短編“未満”小説『消える体温 (前編)』
【消える体温 (前編)】
あれから実に、五年ほどの月日が流れていた。
多くの車が行きかう大きな道路の近くのファーストフード店のテラス席で、五年前と同じ弱々しさ、またそれゆえの暖かさを抱えたままの青年は、寂しげに微笑もうとした末の苦笑と共に言う。
「秋斗ちゃん、なんか……変わったね。」
青年の言葉に、彼女はしばし言葉を返すことができず、黙り込んだ。
冬の冷たい風が彼女の長い黒髪を揺らしながら、相対する二人の間を通り過ぎる。
その風に凍りついた彼女の手、指先。
手が冷たい人は心が温かいなんて、嘘。
「……そうね、まるで……あの人みたいかもね。」
彼女は小さく苦笑したが、それは同じ苦笑でも青年の苦笑のような柔らかさは見受けられず、冷たく何かを嘲笑うようなものに見えた。
その苦笑が嘲るのは青年か、それとも彼女自身か。
ともかく、寂しそうな顔の青年へ、彼女は語る。
「私、弱くはなくなったと思うの。」
小学生の頃は周囲の誰が頼んでも抜けなかった、全人類への敬語使用の癖は、青年とも他の知人とも会うことのない五年の間に消えていた。
同じ頃、自分の全身と心に酷く重くのしかかっていた自殺願望、つまりは死にたがりの思考、それもその間に消し――いや、殺していた。
だから、今ここに居る自分は青年の知る人間ではない、あの少女はもう居ない、新しい自分が殺してしまった。
「だってもう、貴方のその苦しみも、そんな貴方に同情する顔の見えない周囲の気持ちも、わからないから。」
彼女は青年からそっと目を逸らし、道路や街を包むように広がる空を見上げた。
悲しいかな、気温はとても低くても、空は綺麗に晴れていて、やはり太陽は暖かい。
彼女の心とは真反対に、何処までも続きそうな青と、暖かな光。
それは、高校の冬休みが始まって数日後の、午前中の事だった。
秋斗がパソコンで適当なWebページを暇つぶしとばかりに見ていると、ここ数年まともに鳴ることの無かった自分のPETが急に、メールの着信を知らせる音を鳴らしてきたのだ。
机の上に放置するように置いてあるそのPETは、特に用もないだろうなんて分かっていたはずなのに、メールや電話の着信音量を最大にしたままで、秋斗は、ピピピッ、ピピピッ、という着信音に驚いて肩をビクリと上下させる。
「秋斗ちゃん、メールだよ。」
紫色のネットナビがPET外に小さなホログラムで現れ、メールの着信を口頭で改めて伝えてきたのは、秋斗が着信音に驚いたのとほぼ同時だった。
秋斗のPETの隣に立っている、世界の英雄と瓜二つの形をしながらも、色は随分と違って紫と黒の多い彼は、ダークロックマンだ。
彼は五年ほど前から、秋斗のネットナビを務めてくれている。
ダークロックマンと秋斗が知り合ったのは、秋斗がまだ小学生の頃の話で、アメジストという犯罪組織が日本を中心に猛威をふるい始めた時の事である。
元々、ダークロックマンというネットナビの物語は秋斗には無関係の場所で始まり、無関係のまま一度完結を迎えていたのだが、その完結のずっと後のある戦いの途中、ロックマンが仲間を護るために敵組織――アメジスト側のナビから放たれたダークオーラを受けた事がきっかけとなり、彼の物語は第二の幕を開けたのだ。
そうして再びこの世の電脳世界に存在することになったダークロックマンは、とりあえず、自分の本体とも言えるロックマンと共に光 熱斗のネットナビをやるようになり、その生活の中で清上院 未彩や桜木 真波、またロンナ.EXEやハティ.EXEなどの、以前は存在しなかった人間やナビと知り合うこととなっていった。
秋斗と出逢ったのもその時期のことで、それからしばらくの月日が流れた後にダークロックマンは、熱斗や未彩、真波達とは違って唯一ネットナビを持っていない人間である、秋斗のパートナーとなる事になったのだ。
当時の大人いわく、ダークロックマンが復活した頃のアメジストの活動は犯罪歴史的には“第一次アメジスト事件期”と呼び、ダークロックマンが秋斗のネットナビを務めるようになった頃のことは“第二次アメジスト事件期”と呼ぶらしい。
また、秋斗が少しずつとはいえ関わった事件は他に、“Dirty Blood事件期”や“トランプ・マジシャンズ事件期”等がある。
特に、トランプ・マジシャンズ事件期後の“第三次アメジスト事件期”は“異世界アメジスト事件”とも呼ぶもので、ネット警察の主戦力とも言える光 熱斗や伊集院 炎山、シャーロ軍のライカ等が異世界に飛ばされてしまうというとんでもない状況だった為、“第二次アメジスト事件”と並ぶぐらい、秋斗も戦いに奔走していた。
逆に、“Dirty Blood事件期”の頃はあまり役に立たなかったが。
あの時関わった人物――警察官でありながら人殺しであるSearch=Darknessの、優しさや思いやり、他者をいたわる気持ちなどが欠落している人間性と、その旧友であって、Dirty Blood所属でもあった藤咲 満の抱えた怨みの念の恐ろしさに、“当時の”秋斗は反感しか覚える事ができず、その上に酷く無力であった。
同じ反感でも、光 熱斗などはもっと強く反論できていたのに。
そういえば、ダークロックマンとはもう五年ほどの付き合いになるのか、という思いがふと秋斗の脳裏をよぎる。
そう、多くの事件が起こり、多くの人間と関わったあの頃から、もう五年も経っているのだ。
あの頃関わっていた人物の多くとは、今はもう全くと言っていい程連絡を取って居ない。
特に秋斗は、熱斗やメイル、真波などの多くの同級生が進んだ中学校に行かなかったせいもあり、その辺りの廃れ方が他の面々に比べて早い方である。
そんな今、自分にメールを送る人物とは一体誰だろうか。
僅かな動揺を隠すように、秋斗は少しそっけなく訊いた。
「誰から?」
そう訊かれてから初めて、ダークロックマンが送信者と宛先を確認する。
「えっとね……あ、光野 優斗くんからだよ。」
わぁ、懐かしいなぁ、などと呟きながら、少し楽しそうに送信者名を見ているダークロックマンに返事をしないまま、秋斗はPETを手に取りメールを展開した。
PETの小さな画面の上に、薄緑色の立体画面を表示される。
急に手動で操作したせいで、手元からメールが移動した事に驚いたダークロックマンが、あっ、と小さな声を漏らしたが、秋斗はそれを無視した。
どうやらそれは少しだけ、ダークロックマンの気に障ったらしい。
「もう……秋斗ちゃん、言ってくれれば僕が開くのに……。」
ナビとしての役割を奪われたせいなのか、ダークロックマンは少し不満げに、最近の秋斗ちゃんは冷たいよ、などと呟く。
さすがにその台詞は少し気に障ったが、それでも秋斗はその態度も無視して優斗からのメールを読み始めた。
まずはタイトルを見るが、タイトルは無難に『久しぶりです。』となっていて、これといった特徴は無い。
秋斗が本文に目を通そうとした時、僕にも読ませて、と言いながらダークロックマンが秋斗の肩に乗ってきた。
別に追い払う理由は無いので、それもとりあえず放置しておく。
そして秋斗とダークロックマンは、立体画面に表示された本文に目を通す。
『こんにちは、覚えてるかな? 秋原小学校に居た時一緒だった、光野 優斗です。
あれからもう五年も経つんだね、高校生活はどう?
僕は相変わらずあんまり上手く行ってなくて、ちょっと寂しい思いをしてるよ。
どうしてか分からないけど、周りのみんなと上手く馴染めないんだ……なんか、みんなに僕なんて要らないみたい。
むしろ、なんだかお邪魔みたいで……駄目だなぁ、僕。
ところで秋斗ちゃん、そろそろほとんどの学校が冬休みの時期だけど、今日の午後……あいてるかな?
久しぶりに秋斗ちゃんと会いたいなぁって……いいかな?
いきなりこんなメールを出してごめんね、よかったらこのアドレスまで返事をください。』
黙読を終えてから、秋斗は小さく溜息を吐いた。
どうやら優斗は相変わらず臆病な性格で、それに付け込む周囲に振り回される生活をしているらしく、それを慰めてと言いたげな悲劇のヒロイン臭さが文字を読んだけでよく伝わってくる。
もしも慰めが要らないのなら、もしくは自分の弱さに気付かれたくないのなら、自分の生活のネガティブな部分の報告など必要無いものであって、それをわざわざ入れるのは慰めが欲しいからである、なんて、そんなこと、秋斗は全身が痛いほど良く知っている。
他にも、今の学校で上手くいかないから昔の同級生に、というのも物凄く構ってちゃん臭い、というか、もはや決定事項だ。
もし本当に自分に構って欲しいのなら何故もっと早く連絡をよこさなかったのか、問い詰めて問い詰めて突き落としたい。
みんな――周囲の新しい人間と上手く馴染めないなんて、こっちだって同じだというのに。
秋斗は、優斗のメールに対して気持ちの悪くなるモヤモヤとした何か、いや、ハッキリ言って苛立ちが湧きあがってくるのを感じた。
読めば読む程不快になる、こんな事に構う必要など無い、だから行く必要はない、そう思った秋斗はそのままメールを閉じる為に立体画面の右上にあるバツ印に触れようと指を伸ばす……が、その指がバツ印に触れる前に、ダークロックマンがそこへ立ちはだかった。
どうみても、秋斗がメールを閉じる事を邪魔するように。
「……メールが閉じられないんだけど。」
秋斗は淡々と、しかし不満を込めて言った。
だが、秋斗の不満を聴いてもダークロックマンはそこから退く気配は無く、それどころか、何故か少し笑っている。
一口に笑っていると言っても、今のダークロックマンのそれは明るく楽しげという訳ではなく、何か大きな賭けに出ているギャンブラーのような、随分と緊張が走った笑みである。
一体どういうつもりだろうか、と秋斗が少し警戒し始めた時、ダークロックマンは秋斗へ驚きの、しかし一方では相当な予想通りの提案をしてきた。
「ねぇ秋斗ちゃん、優斗くんに、会ってみない?」
何故!?という驚きと、そう来ると思っていた、という納得が同時に浮かんできて、秋斗は大きく溜息を吐いた。
ダークロックマンは依然として緊張の混ざる笑みを崩していない。
それは正直予想は付いていたことだったし、自分自身も少しは、ほんの少しならその選択も考えていたということも否定はできない。
けれど一方で、その再会は“今の自分”に必要なものかと考えると、そんな気は少しもしないのだ。
だから秋斗は、
「……興味無いよ、今更。」
面倒事を起こさないで、という顔でそう言ってやった。
これでさっさと諦めてくれればいい、秋斗はそう思ったが、ダークロックマンはまだ緊張の混ざった笑みを崩さない。
まるで、秋斗のその答えは想像の範囲内だったとでも言いたげなそれは、青い英雄の血や遺伝子――データや感情のプログラム構造を確かに引き継いでいると言えるだろう。
もしもこの状況に置かれたのが光 熱斗だったら、その時ロックマンはどうするか、それを考えてみれば良く分かるハズだ。
とにかく、ダークロックマンは諦めない。
「うん、だから会うんだよ。」
だから、という言葉に、秋斗の反論が一瞬止まった。
その隙を逃すものかと主張するように、ダークロックマンは自分の意見をたたみかける。
「今の秋斗ちゃんならそう答えただろうって事は僕にも分かる。でも、だからこそなんだ。秋斗ちゃんが失ったものを、優斗くんはきっとまだ持っているよ。」
ダークロックマンの主張に、秋斗は少し心臓が軋むのを感じた。
小学生だったあの頃のまま、弱気で悲劇のヒロインの臭いが不愉快に漂う優斗が持っていて、それらの弱さを振り切ったはずの自分が持っていないもの、そんなものがあるのかと思うと、今の自分の存在を否定された気すらして、背筋が冷える。
いや、それ自体は既に何度も経験済みなのだ、特にあのDirty Blood事件で、悲劇のヒロイン気取りの自分は酷く笑われた、嘲笑われた。
その後だって、中学生になって、高校生になって、その間に気付いていた、つもり、だったというのに。
強くなってきた、そのつもりだったのに。
それなのに、強いはずの自分には無くて弱いはずの優斗にあるものが存在する事と、ダークロックマンがそちらを援護するような態度を取った事が、秋斗の胸に刃を刺す。
その傷口のような不格好な穴から血を、悲しみを溢れさせるな。
もしダークロックマンの言っている事が本当であるなら、今の自分が失ったものがもしも大切なものだったとしたら、優斗とあった途端、今の自分は崩壊するだろう。
それだけはどうしても避けたい、いや、避けなければならないと思う秋斗は、緊張に軋む心臓の痛みを我慢しつつ、必死に、
「私は絶対行かな」
「ごめん、もう、行くって返信出しちゃった。」
絶対行かない、と言おうとしたのだが、ダークロックマンにその言葉を遮られた。
これが何かの漫画だったなら、テヘッ、という効果音が描かれそうな具合に、小さく舌を出しながら笑うダークロックマンに、このネットナビはさすがにおせっかい過ぎるのではないだろうかと、秋斗はちょっとした殺意すら湧きあがるのを感じた。
ほとんど悪気のなさそうな笑顔に苛立ちを煽られ、ここしばらくは使わなくて済んだ大声が腹から喉から口から、ほぼ無意識に飛び出す。
「ふ、ふざけないでよ!!」
机を叩きながら叫んでやったが、ダークロックマンには大した効果は無かったようで、彼はニコニコとした笑顔を崩さない。
どうやらダークロックマンには、秋斗がそうやって反抗するところまでお見通しだったらしい。
そして、秋斗へ謝ることも優斗へ訂正のメールを出すことも選択肢にないらしく、秋斗をじっと見つめるだけのダークロックマンに痺れを切らして、秋斗はすぐさまパソコンに向き直りメールソフトを開く。
さっきのメールはダークロックマンが勝手に出したのだと訂正を出すのだ。
何故か、ダークロックマンはそれを止めようとしなかったが、焦っている秋斗はその不可解さに気付かずに、慌ただしくキーボードを叩く。
『ごめんなさい、さっきのメールはダークロックマンの嘘なの!』
タイトルさえ付けずに一行だけの本文を打って、すぐさま送信を押した。
これでまぁ一安心だろう、と思ったその直後、PETのダークロックマンがププッと吹き出し笑いを洩らす音が秋斗の耳に聞こえてきた。
一体何がおかしいと言うのか、既に苛立っていた秋斗は思わず、ダークロックマンを怒鳴りつける。
「なんで笑ってるの!」
「フフッ、いや…ごめんね秋斗ちゃん、僕ね、“貴方の誘いには乗りません。”って打ってたんだぁ!」
「え……」
罪悪感の欠片も無さそうで、またしても、テヘッ、という効果音が付きそうなダークロックマンの笑顔を見て、秋斗はしばし固まった後に、叫んだ。
「ええええええええ!?」
これはもう、おせっかいとかいうレベルでは無い! ……という嘆きを、秋斗はなんとか吐かずに飲み込んだ。
こうして秋斗は今日の午後、光野 優斗と五年ぶりの再会を果たす羽目になってしまったのである。
終わった、色々と終わった……自分には会いに行く気持ちなど全くないのに…などと考えながら、秋斗はしばし机に顔を伏せ、ダークロックマンはそれを微笑ましそうに見守っていた……それは、なんとも酷い温度差だったという。
End.
あれから実に、五年ほどの月日が流れていた。
多くの車が行きかう大きな道路の近くのファーストフード店のテラス席で、五年前と同じ弱々しさ、またそれゆえの暖かさを抱えたままの青年は、寂しげに微笑もうとした末の苦笑と共に言う。
「秋斗ちゃん、なんか……変わったね。」
青年の言葉に、彼女はしばし言葉を返すことができず、黙り込んだ。
冬の冷たい風が彼女の長い黒髪を揺らしながら、相対する二人の間を通り過ぎる。
その風に凍りついた彼女の手、指先。
手が冷たい人は心が温かいなんて、嘘。
「……そうね、まるで……あの人みたいかもね。」
彼女は小さく苦笑したが、それは同じ苦笑でも青年の苦笑のような柔らかさは見受けられず、冷たく何かを嘲笑うようなものに見えた。
その苦笑が嘲るのは青年か、それとも彼女自身か。
ともかく、寂しそうな顔の青年へ、彼女は語る。
「私、弱くはなくなったと思うの。」
小学生の頃は周囲の誰が頼んでも抜けなかった、全人類への敬語使用の癖は、青年とも他の知人とも会うことのない五年の間に消えていた。
同じ頃、自分の全身と心に酷く重くのしかかっていた自殺願望、つまりは死にたがりの思考、それもその間に消し――いや、殺していた。
だから、今ここに居る自分は青年の知る人間ではない、あの少女はもう居ない、新しい自分が殺してしまった。
「だってもう、貴方のその苦しみも、そんな貴方に同情する顔の見えない周囲の気持ちも、わからないから。」
彼女は青年からそっと目を逸らし、道路や街を包むように広がる空を見上げた。
悲しいかな、気温はとても低くても、空は綺麗に晴れていて、やはり太陽は暖かい。
彼女の心とは真反対に、何処までも続きそうな青と、暖かな光。
それは、高校の冬休みが始まって数日後の、午前中の事だった。
秋斗がパソコンで適当なWebページを暇つぶしとばかりに見ていると、ここ数年まともに鳴ることの無かった自分のPETが急に、メールの着信を知らせる音を鳴らしてきたのだ。
机の上に放置するように置いてあるそのPETは、特に用もないだろうなんて分かっていたはずなのに、メールや電話の着信音量を最大にしたままで、秋斗は、ピピピッ、ピピピッ、という着信音に驚いて肩をビクリと上下させる。
「秋斗ちゃん、メールだよ。」
紫色のネットナビがPET外に小さなホログラムで現れ、メールの着信を口頭で改めて伝えてきたのは、秋斗が着信音に驚いたのとほぼ同時だった。
秋斗のPETの隣に立っている、世界の英雄と瓜二つの形をしながらも、色は随分と違って紫と黒の多い彼は、ダークロックマンだ。
彼は五年ほど前から、秋斗のネットナビを務めてくれている。
ダークロックマンと秋斗が知り合ったのは、秋斗がまだ小学生の頃の話で、アメジストという犯罪組織が日本を中心に猛威をふるい始めた時の事である。
元々、ダークロックマンというネットナビの物語は秋斗には無関係の場所で始まり、無関係のまま一度完結を迎えていたのだが、その完結のずっと後のある戦いの途中、ロックマンが仲間を護るために敵組織――アメジスト側のナビから放たれたダークオーラを受けた事がきっかけとなり、彼の物語は第二の幕を開けたのだ。
そうして再びこの世の電脳世界に存在することになったダークロックマンは、とりあえず、自分の本体とも言えるロックマンと共に光 熱斗のネットナビをやるようになり、その生活の中で清上院 未彩や桜木 真波、またロンナ.EXEやハティ.EXEなどの、以前は存在しなかった人間やナビと知り合うこととなっていった。
秋斗と出逢ったのもその時期のことで、それからしばらくの月日が流れた後にダークロックマンは、熱斗や未彩、真波達とは違って唯一ネットナビを持っていない人間である、秋斗のパートナーとなる事になったのだ。
当時の大人いわく、ダークロックマンが復活した頃のアメジストの活動は犯罪歴史的には“第一次アメジスト事件期”と呼び、ダークロックマンが秋斗のネットナビを務めるようになった頃のことは“第二次アメジスト事件期”と呼ぶらしい。
また、秋斗が少しずつとはいえ関わった事件は他に、“Dirty Blood事件期”や“トランプ・マジシャンズ事件期”等がある。
特に、トランプ・マジシャンズ事件期後の“第三次アメジスト事件期”は“異世界アメジスト事件”とも呼ぶもので、ネット警察の主戦力とも言える光 熱斗や伊集院 炎山、シャーロ軍のライカ等が異世界に飛ばされてしまうというとんでもない状況だった為、“第二次アメジスト事件”と並ぶぐらい、秋斗も戦いに奔走していた。
逆に、“Dirty Blood事件期”の頃はあまり役に立たなかったが。
あの時関わった人物――警察官でありながら人殺しであるSearch=Darknessの、優しさや思いやり、他者をいたわる気持ちなどが欠落している人間性と、その旧友であって、Dirty Blood所属でもあった藤咲 満の抱えた怨みの念の恐ろしさに、“当時の”秋斗は反感しか覚える事ができず、その上に酷く無力であった。
同じ反感でも、光 熱斗などはもっと強く反論できていたのに。
そういえば、ダークロックマンとはもう五年ほどの付き合いになるのか、という思いがふと秋斗の脳裏をよぎる。
そう、多くの事件が起こり、多くの人間と関わったあの頃から、もう五年も経っているのだ。
あの頃関わっていた人物の多くとは、今はもう全くと言っていい程連絡を取って居ない。
特に秋斗は、熱斗やメイル、真波などの多くの同級生が進んだ中学校に行かなかったせいもあり、その辺りの廃れ方が他の面々に比べて早い方である。
そんな今、自分にメールを送る人物とは一体誰だろうか。
僅かな動揺を隠すように、秋斗は少しそっけなく訊いた。
「誰から?」
そう訊かれてから初めて、ダークロックマンが送信者と宛先を確認する。
「えっとね……あ、光野 優斗くんからだよ。」
わぁ、懐かしいなぁ、などと呟きながら、少し楽しそうに送信者名を見ているダークロックマンに返事をしないまま、秋斗はPETを手に取りメールを展開した。
PETの小さな画面の上に、薄緑色の立体画面を表示される。
急に手動で操作したせいで、手元からメールが移動した事に驚いたダークロックマンが、あっ、と小さな声を漏らしたが、秋斗はそれを無視した。
どうやらそれは少しだけ、ダークロックマンの気に障ったらしい。
「もう……秋斗ちゃん、言ってくれれば僕が開くのに……。」
ナビとしての役割を奪われたせいなのか、ダークロックマンは少し不満げに、最近の秋斗ちゃんは冷たいよ、などと呟く。
さすがにその台詞は少し気に障ったが、それでも秋斗はその態度も無視して優斗からのメールを読み始めた。
まずはタイトルを見るが、タイトルは無難に『久しぶりです。』となっていて、これといった特徴は無い。
秋斗が本文に目を通そうとした時、僕にも読ませて、と言いながらダークロックマンが秋斗の肩に乗ってきた。
別に追い払う理由は無いので、それもとりあえず放置しておく。
そして秋斗とダークロックマンは、立体画面に表示された本文に目を通す。
『こんにちは、覚えてるかな? 秋原小学校に居た時一緒だった、光野 優斗です。
あれからもう五年も経つんだね、高校生活はどう?
僕は相変わらずあんまり上手く行ってなくて、ちょっと寂しい思いをしてるよ。
どうしてか分からないけど、周りのみんなと上手く馴染めないんだ……なんか、みんなに僕なんて要らないみたい。
むしろ、なんだかお邪魔みたいで……駄目だなぁ、僕。
ところで秋斗ちゃん、そろそろほとんどの学校が冬休みの時期だけど、今日の午後……あいてるかな?
久しぶりに秋斗ちゃんと会いたいなぁって……いいかな?
いきなりこんなメールを出してごめんね、よかったらこのアドレスまで返事をください。』
黙読を終えてから、秋斗は小さく溜息を吐いた。
どうやら優斗は相変わらず臆病な性格で、それに付け込む周囲に振り回される生活をしているらしく、それを慰めてと言いたげな悲劇のヒロイン臭さが文字を読んだけでよく伝わってくる。
もしも慰めが要らないのなら、もしくは自分の弱さに気付かれたくないのなら、自分の生活のネガティブな部分の報告など必要無いものであって、それをわざわざ入れるのは慰めが欲しいからである、なんて、そんなこと、秋斗は全身が痛いほど良く知っている。
他にも、今の学校で上手くいかないから昔の同級生に、というのも物凄く構ってちゃん臭い、というか、もはや決定事項だ。
もし本当に自分に構って欲しいのなら何故もっと早く連絡をよこさなかったのか、問い詰めて問い詰めて突き落としたい。
みんな――周囲の新しい人間と上手く馴染めないなんて、こっちだって同じだというのに。
秋斗は、優斗のメールに対して気持ちの悪くなるモヤモヤとした何か、いや、ハッキリ言って苛立ちが湧きあがってくるのを感じた。
読めば読む程不快になる、こんな事に構う必要など無い、だから行く必要はない、そう思った秋斗はそのままメールを閉じる為に立体画面の右上にあるバツ印に触れようと指を伸ばす……が、その指がバツ印に触れる前に、ダークロックマンがそこへ立ちはだかった。
どうみても、秋斗がメールを閉じる事を邪魔するように。
「……メールが閉じられないんだけど。」
秋斗は淡々と、しかし不満を込めて言った。
だが、秋斗の不満を聴いてもダークロックマンはそこから退く気配は無く、それどころか、何故か少し笑っている。
一口に笑っていると言っても、今のダークロックマンのそれは明るく楽しげという訳ではなく、何か大きな賭けに出ているギャンブラーのような、随分と緊張が走った笑みである。
一体どういうつもりだろうか、と秋斗が少し警戒し始めた時、ダークロックマンは秋斗へ驚きの、しかし一方では相当な予想通りの提案をしてきた。
「ねぇ秋斗ちゃん、優斗くんに、会ってみない?」
何故!?という驚きと、そう来ると思っていた、という納得が同時に浮かんできて、秋斗は大きく溜息を吐いた。
ダークロックマンは依然として緊張の混ざる笑みを崩していない。
それは正直予想は付いていたことだったし、自分自身も少しは、ほんの少しならその選択も考えていたということも否定はできない。
けれど一方で、その再会は“今の自分”に必要なものかと考えると、そんな気は少しもしないのだ。
だから秋斗は、
「……興味無いよ、今更。」
面倒事を起こさないで、という顔でそう言ってやった。
これでさっさと諦めてくれればいい、秋斗はそう思ったが、ダークロックマンはまだ緊張の混ざった笑みを崩さない。
まるで、秋斗のその答えは想像の範囲内だったとでも言いたげなそれは、青い英雄の血や遺伝子――データや感情のプログラム構造を確かに引き継いでいると言えるだろう。
もしもこの状況に置かれたのが光 熱斗だったら、その時ロックマンはどうするか、それを考えてみれば良く分かるハズだ。
とにかく、ダークロックマンは諦めない。
「うん、だから会うんだよ。」
だから、という言葉に、秋斗の反論が一瞬止まった。
その隙を逃すものかと主張するように、ダークロックマンは自分の意見をたたみかける。
「今の秋斗ちゃんならそう答えただろうって事は僕にも分かる。でも、だからこそなんだ。秋斗ちゃんが失ったものを、優斗くんはきっとまだ持っているよ。」
ダークロックマンの主張に、秋斗は少し心臓が軋むのを感じた。
小学生だったあの頃のまま、弱気で悲劇のヒロインの臭いが不愉快に漂う優斗が持っていて、それらの弱さを振り切ったはずの自分が持っていないもの、そんなものがあるのかと思うと、今の自分の存在を否定された気すらして、背筋が冷える。
いや、それ自体は既に何度も経験済みなのだ、特にあのDirty Blood事件で、悲劇のヒロイン気取りの自分は酷く笑われた、嘲笑われた。
その後だって、中学生になって、高校生になって、その間に気付いていた、つもり、だったというのに。
強くなってきた、そのつもりだったのに。
それなのに、強いはずの自分には無くて弱いはずの優斗にあるものが存在する事と、ダークロックマンがそちらを援護するような態度を取った事が、秋斗の胸に刃を刺す。
その傷口のような不格好な穴から血を、悲しみを溢れさせるな。
もしダークロックマンの言っている事が本当であるなら、今の自分が失ったものがもしも大切なものだったとしたら、優斗とあった途端、今の自分は崩壊するだろう。
それだけはどうしても避けたい、いや、避けなければならないと思う秋斗は、緊張に軋む心臓の痛みを我慢しつつ、必死に、
「私は絶対行かな」
「ごめん、もう、行くって返信出しちゃった。」
絶対行かない、と言おうとしたのだが、ダークロックマンにその言葉を遮られた。
これが何かの漫画だったなら、テヘッ、という効果音が描かれそうな具合に、小さく舌を出しながら笑うダークロックマンに、このネットナビはさすがにおせっかい過ぎるのではないだろうかと、秋斗はちょっとした殺意すら湧きあがるのを感じた。
ほとんど悪気のなさそうな笑顔に苛立ちを煽られ、ここしばらくは使わなくて済んだ大声が腹から喉から口から、ほぼ無意識に飛び出す。
「ふ、ふざけないでよ!!」
机を叩きながら叫んでやったが、ダークロックマンには大した効果は無かったようで、彼はニコニコとした笑顔を崩さない。
どうやらダークロックマンには、秋斗がそうやって反抗するところまでお見通しだったらしい。
そして、秋斗へ謝ることも優斗へ訂正のメールを出すことも選択肢にないらしく、秋斗をじっと見つめるだけのダークロックマンに痺れを切らして、秋斗はすぐさまパソコンに向き直りメールソフトを開く。
さっきのメールはダークロックマンが勝手に出したのだと訂正を出すのだ。
何故か、ダークロックマンはそれを止めようとしなかったが、焦っている秋斗はその不可解さに気付かずに、慌ただしくキーボードを叩く。
『ごめんなさい、さっきのメールはダークロックマンの嘘なの!』
タイトルさえ付けずに一行だけの本文を打って、すぐさま送信を押した。
これでまぁ一安心だろう、と思ったその直後、PETのダークロックマンがププッと吹き出し笑いを洩らす音が秋斗の耳に聞こえてきた。
一体何がおかしいと言うのか、既に苛立っていた秋斗は思わず、ダークロックマンを怒鳴りつける。
「なんで笑ってるの!」
「フフッ、いや…ごめんね秋斗ちゃん、僕ね、“貴方の誘いには乗りません。”って打ってたんだぁ!」
「え……」
罪悪感の欠片も無さそうで、またしても、テヘッ、という効果音が付きそうなダークロックマンの笑顔を見て、秋斗はしばし固まった後に、叫んだ。
「ええええええええ!?」
これはもう、おせっかいとかいうレベルでは無い! ……という嘆きを、秋斗はなんとか吐かずに飲み込んだ。
こうして秋斗は今日の午後、光野 優斗と五年ぶりの再会を果たす羽目になってしまったのである。
終わった、色々と終わった……自分には会いに行く気持ちなど全くないのに…などと考えながら、秋斗はしばし机に顔を伏せ、ダークロックマンはそれを微笑ましそうに見守っていた……それは、なんとも酷い温度差だったという。
End.
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