短編“未満”小説『光だけに溢れた理想郷へ飛ぶ為に今私は砕けて尚残る光を全て捨てて闇へと堕ちる:1』
【光だけに溢れた理想郷へ飛ぶために、今私は、砕けてなお残る光を全て捨てて闇へと堕ちる ―1.そして貴方にさようなら―】
晴天の空の下、刃渡り二十センチほどのナイフで肩を切りつけられた旗見 マサナは、目の前の黒髪の少女を睨みつけた。
切りつけられた肩からの出血はマサナの水色の服を紅く染め、黒髪の少女はそれを悲しむでも喜ぶでもなく、もはや怒りすら見えない平然とした表情で見つめている。
焼けつくように痛く血が止まらない肩をおさえながら、マサナは声を絞り出し、目の前の少女に叩きつける。
「ど、して……どうしてっ、お前がっ、Dirty Bloodなんかあ゛っ!」
「さぁ、どうしてだろうな。自分で考えてみたらどうだ。」
感情を激しく昂らせて叫ぶマサナに、少女は酷く冷たい落ち着いた声を返した。
長い黒髪と同じ色をした少女の目は、酷く曇っている。
明るい好意も、葛藤の色も、燃え上がる怒りさえも感じさせない、どこか遠くを見るような目。
マサナの肩の傷は大きく、そして深すぎるようで、赤い赤い、命の欠片の流失はまだ止まる気配を見せない。
「みさ、い……未彩っ、どうして、オフィシャルの、お前が……」
「あぁ、そうだな、オフィシャルネットバトラー清上院 未彩には、Dirty Bloodに入る理由など無いな。だが、」
「がっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
マサナの問いを途中で遮って、少女――未彩はつま先でマサナの腹を思い切り蹴り上げた。
鈍くも鋭く、重い激痛に、マサナは絶叫と共に地面をのたうち、コンクリートのタイルに肩から溢れた血がこびりつくが、自分にとって最愛の異性がもがき苦しむその姿を見てもなお、未彩は何を思っているのか分からない曇った目と冷静な態度を崩さない。
少しずつ痛みがマシになってきて、絶叫が小さな唸り声に変わった頃、それまで何も言わず、マサナの惨めな姿がまるで他人事のように落ち着いていた未彩が口を開き、
「それでも、オフィシャルなんて関係ないところで、普通に生きて、他の人間と同様の道を欲して、それでもそんなモノは得られないと知った、自分はその企画から外れていると知った清上院 未彩には、理由は十分にある。」
そう言うと、マサナを見つめる未彩の目が少しだけ細められた。
相変わらず何を考えているのかほとんど分からない無表情に近くはあるが、それでもそれは暗幕を少しだけ開いて外の光を、いや、部屋の中の光を外へ出すような、未彩が表現しないだけで隠していた激情が漏れ始めた証であり、未彩は、コンクリートの地面に横たわるマサナの顎を軽く蹴り上げる。
そして、かはっ、と咳をするように苦しむマサナを徐々に睨みながら、未彩は吐き捨てるように続けた。
「なぁ、お前と真波は今まで俺に、どのくらいの嘘を吐いたと思っている? それとも何も思っていないのか? そうか、そうだな、何も思っていないから分からない、俺がDirty Bloodに入った理由が。」
曇り、陰り、光を放棄した未彩の目がマサナを突き刺すように睨む。
何故未彩に睨まれるのだろう、お前と真波ということは真波にも同じ事をしたのだろうか? あぁそういえば今日は真波は怪我で欠席だと先生が――。
もはや唸る気力すら失って、仰向けに倒れたまま肩からジワジワと染み出す鮮血で地面を汚しながら、マサナは未彩の言葉を待つ。
そんなマサナの肩を踏みつけ、その肩に鈍い痛みを走らせマサナを苦しめながら、未彩はついに叫んだ。
「痛いだろう? 苦しいだろう? それは全て俺がお前たちから受けた嘘の痛みの代用品だ! ずっと友達なんて、全部嘘だった!!」
マサナの肩を踏む未彩の足に力が入ってくる。
もはや切り傷よりも、肩の骨が折れそうで痛い。
そうして涙ぐみながら唸るマサナを見ても未彩は踏む力を緩めてはくれない。
もう、未彩に迷いは無かった。
「また三人で遊ぼうという約束は、お前たち二人だけの都合の前に消えた! それでも俺は待っていたのに、お前たちは更なる嘘を作り続け、俺を放置した! 俺たちの都合だから仕方ない? だったらなんでまだ忙しいまま、お前たちの都合しか優先しない状況のまま、俺に声をかけた!? ふざけるな! 俺は、俺は、言っただろう!? お前たちの都合の詳細は俺には分からない、だから、お前たちが大丈夫なったら声をかけてくれと!! 大丈夫じゃないのに、お前たちしか見えてないのに、俺を構う時間も気力もないのに、何故声をかけて、そして、」
マサナの肩を踏みつけていた未彩の右足が上がる。
マサナはそれを解放かと思って肩から力を抜いた、その瞬間、バキッ、ゴキッ、などと耳障りな音が。
「ぎあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「友達などという甘い言葉だけ、中身のないクズのような愛情だけ! 博愛ですらない自己満足だけ!! 俺は二人を愛していたのに!!」
未彩が足を上げた理由は解放などではなく、マサナの肩を踏み壊すためだった。
骨が潰れて折れる音、それを理解した脳が感知する激痛、絶叫。
絶叫するマサナを見る未彩の目は曇ってはいなかった、陰ってはいなかった、喜びや悲しみもない、ただ、自分すら焼き尽くしそうな怒りを湛えているだけで。
「口先だけの希望がどれほど重罪で、クズで、俺の心を削ったのか……せめて身体の痛みで知れ! そして治らないその肩を苦にして、その肩の傷に俺を思い出して、罪悪感と自己嫌悪に心を壊されて、真波という頼りは居ない世界で、苦痛の果てに死ね!!」
最初の冷静さはとうの昔に消え失せ、叫び続ける未彩に、マサナは何も反論する事が出来ない。
勿論、痛みに耐えるのが精一杯ということが第一ではあるのだが、それよりも、あんなに笑い、時には自分を助け、あのヒーローの近くで世界の為に戦った事もある友人の変わり果てた姿に驚愕することしかできない
本当に此処に居るのは自分の知っている清上院 未彩なのか? もはや別の生き物ではないのだろうか? そう、たとえばDirty Bloodのセカンドキラー、藤咲 満のような……
「づ! あ゛! う゛!!」
何度も、何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、
「あ゛ぁ゛!! が!! あ゛あ゛あ゛!! ぐあ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
マサナの濁った悲鳴が未彩の頭を揺らす。
もうやめてやれ、愛しているんだから、やめてやれ、やめてやれと誰かが言っている気がする、胸が痛い、謝りたい、俺を嫌わないで、俺は寂しいだけなんだ、お願い、愛してと叫びたい。
それでもこれは自分の覚悟で、此処でやめたら今までやってきた意味も無くなって、また一種の境界人とならないといけないんだと頭の中で必死に繰り返し、愛を優先する自分を振り払ってマサナの肩を踏みつぶし続ける。
ずっと信じて裏切られて、それでも更に信じて、また更に裏切られて苦しむ日々を終わりにしてしまいたくて、どうしようもなく彷徨っていた時、藤咲 満からDirty Bloodへ勧誘された。
満は未彩に”そんなものは信じるだけ無駄、そんな一欠片の頼り無いクズみたいな光の為に何故苦しむ、闇しか無い場所が地獄なんてことはない、何故ならそれは光だけにあふれた理想と表裏一体なのだから”等と説いた。
最初こそ反論したが、真波やマサナに友情や愛情を向ける程苦しんでいる事実は、他の誰が指摘せずとも今更否定のしようがなく、また既に真波達を”この手から離してしまう”ことを考えていた未彩は、満の誘いに乗った。
そしてマサナの前に、真波を殺した。
「オイ……やめろよ、やめてくれよ、清上院!!」
濁った悲鳴とは別の少年の声に、ハッとして足をとめた。
マサナの胸の上に、黄色い髪でオレンジ色の手足のナビ、チアルが立っている。
「どうして、どうして……こんなことして、何になるんだよ!?」
それはもっともだと、未彩自身も思う。
正直、どうなるとは思っていない、マサナが後々自殺してくれるとも、自分に謝ってくれるとも思っていない、ただ、マサナが消耗して、自分が戻れなくなるだけだ。
しかし、それでいい、その二つだけで良い、マサナとチアルが一生かかっても自分の傷を理解しきれなかったとしても、もうそれでいい、どうせ理解されない事はとっくに気付いていて、今まではそれを否定してきただけだ。
「……ロンナ、殺せ。」
最初のような静かな声で命令すると、ロンナは反論する事無くチアルの前へ降り立った。
自分の命令を遂行する気で目の前に現れたロンナの姿に怯えるチアルを見て、少しだけ胸が痛む。
「ロンナ……まさか、お前……。」
「怨まないでなんて言わない。全ては自由だから、チアルが私を怨むのも未彩を怨むのも自由。だから、未彩がマサナくんを怨むのも、自由なの。」
普段は滅多に見せない真剣でほの暗い眼差しのロンナにチアルが後ずさる。
ロンナという自分にとっての最後の希望が断たれたチアルの目からこぼれる涙、ソードに変わるロンナの両腕、風を切るような音、パキンッと軽い音を立てて消えるチアルというナビのカタチ。
ハティ、チアルと続けざまに友人だったナビを手にかけたというのに顔色ひとつ変えないロンナは、さすがに少し怖い。
「未彩、ちょっと後悔してる? 私にチアルを、そしてハティもデリートさせたこと。」
未彩が肩を踏みつけ続けたマサナはいつの間にか気絶していた。
小さく胸が上下しているので、死んではいないのだろうが、もしこのままだと失血死、またはショック死をするはずだ。
それはそれで悪くないが、真波を自分の手で殺した分、マサナには生き地獄を体験してほしい、とも思う。
ロンナの問いかけに、未彩はすぐには答えられない。
「……チアルとハティに対しての後悔はない。ただ、お前に対しては……少しは、な。お前とハティとチアルは、何も問題のない、仲のいいナビ同士だったから。」
少し悩んだ末に視線を逸らしてそう言うと、ロンナはクスクスと小さく笑った。
えっ、と思ってロンナをまじまじと見ると、ロンナの顔に後悔の色はなく、むしろ、それがどうしたの?という顔をしている。
「あはは、別にいいのに。私は未彩のナビなんだから、未彩が望む方に向くのは当たり前だよ?」
「……いつもは毒しか吐かない奴が、よく言う。」
「そう? じゃああえてまた吐いてあげるね、どうせならハティを殺した時に言って欲しかったなぁ、って。」
それすらも楽しそうに言う姿に、ロンナはあの殺戮狂Blood.EXEに並ぶキチガイなのではないだろうかと今更ながらに思った未彩を、ロンナが更に笑う。
そして両腕のソードを解除して未彩のPETの中に戻ると、何かを諭すように、少し静かに言った。
「さ、帰ろうよ。満くんやAiriリーダーの居るDirty Bloodにさ。」
ロンナがDirty Bloodを帰る場所と表現した事で、これでもう俺の手の中に今まで捨てきれなかった希望の破片はないんだとようやく納得できた気がする。
いずれ穢れた血のサードキラーとなるであろう自分に、本当にこれでよかったのか?と自問するも、それに対して自答はない。
良いとか悪いとか、そういうことではないんだ、ただ、自分は、俺は、清上院 未彩は、
「……そうだな、もう此処には何も、俺を引き留める物はない。」
光しか無い理想郷が闇と同じなら、闇しか無い無限の地獄は光しか無いのと同じだろう?
けれど今まではあと少しで闇に染まるところを、小さなかけらが邪魔をした。
そのかけらは、今まで俺を何度も裏切ってきたお前たちの友情の亡骸。
この亡骸がある限り俺は光と闇を両立していて、それなのにほとんどが闇という地獄を彷徨うしか無くて、だから、
何時か理想郷で光に囲まれて笑うために、まずは貴方にさようなら。
「愛してたよ、真波。愛してたよ、マサナ。だから、苦しかったよ、ずっと。」
未彩は気絶したマサナを路上に放置したまま歩きだした。
End.
晴天の空の下、刃渡り二十センチほどのナイフで肩を切りつけられた旗見 マサナは、目の前の黒髪の少女を睨みつけた。
切りつけられた肩からの出血はマサナの水色の服を紅く染め、黒髪の少女はそれを悲しむでも喜ぶでもなく、もはや怒りすら見えない平然とした表情で見つめている。
焼けつくように痛く血が止まらない肩をおさえながら、マサナは声を絞り出し、目の前の少女に叩きつける。
「ど、して……どうしてっ、お前がっ、Dirty Bloodなんかあ゛っ!」
「さぁ、どうしてだろうな。自分で考えてみたらどうだ。」
感情を激しく昂らせて叫ぶマサナに、少女は酷く冷たい落ち着いた声を返した。
長い黒髪と同じ色をした少女の目は、酷く曇っている。
明るい好意も、葛藤の色も、燃え上がる怒りさえも感じさせない、どこか遠くを見るような目。
マサナの肩の傷は大きく、そして深すぎるようで、赤い赤い、命の欠片の流失はまだ止まる気配を見せない。
「みさ、い……未彩っ、どうして、オフィシャルの、お前が……」
「あぁ、そうだな、オフィシャルネットバトラー清上院 未彩には、Dirty Bloodに入る理由など無いな。だが、」
「がっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
マサナの問いを途中で遮って、少女――未彩はつま先でマサナの腹を思い切り蹴り上げた。
鈍くも鋭く、重い激痛に、マサナは絶叫と共に地面をのたうち、コンクリートのタイルに肩から溢れた血がこびりつくが、自分にとって最愛の異性がもがき苦しむその姿を見てもなお、未彩は何を思っているのか分からない曇った目と冷静な態度を崩さない。
少しずつ痛みがマシになってきて、絶叫が小さな唸り声に変わった頃、それまで何も言わず、マサナの惨めな姿がまるで他人事のように落ち着いていた未彩が口を開き、
「それでも、オフィシャルなんて関係ないところで、普通に生きて、他の人間と同様の道を欲して、それでもそんなモノは得られないと知った、自分はその企画から外れていると知った清上院 未彩には、理由は十分にある。」
そう言うと、マサナを見つめる未彩の目が少しだけ細められた。
相変わらず何を考えているのかほとんど分からない無表情に近くはあるが、それでもそれは暗幕を少しだけ開いて外の光を、いや、部屋の中の光を外へ出すような、未彩が表現しないだけで隠していた激情が漏れ始めた証であり、未彩は、コンクリートの地面に横たわるマサナの顎を軽く蹴り上げる。
そして、かはっ、と咳をするように苦しむマサナを徐々に睨みながら、未彩は吐き捨てるように続けた。
「なぁ、お前と真波は今まで俺に、どのくらいの嘘を吐いたと思っている? それとも何も思っていないのか? そうか、そうだな、何も思っていないから分からない、俺がDirty Bloodに入った理由が。」
曇り、陰り、光を放棄した未彩の目がマサナを突き刺すように睨む。
何故未彩に睨まれるのだろう、お前と真波ということは真波にも同じ事をしたのだろうか? あぁそういえば今日は真波は怪我で欠席だと先生が――。
もはや唸る気力すら失って、仰向けに倒れたまま肩からジワジワと染み出す鮮血で地面を汚しながら、マサナは未彩の言葉を待つ。
そんなマサナの肩を踏みつけ、その肩に鈍い痛みを走らせマサナを苦しめながら、未彩はついに叫んだ。
「痛いだろう? 苦しいだろう? それは全て俺がお前たちから受けた嘘の痛みの代用品だ! ずっと友達なんて、全部嘘だった!!」
マサナの肩を踏む未彩の足に力が入ってくる。
もはや切り傷よりも、肩の骨が折れそうで痛い。
そうして涙ぐみながら唸るマサナを見ても未彩は踏む力を緩めてはくれない。
もう、未彩に迷いは無かった。
「また三人で遊ぼうという約束は、お前たち二人だけの都合の前に消えた! それでも俺は待っていたのに、お前たちは更なる嘘を作り続け、俺を放置した! 俺たちの都合だから仕方ない? だったらなんでまだ忙しいまま、お前たちの都合しか優先しない状況のまま、俺に声をかけた!? ふざけるな! 俺は、俺は、言っただろう!? お前たちの都合の詳細は俺には分からない、だから、お前たちが大丈夫なったら声をかけてくれと!! 大丈夫じゃないのに、お前たちしか見えてないのに、俺を構う時間も気力もないのに、何故声をかけて、そして、」
マサナの肩を踏みつけていた未彩の右足が上がる。
マサナはそれを解放かと思って肩から力を抜いた、その瞬間、バキッ、ゴキッ、などと耳障りな音が。
「ぎあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「友達などという甘い言葉だけ、中身のないクズのような愛情だけ! 博愛ですらない自己満足だけ!! 俺は二人を愛していたのに!!」
未彩が足を上げた理由は解放などではなく、マサナの肩を踏み壊すためだった。
骨が潰れて折れる音、それを理解した脳が感知する激痛、絶叫。
絶叫するマサナを見る未彩の目は曇ってはいなかった、陰ってはいなかった、喜びや悲しみもない、ただ、自分すら焼き尽くしそうな怒りを湛えているだけで。
「口先だけの希望がどれほど重罪で、クズで、俺の心を削ったのか……せめて身体の痛みで知れ! そして治らないその肩を苦にして、その肩の傷に俺を思い出して、罪悪感と自己嫌悪に心を壊されて、真波という頼りは居ない世界で、苦痛の果てに死ね!!」
最初の冷静さはとうの昔に消え失せ、叫び続ける未彩に、マサナは何も反論する事が出来ない。
勿論、痛みに耐えるのが精一杯ということが第一ではあるのだが、それよりも、あんなに笑い、時には自分を助け、あのヒーローの近くで世界の為に戦った事もある友人の変わり果てた姿に驚愕することしかできない
本当に此処に居るのは自分の知っている清上院 未彩なのか? もはや別の生き物ではないのだろうか? そう、たとえばDirty Bloodのセカンドキラー、藤咲 満のような……
「づ! あ゛! う゛!!」
何度も、何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、
「あ゛ぁ゛!! が!! あ゛あ゛あ゛!! ぐあ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
マサナの濁った悲鳴が未彩の頭を揺らす。
もうやめてやれ、愛しているんだから、やめてやれ、やめてやれと誰かが言っている気がする、胸が痛い、謝りたい、俺を嫌わないで、俺は寂しいだけなんだ、お願い、愛してと叫びたい。
それでもこれは自分の覚悟で、此処でやめたら今までやってきた意味も無くなって、また一種の境界人とならないといけないんだと頭の中で必死に繰り返し、愛を優先する自分を振り払ってマサナの肩を踏みつぶし続ける。
ずっと信じて裏切られて、それでも更に信じて、また更に裏切られて苦しむ日々を終わりにしてしまいたくて、どうしようもなく彷徨っていた時、藤咲 満からDirty Bloodへ勧誘された。
満は未彩に”そんなものは信じるだけ無駄、そんな一欠片の頼り無いクズみたいな光の為に何故苦しむ、闇しか無い場所が地獄なんてことはない、何故ならそれは光だけにあふれた理想と表裏一体なのだから”等と説いた。
最初こそ反論したが、真波やマサナに友情や愛情を向ける程苦しんでいる事実は、他の誰が指摘せずとも今更否定のしようがなく、また既に真波達を”この手から離してしまう”ことを考えていた未彩は、満の誘いに乗った。
そしてマサナの前に、真波を殺した。
「オイ……やめろよ、やめてくれよ、清上院!!」
濁った悲鳴とは別の少年の声に、ハッとして足をとめた。
マサナの胸の上に、黄色い髪でオレンジ色の手足のナビ、チアルが立っている。
「どうして、どうして……こんなことして、何になるんだよ!?」
それはもっともだと、未彩自身も思う。
正直、どうなるとは思っていない、マサナが後々自殺してくれるとも、自分に謝ってくれるとも思っていない、ただ、マサナが消耗して、自分が戻れなくなるだけだ。
しかし、それでいい、その二つだけで良い、マサナとチアルが一生かかっても自分の傷を理解しきれなかったとしても、もうそれでいい、どうせ理解されない事はとっくに気付いていて、今まではそれを否定してきただけだ。
「……ロンナ、殺せ。」
最初のような静かな声で命令すると、ロンナは反論する事無くチアルの前へ降り立った。
自分の命令を遂行する気で目の前に現れたロンナの姿に怯えるチアルを見て、少しだけ胸が痛む。
「ロンナ……まさか、お前……。」
「怨まないでなんて言わない。全ては自由だから、チアルが私を怨むのも未彩を怨むのも自由。だから、未彩がマサナくんを怨むのも、自由なの。」
普段は滅多に見せない真剣でほの暗い眼差しのロンナにチアルが後ずさる。
ロンナという自分にとっての最後の希望が断たれたチアルの目からこぼれる涙、ソードに変わるロンナの両腕、風を切るような音、パキンッと軽い音を立てて消えるチアルというナビのカタチ。
ハティ、チアルと続けざまに友人だったナビを手にかけたというのに顔色ひとつ変えないロンナは、さすがに少し怖い。
「未彩、ちょっと後悔してる? 私にチアルを、そしてハティもデリートさせたこと。」
未彩が肩を踏みつけ続けたマサナはいつの間にか気絶していた。
小さく胸が上下しているので、死んではいないのだろうが、もしこのままだと失血死、またはショック死をするはずだ。
それはそれで悪くないが、真波を自分の手で殺した分、マサナには生き地獄を体験してほしい、とも思う。
ロンナの問いかけに、未彩はすぐには答えられない。
「……チアルとハティに対しての後悔はない。ただ、お前に対しては……少しは、な。お前とハティとチアルは、何も問題のない、仲のいいナビ同士だったから。」
少し悩んだ末に視線を逸らしてそう言うと、ロンナはクスクスと小さく笑った。
えっ、と思ってロンナをまじまじと見ると、ロンナの顔に後悔の色はなく、むしろ、それがどうしたの?という顔をしている。
「あはは、別にいいのに。私は未彩のナビなんだから、未彩が望む方に向くのは当たり前だよ?」
「……いつもは毒しか吐かない奴が、よく言う。」
「そう? じゃああえてまた吐いてあげるね、どうせならハティを殺した時に言って欲しかったなぁ、って。」
それすらも楽しそうに言う姿に、ロンナはあの殺戮狂Blood.EXEに並ぶキチガイなのではないだろうかと今更ながらに思った未彩を、ロンナが更に笑う。
そして両腕のソードを解除して未彩のPETの中に戻ると、何かを諭すように、少し静かに言った。
「さ、帰ろうよ。満くんやAiriリーダーの居るDirty Bloodにさ。」
ロンナがDirty Bloodを帰る場所と表現した事で、これでもう俺の手の中に今まで捨てきれなかった希望の破片はないんだとようやく納得できた気がする。
いずれ穢れた血のサードキラーとなるであろう自分に、本当にこれでよかったのか?と自問するも、それに対して自答はない。
良いとか悪いとか、そういうことではないんだ、ただ、自分は、俺は、清上院 未彩は、
「……そうだな、もう此処には何も、俺を引き留める物はない。」
光しか無い理想郷が闇と同じなら、闇しか無い無限の地獄は光しか無いのと同じだろう?
けれど今まではあと少しで闇に染まるところを、小さなかけらが邪魔をした。
そのかけらは、今まで俺を何度も裏切ってきたお前たちの友情の亡骸。
この亡骸がある限り俺は光と闇を両立していて、それなのにほとんどが闇という地獄を彷徨うしか無くて、だから、
何時か理想郷で光に囲まれて笑うために、まずは貴方にさようなら。
「愛してたよ、真波。愛してたよ、マサナ。だから、苦しかったよ、ずっと。」
未彩は気絶したマサナを路上に放置したまま歩きだした。
End.
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