哀れな私は貴方の周囲を妬んで怨んで貴方を殺す夢を見る

【哀れな私は貴方の周囲を妬んで怨んで貴方を殺す夢を見る】

――私の持ち得る数を軽く飛び越えて、私の十倍以上に膨れ上がったそれを持ち、とても呑気に幸せそうな貴方に、私は殺意を抱いたの。――


それは多くの人間が夢の中を彷徨う、深夜一時頃の出来事。
その時ロールは、あるサイトの中に設置されたチャット場で偶然開かれていたチャット会への参加を終えたばかりで、あと少し気に入ったサイトを一回りしたら、今自室のベッドで眠っているメイルと同じように、自分もこのPETの中でスリープモードに入ろうかと考えている所だった。
今日のチャットもなかなか興味深い事が色々聞けた、やはり趣味が似通った人間が集まる場所は楽しい、と思う一方で、でもここは私の居場所にはならないのだろうな、などとぼんやり考えつつ、ロールはWebブラウザを使ったチャットの画面を閉じ、新しいWebブラウザを開く。
やはり大手動画サイトであるニヤニヤ動画で面白い動画を探すのが先決か、それとも個人の趣味のサイトをまわって彼等・彼女等の様子を見るのが先か、もしくは好きな歌手た達の公式ホームページのブログを読んで情報を集めるのが先か……眠る前までにしておきたい事を色々思い浮かべながら、ロールはWebブラウザに装備されているお気に入り――所謂URLをまとめておく機能を開き、自分がチェックしているサイトの一覧を見る。
正直どのサイトも頻繁に行っているから、もうこんな時間に見る物もないか……と少しばかりつまらない気持ちになった時、ロールの耳はその音を聞いた。

それは、ピコッピコッ、という少し可愛らしい、けれど突然大音量で鳴れば驚いてしまう程度に緊張感のある音で、ロールは驚いて肩を上下させながら音のする方を見る。
するとそこには、先ほどのチャットに参加する前に開いておいた、Webブラウザを介さないチャット用アプリケーションが、まるで、気付いて気付いて! とでも言うかのように画面を開いており、ある人物の入室を告げていた。
それを見たロールは一瞬目を見開き、次に上下に揺れるような眩暈を感じ、それを抑制するように自分の額を右手で押さえた。
困惑に揺れる瞳がそのアプリに問いかける言葉は一つだけ、

――どうして今、このアプリを、ロックマンがオンラインにしているの……?――

である。

ロックマンは普段、このアプリをあまりオンラインにしてこない。
その理由はロールには分からないが、その理由の一端としてロックマンはこのアプリを使う時はPETではなく処理環境の良いパソコンの中にいる事がほとんどで、普段いるPETの中からは基本的にオンラインにしないという事をロールは聞いている。
だからロールは、ロックマンがそのアプリをオフラインや取り込み中ではなくオンラインにしているのを見て、久しぶりにパソコンの中で活動しているのだろうかと考え、驚いたのだ。

人間で言う心臓に当たるプログラムが全身にエネルギーを送るテンポを上げ、リズムが崩れる。
開かれた画面を正面に移動させてからしっかり見ようとして、それまで僅かに下がっていた視線を持ちあげる、が、その視界は何を思ったのか、まるでそれを見たくないとでも言うかのように上下に揺れ、ロールは再び額を押さえた。
ロックマンの名前を見る度視界が揺れる、頭がグチャグチャにかきまわされているような気分になる、人間で言う心臓、自分で言うコアを掴まれて握りつぶされたような気分になる。
嗚呼、こんな気分になる様になったのはいつからだろう、と思いながら、ロールは揺れる視界を鬱陶しく感じつつも右手をアプリの画面に、左手をキーボード画面に伸ばした。

『珍しいわねロックマン、こんな日のこんな時間にパソコンからinだなんて。』

アプリのメッセージ作成欄にそう打ち込む。
メッセージ送信も兼ねたエンターキーを押すのを僅かに躊躇ったのは眩暈故か、それとも相手がロックマンだからなのか、おそらくその両方だろう。
身体にエネルギーを供給し続けるコアは未だにギシギシと軋んでいるし、眩暈は酷くなる一方だ。
“だから”私はロックマンにメッセージを送る、送ってしまえばなんて事は無くなるはずだ、とロールは自分に言い聞かせながら手元のキーボード画面のエンターキーを押した。
メッセージは即座にロックマンへ送信される、ロールは溜息を吐く。

数十秒後、ロックマンからの返信が届いた。

『いや、今日はPETからだよ?』

その返信を見て、ロールは小さく首を傾げた。
先ほど言った通り、ロックマンは普段、このアプリを使う時はパソコンの電脳の中にいて、PETの中からこのアプリをオンラインにする事はほとんど無く、例えオンラインになっていてもそれは純粋なオンラインではなく、退席中や取り込み中などの、他人からの接触を避ける表示がほとんどで、その後数分でオフラインに戻してしまうのがいつものパターンだ。
それが何故、今日はPETからなのにオンラインなのだろうか。
ロールは不思議に思いながら更に返信する。

『あら、どうして?』

するといつもよりやや時間がかかった後、ロックマンからの返信が届いた。

『熱斗くんのパソコン、今ちょっと調子が悪くてね。言って無かったっけ?』

それはまるでロールにはその事実――熱斗のパソコンの調子が悪い事を既に言っていたと思っていたと言いたげな文章で、そんな事は一度も聞いていないロールは素直に、

『そんな事初耳よ?』

と打った。
するとロックマンは、

『ああそう? じゃあ今言ったから。』

と、自身の記憶違いを恥じる事も反省する事もなく、素っ気ない聞き返しと結論だけ返してきた。
それを読んだロールの頭の中で、何か不穏な苛立ちが自分の中でフツフツと湧き上がってくる。
例えば、ロックマンは一体誰に今の事実を告げた事で私にもその事実を告げてあると勘違いしたのだろう、とか、私よりも先にその事実を伝えたかった人とは誰なのだろう、とか、考え始めるとキリがない。
後者はただの自分の嫉妬だ、だから考えなかった事にしてもいい、でも、前者は?
前者も嫉妬だと言ってしまえばそれまでだが、誰と自分を勘違いしていたのか、もしくは誰に伝える事で満足し、うっかり自分を忘れていたのか、そして何よりロックマンにとって自分――ロールなど忘れてもいい程度の存在なのかと思うと、苛立ちが止まらない。
証拠にまた視界が上下に揺れた。
明らかに、心因性の眩暈だった。
ロールの中で少し横暴で、でも同時に切なる願いにも通じる考えがその姿を露わにし始める。
ロールはそっとロックマンのプロフィールを確認してから、

『そうね、貴方は私なんかより友達が多いものね、私の事なんて忘れちゃうわよね。』

と言った。
ロール達が使っているこのアプリは、まずこのアプリを作っている会社のサービスに入会する必要があり、そのサービス中で作るプロフィールを元に相手を探してお互いのアプリにお互いを登録してからやっと使える物である。
そしてそのプロフィールの中には自分と繋がっているプロフィールの数を表示できる機能もある。
ロックマンはその機能をオンにしていた、だからロールはそれを見たのだ。

ロックマンの登録しているプロフィール、その数五十四。
それは、ロールの登録しているプロフィール数である単なる四をはるかに超えている、実にロールの十三倍以上の数だった。
そう、ロックマンには口頭で話せるかもしれない相手が少なくとも五十人前後いるのだ。
そしてロールは、その星のような数の中の一つでしか無い。
忘れられても、仕方が無い。
むしろ、忘れていない方がおかしいかもしれない。

けれどロックマンはロールのそんな負の感情など知った事ではないのか、それともただ単に謙遜してみたかっただけなのか、こんな事を言うのだ。

『僕だってそんなに友達いないよ? このアプリはニヤ生放送用のプロフィールも多いし、熱斗くんの学校用のも登録してるから、大した事無いって。』

何が、大した事無い、だ。
……というのが、ロールが抱いた率直な感想だった。
ニヤニヤ動画の生放送用だろうと、熱斗の学内での知り合い用だろうと、プロフィールが多い事には、会話を交わす相手が多い事には変わりないではないか。
それにどうせ、じゃあ友達ではないプロフィールを省いた単純な友達の数は? と訊いた所で、それでも私よりは多いのだろう? そうなのだろう? そう思って苛立つロールは近くの壁を右手で思い切り殴りつけた。
右手に鈍い痛みが走り、ゴンッという鈍い音がPETの中の電脳空間に響き渡る。

許せなかった、友だろうとそうじゃなかろうと常に五十人以上の人間との接触の可能性を引き連れるロックマンが、たった四人と繋がれたらそれでその日は最良の日になったと言える私の前で、自分にはそんなに友人はいない、だなんて、独りぼっちを気どる事が、ロールは許せなかった。
もしも本当に貴方が独りぼっちだというのなら、その友達ではないという全てのプロフィールを消去すればいい、その上で尚私にコンタクトを取って、本当に誰もいなくなったよ、もう君しかいないよ、と言うのなら、その時初めて私は貴方が独りぼっちである事を認めよう、私未満である事を認めよう。
でも、今はそうではない、貴方は私より遥かに多くの人間やナビに囲まれている、愛されている、認められている、好かれている、受け入れられている、それでも尚貴方が独りぼっちだというのなら、私は何? 私は何だというのだろう? 貴方のプロフィール欄にはインターネット外――現実世界の繋がりも混ざっているそうだけど、私にはそんな“素晴らしい事”は無いというのに……それは確かに、全く無いとは言わないけれど、少なくとも貴方よりは絶対に少ないし、それですら私がアクションを起こさなければいつ途絶えてもおかしくないものだ、それだけは自信を持って言える、悲しい悲しい自信だけど。
だから、そんな言い方は許さない。
ロールはもう一度壁を殴りつけ、深呼吸のように大きな溜息を零してからキーボードに手を伸ばす。

『じゃあ、私と勝負しましょ? 私の四人より少なかったら、貴方は友達が少ないって認めてあげるわ。』

ロックマンからの返事は即座に返ってきた。

『少ない!!』

それはおそらくロールの言う数がロックマンの想定より断然少なかったという言葉だろうが、それでもロールはその少ないという言葉が、ロールがロックマンより少ないのではなく、ロックマンがロールより少ないという意味である事を祈りながら確認をとる。

『どっちが? 貴方が四人より少ないの? それとも私が貴方より少ないの?』
『そっちがに決まってるじゃないか。』

嗚呼、やっぱり、と思うと同時に湧き上がった、溶岩のように熱くドロドロとした感情は、どう考えても殺意だった。
少なくとも、ロックマンはロールの四人――ガッツマン、グライド、アイスマン、そしてロックマン――よりも多くの友人を抱えている、その事実だけで殺意を抱くには十分だ。
昔からロックマンは、僕も友達がいませんという顔をしてロールの妬みに同意していたけれども、本当はその設定年齢(私達は未成年だというのに)で酒を飲むバカ男だという事も知って、嗚呼その頃からロールの中でロックマンに対する思いが歪み始めて、今、その歪みは殺意にすら達したと、ロールは感じとった。

殺したい。
その腹を大きく引き裂いて、その喉をかき切って、その頭を踏みつぶして、その顔を蹴り上げて、殺したい。
これ以上罪を重ねる前に、これ以上醜くなる前に、これ以上私の想いが歪まない内に、貴方を、殺したい。
独りぼっちを気どった貴方に罰を、男も女も好きだと公言して独りぼっちを吊りあげては食い物にする貴方に罰を、そして尚自分は独りぼっちだと主張する貴方に死刑を。
そんなにお酒が好きなら引き裂いた腹に注いであげる、そんなにお友達じゃない誰かが好きならそれを全てミンチにして口に詰め込んであげる、ほらこれで大好きなものと貴方は一つになるの、嬉しいでしょう?
さぁ、喜んで死ね。

……そんな過激な言葉を頭の中で呟きながら、ロールは打った。

『あらそうなの、じゃあもう自分はぼっちだなんて言わない事ね。五十人もお友達がいる貴方がぼっちなら、四人だけ必死に守っている私はもう、普通のナビじゃないわ。』
『そんな事言われてもなぁ……。』

自分より明らかに下の人間がいるという事実を知って尚、ロックマンはそれを受け入れる事を拒んだ。
自分より明らかに恵まれている人間がそれを認めないという事態に、ロールは画面の前で深く唇を噛む。
もしロールが人間ならば後で内出血を起こしてしまいそうなほど、深く、強く、妬みと怨みと殺意を込めて。

ロックマンも、ロックマンに尽くす人達も皆死ねばいい。
この現世から消えてしまえばいい、あの世に消えていってくれ、でなければ私は……。

『もう! そんなワガママ言ってると、デリートしに行くわよ!』
『はいはい。』

もはやオブラート無しに殺意をむき出しにしたロールに、ロックマンはさほど危機感を抱いていないようだった。
ロールはまた視界が揺れるのを感じ、どうしてこんなバカ男何かに私は心惹かれているのだろうかと悔しく思う。
そういえば、グライドやアイスマンは私やロックマン以外にも沢山のプロフィールを持っているが、ガッツマンはまだ私だけだったっけ、と思い出し、どうして私の心が求める相手はガッツマンではなく、ロックマンなのかと悔しく思う。
私を尊敬するとすら言ってくれたガッツマンに私の気持ちの全てが向いていればよかったのに、なんで、ロックマンなんかに私は心惹かれているのだろう、悔しい、苦しい、死んでしまいたい。
でも、例えロックマンではなくガッツマンを求めた所で、結果は同じなのは目に見えている事を、ロールはこのアプリ以外の、Web上のサービスから知っている。
要するに、ロールの求めるものなどこの世のどこにも存在しないのだ。

『はいはい、じゃないわよまったく……。』
『だってそれ以外にどう言えばいいのさ?』

そんな事一つだけよ、私に謝って、と言う言葉を、ロールはギリギリで指に伝えなかった。
代わりに、

『そんな事私に考えさせないでちょうだい。貴方が考えないと意味が無いもの。』

と言った。


――私の持ち得る数を軽く飛び越えて、私の十倍以上に膨れ上がったそれを持ち、とても呑気に幸せそうな貴方。
ねぇ、私と同じになってみなさいよって、いつも思うの。
じゃなきゃいつか本当に殺してしまいそう、いやきっといつか殺しに行くわ。
貴方の周囲も、貴方自身も、みんな死んでしまえばいいと、私はいつまでも呪い続けるの。――


End.
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