短編“未満”小説『無意味な期待と重い想い』

【無意味な期待と重い想い】


その着信音を聴いた瞬間、真波やマサナといった知人からのメールを期待した未彩は、それが通販サイトからの定期的な宣伝メールだと知った途端、猛烈な吐き気を覚えた、気がした。
いや、実際に胃の内容物が口に上がってくる事は無いのだが、それでも、何かに飢えるように彼等からの言葉を期待していた事への恥ずかしさは、まるで吐き気のような気持ち悪さと緊張感を伴って未彩の身体の中心を締め付ける。
薄暗い部屋の中、パソコンの画面の中央に通販サイトからのメールを開きながら、表情に苦さを浮かべる未彩を見て、PETの中のロンナはクスクスと小さく笑う。

「残念だったね。」

笑い声と共にそんな声をかけられた未彩は、パソコンの横に置いた充電器に立ててあるPETの、その画面に視線を向けた。
黄緑色の待機画面を背景として画面に映るロンナは穏やかに、しかし悪戯っぽく、そして未彩を挑発する様な、明るいのに黒い笑顔を未彩に向けている。
何かを見透かして何かを嘲笑い、そして何かを憐れむその顔は、対峙する相手の内面を抉る時のロンナの癖であり、今此処で内面を抉られることになるのは自分であろうことを察知した未彩は小さく溜息を吐く。
その溜息は、呆れというよりも不安、また自分を落ち着かせておかなければと必死になっているからのものであることが酷く明らかで、ロンナの笑みを余計に深くすることとなった。
明るいのに気に障るロンナの笑み、それでも未彩はしばしの沈黙の後に小さく口を開き、

「……別に、予想の範囲内だろ。」

精一杯の言い訳を呟くと、その強がった様子が相当可笑しかったのか、ロンナがまるで何か面白い芸でも見ているかのように、最初よりも一層楽しそうに、大笑いを我慢する様な声で笑い始めた。
さすがにその様子には苛立ちを隠せなかった未彩が、ロンナを一瞬だけ睨みつけると、ロンナは小さくゴメンゴメンと謝りながら、笑いを少しずつ抑えはじめる。
そして、普通に話せそうな程度にはその笑いを収めると、改めて口を開いた。

「まぁ、知識としてはそうだね。未彩は真波ちゃんやマサナくん、はたまた秋斗ちゃんや優斗くんとも違う、重い子だから、飽きられちゃって呆れられちゃうのは当たり前だもんね。」

ニコニコと明るい笑顔と軽やかな声音で痛烈な内容を告げてきたロンナを見て、未彩は不機嫌そうに目を細め、眉間に薄くシワを寄せた。
それはロンナの発言に対して明らかな不満がある顔で、何か反論を探している顔であるのだが、肝心の反論はなかなか出てこない。
いや、反論自体が思い付かない訳ではないのだが、その反論でロンナの言葉を突き崩せる気がしないから、声に出すのは躊躇っているというのが正しいか。
どうしたらこの腹黒少女ナビを黙らせることができるのか悩みながら、未彩が不機嫌そうに悩んだ顔で固まっていると、その本音を見透かしたようにロンナが笑う。

「フフッ。半分はぐらい認めても良いけど、もう半分は認めたくないって顔だね。」

相変わらずの笑顔と声で、まるで頭の中を覗き見ているかのような的確さをもってこちらの本音を当ててくるロンナに、未彩は少し悪寒のような恐怖を感じた。
いや、ロンナがこちらの、または周囲の本音を的確に掘り当てる事自体はいつもの事なので、怖くもなんともないのだが、それでも、それはつまりロンナがこちらの本音を知っている事につながる、と思うとどうにも苦しく、息が詰まりかけるような圧迫感を覚えた。
それはほんの僅かな違いかもしれない、周囲から見たらどちらも同じかも知れない、が、やられた本人からしたらたまったものではないことを、未彩は嫌という程感じながら生きてきた。
相変わらず反論も何も浮かばない未彩が“それ”の到来を危惧しながら黙ってロンナを見つめていると、ロンナはそれすらも当てて、そしてそれゆえにあえて神経を逆なでするように、“それ”を行った。

「この重いはね、家庭環境とかはあんまり関係無いの。むしろ、うつ病とか統合失調とか、そういう精神病でさえ関係無くて……性格、人格の問題なんだよね。」

やや遠回しとはいえ、お前の性格は重い、と宣言された未彩は新たな不快感を眉間に刻む。
もはや、未彩の視線はロンナを見つめているとは言えず、ロンナを明らかに睨んでいるのだが、それでもロンナはその奥に潜む怯えを見抜き、クスクスと軽く、明るく、しかし黒く、暗く、笑って見せるのだ。
正義のヒーローにそっくりな顔をして、悪役も驚くような深さで、決して余所見は許さない強制力のある視線と共に。
まるで固定されたように動かせない顔と目で、ロンナを睨むように、けれど縋るように見つめる未彩に、ロンナは笑顔のままで語り始める。

「未彩はさっき、メールがオトモダチからじゃ無かった事に落胆したよね?」

ロンナは、友情の力を信じているヒーローにそっくりな顔で、それを嘲笑うような声音を使い、少しカタコトな発音で、お友達、と言った。
光で覆われたその中に潜む闇を見せつけられるような感覚にゾクリと嫌な緊張が走るというのに、未彩には、反論はおろか、視線を逸らすことも出来やしない。
そんな未彩の様子を面白がっている様な笑顔で、ロンナは続ける。

「多分ね、真波ちゃんやマサナくんならそんなに落胆しないどころか、そもそも期待なんてしないと思うよ。だって――」

次に来るであろう言葉に、未彩は怯えた。
いや、正確には何が来るのかは分からないのだが、少なくとも二人と自分の決定的な違いを見せつけられる気がして、全身が冷える。
やめてくれと叫ぼうかとも思ったが、それすらロンナの思う通りである事も知っていて、叫べない、抗えない。
次にくる言葉に自分は腹から頭から様々な部分を抉られると感じた未彩に、表面上はとても綺麗な、ロンナの笑顔は、酷く恐ろしい。
それでもロンナは口を閉じる事は無く、

「二人とも、重くなくて、世間的には器用だもん。」

最大限の笑みを顔に張り付けてそう言ったロンナに対して、あぁ、そんな事俺だって分かっているよ、という言葉が未彩の脳裏に浮かんだが、それは口から洩れる前に脳内で溶けて、消えていった。
パソコンを置いた机の前、パソコンをよく使うデスクワーカー向けの大きな椅子に腰かけたまま、未彩は机に肘を着き、右手で額を抑えながら溜息を吐く。
真波とマサナが軽くて、だからこそ器用だなんて、そして自分はそれと真逆だなんて、未彩自身もとっくに分かっていた事ではある。
そう、真波だったらこんなことで一喜一憂したりしないだろう、PETに送ってもスルーされたメールは何通になるか。
それに対して、あの嘘吐き、ちゃんと返すといつもいつも唱えていたくせに、なんて思う自分に、何度嫌気がさしたか、何度殺したい衝動に駆られたか、何度全てを投げ出して何処かへ逃げ去りたい衝動に締めあげられたか。
情けない、酷く情けない。
そうして情けなさに沈み、その痛みを誤魔化したいと言わんばかりに両手を握り締めて掌に爪を立てる未彩を見て、ロンナは嘲笑のようで憐れみのような笑みを向けるのだ。

「真波ちゃん達は、未彩がいないと駄目なんて事は、無いんだよ?」

やや疑問形で話すロンナに未彩は、知ってる、と返したかったが、その言葉が声となって口からこぼれる事はなかった。
ロンナは未彩の返答を待たずに淡々と、しかし笑顔で続ける。

「むしろ、未彩がいると自分のしたい事が出来ないかも。」

未彩の味方なのか、それとも真奈美達の味方なのか、若干判断に困る内容を突き出したロンナに、それも知ってます、と未彩は言いたかったが、やはり声は出ない、出せない、出す気にならない。
そんな未彩にかけ続けられるロンナの声は嘲笑か、それとも憐れみか、それ以外なのか、むしろそれら全てが混ざり合っているのか、未彩には分からない。
もしかしたら、ロンナ自身も明確にどの思いだという気は無いのかもしれない。
ただ、それでもロンナは言葉を続けて、未彩の思考を大きく抉り、あえて痛みを与える為に、また返答を待たずに続ける。

「真面目に真っ直ぐ思うのは確かに良い事だよ? でもね、大体の人は、ある程度軽くすることで、深みに嵌まる事を避けてるの。そしてね、それはね……一種、本能的なんだよ。」

少しだけゆっくりと告げられたそれはやはり遠回しではあるものの、貴女は周囲から避けられる運命にある、と言っているも同然で、未彩は一瞬呼吸が止まったような気がした。
いや、止まったような気などではなく、未彩は実際に、ロンナの言葉のすぐ後に、ヒュッ、と、まるで泣きはらした後のような息の吸い方をしていて、ロンナはそれを見逃しはしなかった。
普段から感じていた違和感、真波やマサナ達と自分の間にある認識のずれ、それらをロンナによってほぼ正面からぶつけられた未彩の目は、それをぶつけてきた本人であるロンナにすら縋る程弱く、不安そうな色を見せ始めている。
そんな未彩に対し、ロンナは最後の一押しだと言わんばかりにゆっくりと、これは一方的な語りではなく会話のための語りなのだと主張するように、それでも顔だけは最初から張り付けたままのあの笑顔のままで、

「ねぇ、未彩。未彩は重くて、とても不器用なの。そんな未彩が、あの子たちと上手くやってけるなんて――」

思わないほうが良いよ、と、ロンナが言い切ろうとした、その時、青と黒のボディカラーのPETが、その画面にロンナを映したままで、メールの着信音を鳴らした。
未彩はその音に驚いて肩をビクリと上下させ、ロンナもこれはさすがに少し不意をつかれたのか、言い切れなかった言葉を言い直すこともなくしばし呆然と立ちつくす。
そんなロンナの背後にメールの着信を通知する封筒のイラストを確認して、未彩は、大きな不安と、小さなようで大きな期待に眉をひそめる。
それが宣伝か何かなのか、それとも今度こそ誰か、個人からの言葉なのかと見極めようと、いや、見極めたくて、そのせいで酷く緊張して。

ロンナはしばしの間、次に何を言うか――先ほどの事を言い切ってしまおうかどうか迷ったようだが、やがて小さく苦笑しながら溜息を吐いて、それから、

「未彩、メールだよ。」

そのメールに何かの期待を寄せる自分に鈍い息苦しさを感じながら、未彩はPETへ手を伸ばした。


End.
1/1ページ