短編“未満”小説『無力で無知な僕の過ち』

【無力で無知な僕の過ち】


――元々、僕は他人とは少し違っているのかもしれない。
それでも僕は普通を夢見て、だからこそ根暗で無力な僕なりに、頑張ってはみたんだ。

結果は、見ての通りだけど。――


季節は秋、此処はとある都会の中にあるごく普通の中学校。
その校舎の中のとある教室の中で、自身の席に座る中学一年生の少年――藤咲 満は、遠くから襲い来る悪意の視線に怯え、その身を固く強張らせていた。
教室の出入口には、何人かの派手な格好をした男子がたむろをしている。

――今日も来たんだ……。――

じっと机の上だけを見ているふりをして、実は教室の出入口の様子と気配も窺っている満は、それらの存在に酷く落胆し、また酷く恐怖する。
ふと、どうしてこんな事になってしまったんだろう、という思いが満の脳裏を過った。
一般的には、その後にくる言葉は“考えても考えても解らない”であろう。
しかし、満はどうして自分はこんな立場になってしまったのか、ある程度知っている。

――僕が無知だったんだ、悪い意味で、純粋に、綺麗事を信じすぎたんだ。――

そして満は教室の出入口に集まる悪意への恐怖に耐えながら、あの頃の事を思い出すのであった。


それはまだ、満が中学校に入学してすぐの事である。
小学生時代からあまり学校内で良い状況、所謂リア充という立場に立った事のない満は、今度こそ沢山の友達と一緒にキラキラと輝くような学校生活を送るのだという期待を胸に秘め、いい意味での緊張と共に新しい毎日を迎えようとしていた。
そして、前日に入学式を終えたばかりの今日、満はその輝かしい学校生活という夢を実現する為の行動に出ようと決めていた。

朝、教室に入ると満はすぐに自分の席に向かって歩き出す。
まだ特に誰と挨拶をする事もなく歩くその途中で、満は周囲がどんな生徒で溢れているのか、仲良くなれる人がいると良いなぁと思いながら様子を見渡した。
既に登校してきている周囲の人間を見ると、小学校の頃に比べると制服がある分一見地味になったように見える。
だがよく見ると、女子のスカートは規定より短く、アクセサリーも小学生時代に比べると派手な物が多い気がしたり、男子も、地味な人間がいない訳ではないが、半分ほどは既にちょっとしたアクセサリーなどに手を出して少し派手になっている者もいる事に気付き、満はふと、小学生時代からあまり変わっていない自分の地味さを思い出し、満は少し不安になった。
誰でもいいから誰かに話しかけてみよう、そう思って登校してきた、その思いが少し揺らぐ。

――本当に、仲良くなれるのかなぁ……なんだか、僕とは人種が違う気がするよ……。――

そんな不安が脳裏をよぎり、満は誰かに話しかける事を取り辞めようかと思い始めた、が、それでも誰か仲の良い友を得る事を諦めきれない満は、その不安を打ち消すために“ある言葉”を思い出した。

――でも、外見で判断しちゃダメだって、人は見かけによらないってよく言うし……もしかしたら、大丈夫かも。――

そう思うと、いくら派手だと言っても中身は自分と同じ中学一年生だ、もしかしたら中身を見れば善人も多いかもしれない、仲良くなれるかもしれない、という気もしてきて、満は勝手に安心をし直してそのまま自分の席に着いた。
近くの席にはちらほらと人影がある。
しかし少し残念、または恐い事に、それは派手な人間の率の方が高かった、が、満は心の中で何度も“人を見かけで判断してはいけない”と繰り返し、自分に彼等へ話しかける勇気をと望む。
自分は今度こそ、友達のある楽しい学校生活を送りたい、そう考える満は思い切って前方の席の男子に話しかけた。

「……あ、あのさ、」
「あ? 何?」

前の席にいる男子は満に比べると少し派手で、ワックスで固めたと見える髪の毛は外側にツンツンと跳ね、肌の色は満の肌とは反対の色黒を保っている。
その時満は、そうか、これが“ギャル男”もしくは“チャラ男”という生き物かと悟った。
本当にこの男は自分が声をかけるべき相手だったのか、満は少し悩んだが、声をかけてしまった以上はもう何の訂正もできないので、とりあえず軽い自己紹介をする。

「えっと、僕は藤咲 満っていうんだ。君は?」
「オレ? 俺は――だぜ。」

満が軽い自己紹介をしてから相手に名を訊くと、相手は思った以上にフレンドリーに明るく返事を返してくれた。
そこで満はようやくホッとして、それまで強く持っていた緊張を解き始める。
よかった、見た目は少し派手だけど中身は良い子のようだ、と思ったのだ。
とりあえず拒絶の色は見られなかった事に胸をなでおろしていると、今度は相手のギャル男の――が方が口を開く。

「へー、満っての? じゃ、みっちーでいっか。」
「み、みっちー? な、なんか変じゃない?」
「変じゃねーし。つかみっちー固くね? 僕とか君とか、超ウケる!」

そう言って――はやや下品に、ギャハハハハと大きな声で笑い始めた。
満は何がおかしいのかよく分からなかったが、とりあえず此処は笑うべきなのだろうなと思い、自分も小さくアハハ……と笑う。
そんな少しチグハグな状況に、やはり相手の考えている事がよく分からないという不安が満の中を過ったが、それはこれからどうにでもなる事だろうと、この時はさほど気にも留めなかった。

そして、それを気に留めなかった事、ましてやこの男に声をかけた事が間違っている事だったということに満が気付くのは、それから数週間後の事である。

それからしばらく、満は何かと自分の席の前方に座るその男、――と会話を交わすようになり、それなりに打ち解けた雰囲気になっていた、様であった。
しかしそんなある日、それが間違いだった事を満が悟り始める出来事が起こる。
それは、いつも満の前方にいるその男が、自分の友人とやらを何人か連れて来た時の事であった。

ある日の休み時間、満はいつものように自分の席に座り、いつものように特に何もせずに外を眺めて時間を潰していた。
今、あの――は席を外しているのか席は空席で、この教室にそれらしき影は見当たらない。
少しつまらないな、と満が思い始めた時、教室の外から大きな声が満を呼んだ。

「おおーい!! みっちー!!」

あまりの大声に満以外も驚いて反応し、満を含めた幾人かが教室の外、廊下の方に視線を向けた。
そしてその視線の席に、あの日打ち解けたと思っていた男を見つけ、満以外の幾人かはどうでもよさそうに自分の行動へと戻り、満は、え? どうしたのかな? と不思議に思い、緊張を抱えながらゆっくりと席を立った。
視線の先に映る世界にはあの男と、あまり見なれないギャル男達、更にはギャル女達がいる。
その異様な光景に、あまり近付きたくないな、と本能的に感じながらも、それでもあの――くんは一応それなりの仲だし、と思いゆっくりと教室の外、扉の方へと歩み寄った。

「えっと、――くん、どうしたの?」
「ほら見ろよ! コイツオレのダチのみっちー!」
「うぉ、超以外なんだけどー。」

満は、この騒ぎは一体何なのかと――に聞いたが、――は満の質問には答えずに満を他のギャル軍団へと紹介している。
慣れない人種が多く集まり、何か恐怖にも似た緊張を感じ萎縮する満、その目の前で、ギャル達は思い思いに勝手な感想を述べはじめた。

「これがみっちー? お前の趣味じゃねぇじゃん、ギャハハ。」
「えーマジみっちーお初なんだけどぉ、つーかみっちー地味じゃね? ケショーとかしないのー?」
「え、あ、あの……」

――だけならまだしも、元々派手な人間への免疫が薄い満は困惑と緊張で声が出せず、思わず何も言わずに教室へ飛び込むように戻って行く。
どうしよう、何かが違う、何かが違ってる、あまりかかわりたくない……そう思って自分の席に逃げ戻ったものの、着席後に背後を見て驚愕した。

「えーみっちー可愛いんだけどぉ、メアドこーかんしよーよぉー。」

何と背後にあのギャル集団の中にいたギャル女の一人が迫ってきていたのである。
肩に腕を回し迫るその様に、満は改めて驚愕し、ソレが自分とはまったく違う、決して相成れる事の出来ない人種である事を感じ始めた。
元々ボディタッチや過剰な接近が苦手な満は酷く不安になり、緊張し、ギャル女から顔をそむけて言う。

「お、お断りします……。」

その様子がおかしかったのか、頭上からはギャル女のキャハハハという笑い声、ドアの向こうからは――を含むギャル男達のギャハハハという笑い声が聞こえてきた。
その時、満は初めて思った。

――どうして、こんな事になっているのだろう……。――


結局、そのギャル女はチャイムと共に去っていったが、その時から満は――にもあまり話しかけず、彼等とは距離を置くように勤め始めた。
しかし、それから更に数ヵ月後になった頃だろうか、どういうきっかけでそうなったのかまでは満にまでは分からないが、ギャル達が満を見る目がどこか酷く気持ち悪い物になりだしたのだ。
最初は根拠なき噂、つまりは捏造、結論として嘘を本当のように大騒ぎする事に始まり、そのうち明らかな授業妨害による個人攻撃が始まった。
もしかしたらギャル共には攻撃しているつもりはないのかもしれない、遊んでいるだけのつもりなのかもしれない、最初から悪意――例えば、憎いから、などではないのかもしれない、しかし、何をどう反論してもニヤニヤするだけの顔、嫌だと言っても止めろと言っても聞かない横暴な、そして、

「あー!みっちーだ!! 死ねよ!!」
「おっ、不細工。」

いつの間にか平然と放たれるようになっていた心無い悪口は、満の心を深く深く、貫通する程に深く、そして荒々しく抉っていた。
最初に感じた友情などもうそこには無く、あるのはもはや完全なる悪意だけで、満は彼等の知りあいの人間から、彼等の暇つぶしの玩具へと転落していたのだ。


そして今も、そのギャル達は満を玩具とする瞬間を虎視眈々と狙っていて、満はそれに日々怯えて暮らしている。
季節は秋、とある都会の中の中学校、その校舎の中のとある教室――満のいるクラスで、満は自分の席に座った満はただただ机を凝視して固まる。
大人は当てにならない事、ギャル達に態度の改善を望んでも意味はない事、そして、最初に原因を作ってしまったのは酷く悲しい事に自分である事を知った上で。

――逃げたい。――

でも逃げる場所など無い、逃げる事など出来ない、なぜなら満は“真面目な生徒”なのだから。

――でも学校を休む訳には……。――

もし学校を休んだとしても、親や教師は満の言うその休みの訳に納得などしないだろう。

――嗚呼、どうして、どうして、どうして僕はあの時!――

どうして――に声をかけたのだろう、どうして彼等に対等ではなく下から目線で接してしまったのだろう、それを後悔してももう遅い。
魔の手は、すぐ近くに迫っている。

「みっちぃぃぃぃいい」

外にいるギャル共が、教室の中に入ってきた。
悪夢が、始まる。


End.
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