短編“未満”小説『百合色バレンタインデー』
【百合色バレンタインデー】
それは、二月十四日の午前七時三十分の事。
普段と同じようにネット警察と通常の警察の共同オフィスに出勤してきた黒髪長身の女性警察官――Search=Darknessは、見渡す限り薔薇の華だらけにされた自分の机の上を見て、言葉を失っていた。
Searchの隣では、Searchと似たような、しかしSearchよりも癖が強くフワフワとした黒い髪を一つに束ねた桃色のスーツの女性――真辺が苦笑を漏らしてしている。
やがて、立場としては傍観者であり当事者ではない真辺が、幾分申し訳なさそうに、しかし興味は津々と言った様子で、何が何だか全く分からずに混乱している事が明らかなSearchに向けて口を開く。
「ねぇSearch刑事、これ、何かしら……」
「……私が知るはずもないだろう。」
真辺の問いかけに、Searchはぶっきらぼうに答えながら、机とは反対に全くの無事であるパイプ椅子に疲れた溜息を吐きながらドサリと勢い良く腰かけ、手に持っていた通勤カバンを乱暴に床に置いた。
真辺はそんなSearchを見て更に苦笑しながらも、Searchの机の上に絨毯のように敷かれた数えきれない本数の赤い薔薇の一本を手に取り、じっくりと観察してみる。
薔薇の赤は赤というよりも紅と言った方が正しいかもしれない程の深みを持っていて、真辺はそれを、まるでSearchの瞳の色を真似たような薔薇だと思い、試しにSearchの顔に向けてみた。
しかしSearchはそれを、自分はそんなもの見たくもない、とでも言うかのように目の前から右手で払いのけ、二度目の溜息を吐くだけ。
全く、誰がこんな無茶苦茶を、何故今日この時間にやらかしたのだ、と腹立たしく思いながら、Searchは改めて机の上を見る。
机の上には先ほども見た通り薔薇の華が数えきれないほど多く敷き詰められていて、パソコンも何も使わせまいとするかのように机を占領している。
悪戯にしても虐めや嫌がらせにしても時間と金がかかりそうな面倒臭い所業だな、と思いながらその薔薇を見詰めていたその時、Searchはふとその薔薇達の中に、薔薇の紅とは対照に白いカードが一枚挟まっている事に気付いた。
「なんだ? これは……」
Searchが唐突にそう呟くと、何か新しい発見があったのかと思った真辺も先ほど手に取った一輪の薔薇を弄る事を止めて、Searchの視線の先に自分の視線を向け、一枚のカードを視界に入れた。
そうして真辺に見守られながら、Searchは薔薇と薔薇の茎の間に挟まったカードへゆっくりと手を伸ばし、薔薇の棘で怪我をしないように気をつけながらそれを抜き取った。
カードは真っ白な画用紙で出来ていて、きっちりときつく二つ折りにされている。
Searchはその二つ折りのカードを開き、中の文面を確認した。
Searchの斜め背後からそれを覗く真辺が、あら、と感嘆した様な声を漏らす。
「綺麗な英語ね。」
カードにはまず日本語で『ハッピーバレンタイン』と書かれており、その次である二行目に英語で『From Your Valentine.』と書かれていた。
どうやらコレは今日の日付の為に書かれた物、バレンタインのメッセージカードらしいが、筆跡を見るとどうにも日本語には幼稚さが目立ち、その一方で英語はこれでもかという程に整った文字で書かれている。
そして三行目を読んだ時、Searchは大体の事を理解し、これまでで一番疲れた溜息を長々と吐いた。
まだ三行目まで視線が進んでいない真辺が、その溜息を不思議に思ってSearchに尋ねる。
「何か分かったの?」
するとSearchは明らかに呆れ返った、そしてとても疲れたと言いたげな顔をして真辺の方を向き、
「あぁ分かった、これはあのおなじみの馬鹿の仕業だ……。」
と返し、大きな溜息を吐いた。
おなじみの馬鹿、とは誰だろう? と思った真辺はSearchの右手からカードを軽く奪い取り、その内部に書かれた文章を読み進める。
すると三行目にはこれまた綺麗な英語で『Dear sister of my love.』と『From Aria=White』という二文が書かれていた。
そこでこの机の状況の犯人がAriaというアメロッパ出身の女性警官だと知った真辺は、安心したように笑う。
Searchは出身が出身――元犯罪者なだけに署内でも敵視される事が多く、真辺はこの薔薇の華が学校でよくあるらしい虐めの定番――生者を死者として扱う為の華である事を僅かに危惧していたのである。
しかし、犯人がAria=Whiteということは、これはそういう類ではないだろう、それを確認して真辺は安堵する。
もっともSearchはどちらにしろ、いや、むしろこの方が苛立ちを煽られるかもしれないが……それでも真辺は、この華が虐めや嫌がらせの類ではなかった事に安心した。
そしてそのバレンタインカードと薔薇の華にAriaからSearchへの溢れんばかりの(実際物質的に溢れている)愛情を感じとって微笑ましい想いに浸っていると、
「おい、何を笑っている。」
Searchの不機嫌そうな声が真辺を現実に引き戻した。
良く見るとSearchはいつの間にかパイプ椅子から立ちあがっていて、この部屋に設置されている小さなゴミ箱を二つほど床に置いており、薔薇を捨てる準備を始めている。
それを見て真辺はもったいないと言いたげに、あらあらと声を漏らす。
「折角貴女に彼女から届いた華なのよ? 大切にしてあげたら?」
先ほどの白いカードをSearchのワイシャツの胸ポケットに入れながら、真辺はそう言ってみた。
コレは嫌がらせではなく愛情表現なのだから、捨ててしまうのはAriaにもSearchにもあまり良い事ではないと真辺は思ったのだ。
しかしSearchは先ほどから何度も吐いている溜息を新たに一つ吐くと、棘が刺さりそうになるのも気にせず薔薇の茎を一握りほど掴み、そのままゴミ箱に投げ込むように落しながら反論する。
「ならお前はこの薔薇の為に私が仕事を出来なくても良いと言うのか?」
そう言いながらSearchは薔薇をもう一掴みし、先ほどと同じようにゴミ箱に投げ込んだ。
それでも薔薇はまだ大量で、机の三分の一も見えてこない。
真辺が感心したように、
「本当に大量ねー。」
等と零すのを尻目に、Searchはもう一度薔薇を掴んでゴミ箱に放り込んだ。
それでもまだまだ薔薇は大量で、机の角すら見えてこない、その状況に嫌気がさして、Searchは本日何度目か分からない溜息を吐く。
と、その時である、Searchの席から少し離れた場所、今Searchが背を向けている方向にある自動ドアが開き、其処から子供のように元気な足音が室内に飛び込んできたのは。
その足音に完全な聞き覚えがあるSearchは瞬時に背後に振り返り、その足音の正体を確認した。
白い髪、青い目、全体的に白くて袖や襟に桃色のレースが付いたスカートタイプのスーツ、Searchよりも幾分小さいシルエット、そして大人らしからぬ無邪気な笑み、それら全てがSearchが思った通りの人物の襲来を告げる。
自動ドアを開いてオフィスの中に入ってきたのは、この机の状況を作り出した張本人、Aria=Whiteであった。
「姉さまー!!」
AriaはSearchの事を呼びながら突進するかのように駆けてくる。
Searchは数秒間の間受け止めるか避けるか悩んだ末、今回は避ける事を選び、Ariaがあともう少しでSearchに飛び付けるという距離まで迫ったその瞬間、素早い動きで真横に移動して、Ariaの突進及び飛びつきを避けた。
突進と飛びつきを避けられたAriaは身体のバランスを崩し、その場にそのまま転倒し、目の前のSearchの机に額を強打する。
ゴンッと鈍い音がして、Ariaが悲鳴を上げる。
「いったぁーあ!!」
その勢いと振動で薔薇が数本机から零れ、真辺が心配そうに、まぁ、という声を漏らしてAriaに近付き隣へしゃがみこんだ。
「Ariaちゃん、大丈夫?」
「ううぅ……姉さま酷いですー……。」
しかしAriaの眼中にはSearchしか入っていないのか、Ariaは真辺の問いかけに答えることなく、またついでに成人だというのにちゃん付けで呼ばれる事に異議を申し立てることもなく、Searchに視線と不満を向けた。
SearchはそんなAriaを見て溜息を吐き、真辺はどうやらAriaは大丈夫そうだと感じたらしく静かにその場で立ちあがる。
続いてAriaも机にぶつけた額を押さえながらその場でゆっくりと立ち上がり、犬が主人に縋るような目でSearchを見詰めた後、Searchの着ているロングコートを掴んで騒ぐ。
「姉さま酷いです! 避けるなんてあんまりですよ!」
「避けられる事を視野に入れずに突進してきたお前が悪い。」
コートを掴まれて騒がれながらもSearchは、呆れ返った、という態度を崩しはせず、わぁわぁと騒ぐ犬のようなAriaからそっと視線を逸らし、周囲の様子を窺った。
これだけ騒げば当然だが、SearchとAriaは先ほどから真辺以外の男性職員達からも多くの視線を向けられている。
その視線はSearchの周囲が煩いことへ関しての嫌悪感に始まり、厄介事に巻き込まれかけている真辺への同情、何故あの女刑事(Search)がAria=Whiteに好かれているのか理解できないといった疑問など、様々なものが混ざり合っている。
全く、この女――Ariaが来るまでは自分にこんなにも視線が集まる事はそうそうなかったのに、と思いつつ、Searchは何度目か分からない溜息を吐いた。
そして密かに、Ariaはもう少し大人しくしていれば、そして自分と関わろうとしなければ、普通に人気の高い女性職員になるのだろうな、等とやや呑気な事も考える。
何故なら、男性職員から向けられる視線の中には、Ariaに好かれているSearchを羨むものも多少含まれている事を、Searchは知っているからだ。
ともかく、Searchはその時困っていた。
Ariaは相変わらずコートを掴んで離してくれないし、真辺は近くで微笑みながら様子を見守るだけでSearchの味方にはなりそうにない。
周囲の男性職員達も真辺とほぼ変わらず傍観者の立場を貫いているし、あぁ今此処に貴船総監などの重役が来て“仕事に戻れ”と自分とAriaの両方を一喝してくれたら、と思うもそんな都合の良い事は起こる訳がなく……。
全く、どうしたものかと思い悩んでいると、Ariaが突然何かを思い出したようにハッとした様子で、あっ、と声を漏らしながらSearchのコートから手を離した。
それがあまりに突然だったので、望んでいた展開といえど意外性が抜けず少しだけキョトンとしたSearchに、Ariaは笑顔で告げる。
「あ、忘れる所でした! 姉さま、ハッピーバレンタインデーです!!」
その一言でSearchはそれまで忘れかけていた重大な事実を思い出した。
表情を無表情から僅かな苛立ちを露わにした表情に変え、先ほど真辺にも見せた白いカードを胸ポケットから取り出す。
そして二つ折りになったそれを開くとSearchはAriaの目の前にそれを突き出した。
Ariaは一瞬キョトンとして、Searchは何が言いたいのだろうと言いたげな顔をしていたが、目の前に突き出されたものが自分がSearchへ送ったバレンタインデーのメッセージカードだと気が付くと、すぐににこやかな表情になって、
「あ! 受け取ってくださったんですね!」
と言った。
その時のAriaの笑顔といったらもうこれ以上ない程の満面の笑みとしか言いようがなく、邪気の欠片もないそれに、Searchはぶつけるつもりだった怒りが脆くも崩れていくのを感じ、大きな溜息を吐いた。
背後では相変わらず真辺がクスクスと笑っていて、そのほか周囲では男性職員の多くが真辺と同じようにSearchとAriaのドタバタ劇の行方を見守っている。
それを感じとってSearchはこの喜劇にも悲劇にもならないロクでもないドタバタ劇をさっさと終焉に導こうと思い、Ariaに白いカードを突き付けたまま、もう片方の手で机の上の薔薇を一掴みしてそれもAriaの目の前に突き付けて言う。
「つまりこのカードと馬鹿げた程に大量の薔薇はお前の仕業なんだな? Aria。」
するとAriaは殊更笑顔になって楽しそうに、
「はい! 喜んでいただけましたでしょうか!」
と言うものだから、Searchはもはや怒る気力も湧かず脱力してカードと薔薇をAriaに投げつけながらパイプ椅子にドサリと座るしかなかったのである。
カードと薔薇を投げつけられたAriaはキョトンとした表情でそれを拾い、Searchの机の上に置き直す。
それを見てSearchは、コイツは今それらを投げつけられた意味が全く分かっていない、と思い数えるのが面倒くさくなる段階に入ってきた溜息を更にもう一度吐くのであった。
其処に至ってAriaもSearchがこの薔薇の華とカードを快く思っていない事に気付いたのか、少し慌てた様子でSearchの足下にしゃがみ、まるで神でも見上げるかのように上目遣いで両手を組んで、
「姉さま、もしかして薔薇はお嫌いでしたか?」
と、少し(Searchにとっては大いに)見当違いな事を述べてきた。
そんなことだからSearchは何度目か分からないにも程がある溜息をもう一度吐き、それからAriaを一睨みする。
Ariaはそれに対して一瞬怯んだものの、すぐに何かを思い出したように、あっ、と声を漏らし、その場から立ちあがって自分の席に向かって行ってしまった。
それを見たSearchは、やれやれ、ようやく怒られている事が分かって気不味くなったか、と思い薔薇を捨てる作業を再開する為にパイプ椅子から腰を浮かせたが、その時、Ariaが今度は何か白く大きめの箱を持ってSearchに駆け寄ってきた。
「姉さま! 薔薇が嫌なら此方をお受け取りください!!」
そう言いながら近づいてくるAriaに、まだ何が用があるというのかとほとんど呆れ返ったSearchが視線を向ける。
そしてAriaは白い箱を持ったままSearchの目の前まで来ると、先ほどのようにSearchの足下にしゃがみ込んで今度は王に何かを献上するかのようにその箱を差し出し、その箱のふたを開けて見せた。
その箱の中を覗いたSearchは、これまた疲れたように溜息を吐く。
AriaがSearchに献上した箱、その箱の中身は丁寧に作られたハート型のチョコレートケーキだったのだ。
普通の人間、特に女性なら喜びそうなその中身に、Searchは憂鬱そうな表情を見せる。
「あのなぁAria、普段私がどういうものを食しているかはお前もよく知っているだろう……。」
Searchは普段、食事と言えるような食事を摂っておらず、大抵は栄養補助食品のスティックと純粋な水分だけで済ませている。
Dirty Bloodで汚れた血の殺人鬼として活動していた時期にはそれ以外を食していた時もあったが、それでもそれも基地内で殺した人間の血肉といったマトモとは程遠いもので、Searchがこの28年の人生でマトモな食事をとった回数は数える程度しか無い。
そんな事だから、言うまでもないが間食もマトモなものをとった事が無く、基本的に世の同世代の女性が食いつくような菓子類に興味はない。
たまに、光 熱斗の家を訪問した時にそこの母親である光 はる香からパンケーキなどを押しつけられる事はあったが、本当にその程度なのである。
だというのに、今AriaがSearchに献上しようとしているのは、普通のホールケーキ、それも六号程度に相当するであろう大きなチョコレートケーキだ。
食にそれほどの執着の無いSearchが面倒くさがるのは無理もないかもしれない。
それでもAriaはどうしてもそれをSearchに与えたいらしく、顔を上げてSearchを真っ直ぐ見詰めながら、
「それはわかっています! でも、だからこそ、たまにはこういう物を食べられたっていいじゃないですかぁ!」
とのたまう。
それが本当に面倒臭くって、Searchがまた新たに溜息を吐いた時、それまではSearchの背後でクスクス笑っているだけだった真辺が急に前に出てきて、SearchとAriaの両方の傍に立った。
そしてAriaの側に寄ってしゃがみ込むと、必死になってSearchへ白い箱を押し付けようとしているAriaの肩を持ち、
「そうね、たまにはそんな物もありね。Search刑事、受け取ってあげたらどう?」
と、何とAriaに同調し始めたではないか。
Searchもこれにはなかなか仰天して目を見張り、Ariaと真辺を交互に見た。
Ariaは縋るような目でSearchを見ているし、真辺は何か期待を込めたような目でSearchを見ている。
これはもう真辺に自分の味方になる事は望めない、そう感じて思わず他に誰かいないのかと周囲を見るも、周囲の男性職員達は普段は無いようなニヤニヤとした笑みを浮かべてSearchを見ている。
それはもはや、受け取ってやれよ、のサインである事は言うまでもないし訊くまでもなく、Searchはそれら全てを確認して今現在自分の味方になってAriaの拒絶してくれる者はいない事を実感し、此処数回で一番大きな溜息を吐いた。
全く、本当にこの女は、Aria=Whiteは自分のペースを乱してくれる、と不機嫌に思いつつも、Searchはゆっくりとパイプ椅子から立ち上がり、Ariaの持つ白い箱に下から抱えるように手を添えた。
それに気付いて、Ariaがハッとした顔でSearchを見る。
「姉さま……?」
「仕方ない、今回だけは受け取ってやる。」
Searchがそう言ってケーキの入った白い箱をAriaから受け取ると、Ariaは表情をぱぁっと笑顔に変え、真辺がうんうんと一人頷き、更には周囲の男性職員の一部がまばらにパチパチと拍手をし始めた。
まったく、所詮は菓子業界の販促活動程度で何故こんな大騒動に発展しなければいけないのかと不満に思いつつも、Searchは白い箱を閉じて薔薇だらけの机の上にゆっくりと乗せる。
そして薔薇の上でケーキ入りの白い箱が安定したのを確認すると、SearchはAriaに向き直った。
「だがAria、この机では通常の業務ができないに等しい。この薔薇はお前が処分しろ。それが先ほどの糖分と脂肪分の固形物を受け取る条件だ。」
素直にケーキと言わず糖分と脂肪分の固形物というところが実にSearchらしいと思い、真辺はまたおもしろがるようにクスクスと笑いだした。
周囲の男性職員もSearchの言い方がおかしかったのか、一部が大笑いをしている。
嗚呼もしここに藤咲 満がいてくれたら、真辺や周囲を一喝してくれただろうにと思いながら、しかしAria=Whiteと真辺とその他しかいない現実にSearchはまた溜息を吐く。
そして溜息を吐いた後のSearchがAriaを見ると、Ariaは早速楽しげな笑顔で薔薇を片付け始めていた。
先ほどSearchが準備したゴミ箱に、沢山の薔薇が捨てられる。
しかしゴミ箱より薔薇の量の方が多いのか、いくらか捨てるとゴミ箱はすぐいっぱいになってしまった。
それでも、机は半分程が姿を見せるようになっている。
「ああっ、どうしましょう、ゴミ箱がいっぱいです!」
これじゃあ姉さまにケーキを受け取ってもらえません、とオロオロしだすAriaに、Searchは小さく溜息を吐いた。
そして一旦自分の席を離れ、近くの男性職員に声をかける。
「悪いが、ゴミ箱をこっちにまわしてくれないか。」
「え、あ、ハイ、どうぞ。」
男性職員は少し驚いた様子で答え、ゴミ箱を二つSearchに手渡した。
AriaもそれをSearchの席の近くから驚いた様子で見ている。
そしてSearchはそのゴミ箱を持ったまま自分の席まで戻り、ゴミ箱をAriaの足下に置いて訊く。
「これでいいだろう?」
Ariaはしばしポカンとした後、大きな声で、ハイ! と答え、残りの薔薇をゴミ箱に入れ始めた。
徐々に机がその姿を現し、残りの薔薇はケーキの箱の下の物だけになる、と、Ariaが其処に手を伸ばしかけた時、Searchがその手を自分の手でさえぎった。
その理由が分からず、Ariaは、えっ? と言いたげな顔でSearchを見る、と、Searchはほんの少し、本当にほんの少しだけ穏やかな表情になって言った。
「この程度なら私が貰ってやる。薔薇は、嫌いではない。」
「姉さま……!」
Ariaが再び嬉しそうな顔でSearchを見る、そして、今度は机にぶつからない角度で飛びつき、抱きついた。
Searchも今度はよける事をせず、仕方なさそうにAriaに抱きつかれる。
その光景に真辺や周囲の男性職員が、おお、と声を漏らし、一部は再び拍手をし始めた。
「姉さま、大好きです!!」
Ariaの一言に、Searchは返事をせず、その代わり仕方なさそうな溜息を吐いたという。
End.
それは、二月十四日の午前七時三十分の事。
普段と同じようにネット警察と通常の警察の共同オフィスに出勤してきた黒髪長身の女性警察官――Search=Darknessは、見渡す限り薔薇の華だらけにされた自分の机の上を見て、言葉を失っていた。
Searchの隣では、Searchと似たような、しかしSearchよりも癖が強くフワフワとした黒い髪を一つに束ねた桃色のスーツの女性――真辺が苦笑を漏らしてしている。
やがて、立場としては傍観者であり当事者ではない真辺が、幾分申し訳なさそうに、しかし興味は津々と言った様子で、何が何だか全く分からずに混乱している事が明らかなSearchに向けて口を開く。
「ねぇSearch刑事、これ、何かしら……」
「……私が知るはずもないだろう。」
真辺の問いかけに、Searchはぶっきらぼうに答えながら、机とは反対に全くの無事であるパイプ椅子に疲れた溜息を吐きながらドサリと勢い良く腰かけ、手に持っていた通勤カバンを乱暴に床に置いた。
真辺はそんなSearchを見て更に苦笑しながらも、Searchの机の上に絨毯のように敷かれた数えきれない本数の赤い薔薇の一本を手に取り、じっくりと観察してみる。
薔薇の赤は赤というよりも紅と言った方が正しいかもしれない程の深みを持っていて、真辺はそれを、まるでSearchの瞳の色を真似たような薔薇だと思い、試しにSearchの顔に向けてみた。
しかしSearchはそれを、自分はそんなもの見たくもない、とでも言うかのように目の前から右手で払いのけ、二度目の溜息を吐くだけ。
全く、誰がこんな無茶苦茶を、何故今日この時間にやらかしたのだ、と腹立たしく思いながら、Searchは改めて机の上を見る。
机の上には先ほども見た通り薔薇の華が数えきれないほど多く敷き詰められていて、パソコンも何も使わせまいとするかのように机を占領している。
悪戯にしても虐めや嫌がらせにしても時間と金がかかりそうな面倒臭い所業だな、と思いながらその薔薇を見詰めていたその時、Searchはふとその薔薇達の中に、薔薇の紅とは対照に白いカードが一枚挟まっている事に気付いた。
「なんだ? これは……」
Searchが唐突にそう呟くと、何か新しい発見があったのかと思った真辺も先ほど手に取った一輪の薔薇を弄る事を止めて、Searchの視線の先に自分の視線を向け、一枚のカードを視界に入れた。
そうして真辺に見守られながら、Searchは薔薇と薔薇の茎の間に挟まったカードへゆっくりと手を伸ばし、薔薇の棘で怪我をしないように気をつけながらそれを抜き取った。
カードは真っ白な画用紙で出来ていて、きっちりときつく二つ折りにされている。
Searchはその二つ折りのカードを開き、中の文面を確認した。
Searchの斜め背後からそれを覗く真辺が、あら、と感嘆した様な声を漏らす。
「綺麗な英語ね。」
カードにはまず日本語で『ハッピーバレンタイン』と書かれており、その次である二行目に英語で『From Your Valentine.』と書かれていた。
どうやらコレは今日の日付の為に書かれた物、バレンタインのメッセージカードらしいが、筆跡を見るとどうにも日本語には幼稚さが目立ち、その一方で英語はこれでもかという程に整った文字で書かれている。
そして三行目を読んだ時、Searchは大体の事を理解し、これまでで一番疲れた溜息を長々と吐いた。
まだ三行目まで視線が進んでいない真辺が、その溜息を不思議に思ってSearchに尋ねる。
「何か分かったの?」
するとSearchは明らかに呆れ返った、そしてとても疲れたと言いたげな顔をして真辺の方を向き、
「あぁ分かった、これはあのおなじみの馬鹿の仕業だ……。」
と返し、大きな溜息を吐いた。
おなじみの馬鹿、とは誰だろう? と思った真辺はSearchの右手からカードを軽く奪い取り、その内部に書かれた文章を読み進める。
すると三行目にはこれまた綺麗な英語で『Dear sister of my love.』と『From Aria=White』という二文が書かれていた。
そこでこの机の状況の犯人がAriaというアメロッパ出身の女性警官だと知った真辺は、安心したように笑う。
Searchは出身が出身――元犯罪者なだけに署内でも敵視される事が多く、真辺はこの薔薇の華が学校でよくあるらしい虐めの定番――生者を死者として扱う為の華である事を僅かに危惧していたのである。
しかし、犯人がAria=Whiteということは、これはそういう類ではないだろう、それを確認して真辺は安堵する。
もっともSearchはどちらにしろ、いや、むしろこの方が苛立ちを煽られるかもしれないが……それでも真辺は、この華が虐めや嫌がらせの類ではなかった事に安心した。
そしてそのバレンタインカードと薔薇の華にAriaからSearchへの溢れんばかりの(実際物質的に溢れている)愛情を感じとって微笑ましい想いに浸っていると、
「おい、何を笑っている。」
Searchの不機嫌そうな声が真辺を現実に引き戻した。
良く見るとSearchはいつの間にかパイプ椅子から立ちあがっていて、この部屋に設置されている小さなゴミ箱を二つほど床に置いており、薔薇を捨てる準備を始めている。
それを見て真辺はもったいないと言いたげに、あらあらと声を漏らす。
「折角貴女に彼女から届いた華なのよ? 大切にしてあげたら?」
先ほどの白いカードをSearchのワイシャツの胸ポケットに入れながら、真辺はそう言ってみた。
コレは嫌がらせではなく愛情表現なのだから、捨ててしまうのはAriaにもSearchにもあまり良い事ではないと真辺は思ったのだ。
しかしSearchは先ほどから何度も吐いている溜息を新たに一つ吐くと、棘が刺さりそうになるのも気にせず薔薇の茎を一握りほど掴み、そのままゴミ箱に投げ込むように落しながら反論する。
「ならお前はこの薔薇の為に私が仕事を出来なくても良いと言うのか?」
そう言いながらSearchは薔薇をもう一掴みし、先ほどと同じようにゴミ箱に投げ込んだ。
それでも薔薇はまだ大量で、机の三分の一も見えてこない。
真辺が感心したように、
「本当に大量ねー。」
等と零すのを尻目に、Searchはもう一度薔薇を掴んでゴミ箱に放り込んだ。
それでもまだまだ薔薇は大量で、机の角すら見えてこない、その状況に嫌気がさして、Searchは本日何度目か分からない溜息を吐く。
と、その時である、Searchの席から少し離れた場所、今Searchが背を向けている方向にある自動ドアが開き、其処から子供のように元気な足音が室内に飛び込んできたのは。
その足音に完全な聞き覚えがあるSearchは瞬時に背後に振り返り、その足音の正体を確認した。
白い髪、青い目、全体的に白くて袖や襟に桃色のレースが付いたスカートタイプのスーツ、Searchよりも幾分小さいシルエット、そして大人らしからぬ無邪気な笑み、それら全てがSearchが思った通りの人物の襲来を告げる。
自動ドアを開いてオフィスの中に入ってきたのは、この机の状況を作り出した張本人、Aria=Whiteであった。
「姉さまー!!」
AriaはSearchの事を呼びながら突進するかのように駆けてくる。
Searchは数秒間の間受け止めるか避けるか悩んだ末、今回は避ける事を選び、Ariaがあともう少しでSearchに飛び付けるという距離まで迫ったその瞬間、素早い動きで真横に移動して、Ariaの突進及び飛びつきを避けた。
突進と飛びつきを避けられたAriaは身体のバランスを崩し、その場にそのまま転倒し、目の前のSearchの机に額を強打する。
ゴンッと鈍い音がして、Ariaが悲鳴を上げる。
「いったぁーあ!!」
その勢いと振動で薔薇が数本机から零れ、真辺が心配そうに、まぁ、という声を漏らしてAriaに近付き隣へしゃがみこんだ。
「Ariaちゃん、大丈夫?」
「ううぅ……姉さま酷いですー……。」
しかしAriaの眼中にはSearchしか入っていないのか、Ariaは真辺の問いかけに答えることなく、またついでに成人だというのにちゃん付けで呼ばれる事に異議を申し立てることもなく、Searchに視線と不満を向けた。
SearchはそんなAriaを見て溜息を吐き、真辺はどうやらAriaは大丈夫そうだと感じたらしく静かにその場で立ちあがる。
続いてAriaも机にぶつけた額を押さえながらその場でゆっくりと立ち上がり、犬が主人に縋るような目でSearchを見詰めた後、Searchの着ているロングコートを掴んで騒ぐ。
「姉さま酷いです! 避けるなんてあんまりですよ!」
「避けられる事を視野に入れずに突進してきたお前が悪い。」
コートを掴まれて騒がれながらもSearchは、呆れ返った、という態度を崩しはせず、わぁわぁと騒ぐ犬のようなAriaからそっと視線を逸らし、周囲の様子を窺った。
これだけ騒げば当然だが、SearchとAriaは先ほどから真辺以外の男性職員達からも多くの視線を向けられている。
その視線はSearchの周囲が煩いことへ関しての嫌悪感に始まり、厄介事に巻き込まれかけている真辺への同情、何故あの女刑事(Search)がAria=Whiteに好かれているのか理解できないといった疑問など、様々なものが混ざり合っている。
全く、この女――Ariaが来るまでは自分にこんなにも視線が集まる事はそうそうなかったのに、と思いつつ、Searchは何度目か分からない溜息を吐いた。
そして密かに、Ariaはもう少し大人しくしていれば、そして自分と関わろうとしなければ、普通に人気の高い女性職員になるのだろうな、等とやや呑気な事も考える。
何故なら、男性職員から向けられる視線の中には、Ariaに好かれているSearchを羨むものも多少含まれている事を、Searchは知っているからだ。
ともかく、Searchはその時困っていた。
Ariaは相変わらずコートを掴んで離してくれないし、真辺は近くで微笑みながら様子を見守るだけでSearchの味方にはなりそうにない。
周囲の男性職員達も真辺とほぼ変わらず傍観者の立場を貫いているし、あぁ今此処に貴船総監などの重役が来て“仕事に戻れ”と自分とAriaの両方を一喝してくれたら、と思うもそんな都合の良い事は起こる訳がなく……。
全く、どうしたものかと思い悩んでいると、Ariaが突然何かを思い出したようにハッとした様子で、あっ、と声を漏らしながらSearchのコートから手を離した。
それがあまりに突然だったので、望んでいた展開といえど意外性が抜けず少しだけキョトンとしたSearchに、Ariaは笑顔で告げる。
「あ、忘れる所でした! 姉さま、ハッピーバレンタインデーです!!」
その一言でSearchはそれまで忘れかけていた重大な事実を思い出した。
表情を無表情から僅かな苛立ちを露わにした表情に変え、先ほど真辺にも見せた白いカードを胸ポケットから取り出す。
そして二つ折りになったそれを開くとSearchはAriaの目の前にそれを突き出した。
Ariaは一瞬キョトンとして、Searchは何が言いたいのだろうと言いたげな顔をしていたが、目の前に突き出されたものが自分がSearchへ送ったバレンタインデーのメッセージカードだと気が付くと、すぐににこやかな表情になって、
「あ! 受け取ってくださったんですね!」
と言った。
その時のAriaの笑顔といったらもうこれ以上ない程の満面の笑みとしか言いようがなく、邪気の欠片もないそれに、Searchはぶつけるつもりだった怒りが脆くも崩れていくのを感じ、大きな溜息を吐いた。
背後では相変わらず真辺がクスクスと笑っていて、そのほか周囲では男性職員の多くが真辺と同じようにSearchとAriaのドタバタ劇の行方を見守っている。
それを感じとってSearchはこの喜劇にも悲劇にもならないロクでもないドタバタ劇をさっさと終焉に導こうと思い、Ariaに白いカードを突き付けたまま、もう片方の手で机の上の薔薇を一掴みしてそれもAriaの目の前に突き付けて言う。
「つまりこのカードと馬鹿げた程に大量の薔薇はお前の仕業なんだな? Aria。」
するとAriaは殊更笑顔になって楽しそうに、
「はい! 喜んでいただけましたでしょうか!」
と言うものだから、Searchはもはや怒る気力も湧かず脱力してカードと薔薇をAriaに投げつけながらパイプ椅子にドサリと座るしかなかったのである。
カードと薔薇を投げつけられたAriaはキョトンとした表情でそれを拾い、Searchの机の上に置き直す。
それを見てSearchは、コイツは今それらを投げつけられた意味が全く分かっていない、と思い数えるのが面倒くさくなる段階に入ってきた溜息を更にもう一度吐くのであった。
其処に至ってAriaもSearchがこの薔薇の華とカードを快く思っていない事に気付いたのか、少し慌てた様子でSearchの足下にしゃがみ、まるで神でも見上げるかのように上目遣いで両手を組んで、
「姉さま、もしかして薔薇はお嫌いでしたか?」
と、少し(Searchにとっては大いに)見当違いな事を述べてきた。
そんなことだからSearchは何度目か分からないにも程がある溜息をもう一度吐き、それからAriaを一睨みする。
Ariaはそれに対して一瞬怯んだものの、すぐに何かを思い出したように、あっ、と声を漏らし、その場から立ちあがって自分の席に向かって行ってしまった。
それを見たSearchは、やれやれ、ようやく怒られている事が分かって気不味くなったか、と思い薔薇を捨てる作業を再開する為にパイプ椅子から腰を浮かせたが、その時、Ariaが今度は何か白く大きめの箱を持ってSearchに駆け寄ってきた。
「姉さま! 薔薇が嫌なら此方をお受け取りください!!」
そう言いながら近づいてくるAriaに、まだ何が用があるというのかとほとんど呆れ返ったSearchが視線を向ける。
そしてAriaは白い箱を持ったままSearchの目の前まで来ると、先ほどのようにSearchの足下にしゃがみ込んで今度は王に何かを献上するかのようにその箱を差し出し、その箱のふたを開けて見せた。
その箱の中を覗いたSearchは、これまた疲れたように溜息を吐く。
AriaがSearchに献上した箱、その箱の中身は丁寧に作られたハート型のチョコレートケーキだったのだ。
普通の人間、特に女性なら喜びそうなその中身に、Searchは憂鬱そうな表情を見せる。
「あのなぁAria、普段私がどういうものを食しているかはお前もよく知っているだろう……。」
Searchは普段、食事と言えるような食事を摂っておらず、大抵は栄養補助食品のスティックと純粋な水分だけで済ませている。
Dirty Bloodで汚れた血の殺人鬼として活動していた時期にはそれ以外を食していた時もあったが、それでもそれも基地内で殺した人間の血肉といったマトモとは程遠いもので、Searchがこの28年の人生でマトモな食事をとった回数は数える程度しか無い。
そんな事だから、言うまでもないが間食もマトモなものをとった事が無く、基本的に世の同世代の女性が食いつくような菓子類に興味はない。
たまに、光 熱斗の家を訪問した時にそこの母親である光 はる香からパンケーキなどを押しつけられる事はあったが、本当にその程度なのである。
だというのに、今AriaがSearchに献上しようとしているのは、普通のホールケーキ、それも六号程度に相当するであろう大きなチョコレートケーキだ。
食にそれほどの執着の無いSearchが面倒くさがるのは無理もないかもしれない。
それでもAriaはどうしてもそれをSearchに与えたいらしく、顔を上げてSearchを真っ直ぐ見詰めながら、
「それはわかっています! でも、だからこそ、たまにはこういう物を食べられたっていいじゃないですかぁ!」
とのたまう。
それが本当に面倒臭くって、Searchがまた新たに溜息を吐いた時、それまではSearchの背後でクスクス笑っているだけだった真辺が急に前に出てきて、SearchとAriaの両方の傍に立った。
そしてAriaの側に寄ってしゃがみ込むと、必死になってSearchへ白い箱を押し付けようとしているAriaの肩を持ち、
「そうね、たまにはそんな物もありね。Search刑事、受け取ってあげたらどう?」
と、何とAriaに同調し始めたではないか。
Searchもこれにはなかなか仰天して目を見張り、Ariaと真辺を交互に見た。
Ariaは縋るような目でSearchを見ているし、真辺は何か期待を込めたような目でSearchを見ている。
これはもう真辺に自分の味方になる事は望めない、そう感じて思わず他に誰かいないのかと周囲を見るも、周囲の男性職員達は普段は無いようなニヤニヤとした笑みを浮かべてSearchを見ている。
それはもはや、受け取ってやれよ、のサインである事は言うまでもないし訊くまでもなく、Searchはそれら全てを確認して今現在自分の味方になってAriaの拒絶してくれる者はいない事を実感し、此処数回で一番大きな溜息を吐いた。
全く、本当にこの女は、Aria=Whiteは自分のペースを乱してくれる、と不機嫌に思いつつも、Searchはゆっくりとパイプ椅子から立ち上がり、Ariaの持つ白い箱に下から抱えるように手を添えた。
それに気付いて、Ariaがハッとした顔でSearchを見る。
「姉さま……?」
「仕方ない、今回だけは受け取ってやる。」
Searchがそう言ってケーキの入った白い箱をAriaから受け取ると、Ariaは表情をぱぁっと笑顔に変え、真辺がうんうんと一人頷き、更には周囲の男性職員の一部がまばらにパチパチと拍手をし始めた。
まったく、所詮は菓子業界の販促活動程度で何故こんな大騒動に発展しなければいけないのかと不満に思いつつも、Searchは白い箱を閉じて薔薇だらけの机の上にゆっくりと乗せる。
そして薔薇の上でケーキ入りの白い箱が安定したのを確認すると、SearchはAriaに向き直った。
「だがAria、この机では通常の業務ができないに等しい。この薔薇はお前が処分しろ。それが先ほどの糖分と脂肪分の固形物を受け取る条件だ。」
素直にケーキと言わず糖分と脂肪分の固形物というところが実にSearchらしいと思い、真辺はまたおもしろがるようにクスクスと笑いだした。
周囲の男性職員もSearchの言い方がおかしかったのか、一部が大笑いをしている。
嗚呼もしここに藤咲 満がいてくれたら、真辺や周囲を一喝してくれただろうにと思いながら、しかしAria=Whiteと真辺とその他しかいない現実にSearchはまた溜息を吐く。
そして溜息を吐いた後のSearchがAriaを見ると、Ariaは早速楽しげな笑顔で薔薇を片付け始めていた。
先ほどSearchが準備したゴミ箱に、沢山の薔薇が捨てられる。
しかしゴミ箱より薔薇の量の方が多いのか、いくらか捨てるとゴミ箱はすぐいっぱいになってしまった。
それでも、机は半分程が姿を見せるようになっている。
「ああっ、どうしましょう、ゴミ箱がいっぱいです!」
これじゃあ姉さまにケーキを受け取ってもらえません、とオロオロしだすAriaに、Searchは小さく溜息を吐いた。
そして一旦自分の席を離れ、近くの男性職員に声をかける。
「悪いが、ゴミ箱をこっちにまわしてくれないか。」
「え、あ、ハイ、どうぞ。」
男性職員は少し驚いた様子で答え、ゴミ箱を二つSearchに手渡した。
AriaもそれをSearchの席の近くから驚いた様子で見ている。
そしてSearchはそのゴミ箱を持ったまま自分の席まで戻り、ゴミ箱をAriaの足下に置いて訊く。
「これでいいだろう?」
Ariaはしばしポカンとした後、大きな声で、ハイ! と答え、残りの薔薇をゴミ箱に入れ始めた。
徐々に机がその姿を現し、残りの薔薇はケーキの箱の下の物だけになる、と、Ariaが其処に手を伸ばしかけた時、Searchがその手を自分の手でさえぎった。
その理由が分からず、Ariaは、えっ? と言いたげな顔でSearchを見る、と、Searchはほんの少し、本当にほんの少しだけ穏やかな表情になって言った。
「この程度なら私が貰ってやる。薔薇は、嫌いではない。」
「姉さま……!」
Ariaが再び嬉しそうな顔でSearchを見る、そして、今度は机にぶつからない角度で飛びつき、抱きついた。
Searchも今度はよける事をせず、仕方なさそうにAriaに抱きつかれる。
その光景に真辺や周囲の男性職員が、おお、と声を漏らし、一部は再び拍手をし始めた。
「姉さま、大好きです!!」
Ariaの一言に、Searchは返事をせず、その代わり仕方なさそうな溜息を吐いたという。
End.
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