短編“未満”小説『Christmas Present of Blood Color:0(※初出版)』

「生かすという選択は今しかできません、ですが殺すという選択はいつでもできるのです。」
「それ、どういう事……?」

いまいち意味の見えてこない秀造の言葉に、愛華が驚き気味の表情で聞き返した。
すると秀造は殊更楽しそうに、しかし細めた目の中央から愛華の目を射抜くように見詰めながら、言う。

「一度産んで、その個体の能力を詳細に観察し、それが一定の成果を出せなかった時に改めて殺せばいいのですよ。」

一瞬、部屋の中の空気が完全に凍りついた。
愛華は勿論、百合花も黒夜も予想だにしなかった秀造の発言に驚いて、目を見開いたまま硬直して、それが解けない。
それから数秒間の間、誰も言葉を発さない本当の沈黙が四人の間に流れたが、なんとかその氷を打ち破って黒夜が声を上げた。

「ちょっ……秀造くん何言ってるんだよ!? そんなの向こうでは全然ッ」

全然話に上がらなかった事じゃないか! と声を荒らげて言おうとする黒夜に、秀造は視線を向け、右手の人差し指を自分の口元に当てて、鎮まるよう合図する。
黒夜は納得がいかなそうな顔をしながらも言葉をそこで切り、黙った。
百合花は、秀造の穏やかな笑顔に似合わない発言にただただ驚くばかりで、愛華と秀造に近付く事も忘れて秀造に視線を向けていた。
秀造は黒夜と百合花が何も言わなくなった事を確認すると、改めて愛華に視線を向ける。
秀造の視線の先の愛華は相当驚いてはいるようだったが、黒夜のような焦りは感じさせない、どこかポカンとした表情をしていた。

「一度産んで、後で殺す……?」
「はい、そうです。正確には、一度生んで、能力が悪ければ後で殺す、ですけどね。愛華さんは、今ご自分の子宮の中にある“それ”を、我が子とは思っていないのですよね?」

少しもオブラートに包まない質問の仕方に愛華の方が少し緊張してしまう。
確かに愛華は“それ”を自分の子供だとか我が子だとか、そんな事は思っていないのだが、自分で言うのと他人に確認されて言うのではその意味が少しだけ違ってきてしまうのだ。
ともかく、愛華は秀造にそれを言われて少ししどろもどろになりながらも答える。

「え、えぇ……そうだけど……」
「やはりそうですか、それなら話は簡単ですね。私が言いたいのは、つまり、貴女の子宮の中にある“それ”を貴女や白夜さんの子供としてではなく、このDirty Bloodの団員として育て、その成果が見られるようなら生き残る道を、見られないようなら淘汰の道を選ばせようという事なのですよ。」

いつも通りの朗らかでのんびりとした笑顔のままとんでもない事を言い出した秀造に、黒夜が愛華に見せるような不快感を露わにした表情を見せる。
おそらく、秀造の意見が半分ほど白夜の意見を蔑ろにしているものだからだろう。
百合花は、驚いたまま何も言えなかった。
反対に愛華は、“それ”を自分の子供だとして扱わなくていいという方法に魅力を感じたのか、やや呆然としながらも少しずつ少しずつその顔に生気が戻りつつある。

「ど、どうやってその成果を確認するの?」
「簡単な話です、“それ”が自分の脚で歩き、真っ直ぐ走れるようになった段階で戦闘に出せばいいのですよ。成果が出ていれば“それ”は生き残るでしょうし、成果が無ければそこで死に絶えるでしょうから。」

部屋の壁に寄りかかって玄関に立つ黒夜は、もしかしてこのDirty Bloodの真の首領はこの天照 秀造なのではないだろうか? という疑いを僅かに感じつつ秀造と愛華を睨んだ。
百合花は、愛華が生気を取り戻し始めた事には安堵しながらも、例えどれだけ我が子と思えぬ存在だとしても、そんな事が許されるのだろうかと悩む。
この環境での生活に慣れている愛華、またそれに適応している秀造と違い、百合花には表の人間らしい道徳の考えがまだ残っているのだ。
だから百合花は、“それ”を生まれながらの犯罪者にすると言っても過言ではない秀造の提案に不安と罪悪感を感じる。
黒夜も、百合花程ではないにしても自分の兄の子供がそういう事の為に生きるのはあまり気持ちの良いものではないと考えている。
だが、愛華は違った。

「そう……いいわ、それなら合意しましょう。その代わり、“それ”の教育は白夜よりも私にやらせて。……白夜じゃ、きっとそういう成果は出せないでしょうから。」
「分かりました、教育面に関しては愛華さんに一任することが条件で出産可能、と白夜さんに伝えておきましょう。」

終始ニコニコとした笑みを浮かべていた秀造に、百合花と黒夜は底知れぬ恐怖にも似た気分の悪さを感じていたが、それを口にする事はどちらにもできなかった。
ともかく、愛華は“それ”の出産に同意した、という事実だけがその場に残って、秀造はその事実をしっかり受け取るとゆっくりと立ち上がりその場を離れ、百合花の隣を平然と通り過ぎて黒夜が待つ玄関まで戻り、黒夜に声をかける。

「それでは黒夜さん、白夜さんの所に戻りましょうか。」
「……あぁ、そうだね。」

黒夜はやはり納得がいかないと言いたげな表情をしていたが、秀造の言葉に頷いて愛華と百合花に背を向けた。
秀造は扉の隣のコントロールパネルを弄り、扉を開ける。
そして玄関に下りたままだった黒夜が先に部屋を出て、次に靴を履く必要がある秀造が靴を履いてから扉をくぐり、そして、

「では、また後でお会いいたしましょう。」

と言うと、扉が閉まって、秀造と黒夜の姿は見えなくなった。
部屋の中には、愛華と百合花だけが残る。
百合花は二人の足音が遠ざかるのを耳で確認すると、先ほど座っていたソファーまで歩いて戻った。
ボスッと勢い良くソファーに腰掛ける。
そして愛華に視線を向けると、此処にきてようやく愛華がずっと放置してあった水入りのグラスに手を伸ばすのが見えた。
さっきまで全然飲みそうもなかったのに……と百合花が不思議に思っていると、愛華はそのコップ一杯の水を一気に飲み干し、コンッと音を立ててグラスをテーブルへ置き直した。
グラスをテーブルに置いた際の愛華は若干俯いていて表情が読みとりにくかったが、百合花は辛うじて愛華の口元を見る事ができ、そしてそこから読みとる事ができた感情にゾッとする。
愛華の口はその両端が僅かに吊りあがっていて、明らかに笑みを模っていたからだ。

「姉さん、その……」
「フフ、何かしら? 百合花。」

さっきの事、本気なの? と訊こうとした百合花だったが、普段と同じような自信に満ちた態度を取り戻した愛華にそれを訊くのは何処か恐ろしく感じられ、実行には移せなかった。
代わりに、百合花は首を小さく左右に振ってから、まだ水の残る自分の側のグラスに手を伸ばし、その中の水を一気に飲み干す。
秀造と愛華に驚かされて乾いていた口は、その水を喜んで受け止めた。
ようやく息がマトモにできるようになった気がして、百合花は大きな溜息を吐いた。


Continued on next story.
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