短編“未満”小説『孤独の共鳴 (後編)』

【孤独の共鳴 (後編)】


あれから数時間後、Searchとの談笑(といってもほとんど満が一方的に懐かしむばかりなのだが)を終えて帰宅した満は、それまで意識から追いやっていた記憶を急激に意識の中心に取り戻し、その重さに嘆いているのだ。
相変わらずパソコンの前で頭を抱え、満は気が進まないとでも言いたげな、つぶやくように弱い声でイツアーサに縋る。

「やっぱり、メールした方がいいのかなぁ……。」

本日何度目か分からない溜息を吐く満に、イツアーサの方が溜息を吐いた。
イツアーサからすれば、したければすればいいし、したくなければしなければいい、または必要があるならすればいい、というものなのだが、満がその三択の中の二つを選択しているのはイツアーサから見れば一目瞭然というものだ。
満は、オフィシャルネットバトラーである未彩にはDirty Bloodの殺人鬼という立場上の問題も含め、ハッキリ言ってメールをしたくない。
Dirty Bloodの二人目の殺人鬼(セカンドキラー)No.02にとって、ネットセイバーやネット警察と強い連携を持つオフィシャルネットバトラーの未彩は間違いなく敵であり、また同時にNo.02としての面を強く持つ満はSearch以外の他人と極力関わらずに過ごしていきたいと常に思って生きている、だから未彩にメールなどしたい訳が無い。
しかし、藤咲 満という一般の成人男性としては此処で放置するのは少しマズイ気がしていてメールをする必要性があるのではないかという気がしてしまう。
一応自分は彼らに友達のような接し方をしているのだから、そのイメージを保つためにもここで無視をするというのはあまり良くない気がする。
というか、未彩本人よりもその周囲、特に桜木 真波と旗見 マサナが非常に厄介に思えて満はまた溜息を吐き、二人への嫌悪感をあまり隠さない不機嫌な声で言葉を続けた。

「清上院 未彩はあんまり騒がないと思うけど、周囲がどう騒ぐか……騒ぐ前にお前が相手になってやれ、って話だよ。」
「桜木 真波も旗見 マサナも、本当に清上院 未彩と関わりたいのかどうか、少し違和感を覚える。」

どうやら、違和感や疑問を覚えたのは満だけではなくイツアーサも同じだったようで、イツアーサは満の感想に何度か小さく頷く。
同意されたことで少し気が楽になったのか、満は疲労やストレスとは少し違う、安堵の気配が強い溜息を吐いた。
一見、未彩と真波とマサナの三人で一つのグループに見えるが、よく観察すれば、真波とマサナの立ち位置は非常に近いが未彩は一歩か二歩退いたところでそれを羨ましげに見ている、という空気を感じることができる。
そして、おそらくそれが三人の実情なのだろうと満とイツアーサは思う。
でなければ、

「じゃなきゃ、清上院 未彩のあの目とロンナ.EXEの言葉はあるはずが無いさ。……まぁ、あの目を向けられたのは桜木 真波でも旗見 マサナでもなくて光 熱斗だったけどねー。」

一般的に猫背と言われる前のめりな姿勢に疲れたのか、満は椅子に座ったまま後ろへ向けて伸びをしながら言った。
身体は少し楽になったが心の方は今だメールをするかしないかで揺れていて、すると思えばその緊張が、しないと思えばその罪悪感のような何かが胸を浅く締め付ける。
見ている人間がいればその人間の幸せが逃げて行きそうなほどの回数の溜息がまた一つ増えた。
イツアーサの返事を待たず、満は話を続ける。

「なんていうかさ、僕がもし殺人鬼じゃなくて普通の一般市民とか、むしろ警察とか、そういう場所にいたら……未彩ちゃんみたいになってたんじゃないかなぁ、とかちょっと思うんだけど……」

パソコンのキーボードの前に肘を突いて、満はどこか遠くの、そう、例えるなら存在したかもしれないが実現しなかった可能性の世界を見ているような目をしていた。
それはその世界を羨んでいるのか、それとも哀れんでいるのかは正直なところ満にさえ分からない。
満はDirty Bloodに入ってそこの殺人鬼となった事を最良の結果だと思っている、だとすればその可能性の世界を羨むことなど無いはずで、なにか思うなら精々哀れみのハズなのだが、そこには哀れみを超えていていながら羨む訳でもない、何か別の物がある。
少なくともイツアーサはそう感じた。
哀ではなく愛でもない、しかし簡単に捨てられない何かを今この瞬間の満は抱えてる、だから、

――今、満は“清上院 未彩”ではなく“未彩ちゃん”と呼んだ……?――

本人達の居ない場所ではSearch以外はフルネームで呼ぶことが普通である満に一体どんな心境の変化があったと言うのだろうか。
はやりそれは、満自身表現できないもので、パートナーであるイツアーサにも正確に言い当てることは一生出来ないだろう。

色々と消化不良なことが多いが、それを一度頭の隅に追いやりながら満はパソコンの右下隅っこの時計を見る。
画面の隅に小さな数字で表示された現在の時刻は、午後十時二十五分。
それは小学生なら寝ている者も多い時間だが、未彩はまだ起きていることが多いと以前何処かで聞いた気がする、だからもしメールを出すならベストな時間は今しかないと思った。
まだ少し迷い……というより、不満はある。

しかしこれもSearchの古い知り合いで一般男性の藤咲 満というイメージを維持するためだと自分に言い聞かせ、満はパソコンのメールソフトを起動した。
文章を書く時間を短縮するため、PETから直接打つのではなく、一度パソコンで書いたものをPETのアドレスを経由して送信する事にしてキーボードを叩き始めたが、その手はすぐに止まってしまい、満は溜息交じりにぼやく。

「はぁ……何を書けばいいのかなぁ……。」
「とりあえず送信テストをしておきます、とかでいいんじゃないか? いきなりフレンドリーなメールを送っても、清上院 未彩だとそれはそれで返信に困る気が……」

いかにも真面目に考え込みながらイツアーサが助言をしてくれた。
普段メールをしない、いやむしろ正直なところ“コミュ障”をこじらせ過ぎた故の世渡りの方法を覚えていたせいで他者との踏み込んだ交流の方法が全く分からない満にその助言は神の声にも等しいものがあり、それまでの憂鬱な空気が一瞬全て晴れた。
思わず、謎解きを主題としたゲームでずっとわからなかったトリックが解けたかのような感覚が満の気持ちを軽く浮つかせる。

「あぁ、確かにそれが一番自然だ!」

Searchのそばにいる時のような楽しそうな表情になっていた満は、これで馴れ馴れしい訳でも突き放した訳でもないメールになる! ……と納得しかけたが、それの案を文章にしようとキーを叩き始めた時、その助言の重要な“勘違い”に気付いてそれまでの笑顔が消えた。
そしてイツアーサにじっとりとした視線を向ける。
そして、あまりに唐突な展開に“え、オレは何かおかしいことを言ったのか……?”と言いたげに不安の表情を見せたイツアーサに向けて、

「……ってさ、それならそれでアリだよね。だって僕は未彩ちゃんと仲良くしたい訳じゃないんだから、いっそ退かせるのもある意味正しいはずなんだけど。」

本当に、本日何度目か数えたくないほどの回数になったであろう溜息をもう一つ吐きながら口を開いた満の声は、イツアーサと自分自信の両方への呆れと軽い嘲笑が含まれていて、イツアーサは、しまった!言うような苦い顔で固まった。
何度も言うが、満は未彩と仲良くなりたいと思ってはおらず、むしろ数時間前の展開自体は酷く後悔しているクチだ。
それなのに何故自分は必要以上に神経質になっているのだろう、しかも未彩が返信しやすいようにだなんて……と、満はまた溜息を吐く。
この短時間で一生分の溜息を吐いた気がしてまた余計に溜息が出るという悪循環の中で、満はなんとかメールの文面を考える作業に戻った。

「タイトルは普通に名前でも入れておけばいいよね……で、本文は……」

メインはイツアーサが言ったように送信テストだということでいいが、それだけだとさすがにそっけない気もする。
しかしやはり自分は未彩と仲良くしたい訳ではないからそれでいい気もする、が、割とフレンドリーな一般男性のイメージの為にも、折角だから何か少し付けたしたい。
こういう時に他の人間、たとえばそう、桜木 真波や旗見 マサナ、または光 熱斗ならどんな事を話題にするのだろう?
多分、学校やその他近所で起こったことや、そこでの未彩の会話の延長……だとすれば、

「ロンナ.EXEのことでも書いておくかなぁ……桜木 真波と旗見 マサナじゃ険悪な文章しか書けない気がするし……。」

満にとって一番無難なのは今日の日中のことで、その中でも穏やかに書くことができそうなものはロンナと未彩の関係のことだった。
正直なところ満はロンナのことはあまり好きではない、と言うよりも、好きか嫌いかで計るべき対象ではない気がしている。
真波やマサナのような無知とも、熱斗のような鈍感ゆえの鋭さとも違う、あの、全てを見透かしたような、純粋であり混濁した、光る様で酷く黒くしかし簡単に闇に堕ちることは無い、それら一種の二面性とも言える雰囲気が満は酷く恐ろしかった。
その雰囲気はもはや、簡単に“嫌い”と言うことすら許さない深さを持っている気がして、真波やマサナと同列に扱う気にはなれず、結果として“好きでも嫌いでもないが、怖い”というのが満が持つロンナのイメージになっていた。
ハッキリ言って満自身相当な二面性、または顔の使い分け癖の持ち主だが、ロンナの二面性は満のそれとは種類が違う、と満とイツアーサは常々感じている。

「なんと言うか、ロンナ.EXEって……うん、なんか呼び捨てにしたらマズイ気がする。」

満は自分が持つロンナの印象をイツアーサに語ろうとしたが、ロンナの呼び方に違和感、と言うよりも一種の恐怖、いや此処まで来れば畏怖とそれに伴う尊敬を感じ、一度話をやめて軽く咳払いをした。
イツアーサもそのことに関してはなんとなく同意見らしく、未彩をちゃん付けで読んだ時ほど満の行動に違和感を覚えずに小さく頷いてから話の続きを待つ。

「……ロンナちゃんって、独りでも十分生きていける人があえて誰かと関係を保ってる、って感じがすると思わない? どうしてそうしてるのかはわからないけど……ほら、戦闘も得意だし、本人いわく“半自立型ネットナビ”でしょ? それと……」

まだ何か表現したい事はある、が、上手い言葉が見つからない。
もしかしたら、見つけたくないのかもしれない、という自分の無意識の本音を満が知る日は来るのか。
そんな未来のことはともかく、満は自分が知る語彙の中でイメージに合うものを必死に探し、言葉を続ける。

「……人を見る目に、時々、嘲笑が混ざってる。……気がする。」

さすがに少し自分の考え過ぎかと思い、しばしの沈黙の後に気がするだけだと付け足していた。
もしロンナが人を見る時の目に嘲笑が混ざっているなら桜木 真波や旗見 マサナ、光 熱斗、そしてオペレーターの清上院 未彩……それらの人間がロンナの目にどう映っているのか、また自分――藤咲 満はどうなのか、考えるだけで恐ろしい。
それに、もしロンナが人間を嘲笑うタイプのナビだったなら、何故清上院 未彩の傍に“未彩のネットナビ”として留まっているのかも謎になってしまう。
だから多分、ロンナの目が誰かを、もしかしたら自分を笑っているように見えたのは満の気のせい、考え過ぎ……満は自分で自分にそう言い聞かせながらキーを叩く。
とりあえず、そういう考えることも恐ろしい話題ではなく、割と軽い話題で。

「『こんばんは、起きてたかな? 昼間アドレスを交換した満です。とりあえず、せっかくだから送信テストをしておくね。』……んー、冒頭はこんなものかな。」

いつの間にかかなり本気で文章を考えていることに、満本人は気付いているだろうか。

「で、ロンナちゃんの話題……なんか、ロンナちゃんに限ると書ける気がしない……。」

今日の昼間のロンナというと、未彩達の会話にいきなり割り込んで未彩を“コミュ障”だと言い切り、未彩のことは良く知ってると言って後に未彩と満を似ていると言い、メールアドレスの交換時に意味深な言葉を残すという、まとめて言うと善も悪も無関係な完全フリーダム行動であり、真波とマサナとは別の書き難さを感じる。
というかそもそも、今日の昼の会話はネタにするほど穏やかで良い空気の物だったとは思えない。
ロンナはフリーダムで真波とマサナは愚鈍で、熱斗は良くも悪くもなく、未彩自身は……

「……僕だったら、あんな奴等と友達なんてやってられないなぁ……。」

未彩の立場に自分を置いた時、自分は真波やマサナを友達と認識するだろうか?
多分、表面上は笑って内心悪態を吐き続けるだろう、と満は思う。
真波とマサナは何も分かっていない、愚かしく、浅はかで、関われば関わる程自分の首が締まるだけだ、それなのに……

「……。」

満はしばし無言になり、しばらく画面を凝視した後に静かにキーを叩き始めた。
愛用のパソコンの画面に映る小窓に打ちだされる文章は、すがすがしい程に未彩の内面に切り込むものになっている。
それは、机の上にいるイツアーサが意外だと言うような顔で画面を凝視するほどだった。

『こんばんは、起きてたかな?
昼間アドレスを交換した満です。
とりあえず、せっかくだから送信テストをしておくね。

それにしても昼間は大変だったね、ロンナちゃんはそういう所に容赦がないなぁって僕も思うよ。
でもロンナちゃんのことだから、何か考えがあってかなぁ……なんて思うんだけど、未彩ちゃんはどう思う?』

そこまで書くと満は手を止めて、キーボードの音が止んだ。
それ以降キーを叩かず、誤字が無いか確かめるように黙って画面を凝視する満を見て、満は多分この文で出す気なのだろう、と思ったイツアーサはしばしの沈黙の後にゆっくりと満に向き直ってゆっくりと訊いた。

「いいのか? 満。随分と踏み込んだ文章だと思うんだが。」
「うん、いいんだ。まぁ、どうせちょっとしたお遊びみたいなものだから、それで嫌われて何があるって訳でもないし、他に書くことも無いしね。」

椅子の背もたれに寄りかかりながら身体の硬直を解くように伸びをして満は答えた。
散々考えてこの短文というのは少し苦いものもあるが、そもそも自分はメールなど滅多にしない上に本当に仲良くなりたい訳ではないのだから仕方が無い、と自分で自分にちょっとした言い訳を施して納得しておくことにする。

「それに、」

今満にとって大切なのは自分の文章が長いか短いかではなく、真波とマサナが未彩を自分に押し付けてきたその訳と、未彩に二人から満へと押しつけられる理由が存在するかどうかだ。
伸びをやめて元の姿勢に戻った満が話を続ける。
その目はやはり哀れみでもなく愛情でもない、ただ、目を離す事が出来なかった、同情なんて上から目線ではなく、そう、同じ高さで見て共通点を見つけたような――。

「もし未彩ちゃんが桜木 真波と旗見 マサナに扱えない人間だとして、それを僕に押し付けた理由が、僕なら彼女の相手になれると言うのなら……」
「説得でもする気か?」

イツアーサの問いに、満はしばし沈黙した。
その表情は図星で焦っている、という訳ではなく、しかし何か確定的な答えがあるという決意に満ちた顔でもなく、どこか複雑で苦い困惑とほんの僅かの希望が混ざったような少し堅苦しい無表情を作っている。

満自身分からないのだ、自分がその時どうすると言うのか、はたまたどうしたいと言うのか、全く分からない、のだけれど、それでも満はそこに何か何もせずにはいられない、一種の使命感のようなものを感じていた。
だから満は、溜息とは違う深呼吸を一度だけ、自分を平常心に保つためとでも言いたげに行ってから、

「……それは分からないよ。でも……何もしないって事には、ならないかもしれない。」

と、答えた。
イツアーサはそんな満を何か珍しい物をみて驚いているかのような表情で見詰める。
何もしないと言う事にはならないかもしれない、つまり、何かする事になるかもしれないというその答えは、今まで自分とSearchを世界の異端として見て、生きて、Searchやその関連以外の誰とも深く関わろうとしなかった満には、非常に珍しい答えであるのだ。
それだけ、満は未彩の中に自身と同じ何かを見つけたのかと思い、イツアーサはしばらくの間薄い驚きを隠せなかった。

やがて満は文章の誤字チェックを終え、メール作成のウインドウの端にある送信ボタンを押した。
少しの文字だけの軽いメールは、一瞬だけ満のパソコンの画面に“Wait...”の文字を表示した後、すぐに回線を伝い未彩のPETへと飛んでいく。
パソコン画面に“送信完了”の四文字が表示された時、満はようやく肩の力を完全に抜いた。
座っている椅子の背もたれに身体を預けて、最初のものよりいくばくか長い溜息を吐く。
後はしばらくの間、未彩からの返信を待ってみるだけだ。

「ふぅ……未彩ちゃん、起きてるかな?」

満がふとメールの送信時間を確認すると、時刻は十時四十九分を表示していた。
此処まで夜遅くになってしまうとさすがの未彩でも眠っているだろうか? それとも彼女なら起きていてすぐに返信をくれるだろうか?
満は知らず知らずのうちに未彩からの返信を期待し、その内容の予想に耽っていた。
律儀な未彩の事だ、文字数は大体相手が出したものと同じ程度なのだろう、内容も勿論相手のものに沿わせるのだろう、等と考えて、未彩が困惑しながらも自分への返信を打っている所を満は想像する。
おそらく未彩も、イツアーサから何度か言葉を挟まれた自分のように、いやきっとそれ以上になんやかんやと言われて困り果てるのだろうと思うと、何故だか少しだけ口元が緩んだ。

「満?」

それを不思議に思ったイツアーサに名前を呼ばれて、満は初めて自分が薄っすらと笑っている事に気付くのであった。
それから十数分後、満が一度メール関連のウインドウを閉じ、Webサイト閲覧関係のウインドウを開いて従来のインターネットサーフィンに興じていた時の事である。
先ほどまでの熱に浮かされたようなワクワク感はある程度収まり、PETを気にすることも無くWebサイトを見続けていた満だか、それでもこの時の満の反応はいつもよりも早かった。
突如、満のPETがピリリリリッと電子音を発し、メールの着信を伝えてきたのだ。
満は一瞬驚いて肩を上下させた後、PETを手にとって着信したメールを開き、感嘆の声を漏らす。

「あ、ホントに来たんだ……。」

送信者名を見るとそこには清上院 未彩という名前と昼間渡されたアドレスが表示されており、満は数分前に出したメールの返信が今来たのだと気付くとすぐにそのメールをPETの上に立体画面表示で開いた。
やはり未彩はまだ起きていたのだ、小学生にしては少し不健全だな、ああでも少しホッとした、等と思いながら、満は未彩からのメールに目を通す。
未彩からの返信にはこんな事が書かれていた。

『こんばんは、起きていました。
清上院 未彩です。
テスト送信ありがとうございます。

ロンナは昔から本当に容赦が無いんです、熱斗達が一部の言葉の意味を知らなくて良かったと思います。
でも、そうですね、ロンナは俺が隠したい事をよく暴露してしまいますが、俺が本当に隠したい事は俺にしか暴露しません。
なんだかんだで、俺の事をよく分かってくれている、最高のパートナー、だと俺は思っています。』

嗚呼やはり未彩の返信はどこか律儀で、口調もそこそこ丁寧だったと感じ、満はなんとなく喜びのような、少しウキウキとする高揚感を感じた。
そしてその高揚感に流されるようにすぐさまパソコン画面にメール作成のウインドウを開くき、返信を軽い指使いで打ち始める。
カタカタと音を立てるキーボードの横では、イツアーサがやはり“信じられない”とでも言いたげな顔で満を見ている。

『よかった、まだ起きてたんだね。
返信が来たって事は、テストは成功かな?

うん、僕もあれはちょっとひやっとしちゃったな。幸い熱斗くん達は何も知らなかったみたいだけど……。
そうだね、本当に全部暴露するなら、あそこで熱斗くん達にコミュ障って言葉の意味を教えちゃってもいいんだもんね。
ロンナちゃんはそのあたりはちゃんと考えてるのかもしれないね。』

今度は大した時間をかけずにたったの数分で返信を打ち終えた満を見て、イツアーサはやはり意外そうな顔をする。
イツアーサは最初に酷く苦戦していた満を見ていて、なおかつ他人に興味を示さない満も沢山見てきた為に、二通目という早い時点で満がこんなにも素早く返信を思い付けるようになるとは思っていなかったのだ。

しかも今度はイツアーサに一言も相談してない、全て自分の判断だけで打ち込み、読み直し、満は送信ボタンを押す。
再び満のパソコン画面に“Wait...”の文字が表示され、やがて“送信完了”の四文字が表示された。

「満、今度は随分早かったな。」

送信完了という四文字も画面から消えた頃、満の状況の変化を不思議に思ったイツアーサが満にそう問いかけた。
すると満は少しキョトンとした顔をしてイツアーサを見つめ返してきた。
そこでイツアーサは、どうやら返信が早くなっている事には満は無自覚であるらしいと言う事に気付く。
同時に、イツアーサの指摘で自分が最初よりもすらすらと返信を思い付いて形にして送信した事に気付いた満は、何か少しハッとしたような表情を見せた後、何故か気まずそうに緊張した表情になって、言い訳のように聞き返す。

「そ、そう? まぁ今度は話すことも決まってるし、相手の話に合わせれば良いだけだからね、そりゃあちょっとは早くなるんじゃないかな?」

満はイツアーサの指摘により、自分が薄っすらとではあるが未彩とのメールを楽しみ始めていた事に気がつき、それを恥じていたのだった。
勿論、普通に考えればメールを楽しむ事は恥ではなく、今この瞬間も満の知らないどこかで大量のメールが飛び交っている事であろう。
だが、最初にも考えたように満は自身をこの世界の異端と評し、また警察組織に属する未彩とは正反対に犯罪組織に属している自覚を持っている、だから本来なら未彩とのメールを楽しむ事など、満はするべきではないのだ。
だがそれでも、それに気付いても、満は身体の奥深くで僅かに脈打つ高揚感を消す事が出来ず、何とも苦い表情でイツアーサに言い訳をする羽目になったのだ。
本当に、この高揚感は、そして未彩に感じる自分に似た何かは何なのだろう?
それらが分からず苦いもいが消えない満は、もう一度溜息を吐いた、その時、未だ先ほどの返信から数分しか立っていないと言うのに、満のPETがメールの着信音を鳴らした。

「清上院 未彩からだな。」

今度は満より少し早くメールに気付いたイツアーサがその送信者の名前を読み上げる。
満は一瞬少し困ったような顔を見せたが、不思議な高揚感には勝てなかったのか、再びPETを手に取り未彩からのメールを展開した。
PETの上の立体画面に、未彩からの返信の文章が表示される。

『はい、俺は少し夜更かし癖があるほうで。満さんは大丈夫ですか?
お互いにメールが届いたなら、テストは成功ですね。

ひやっとした、という事はやはり、満さんはコミュ障の意味を御存じなんですね……。
そう、ですね。もしかしたらあの時のロンナは熱斗達に暴露したのではなく、俺自身に暴露したのかもしれません。
何時もどうして人が気にする事ばかり口にするのかは俺には解りませんし、教えてもらったとしても俺には納得できないのでしょうが、それでもやっぱりロンナは俺のパートナーです。』

嗚呼やはり律儀な返信だ、と思いながら読み進める。
読み進めていると、ふと、本来満の文章に返信するだけなら必要のない文章が下の方に載っている事に満は気付いた。
文章は話題を転換する言葉、ところで、という四文字からはじまっている。

『ところで……熱斗達には解らなかったコミュ障の意味が分かってしまった満さんに質問があります。
満さんは、こんな“コミュ障”の俺を見てどう思いましたか?』

ふと、高揚感とは別の冷たい空気が満の頬を撫でたような気がした。
未彩からの思いもよらぬ質問に、満の背筋に薄っすらと寒気が走る。
満はこのたった二行の問いに、光 熱斗の正義よりも、花道 愛華の社会への怨みよりも、桜木 真波と旗見 マサナの友情よりも、何よりも重い、何か重要な事を問いかけられている様な感覚がしたのである。
どう、とはどう答えるべきなのか、独りで腕を組んで深く悩んだ。
画面の前で、立体映像のイツアーサも悩んでいる。

満は悩んだ。
どう、とはどう答えればいいのだろう? これまで感じた事を全て話してしまって良いのだろうか? それとももっと別の事を答えるべきなのだろうか? 未彩はどう答えてもらう事を期待しているのだろうか? 酷く悩んだ。
時に腕を組み、時に溜息を吐き、時に伸びをしながら、実に数分間の間、満はその答えに悩んだ。

「どう思う、か……。」

本音を言ってしまえば、もう満の答えはほとんど決まっていた。
桜木 真波や旗見 マサナ、または光 熱斗達に、君は合わない。
君は集団の中に居ながらも、強い孤立の匂いを纏っている、まるで、僕のように。
……そう言ってしまいたいが、それでは清上院 未彩のこれまでのポディションは勿論、藤咲 満のこれまで築いた好青年の印象まで壊してしまう事になる。
だとすれば此処はどう答えるべきか、この冷たい風の中で、尚も残る高揚感を未彩にどう伝えるべきか、満は考えに考えた末にゆっくりとキーボードを叩き始めた。
パソコン画面に文章が表示される。

『僕はまだ大丈夫、君こそ大丈夫なの? 今が一番睡眠が必要な時期じゃない?
うん、こうしてメールができてる訳だし、テストは成功だね。

あぁ、うん、ごめんね、知ってるよ。
そうだね、少なくともあの時僕はイレギュラーと言える存在だった訳だし、ロンナちゃんは僕や熱斗くん達よりも君に何かを伝えたかったのかもしれないね。

やっぱり僕の思った通り、君とロンナちゃんは確かな関係で結ばれているみたいだね。』

そして満は、問題の問いかけへの答えを打ち出す。

『どう、って言うのは答えるのはなかなか難しいな。
正直僕もコミュ障なんだけど、だからと言ってどう困ったとか、そういうことが無いと言うか、無いようにしてきたから。
だから、さ、君がもし今ロンナちゃんの言う君のコミュ障で悩んでいるなら、僕でよければ相談に乗るよ。
また、メールをくれても構わないし、今度会った時に直接話すのも悪くないね。
君みたいにコミュ障ながらも友達がいるとか、そういう訳じゃない僕だから、力になれるかどうかは分からないけど……それでもよければ、ね。』

満が打ち出した答えを、イツアーサはしばらくの間意外そうな表情でしげしげと眺めていた。
満自身も、本当にこれで良いのかどうかにあまり自信が持てず、何度も読み返している。
それでもやがて満はその文章にある程度の納得がいったのか、マウスのカーソルをゆっくりと送信ボタンへと近付け、ゆっくりとクリックした。
パソコン画面には本日三度目の“Wait...”と“送信完了”の四文字が映る。
満はそれを確認してから、本日一番の大きく長い溜息を吐いた。
まるで一仕事終えた後のような疲労感を伴ったそれを見て、イツアーサが口を開く。

「疲れたか?」
「うん……少し、ね。」

イツアーサの問いに満は肯定の言葉を返したが、その表情はなんとなく普段の満よりは自然で、少しぼんやりとした辺りが嘘の無さを表したような、何とも不思議で、何処かまだ高揚感の残っているような表情をしていた。
そんな、少しだけ楽しそうとも言えるかもしれない満を見て、イツアーサは珍しい事もあるものだと言いたげに呟く。

「意外、だな。」
「えっ? 何が?」

イツアーサの、“満がそんなにSearch以外の人間に入れ込むとは意外だな”というつぶやきを、満は感じとれなかったようだ。
それこそ何か不思議な物を見るような目でイツアーサを見つめ返す満に、イツアーサはフッと小さな笑いのような溜息を漏らす。
普段あまり笑わないイツアーサが僅かに笑った事で、何を笑ったのかという興味と僅かな不信を覚えた満は益々不思議な物、よく分からないものを見て困惑している顔でイツアーサを見詰めた。
この時、満の中からはもう、未彩とメールをしたくないという感情は消え去っていたのだ。
だから、満が先ほどまでそう思ってきた事をまだ覚えているイツアーサは満に意外だと言いたげな視線を向けるのだが、満はそれを忘れている為それに気付けない、という訳だ。

そうこうしているうちにまたPETのメール着信音が甲高くなり、未彩からの返信の到着を知らせる。
満は、あ、来たね、等とイツアーサに向けて呟きながら、軽い手つきでメールを展開する。
それは最初、机の前で頭を抱えていた満とは全く別の姿だった。

『俺もまぁ大丈夫なんですが、そうですね、今日はもう寝ようかと思います。
上手く通信できたようで、良かったですね。

やっぱり御存知でしたか……まぁ、知らない熱斗達の方が珍しいかもしれませんしね。
イレギュラーですか……それは多分、俺も同じですよ。満さんとは少しは違うかもしれませんが、俺も多分、もうイレギュラーです。
はい、一見ガタガタのコンビに見えるかもしれませんが、それでもやっぱりロンナと俺はそれなりに上手くやっていると思います。』

文章の前半はほぼ最初と変わらぬ様子だったが、それでも満はその四行目、自分はイレギュラーだと言う満の返信に対しての返答の部分を見て、あぁ、やっぱり、と思った。
最初に、今日の日中に熱斗、未彩、真波、マサナと会った時の違和感の訳が、此処に来て未彩本人により証明されたのだと満は想う。
そう、満だけでなく、彼女もあの三人にとってのイレギュラー、部外者なのだと確信した時、満は身体の奥底の高揚感を一層強く感じた。
Search以外には初めての感覚であるそれは、Searchと自分が同じこの世界の異端・異質だと考えた時のそれに似ている。
つまり――。

「未彩ちゃんも、異端、異質なのかな……。」

そう考えて何とも言い難い不思議な気持ち、同情とは違うけれど何か未彩に言葉をかけたくなるような、未彩となら少しだけ話してみてもいいかもしれないと思うような感覚を湧きあがらせながら、満は問題の部分、文章の後半を読んだ。

『そうですよね、変な質問をしてごめんなさい。
満さんもコミュ障だったんですか。なんだか、熱斗と同じように感じていた違和感の意味が少しだけ、ほんの少しだけですが分かった気がします。
……ありがとうございます、なんででしょう、貴方の言う相談に乗るは、真波やマサナが言うそれに比べて心強く感じます。
だから……もしも本当に、このコミュ障に当てはまる範囲で俺が困る事があったら、少しで良いので、話を聞いてもらってもいいですか?
全て寄りかかるような事はしません、でも、貴方になら少しだけ、話してもいい気がするんです。』

三行目を読んだ時、満は未彩も自分と同じような高揚感を抱えているのかもしれないと直感し、四行目を読んだ時、その直感は確信に変わった。
そして五行目を読んだ時、満は未彩が自分と少しは違えどカテゴリーは同じの感情、“孤独”を抱え、日々色々な事に怯えて過ごしている事を感じとった。
何の孤独も感じないであろう光 熱斗や桜木 真波のような生き物だったなら、この五行目はあり得ない、満はそれを知っている。
未彩は恐れているのだ、熱斗にしろ、真波にしろ、マサナにしろ、そして満にしても、相手を信用して寄りかかったとたんにその相手が消えてしまうという状況を、恐れているのだ。
それを知った時、満は今日、今この瞬間、本当に、本当の意味で清上院 未彩という人間に触れたような気がした。

返信を読み終えて、ゆっくりと長く深い溜息を吐く。
そして満は今日の締めくくりに、と思いながら、キーボードを叩き始めた。
カタカタと、今日一番の軽やかな音が室内に響く。
時刻は十一時をとっくに過ぎていた。

『そっか、そうだね、おやすみ。
これからはこうしてメールができそうだね。

うん、熱斗くん達はそういう悩みとは無縁みたいだからね、ある意味珍しいかも。
そっか……未彩ちゃんも自分と少し違う周囲の空気に悩んでいるんだね。解るよ、僕も昔は悩んだものだから。
うん、ロンナちゃんと君は本当に良いパートナーだと思うよ。

ううん、僕からしたら君は変なんかじゃないよ、むしろ熱斗くん達の方が変なくらい、だから安心して。
そう、僕もコミュ障。だからね、一見仲良く見える様には勤めてるけど、本当は熱斗くん達とどう関わったら良いか、あんまり分からないんだ。
どういたしまして。きっと同じ悩みを抱える人間同士だからそう聞こえるんだね。僕も君の言葉は何処までも真っ直ぐ、僕の中に響く感じがするよ。
うん、いいよ、僕でよければ相談に乗るから、熱斗くん達がいない時に会ったり、またお互い時間があってメールができたりしたらその時に話を聞くよ。
だから、君がいいと思う所まで、僕に相談してみてよ。役に立てるかどうかはちょっと自信が無いけどね。

それじゃあ、おやすみなさい。』

満はそこまで打ち込むと一旦誤字を直すために目を通し、誤字が無い事を確認してから送信ボタンへマウスのカーソルを向かわせた。
カチッと軽い音を立て、マウスのボタンをクリックすると、本日四度目の“Wait...”が画面に表示され、やがて“送信完了”の四文字が表示された。
その途端緊張感を解いたように少し震える息で溜息を吐いた満に、イツアーサが声をかける。

「お疲れ様だ、満。」
「あぁ、うん、ありがとうイツアーサ。」

メールを送信し終えた満は、今日はもう返信は無いかもしれないと思い、パソコンの電源を静かに切った。
もし返信があればPETで読めばいいし、それへの返信はしてもしなくても、もしくは明日しても未彩は怒らないであろう。
パソコンの電源が完全に落ちた時、満はこれまでの高揚感、緊張感を解きほぐすように椅子に座ったまま背後へ浅く反り返って伸びをした。
そのついでに壁にかけた時計を見れば、時刻はもう十一時半を過ぎている。

「満、お前も寝たらどうだ。明日も午前中に仕事を終わらせる気なんだろう?」
「ん……そうだね。」

同じく時刻に気が付いたイツアーサの提案に満は頷き、数時間ぶりにパソコン用の椅子から体を浮かせた。
そしてクローゼットの前に立つとそれまで着っぱなしにしていたワイシャツを脱ぎ、室内用に買ったポロシャツに着替える。
他に何か寝る前にするべき事は残っていただろうか? 歯磨きはもうしてしまったし――等と考えていると、PETが今日最後であろうメールの着信音を鳴らした。
満はズボンを穿き変える前にPETを手に取り、未彩からの今日最後の返信を展開する。

『えぇ、おやすみなさい、今日はこれで寝ますね。
はい、これからよろしくお願いします。

そうですね、熱斗や真波はあまりそういう事で悩んでいるのを見たことも聞いたこともありません。どうしたら俺もあんな風にしていられるのか知りたいぐらいです。
満さんもだったんですか。半分意外ですが、半分は何だか納得がいった気がします。満さんは悩んだなりの答えを見つけたんですね。
はい、これからもロンナとは仲良くやっていきたいです。

ありがとうございます、そう言ってもらえると、少し気が楽になります。
俺も同じです、極力仲良くありたいんですが、あと少しの所でどうにも上手い距離感がつかめなくて、最近はどんどん離れて行っている様な気がして、そのせいで考える事が妙に斜めになって……。
そうかもしれませんね、俺も、満さんの言葉は何だか真っ直ぐ聞く事ができます。
ではまた、双方時間がある時にでもお話しましょう。
聞いてもらえるだけで、俺はとても助かりますから。

では、おやすみなさい。』

満は全文を読み終えると、そのメールをPET画面からメールフォルダへと移して閉じた。
そしてPETをパソコン机の上、パソコンの隣に置くとベッドの中へと潜り込む。
その表情はどこか柔らかく、薄っすらと微笑んでいるように見えて、イツアーサはこの時、満が未彩に割と素早く返信を出せるようになった理由を確信した。

「共鳴しているんだな、満……。」

満がSearchに憧れるようになった理由も、満が未彩に返信を何通も出した理由も、きっと同じ“孤独の共鳴”なのだ。
そう思いながらイツアーサは電気を消し、満は薄っすらと身体の奥に高揚感を抱えながら眠りに落ちていった。


End.
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