脆い僕は僕が君にとって大切ではないと知りつつも未だ君を大切な人から外せずに
【脆い僕は僕が君にとって大切ではないと知りつつも未だ君を大切な人から外せずに】
砕き割って、この身体を。
砕き割って、この心を。
君が大切でなくなってしまえば、どれほど楽か知ってる、それなのに――。
それはある日の夜から、次の日の朝から夜にかけての出来事である。
その日の夕方、ロックマンは熱斗のPETの中で、何やら大型のフォルダーから色々なプログラムやデータを取り出していた。
元々熱斗のPETの中にあったものではないそのフォルダーは、つい先ほどインターネット上の宅配業者から届けられたものである。
つまりそれは何かと言うと、インターネットシティ上にあるネットナビの為の通販サイトで購入した様々なプログラムやデータを保存したフォルダーであった。
そう、ロックマンはつい数日前に熱斗の了解を得てその通販サイトのアカウントを取得し、許された範囲で自分の欲しい物を買うという行動を楽しんでいたのだ。
そして、その荷物が届いたのが今日である。
「ねぇ熱斗くん見て見て! インターネットシティで大人気のゲーム機、届いたんだよ!」
「へー、そんなものもあるのか。よかったな、ロックマン。」
それまで色々と欲しかったものを我慢し続けて金を貯め込み、それを一気に使うかのようにして様々な物を買ったロックマンは、普段の大人っぽい振る舞いとは反対の子供らしいキラキラとした笑みを浮かべており、熱斗はそんなロックマンを珍しい物を見るような目で見ていた。
時より熱斗に自慢をしながらPETの中の居住スペースを自分好みに彩るロックマンはとても楽しそうで、ロックマンが楽しいならそれはそれでたまにはこんな事も良いかな、微笑ましくと思った熱斗は小さく笑う。
棚にエッセイや漫画などの本や映像データを並べ、伝票の保存場所を決めて、空になったフォルダを削除したロックマンは、その近くの机の上に一旦置いていた携帯ゲーム機に手を伸ばす。
あの真面目なロックマンがゲームだなどと、珍しい事もあるものだ、と思う熱斗の前で、ロックマンはゲーム機のセットアップを始めた。
最近のゲーム機は色々な機能があって、普通に遊べるようになるまで少し時間がかかる。
そのセットアップを淡々とこなしながら、ロックマンはある事を思い出した。
「……そういえば、ロールちゃんもコレ持ってるんだっけ……。」
脳裏にふと浮かんだのは、ロールも同じゲーム機を、ロックマンよりも前から持っているという話だった。
以前、もしもロックマンがそのゲーム機を買ったら友達登録をしないかと誘われた事もある。
と言っても、それは既に今年の四月下旬の事で、十一月上旬である今になってロールが覚えているかどうかは分からないが。
ともかく、自分も同じゲーム機を買った事だけは確かなのだから、一度報告でも入れてみようか、と思ったロックマンは、熱斗が飽きてパソコンで遊び始めたのを確認してからメールのアプリケーションを起動、ロールにメールを打ち始めた。
件名は、『遂に僕も買ったよ!』にして、本文には、
『前に君からあのゲーム機は持ってないのかって訊かれたから一応報告しておくね。僕も遂に買えたんだ! まだソフトは一つだけだけど……何かお勧めのソフトがあったら教えて欲しいな。』
と入れて、ロックマンは送信ボタンに手を伸ばす。
その指は思ったよりも軽く送信ボタンに触れて、メールが送信された事を確認したロックマンはふと時計を視界の中に入れた。
時刻は午後十時十分で、ロールからの返信は来るかどうか少し微妙な所だ。
だがまぁ、ロールの事だから返信をくれないという事だけはないだろう、それにこれは前にとはいえロールが持ち出した話題だ、きっと食いついてくれるはず、と信じて、ロックマンは先ほど棚に仕舞った本のデータを取り出し、読み始めた。
熱斗にはタイトルを告げず買ったそれは、過去の猟奇殺人――それも少年による犯行の、その少年の両親の手記だった。
それを読みながら夜遅くまでメールの返信を待ってみたロックマンだったが、結局日付を超えてもロールからの返信は無かった。
しかしまぁ今回は時間が時間だから仕方が無いと言えば仕方が無い、と考えたロックマンは割とすんなりと返信を待つ事を諦め、その日は眠りについた。
翌日、熱斗が下のリビングで朝食を食べている間、ロックマンはPETの中で先日届いた漫画を読んで時間を潰していた。
一見明るい題材だというのに心をえぐる鬱展開の数々を成し遂げているアニメの公式コミックアンソロジーは想像よりも面白くて時間を忘れてしまいそうになる。
と、その時だった、PETの中と外でピピピッという音が同時に響いた。
ロックマンは読んでいた漫画のデータからPETの中の居住スペースの壁、つまり様々なアプリケーションが埋め込まれている場所に視線を向ける。
するとメールのアプリが軽く点滅してメールの新規着信を告げており、ロックマンは、もしかして……、と思いながらアプリを開き、受信フォルダを開いてメールを取り出した。
宛名を確認するとそれは熱斗ではなくはロックマンになっており、差出人を確認するとそれはメイルではなくロールになっている。
つまりそれは、ロールからロックマンへのメールだった。
一応、メールは届いていてロールはそれを見てくれていたのだと確信して少しだけ嬉しくなったロックマンはメールを開く。
『おはよう、ロックマン。あら、遂に買ったのね。ロックマンの趣味が良く分からないから何がお勧めとは言えないわね。』
それはロックマンが出したメールより若干短いものであったが、それでもロックマンはロールからメールが来たという事実に感動して喜んだ。
そして即座にメールアプリの下書き作成機能を開いてロールに返信を書く。
返信を書き終わるとロックマンは即座に送信ボタンを押し、ワクワクしながらロールからの返信を待った。
一時間後、まだ自分のとっている授業には時間がある為自室で待機している熱斗の目の前で、PETが鳴った。
熱斗がロックマンに、何? メール? と訊くよりも早く、ロックマンは受信フォルダを開いて新着メールの宛名と差出人を確認する。
そしてそれがロックマンとロールである事を確認すると少しだけ笑って、
「僕の方のみたい、熱斗くんは気にしないで。」
と言った。
熱斗はそれまで読んでいた教科書から上げた視線を再び教科書に戻す。
そしてロックマンはワクワクしながらメールを開いた。
ロールはまだ自分の相手になってくれる、それがロックマンを喜ばせているのだ。
ロックマンはまた返信を打ち、それからまたPETの中で何時メールが来てもいいように待機する。
しかし、そんな喜びは基本的につかの間のものだとロックマンに知らしめるかのように、その後ロールからのメールが届く事はなかった。
時刻は午前十時三十分を過ぎているから、ロックマンはメイルとロールも学校に行ったのだろう、と考える。
だとすれば、次にメールが来るのはおそらく午後九時以降だろう、と思ったロックマンは多少未練がましくメールのアプリを見詰めてから、アプリを壁に戻した。
そろそろ熱斗も学校に向かわなければいけない時間だ、今はその事だけを考えよう、と心に決めて、ロックマンは熱斗へ声をかける。
「そろそろ学校に行く仕度をしようか? 熱斗くん。」
それから九十分の授業が三つ、学校と家の往復に三時間程、合計七時間半以上の時間を家の外で過ごした熱斗は、午後八時四十分過ぎに帰宅した。
熱斗が帰宅した時、ロックマンはPETの中で時計を見詰めていた。
メールは、まだ来ない。
学校から帰る頃、もしくは家に着くころにはメールが来ているかも知れないと思っていたロックマンは鳴らないメールアプリと目の前の時計を交互に見ながら落胆のため息を漏らす。
以前は、朝や昼に一時的にメールをくれた後も夜になれば再びメールをくれたのに、何故今回はそうならないのだろう? それとももう少し遅くなったら届くのだろうか? ロックマンには分からない。
熱斗がシャワーを浴びて自室に帰る頃には来るだろうか? それとも今日は来ないのだろうか? もし今日来ないとしたら、いつ来るのだろう? と、ロックマンは様々な考えをその思考回路に走らせたが、いくら考えても答えは、そんなのロール次第だ、という事だけ。
今ロックマンにできる事は、ロールを信じて待つことしか無い、それを独り思い知らされる度、ロックマンは何処か寂しい気持ちが自分の中に芽生えるのを感じた。
気晴らしに、と選ぶ本はやはり少年による猟奇殺人の本で、これはさすがに熱斗には教えられないなとぼんやり思った。
そして、それから更に二時間が過ぎ、時刻は午後十時四十分過ぎになっていた。
なっていた、が、メールは来なかった。
いくら忙しいメイルとロールでも、こんな時間まで忙しいとは考えにくい、と思ったロックマンだが、そう考えると余計に自分がみじめになる気がしてきて、人間で言う心臓――ナビで言うナビマークの部分をそっと撫でて落ちつこうと努力する。
そして、大丈夫、ロールの大切な人の中に自分はいるはずだから、と言い聞かせ、いつかはメールが返ってくると確信しようとした。
しかし、もうあと一時間強の時間が流れれば日付が変わってしまうという今この時にメールが来ないという事実は、ロックマンにある仮説を立てさせ始めている。
――もしかして、ロールちゃんはアレで終わりで良いと思ってるのかな……。――
サヨナラの一言もバイバイの一言も何も無いのに終わる、それがロックマンにとっては苦痛でならなかった。
元々メールなどそんな物、と言われてしまえばお終いかもしれないが、今回の話題はそもそもはロールの持ちネタだった為に何処か納得がいかない。
ねぇロールちゃん、僕も同じゲーム機を買ったんだよ? これで仲間なんだよ? 仲間なんでしょ? だったらもう少しなにか言ってくれたって、前みたいに何かに誘ってくれたって、メールの本文の通り何かを勧めてくれたって、いいじゃないか。
そんな、少し理不尽ででも痛切な想いが胸と頭に蔓延って蔓延して止まらない。
そして遂に、ロックマンの正直な想いが顔を出す。
――ゲーム機なんて口実だ、君と話すための、だから、僕は、君と話したくて、なのに……君は僕と話したくないのかな……?――
思えば、自分はロールの大切な人になれる器ではなかったかもしれない、とロックマンは思う。
少しの事で機嫌を損ねたり、変に背伸びをして脅迫めいた発言をしたり、思い当たる節は沢山あるからだ。
けれど、それは裏を見れば全てはロールが愛しいが故の行動で、そこに純粋な悪意など存在しないのは、きっと、ロールも、わかって、いて、くれて、いる、はず、だと、思い、たい。
でも、所詮は文字だけのコミュニケーションだ、自分がそんな意味を含めて送ったところで相手がそれを正確にくみ取ってくれるとは限らない。
事実自分はブルースやサーチマン等とのメールで意味を上手くくみ取れず、二人から冷たい視線を浴びせられた事が何度かある。
所詮、無理なのだろうか。
自分にまっとうなコミュニケーションはとれないのだろうか、特にメールでは、と思って、ロックマンはその場で横になり床に腕を置いてその上に顔を伏せた。
――……そうだ、僕がロールちゃんの大切な人の訳が無い。――
ようやく現実を見ました、とでも言うかのように、ロックマンは疲労の色の濃い溜息を一つ、ゆっくりと長く深く吐いた。
そう、そんなにロールから見てロックマンが大切な人間なら、何故ロックマンから話しかける事ばかりでロールから話しかけられる事は滅多にないのかが、説明がつかない。
本当は、嫌々なんだろう、面倒臭いんだろう、でも表だって捨てると可哀想だから仕方なく相手をしているのだろう、そういうことなのだろう、とロックマンは確信した。
確信した、のに、
――僕も、ロールちゃんを愛しく思えなくなったらいいのに……。――
そんなロールへの憎悪と、それでも消えないロールへの渇望が混ざって愛憎となり歪み、自己免疫疾患のように自分を攻撃する、蝕んでいく、殺していく、そんなイメージがロックマンの中に走り抜けた。
そもそも自分はロールの嫌な所も知っている、例えばロールはこの前未成年飲酒をしていたとか、そんなところを。
それを見る自分の性格は、本当ならロールをすぐさま友人の欄から弾きだしてしまいそうなのに、何故かロールを捨てられなかった、嫌いになりきれなかった、辛い、苦しい。
過激な言葉と過激な表現を使ってロールを脅してそれをやめさせてまで傍にいたいと思った、その理由がロックマンには分からない、説明できない、辛い、苦しい。
もし説明できる理由があるとすれば、それは、漠然としたものだが確かなもので、ロールは自分の大切な人の一人だから、という答えだけが唯一ロックマンが持てる答えだろう。
けれど、ロックマンがいくらそんな事を想ってもロールはそんな事は思わないのだろう。
嗚呼いっそ、自分がいないと生きていられないなんて口説き文句を言ってくれたメディの所に逃げる事ができたら、ロールを捨てる事ができたらとロックマンは薄っすら考える。
けれどメディとロールに均等に接することはできても、ロールへの想いを切り捨ててメディだけに感情を注ぐ事はロックマンにはできそうも無かった、できるものならもうやっているはずだから、今そうではないという事はできないという事なのだ。
メディもロールも大切な仲間、友達、それは同じなのに、何故こんなにもロールに惹かれるのか分からない、ロールは逃げてしまうからだろうか? 逃げないで傍にいてくれるメディを慕った方が絶対に楽で幸せなのに、逃げてしまうロールを必死に追って何になるというのだろうか? 嗚呼もう、考えること自体が嫌だ、と思ったロックマンは、前々から持っている、先日のゲーム機とは別のゲーム機を開いて全神経をそこに集中させ始めた。
それもつかの間の慰めにしかならないと知って尚、逃避しなければやっていられないと言うかのように。
結局、その日の夜はロールからのメールが届く事はなく、ロックマンは、ロールはロックマンからの“声”――メールを忘れてしまったのだろうという結論に至った。
そして、ロールとは逆にロールを忘れられない自分を嫌悪し、憎悪し、唇をかみしめるのであった。
君が大切で無くなってしまえばどれだけ楽か知っている、君以上に僕を慕ってくれている人を僕は知っている、なのに君を求めているのは何故だろう? 馬鹿馬鹿しいね。
だから今すぐ君の手で、この心を叩き割って粉々の砂にして、海にでも撒いて消し去ってよ。
End.
砕き割って、この身体を。
砕き割って、この心を。
君が大切でなくなってしまえば、どれほど楽か知ってる、それなのに――。
それはある日の夜から、次の日の朝から夜にかけての出来事である。
その日の夕方、ロックマンは熱斗のPETの中で、何やら大型のフォルダーから色々なプログラムやデータを取り出していた。
元々熱斗のPETの中にあったものではないそのフォルダーは、つい先ほどインターネット上の宅配業者から届けられたものである。
つまりそれは何かと言うと、インターネットシティ上にあるネットナビの為の通販サイトで購入した様々なプログラムやデータを保存したフォルダーであった。
そう、ロックマンはつい数日前に熱斗の了解を得てその通販サイトのアカウントを取得し、許された範囲で自分の欲しい物を買うという行動を楽しんでいたのだ。
そして、その荷物が届いたのが今日である。
「ねぇ熱斗くん見て見て! インターネットシティで大人気のゲーム機、届いたんだよ!」
「へー、そんなものもあるのか。よかったな、ロックマン。」
それまで色々と欲しかったものを我慢し続けて金を貯め込み、それを一気に使うかのようにして様々な物を買ったロックマンは、普段の大人っぽい振る舞いとは反対の子供らしいキラキラとした笑みを浮かべており、熱斗はそんなロックマンを珍しい物を見るような目で見ていた。
時より熱斗に自慢をしながらPETの中の居住スペースを自分好みに彩るロックマンはとても楽しそうで、ロックマンが楽しいならそれはそれでたまにはこんな事も良いかな、微笑ましくと思った熱斗は小さく笑う。
棚にエッセイや漫画などの本や映像データを並べ、伝票の保存場所を決めて、空になったフォルダを削除したロックマンは、その近くの机の上に一旦置いていた携帯ゲーム機に手を伸ばす。
あの真面目なロックマンがゲームだなどと、珍しい事もあるものだ、と思う熱斗の前で、ロックマンはゲーム機のセットアップを始めた。
最近のゲーム機は色々な機能があって、普通に遊べるようになるまで少し時間がかかる。
そのセットアップを淡々とこなしながら、ロックマンはある事を思い出した。
「……そういえば、ロールちゃんもコレ持ってるんだっけ……。」
脳裏にふと浮かんだのは、ロールも同じゲーム機を、ロックマンよりも前から持っているという話だった。
以前、もしもロックマンがそのゲーム機を買ったら友達登録をしないかと誘われた事もある。
と言っても、それは既に今年の四月下旬の事で、十一月上旬である今になってロールが覚えているかどうかは分からないが。
ともかく、自分も同じゲーム機を買った事だけは確かなのだから、一度報告でも入れてみようか、と思ったロックマンは、熱斗が飽きてパソコンで遊び始めたのを確認してからメールのアプリケーションを起動、ロールにメールを打ち始めた。
件名は、『遂に僕も買ったよ!』にして、本文には、
『前に君からあのゲーム機は持ってないのかって訊かれたから一応報告しておくね。僕も遂に買えたんだ! まだソフトは一つだけだけど……何かお勧めのソフトがあったら教えて欲しいな。』
と入れて、ロックマンは送信ボタンに手を伸ばす。
その指は思ったよりも軽く送信ボタンに触れて、メールが送信された事を確認したロックマンはふと時計を視界の中に入れた。
時刻は午後十時十分で、ロールからの返信は来るかどうか少し微妙な所だ。
だがまぁ、ロールの事だから返信をくれないという事だけはないだろう、それにこれは前にとはいえロールが持ち出した話題だ、きっと食いついてくれるはず、と信じて、ロックマンは先ほど棚に仕舞った本のデータを取り出し、読み始めた。
熱斗にはタイトルを告げず買ったそれは、過去の猟奇殺人――それも少年による犯行の、その少年の両親の手記だった。
それを読みながら夜遅くまでメールの返信を待ってみたロックマンだったが、結局日付を超えてもロールからの返信は無かった。
しかしまぁ今回は時間が時間だから仕方が無いと言えば仕方が無い、と考えたロックマンは割とすんなりと返信を待つ事を諦め、その日は眠りについた。
翌日、熱斗が下のリビングで朝食を食べている間、ロックマンはPETの中で先日届いた漫画を読んで時間を潰していた。
一見明るい題材だというのに心をえぐる鬱展開の数々を成し遂げているアニメの公式コミックアンソロジーは想像よりも面白くて時間を忘れてしまいそうになる。
と、その時だった、PETの中と外でピピピッという音が同時に響いた。
ロックマンは読んでいた漫画のデータからPETの中の居住スペースの壁、つまり様々なアプリケーションが埋め込まれている場所に視線を向ける。
するとメールのアプリが軽く点滅してメールの新規着信を告げており、ロックマンは、もしかして……、と思いながらアプリを開き、受信フォルダを開いてメールを取り出した。
宛名を確認するとそれは熱斗ではなくはロックマンになっており、差出人を確認するとそれはメイルではなくロールになっている。
つまりそれは、ロールからロックマンへのメールだった。
一応、メールは届いていてロールはそれを見てくれていたのだと確信して少しだけ嬉しくなったロックマンはメールを開く。
『おはよう、ロックマン。あら、遂に買ったのね。ロックマンの趣味が良く分からないから何がお勧めとは言えないわね。』
それはロックマンが出したメールより若干短いものであったが、それでもロックマンはロールからメールが来たという事実に感動して喜んだ。
そして即座にメールアプリの下書き作成機能を開いてロールに返信を書く。
返信を書き終わるとロックマンは即座に送信ボタンを押し、ワクワクしながらロールからの返信を待った。
一時間後、まだ自分のとっている授業には時間がある為自室で待機している熱斗の目の前で、PETが鳴った。
熱斗がロックマンに、何? メール? と訊くよりも早く、ロックマンは受信フォルダを開いて新着メールの宛名と差出人を確認する。
そしてそれがロックマンとロールである事を確認すると少しだけ笑って、
「僕の方のみたい、熱斗くんは気にしないで。」
と言った。
熱斗はそれまで読んでいた教科書から上げた視線を再び教科書に戻す。
そしてロックマンはワクワクしながらメールを開いた。
ロールはまだ自分の相手になってくれる、それがロックマンを喜ばせているのだ。
ロックマンはまた返信を打ち、それからまたPETの中で何時メールが来てもいいように待機する。
しかし、そんな喜びは基本的につかの間のものだとロックマンに知らしめるかのように、その後ロールからのメールが届く事はなかった。
時刻は午前十時三十分を過ぎているから、ロックマンはメイルとロールも学校に行ったのだろう、と考える。
だとすれば、次にメールが来るのはおそらく午後九時以降だろう、と思ったロックマンは多少未練がましくメールのアプリを見詰めてから、アプリを壁に戻した。
そろそろ熱斗も学校に向かわなければいけない時間だ、今はその事だけを考えよう、と心に決めて、ロックマンは熱斗へ声をかける。
「そろそろ学校に行く仕度をしようか? 熱斗くん。」
それから九十分の授業が三つ、学校と家の往復に三時間程、合計七時間半以上の時間を家の外で過ごした熱斗は、午後八時四十分過ぎに帰宅した。
熱斗が帰宅した時、ロックマンはPETの中で時計を見詰めていた。
メールは、まだ来ない。
学校から帰る頃、もしくは家に着くころにはメールが来ているかも知れないと思っていたロックマンは鳴らないメールアプリと目の前の時計を交互に見ながら落胆のため息を漏らす。
以前は、朝や昼に一時的にメールをくれた後も夜になれば再びメールをくれたのに、何故今回はそうならないのだろう? それとももう少し遅くなったら届くのだろうか? ロックマンには分からない。
熱斗がシャワーを浴びて自室に帰る頃には来るだろうか? それとも今日は来ないのだろうか? もし今日来ないとしたら、いつ来るのだろう? と、ロックマンは様々な考えをその思考回路に走らせたが、いくら考えても答えは、そんなのロール次第だ、という事だけ。
今ロックマンにできる事は、ロールを信じて待つことしか無い、それを独り思い知らされる度、ロックマンは何処か寂しい気持ちが自分の中に芽生えるのを感じた。
気晴らしに、と選ぶ本はやはり少年による猟奇殺人の本で、これはさすがに熱斗には教えられないなとぼんやり思った。
そして、それから更に二時間が過ぎ、時刻は午後十時四十分過ぎになっていた。
なっていた、が、メールは来なかった。
いくら忙しいメイルとロールでも、こんな時間まで忙しいとは考えにくい、と思ったロックマンだが、そう考えると余計に自分がみじめになる気がしてきて、人間で言う心臓――ナビで言うナビマークの部分をそっと撫でて落ちつこうと努力する。
そして、大丈夫、ロールの大切な人の中に自分はいるはずだから、と言い聞かせ、いつかはメールが返ってくると確信しようとした。
しかし、もうあと一時間強の時間が流れれば日付が変わってしまうという今この時にメールが来ないという事実は、ロックマンにある仮説を立てさせ始めている。
――もしかして、ロールちゃんはアレで終わりで良いと思ってるのかな……。――
サヨナラの一言もバイバイの一言も何も無いのに終わる、それがロックマンにとっては苦痛でならなかった。
元々メールなどそんな物、と言われてしまえばお終いかもしれないが、今回の話題はそもそもはロールの持ちネタだった為に何処か納得がいかない。
ねぇロールちゃん、僕も同じゲーム機を買ったんだよ? これで仲間なんだよ? 仲間なんでしょ? だったらもう少しなにか言ってくれたって、前みたいに何かに誘ってくれたって、メールの本文の通り何かを勧めてくれたって、いいじゃないか。
そんな、少し理不尽ででも痛切な想いが胸と頭に蔓延って蔓延して止まらない。
そして遂に、ロックマンの正直な想いが顔を出す。
――ゲーム機なんて口実だ、君と話すための、だから、僕は、君と話したくて、なのに……君は僕と話したくないのかな……?――
思えば、自分はロールの大切な人になれる器ではなかったかもしれない、とロックマンは思う。
少しの事で機嫌を損ねたり、変に背伸びをして脅迫めいた発言をしたり、思い当たる節は沢山あるからだ。
けれど、それは裏を見れば全てはロールが愛しいが故の行動で、そこに純粋な悪意など存在しないのは、きっと、ロールも、わかって、いて、くれて、いる、はず、だと、思い、たい。
でも、所詮は文字だけのコミュニケーションだ、自分がそんな意味を含めて送ったところで相手がそれを正確にくみ取ってくれるとは限らない。
事実自分はブルースやサーチマン等とのメールで意味を上手くくみ取れず、二人から冷たい視線を浴びせられた事が何度かある。
所詮、無理なのだろうか。
自分にまっとうなコミュニケーションはとれないのだろうか、特にメールでは、と思って、ロックマンはその場で横になり床に腕を置いてその上に顔を伏せた。
――……そうだ、僕がロールちゃんの大切な人の訳が無い。――
ようやく現実を見ました、とでも言うかのように、ロックマンは疲労の色の濃い溜息を一つ、ゆっくりと長く深く吐いた。
そう、そんなにロールから見てロックマンが大切な人間なら、何故ロックマンから話しかける事ばかりでロールから話しかけられる事は滅多にないのかが、説明がつかない。
本当は、嫌々なんだろう、面倒臭いんだろう、でも表だって捨てると可哀想だから仕方なく相手をしているのだろう、そういうことなのだろう、とロックマンは確信した。
確信した、のに、
――僕も、ロールちゃんを愛しく思えなくなったらいいのに……。――
そんなロールへの憎悪と、それでも消えないロールへの渇望が混ざって愛憎となり歪み、自己免疫疾患のように自分を攻撃する、蝕んでいく、殺していく、そんなイメージがロックマンの中に走り抜けた。
そもそも自分はロールの嫌な所も知っている、例えばロールはこの前未成年飲酒をしていたとか、そんなところを。
それを見る自分の性格は、本当ならロールをすぐさま友人の欄から弾きだしてしまいそうなのに、何故かロールを捨てられなかった、嫌いになりきれなかった、辛い、苦しい。
過激な言葉と過激な表現を使ってロールを脅してそれをやめさせてまで傍にいたいと思った、その理由がロックマンには分からない、説明できない、辛い、苦しい。
もし説明できる理由があるとすれば、それは、漠然としたものだが確かなもので、ロールは自分の大切な人の一人だから、という答えだけが唯一ロックマンが持てる答えだろう。
けれど、ロックマンがいくらそんな事を想ってもロールはそんな事は思わないのだろう。
嗚呼いっそ、自分がいないと生きていられないなんて口説き文句を言ってくれたメディの所に逃げる事ができたら、ロールを捨てる事ができたらとロックマンは薄っすら考える。
けれどメディとロールに均等に接することはできても、ロールへの想いを切り捨ててメディだけに感情を注ぐ事はロックマンにはできそうも無かった、できるものならもうやっているはずだから、今そうではないという事はできないという事なのだ。
メディもロールも大切な仲間、友達、それは同じなのに、何故こんなにもロールに惹かれるのか分からない、ロールは逃げてしまうからだろうか? 逃げないで傍にいてくれるメディを慕った方が絶対に楽で幸せなのに、逃げてしまうロールを必死に追って何になるというのだろうか? 嗚呼もう、考えること自体が嫌だ、と思ったロックマンは、前々から持っている、先日のゲーム機とは別のゲーム機を開いて全神経をそこに集中させ始めた。
それもつかの間の慰めにしかならないと知って尚、逃避しなければやっていられないと言うかのように。
結局、その日の夜はロールからのメールが届く事はなく、ロックマンは、ロールはロックマンからの“声”――メールを忘れてしまったのだろうという結論に至った。
そして、ロールとは逆にロールを忘れられない自分を嫌悪し、憎悪し、唇をかみしめるのであった。
君が大切で無くなってしまえばどれだけ楽か知っている、君以上に僕を慕ってくれている人を僕は知っている、なのに君を求めているのは何故だろう? 馬鹿馬鹿しいね。
だから今すぐ君の手で、この心を叩き割って粉々の砂にして、海にでも撒いて消し去ってよ。
End.
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