短編“未満”小説『Mother Navi』
【Mother Navi】
それはある平和な午後、ニホンの科学省の中にあって会議室として利用されている一室でのこと。
この会議室はネットセイバーを始めとするネット警察の関係者使っていて、今日も、最近頻繁に破壊活動を続ける組織――ヘルアンバサダへの対策会議が行われたばかり。
今日の会議には科学省に所属する祐一朗、所属は不明だが主に科学省に居る名人、ネット警察の貴船と真辺、日本のネットセイバーの熱斗と炎山、シャーロのネットセイバーのライカ、そしてシャーロ軍ネットワーク部隊第十二部隊隊長のリエイ、そしてそれぞれのナビが出席していた。
会議が終わり名人、貴船、真辺は会議室を去ったが、祐一朗、熱斗、炎山、ライカ、リエイはそれほど急ぎの用も無く、会議室に残っている。
そうして祐一朗と熱斗が親子の会話に花を咲かせ、炎山とライカが情報交換を進めるなかで、リエイに向けて怒号にも近い声が飛ばされた。
「だーかーら! その欄はそれではない! それは次の欄だ!」
「ううぅ……そんなに怒らないでよー……。」
何かと思って祐一朗達が振り向くと、リエイがペンを握り何かの書類と思われる紙を睨んでいて、その書類の上には、小さな立体映像としてサーシャが仁王立ちをしている。
リエイはこの会議以外にも仕事――つまりはこの書類の記述が残っていて、そのため熱斗達やライカ達の会話には加わらず、その処理をしているのだが、どうやらリエイに書類仕事は向かないらしい。
サーシャの怒り具合からして、既に何度も似たような間違いを犯しているのだろう。
そんな傾向に好奇心をそそられたのか、熱斗が祐一朗の隣を離れ、興味津々といった様子でリエイに近付いて訊く。
「何々? リエイ、なにしてんだよ?」
「んー……書類仕事だよ、やってみる?」
「いや、遠慮しとく……。」
多少上目遣いで縋るように訊いてきたリエイに、熱斗は視線を泳がせて答えた。
宿題を始めとする机でする作業が苦手な熱斗に書類仕事などできる訳がなく、更に言うならこの書類はシャーロ語で書かれている。
口で話す言葉ならPETにより自動的に翻訳されるので問題ないが、書類――文字となると話は別だ。
手伝えないという反応を残念そうに疲れた溜息を吐くリエイに、こちらは呆れたように溜息をついているサーシャが言う。
「リエイ、軍人には戦闘力だけではない、そういった書類、つまりは情報の整理の能力も必要なんだぞ? これからもシャーロの軍人として生きていくためには、これぐらいは私の手助けが無くともこなせるようにならないといけないことは、わかるな?」
「分かってるよー……。」
「なら、まずはそれを終わらせることだ!」
もはやうなだれているリエイに手加減せず叱咤を飛ばす、その姿はまるで厳しい家庭の母親。
この二人は本当にライカとサーチマンと同じシャーロ軍なのだろうか?と、熱斗や炎山は首をかしげた。
ナビの方も同じ事を考えていたらしく、ロックマンが熱斗の肩の上に現れてサーシャにその疑問をぶつける。
「ねぇ、サーシャ。」
「なんだ? ロックマン。」
「サーシャって、その……サーチマンとかから感じられる軍事用ナビのイメージと随分違うなぁ、っていつも思うんだけど……」
ロックマンやブルースも常々感じていた疑問だった。
今まで出会った軍事用ナビ(といってもそんなに多くはないのだが)、例を上げるならサーチマンとカーネルは自分のオペレーターのことを様付けや階級を付けて呼び、基本的に敬語を使っている。
しかしこのサーシャはオペレーターであるリエイを呼び捨てにし、更に敬語を一切使わず、まるで同じ地位の相手と話すように話している。
それはロックマンから見れば自分と熱斗のような、とても近く親しい関係に見えて良いと思えると同時に、軍事ナビのイメージからは遠いとも思えていた。
どんな理由があるか分からないので少し恐る恐る訊いてきたロックマンに対し、サーシャは不快感など無い様子でサラっと答える。
「あぁ、私はリエイにとってただの部下ではない。私はリエイの部下であり、上司であり、友人であり、母親だ。」
「「えええっ!?」」
あまりにも簡単に告げられたそれに、熱斗とロックマンは驚愕し、すっとんきょうな声を上げた。
炎山とブルース、そして祐一朗も声こそあげなかったものの随分驚いたことに変わりはないようで、炎山と祐一朗は目を丸くして、ブルースは訳が分からないと言いたげに首をかしげている。
部下と上司と友人までは分かるのだが、母親、の意味が分からない。
それが重い話なのか軽い話なのか、ということ以前に理解の範疇に無いらしく固まる熱斗達に、リエイ本人がそんな様子を面白がりながら説明を始めた。
「私ね、実は一種の捨て子というか……うーん、捨てではないのかな。ニホンで例えるなら、児童相談所に預けられるような感じで軍に入って育ったんだ。」
それは普通に考えると重い話で、熱斗達は訊いては不味かっただろうかと感じて苦い表情をし始める。
特に発端となったロックマンの気まずさは半端ではない。
しかしリエイもサーシャもそれを重くは思っていない――それが心の傷になっていることは無いらしく、今度はサーシャが至って冷静に言葉を続ける。
「リエイの家は一種の貧困層でな、親の仲……つまり夫婦の仲は良く温かい家庭ではあったが、子供を育てられるような余裕はなかったんだ。だがそれでも夫婦は子供が欲しく、リエイを産んだ。最初の内は赤子など母乳さえあれば十分だが、時間と共にそうはいかなくなるのは言うまでも無い。そして夫婦はリエイを育てることはできないと感じ始めた訳だが、本当の捨て子にするような事はさすがにできなかった。」
どんな悲惨な話が飛び出すか、まさかリエイはあの殺人鬼――Search並みの虐待家庭に居たのだろうかと緊張していた熱斗とロックマンは、捨て子にはされなかった、という言葉に少しだけ胸を撫で下ろす。
夫婦がリエイを何らかの形で手離したことが事実だとしても、夫婦はリエイを嫌っていた訳ではない、愛情がなかった訳ではない、そう思うことができて。
炎山は、ただのお気楽な中学生相当の少女だと思っていたリエイの意外な過去にまだ多少驚きを隠せていないが、先ほどに比べれば落ち着いたようだ。
そんな中で祐一朗はライカに小声で耳打ちをするように訊く。
「ライカくんは知っていたのかい……?」
「えぇ、数年前に……マレンコフ長官――おじさんと、本人達から。」
リエイとサーシャを除く七人の中で唯一驚かなかったライカとサーチマンは既に本人達からその事情を聴いていた。
その事実に、大人の多い軍の中で互いに歳の近い友達になって欲しかったのだろうか?と推測する祐一朗。
そしてサーシャの話は続く。
「それで夫婦は捨て子ではない、自分たちの手を離れてもリエイが真っ当な生活を送れる方法を探し、シャーロ軍に行きついた。」
「どうしてそれで軍に?」
「当時のシャーロ軍はそういう子供達を引き取って軍属に育てるということをしていてだな……」
「それって、少年兵って事!?」
それに対して良い印象が無かったロックマンは思わず声を荒げて驚いた。
結論から言ってしまえばそうなるのだろうし、貧困で生活の苦しい子供が軍属に、となればそう考えて悪い印象を感じることも無理はないのだろうが、サーシャはそれを静かに制してから答えと説明を続ける。
「落ち着けロックマン。……結論から言えば多分そうだな。だが我が軍のこれは強制ではなく、一種の救済措置でもあった。それに軍と言っても少年少女達をいきなり現実の前線に、などと言うことは無い。リエイも、それにライカもネットワーク軍だろう? それに、それを言ったら熱斗と炎山が警察に居る方が問題だろう、ニホンの少年兵みたいなものじゃないか? しかもリエイ達よりも若いぞ? 特に炎山はそれだけでなく大企業の副社長様だなど、労働基準法無視もいいところじゃないか。」
「い、言われてみれば……。」
綺麗な理想を掲げる筈が、思いっきり論破されて、ロックマンは複雑そうな表情で何かをブツブツと呟きながらも勢いをなくした。
ライカの近くでは、例に出された炎山と、彼らを働かせている一部である祐一朗が多少気まずそうな顔で頭を軽く掻いている。
熱斗はそれ以前に少年兵、労働基準法の意味が良く分からないらしく、それに関しては正直どうでもよさそうな、異世界の単語でも聴いているような顔だ。
「とにかく、夫婦はシャーロ軍が子供を引き取るシステムを取っていたことを知り、リエイを軍に渡した。しっかり育つことができれば、後々職業選択で困る必要もないしな。しかしここで他の子供たちと多少違った事がリエイにはある。」
「違った事?」
熱斗とロックマンが首をかしげ、炎山とブルースと祐一朗がいよいよ核心かと気を引き締める。
サーシャは一息置いて数秒間の空白を作った後に言った。
「他の子供の多くが男子だった中で、リエイは珍しく女子だった。」
「当時のシャーロはリエイ様のようなケースはそこそこあったらしいが、軍に渡されたのは男子がほとんどだったと聞いている。大人の女性こそ多少は存在するが、身近といえる存在になるであろう女性、または女子は居なかったらしい。」
サーシャの説明だけで理解しきれなかった熱斗とロックマンの為に、サーチマンが情報を補足した。
それでもまだ二人は理解しきれていないようでお互い顔を見合わせている。
それとサーシャの役目――軍事用以外に母親も兼ねていることに、何の関係があるのだろうか?
そんな様子を見かねてなのか、軍に渡された本人――リエイが説明を受け継いだ。
「サーシャが母親っていうのはね、上官たちの配慮なんだって。」
「配慮?」
「うん。ほら、やっぱり軍って男の人が働くことが大前提だから、女の子には色々辛いだろうし、やっぱり同性も居た方がいいっていうのと、この歳の女の子にはお母さんが居た方が、って。サーシャと長官から後々聞いた話なんだけどね。」
熱斗とロックマンは此処に至ってようやくある程度納得がいったらしく、そういうことか!などと言い合っている。
そんな二人を、なかなか鈍感だと言いたげなモヤモヤした表情と視線で炎山が見るが、それに関しては祐一朗が軽く苦笑する程度だった。
「だから私はリエイの部下であり上司、そして友人であり母親なんだ。ロックマンが感じた疑問、おそらく私とリエイがサーチマンとライカに比べてお互い馴れ馴れしいことだと思うが、それは軍人としての面以外に同性の友人の面と母親としての面を持っているからだ。」
「結構小さい頃に軍に来たから、本当のお母さんとお父さんの顔は覚えてないんだ。だからもう、サーシャがお母さんって言っても間違いじゃないんだよね。あんまりそれを前面に出されたことはないけど。」
最初こそ感慨深いといえそうな深い様子で様子語っていたリエイだが、最後の方は面白そうに笑っていた。
多分、サーシャはわざわざ自分を母親だと認識させることはなく、リエイが母親の存在を必要とするような精神状況に陥った時にさりげなくその役割を全うしてきたのだろう、と炎山や祐一朗は思う。
ロックマンはそこそこ納得した様子だったが、熱斗はどうも納得しきれないようで多少不機嫌で複雑そうな表情をしている。
確かにリエイは軍属となることで安定した将来を手に入れたのかもしれない。
だが、本当にそれで良いのだろうか?
リエイは母と父の顔を覚えていないと言った、ということはリエイの母と父はリエイを軍に預けて以降、一度も面会に来ていないということ。
もしかしたらそれはそこでは普通のことなのかもしれない、けれどどうにも言えない哀れみのような悲しさが消えない。
そのせいで何を言えば良いか分からない、そんな熱斗の想いをある程度察したのか、リエイが熱斗に語りかける。
「大丈夫、長官は結構優しいところもあるし、ライカは良い後輩で、サーチマンも仲良くしてくれる。確かに、自分を産んだお母さんとお父さんを知らないっていうのは悲しいことなのかなって、他の人を見てるとたまに思うけど、それでも私には部下で上司で友達でお母さんのサーシャが居るから、十分幸せ!」
「けど……その……」
「ほら、こうして軍にいるから熱斗とも会えたんだよ? 私は軍に入れて幸せ。だから、笑って欲しいなぁ。私の幸せ、悲しむよりも、喜んでもらえたら、私ももっと幸せだから、ね?」
そう言ったリエイの微笑みに作り笑顔のぎこちなさは欠片も無く、リエイは今の生活を本当に幸せに感じているのだと熱斗は思う。
それならリエイの言う通り、悲しむよりも喜ぶべきだ。
そうして熱斗もリエイに笑顔を見せ、更に言葉を付けたす。
「それがリエイの幸せなら俺も喜ぶし、それと……軍じゃ味わえない幸せも、俺たちが沢山見つけてやるからな!」
「ホント? 嬉しいなぁ、ありがとう、熱斗!」
多少のこじれた生い立ちがあれど今を幸せそうに生きるリエイに、炎山とブルース、祐一朗も微笑する。
そしてさっそく、この後マハ一番ダッシュにでも行こうぜ!と自分が幸せを感じる場所にリエイを誘う熱斗に、ロックマンがクスクスと笑い、リエイは、うん、行こう!と返事をする。
そんな風にして全員がほんわかとした穏やかな空気に包まれていると、急に会議室の扉が開いて誰かが室内に入ってきた。
「悪い、本庁での会議が長引いてこんな時間になってしまったのだが、最終的な報告だけでも受けられないか?」
それはリエイとは逆の、ほぼ愛されずに監禁されつつ育った殺人鬼――Search=Darknessだった。
直後、何とも言いにくい冷たくピリピリした重い空気が会議室を満たした原因が自分であることを彼女は知らない、というか、知ろうとする気が、この殺人鬼には無かった。
End.
それはある平和な午後、ニホンの科学省の中にあって会議室として利用されている一室でのこと。
この会議室はネットセイバーを始めとするネット警察の関係者使っていて、今日も、最近頻繁に破壊活動を続ける組織――ヘルアンバサダへの対策会議が行われたばかり。
今日の会議には科学省に所属する祐一朗、所属は不明だが主に科学省に居る名人、ネット警察の貴船と真辺、日本のネットセイバーの熱斗と炎山、シャーロのネットセイバーのライカ、そしてシャーロ軍ネットワーク部隊第十二部隊隊長のリエイ、そしてそれぞれのナビが出席していた。
会議が終わり名人、貴船、真辺は会議室を去ったが、祐一朗、熱斗、炎山、ライカ、リエイはそれほど急ぎの用も無く、会議室に残っている。
そうして祐一朗と熱斗が親子の会話に花を咲かせ、炎山とライカが情報交換を進めるなかで、リエイに向けて怒号にも近い声が飛ばされた。
「だーかーら! その欄はそれではない! それは次の欄だ!」
「ううぅ……そんなに怒らないでよー……。」
何かと思って祐一朗達が振り向くと、リエイがペンを握り何かの書類と思われる紙を睨んでいて、その書類の上には、小さな立体映像としてサーシャが仁王立ちをしている。
リエイはこの会議以外にも仕事――つまりはこの書類の記述が残っていて、そのため熱斗達やライカ達の会話には加わらず、その処理をしているのだが、どうやらリエイに書類仕事は向かないらしい。
サーシャの怒り具合からして、既に何度も似たような間違いを犯しているのだろう。
そんな傾向に好奇心をそそられたのか、熱斗が祐一朗の隣を離れ、興味津々といった様子でリエイに近付いて訊く。
「何々? リエイ、なにしてんだよ?」
「んー……書類仕事だよ、やってみる?」
「いや、遠慮しとく……。」
多少上目遣いで縋るように訊いてきたリエイに、熱斗は視線を泳がせて答えた。
宿題を始めとする机でする作業が苦手な熱斗に書類仕事などできる訳がなく、更に言うならこの書類はシャーロ語で書かれている。
口で話す言葉ならPETにより自動的に翻訳されるので問題ないが、書類――文字となると話は別だ。
手伝えないという反応を残念そうに疲れた溜息を吐くリエイに、こちらは呆れたように溜息をついているサーシャが言う。
「リエイ、軍人には戦闘力だけではない、そういった書類、つまりは情報の整理の能力も必要なんだぞ? これからもシャーロの軍人として生きていくためには、これぐらいは私の手助けが無くともこなせるようにならないといけないことは、わかるな?」
「分かってるよー……。」
「なら、まずはそれを終わらせることだ!」
もはやうなだれているリエイに手加減せず叱咤を飛ばす、その姿はまるで厳しい家庭の母親。
この二人は本当にライカとサーチマンと同じシャーロ軍なのだろうか?と、熱斗や炎山は首をかしげた。
ナビの方も同じ事を考えていたらしく、ロックマンが熱斗の肩の上に現れてサーシャにその疑問をぶつける。
「ねぇ、サーシャ。」
「なんだ? ロックマン。」
「サーシャって、その……サーチマンとかから感じられる軍事用ナビのイメージと随分違うなぁ、っていつも思うんだけど……」
ロックマンやブルースも常々感じていた疑問だった。
今まで出会った軍事用ナビ(といってもそんなに多くはないのだが)、例を上げるならサーチマンとカーネルは自分のオペレーターのことを様付けや階級を付けて呼び、基本的に敬語を使っている。
しかしこのサーシャはオペレーターであるリエイを呼び捨てにし、更に敬語を一切使わず、まるで同じ地位の相手と話すように話している。
それはロックマンから見れば自分と熱斗のような、とても近く親しい関係に見えて良いと思えると同時に、軍事ナビのイメージからは遠いとも思えていた。
どんな理由があるか分からないので少し恐る恐る訊いてきたロックマンに対し、サーシャは不快感など無い様子でサラっと答える。
「あぁ、私はリエイにとってただの部下ではない。私はリエイの部下であり、上司であり、友人であり、母親だ。」
「「えええっ!?」」
あまりにも簡単に告げられたそれに、熱斗とロックマンは驚愕し、すっとんきょうな声を上げた。
炎山とブルース、そして祐一朗も声こそあげなかったものの随分驚いたことに変わりはないようで、炎山と祐一朗は目を丸くして、ブルースは訳が分からないと言いたげに首をかしげている。
部下と上司と友人までは分かるのだが、母親、の意味が分からない。
それが重い話なのか軽い話なのか、ということ以前に理解の範疇に無いらしく固まる熱斗達に、リエイ本人がそんな様子を面白がりながら説明を始めた。
「私ね、実は一種の捨て子というか……うーん、捨てではないのかな。ニホンで例えるなら、児童相談所に預けられるような感じで軍に入って育ったんだ。」
それは普通に考えると重い話で、熱斗達は訊いては不味かっただろうかと感じて苦い表情をし始める。
特に発端となったロックマンの気まずさは半端ではない。
しかしリエイもサーシャもそれを重くは思っていない――それが心の傷になっていることは無いらしく、今度はサーシャが至って冷静に言葉を続ける。
「リエイの家は一種の貧困層でな、親の仲……つまり夫婦の仲は良く温かい家庭ではあったが、子供を育てられるような余裕はなかったんだ。だがそれでも夫婦は子供が欲しく、リエイを産んだ。最初の内は赤子など母乳さえあれば十分だが、時間と共にそうはいかなくなるのは言うまでも無い。そして夫婦はリエイを育てることはできないと感じ始めた訳だが、本当の捨て子にするような事はさすがにできなかった。」
どんな悲惨な話が飛び出すか、まさかリエイはあの殺人鬼――Search並みの虐待家庭に居たのだろうかと緊張していた熱斗とロックマンは、捨て子にはされなかった、という言葉に少しだけ胸を撫で下ろす。
夫婦がリエイを何らかの形で手離したことが事実だとしても、夫婦はリエイを嫌っていた訳ではない、愛情がなかった訳ではない、そう思うことができて。
炎山は、ただのお気楽な中学生相当の少女だと思っていたリエイの意外な過去にまだ多少驚きを隠せていないが、先ほどに比べれば落ち着いたようだ。
そんな中で祐一朗はライカに小声で耳打ちをするように訊く。
「ライカくんは知っていたのかい……?」
「えぇ、数年前に……マレンコフ長官――おじさんと、本人達から。」
リエイとサーシャを除く七人の中で唯一驚かなかったライカとサーチマンは既に本人達からその事情を聴いていた。
その事実に、大人の多い軍の中で互いに歳の近い友達になって欲しかったのだろうか?と推測する祐一朗。
そしてサーシャの話は続く。
「それで夫婦は捨て子ではない、自分たちの手を離れてもリエイが真っ当な生活を送れる方法を探し、シャーロ軍に行きついた。」
「どうしてそれで軍に?」
「当時のシャーロ軍はそういう子供達を引き取って軍属に育てるということをしていてだな……」
「それって、少年兵って事!?」
それに対して良い印象が無かったロックマンは思わず声を荒げて驚いた。
結論から言ってしまえばそうなるのだろうし、貧困で生活の苦しい子供が軍属に、となればそう考えて悪い印象を感じることも無理はないのだろうが、サーシャはそれを静かに制してから答えと説明を続ける。
「落ち着けロックマン。……結論から言えば多分そうだな。だが我が軍のこれは強制ではなく、一種の救済措置でもあった。それに軍と言っても少年少女達をいきなり現実の前線に、などと言うことは無い。リエイも、それにライカもネットワーク軍だろう? それに、それを言ったら熱斗と炎山が警察に居る方が問題だろう、ニホンの少年兵みたいなものじゃないか? しかもリエイ達よりも若いぞ? 特に炎山はそれだけでなく大企業の副社長様だなど、労働基準法無視もいいところじゃないか。」
「い、言われてみれば……。」
綺麗な理想を掲げる筈が、思いっきり論破されて、ロックマンは複雑そうな表情で何かをブツブツと呟きながらも勢いをなくした。
ライカの近くでは、例に出された炎山と、彼らを働かせている一部である祐一朗が多少気まずそうな顔で頭を軽く掻いている。
熱斗はそれ以前に少年兵、労働基準法の意味が良く分からないらしく、それに関しては正直どうでもよさそうな、異世界の単語でも聴いているような顔だ。
「とにかく、夫婦はシャーロ軍が子供を引き取るシステムを取っていたことを知り、リエイを軍に渡した。しっかり育つことができれば、後々職業選択で困る必要もないしな。しかしここで他の子供たちと多少違った事がリエイにはある。」
「違った事?」
熱斗とロックマンが首をかしげ、炎山とブルースと祐一朗がいよいよ核心かと気を引き締める。
サーシャは一息置いて数秒間の空白を作った後に言った。
「他の子供の多くが男子だった中で、リエイは珍しく女子だった。」
「当時のシャーロはリエイ様のようなケースはそこそこあったらしいが、軍に渡されたのは男子がほとんどだったと聞いている。大人の女性こそ多少は存在するが、身近といえる存在になるであろう女性、または女子は居なかったらしい。」
サーシャの説明だけで理解しきれなかった熱斗とロックマンの為に、サーチマンが情報を補足した。
それでもまだ二人は理解しきれていないようでお互い顔を見合わせている。
それとサーシャの役目――軍事用以外に母親も兼ねていることに、何の関係があるのだろうか?
そんな様子を見かねてなのか、軍に渡された本人――リエイが説明を受け継いだ。
「サーシャが母親っていうのはね、上官たちの配慮なんだって。」
「配慮?」
「うん。ほら、やっぱり軍って男の人が働くことが大前提だから、女の子には色々辛いだろうし、やっぱり同性も居た方がいいっていうのと、この歳の女の子にはお母さんが居た方が、って。サーシャと長官から後々聞いた話なんだけどね。」
熱斗とロックマンは此処に至ってようやくある程度納得がいったらしく、そういうことか!などと言い合っている。
そんな二人を、なかなか鈍感だと言いたげなモヤモヤした表情と視線で炎山が見るが、それに関しては祐一朗が軽く苦笑する程度だった。
「だから私はリエイの部下であり上司、そして友人であり母親なんだ。ロックマンが感じた疑問、おそらく私とリエイがサーチマンとライカに比べてお互い馴れ馴れしいことだと思うが、それは軍人としての面以外に同性の友人の面と母親としての面を持っているからだ。」
「結構小さい頃に軍に来たから、本当のお母さんとお父さんの顔は覚えてないんだ。だからもう、サーシャがお母さんって言っても間違いじゃないんだよね。あんまりそれを前面に出されたことはないけど。」
最初こそ感慨深いといえそうな深い様子で様子語っていたリエイだが、最後の方は面白そうに笑っていた。
多分、サーシャはわざわざ自分を母親だと認識させることはなく、リエイが母親の存在を必要とするような精神状況に陥った時にさりげなくその役割を全うしてきたのだろう、と炎山や祐一朗は思う。
ロックマンはそこそこ納得した様子だったが、熱斗はどうも納得しきれないようで多少不機嫌で複雑そうな表情をしている。
確かにリエイは軍属となることで安定した将来を手に入れたのかもしれない。
だが、本当にそれで良いのだろうか?
リエイは母と父の顔を覚えていないと言った、ということはリエイの母と父はリエイを軍に預けて以降、一度も面会に来ていないということ。
もしかしたらそれはそこでは普通のことなのかもしれない、けれどどうにも言えない哀れみのような悲しさが消えない。
そのせいで何を言えば良いか分からない、そんな熱斗の想いをある程度察したのか、リエイが熱斗に語りかける。
「大丈夫、長官は結構優しいところもあるし、ライカは良い後輩で、サーチマンも仲良くしてくれる。確かに、自分を産んだお母さんとお父さんを知らないっていうのは悲しいことなのかなって、他の人を見てるとたまに思うけど、それでも私には部下で上司で友達でお母さんのサーシャが居るから、十分幸せ!」
「けど……その……」
「ほら、こうして軍にいるから熱斗とも会えたんだよ? 私は軍に入れて幸せ。だから、笑って欲しいなぁ。私の幸せ、悲しむよりも、喜んでもらえたら、私ももっと幸せだから、ね?」
そう言ったリエイの微笑みに作り笑顔のぎこちなさは欠片も無く、リエイは今の生活を本当に幸せに感じているのだと熱斗は思う。
それならリエイの言う通り、悲しむよりも喜ぶべきだ。
そうして熱斗もリエイに笑顔を見せ、更に言葉を付けたす。
「それがリエイの幸せなら俺も喜ぶし、それと……軍じゃ味わえない幸せも、俺たちが沢山見つけてやるからな!」
「ホント? 嬉しいなぁ、ありがとう、熱斗!」
多少のこじれた生い立ちがあれど今を幸せそうに生きるリエイに、炎山とブルース、祐一朗も微笑する。
そしてさっそく、この後マハ一番ダッシュにでも行こうぜ!と自分が幸せを感じる場所にリエイを誘う熱斗に、ロックマンがクスクスと笑い、リエイは、うん、行こう!と返事をする。
そんな風にして全員がほんわかとした穏やかな空気に包まれていると、急に会議室の扉が開いて誰かが室内に入ってきた。
「悪い、本庁での会議が長引いてこんな時間になってしまったのだが、最終的な報告だけでも受けられないか?」
それはリエイとは逆の、ほぼ愛されずに監禁されつつ育った殺人鬼――Search=Darknessだった。
直後、何とも言いにくい冷たくピリピリした重い空気が会議室を満たした原因が自分であることを彼女は知らない、というか、知ろうとする気が、この殺人鬼には無かった。
End.
1/1ページ