れていくだけだ、と思う。
でも、それでいい、もうそれで構わない。
そうすれば、自分は、光 熱斗は、本当の意味で独りになって、誰の顔色も窺う必要も無くなって、誰を愛する事も無くなって、こんな苦しみを背負う必要も無くなる。
熱斗は、最後の準備を始める為、パソコンのメモ帳を開いてキーボードの上で指を軽快に踊らせ始めた。



それからどのくらいの時間が経っただろうか? 少なくとも、数秒だの数分だの、そのように短い時間でない事だけは確かだ。
はる香と祐一朗はもう眠りに着いた頃、熱斗はまだパソコンの前で何かの文章を打ち続けている。
カタカタカタカタとキーボードを叩く音だけが響く熱斗の部屋の中で、突如キーボードを叩く音とは別の音――PETの起動音がした。
熱斗はふとキーボードを叩く手を止めて、床に落ちたままのPETを見る。
すると丁度その数秒後、PETの緑色の待機画面の中に、あの見なれた顔が現れた。

「……ただいま。」

少し気不味そうな顔でPETの中から熱斗を見上げ、元気無くそう告げてきたロックマンから、熱斗は目を逸らし、視線をパソコンの画面に戻した。
本当の独りになる事を決意した熱斗にとって、もはやロックマンは気にかける価値のある存在ではないのだ。
熱斗はロックマンの存在を無視してキーボードを叩き続ける。
ロックマンはしばしの間その後ろ姿をPETの中から困ったように見詰めていたが、やがて何かを決意したのか、小さいホログラムでPETの外に現れ、机の上に飛び乗った。
そして、やはり気不味そうな顔で少々躊躇いながら、ロックマンはなんとか声を絞り出す。

「熱斗くん、その……えっと……」

しかし熱斗はロックマンに視線を向けようとはしなかった。
ロックマンの脳裏に、名前を呼べば元気に返事をしてくれたあの頃の熱斗の姿がチラついて、やはりこの熱斗はあの熱斗ではないのか、と思わせる。
けれども、勢いで熱斗と離れ、独りインターネットシティを歩いてみたものの、ちっとも楽しくないどころか、独りぼっちの孤独だけが押し寄せてきて、嗚呼これが今の熱斗が抱える思いなのか、と気が付いたロックマンは、今度こそは熱斗の手を離してはならないと思い、この熱斗も自分の大切なパートナーである熱斗には違いないのだ、と自分に言い聞かせ、先ほどのような突き放した言動は取るまいと、熱斗が此方を見てくれない事は仕方がない事だと考える事にして、言葉を続けた。

「……さっきは、ごめんね。」

精一杯の後悔を込めた謝罪が、キーボードを叩く音に混じって熱斗の耳に入る。
そこに後悔の色が強く滲んでいる事は、熱斗にもよくわかった、けれども、もう、遅い。
熱斗はその声に最大限の侮蔑と嘲笑を込めて応えた。

「知ったこっちゃねぇな。」

ロックマンの表情が、今までで一番の驚きの色に染まる。
それはまるで、そんな事を言われるなんて一欠片も予想していなかった、と言いたげで、熱斗はケラケラと笑いだしたくなるような可笑しさを感じた。
先に相手を突き放したのは紛れもなくロックマンなのに、何故今更そんな顔をするのだろう? 何故今更になって此方に縋るような顔を向けてくるのだろう? 全く、訳が分からない。
先にその顔をしたかったのは此方の方だったのに、そしてそれを許さなかったのはロックマンだというのに。
そう、だから自分はロックマンがした事を、そのままそっくり返しただけだ。
だからお前にはそんな顔をする資格は無い、それでも尚そのような顔をするというのなら、と、熱斗は止めの一言をロックマンに告げた。

「勝手にしろよ。」

その言葉を聞いたロックマンは見開いた目から一筋の涙を零し、その場で膝から崩れ落ちた。
そんなロックマンを横目に、熱斗は今日のノンフィクションを元にしたフィクションをホームページにアップロードする。
誰が見ているか分からない、けど誰も見ていないかもしれない、そんな場所で、今日も熱斗は叫び続ける。
その慟哭は、誰に届く事も無いと知りつつも。
願わくば、これが最後の慟哭になりますように、と祈りながら。


End.
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