短編“未満”小説『きっと、羨ましくて』

【きっと、羨ましくて】


「どうしてそんなにあの娘(こ)を慕うんだい?」

白夜の問いに、満は背を向けたまましばし黙り込んだ。

「分かっていると思うけど、あの娘は結局ただの殺人犯なんだ。それも、君のような怨恨混じりじゃない、私や愛華の命令に従ったのと、それと……多分、快楽殺人犯にも似ている。」

白夜の哀れむような視線が満の背中に刺さる。
満には、それは知っているけど、という言葉が出ない。

「満くん、それなのにどうして君はあの娘を慕い、あの娘のような名前(コードネーム)を自分に付けて、目の色さえ似せて、あの娘と自分を同じカテゴリーに入れたがるの?」

だって、僕もそういう人間だから、と返そうと思ったのに、何故かそう返せず、満はゆっくりと白夜の方へ振り向くだけだった。
白夜の哀れむような、悲しむような、そしてとても普通な感性の人間らしい表情が満の胸を刺す。
そう、結局のところ自分はあの娘――Searchには、No.0にはそんなに似ていないのかもしれない。
似ているとしても、やっぱり局所局所で相違点があるのだろう、それは分かっている、でも、どうしてだろう、

「……そうせずには、いられなかったんですよ。」

満の返答に白夜は少し悲しげな顔でしばし沈黙した。
その悲しげな顔が、これを悲しいと思える感性が、満には“羨ましい”。
そんな事を思っているうちに、白夜が口を開く。

「ねぇ、それはどうして?」

悲痛さすら含んだ白夜の言葉と表情に、それが分かれば何の苦労もないんですけどね、と言ってやりたかったが我慢した。
しかし我慢したところで他の言葉が見つかる訳でもない。
あぁ、今自分はどんな顔をしているのだろうと満は思う。
その、どうしようもなく頼りなく寂しげで、それでいて不快感の混じる表情を知るのは白夜だけだ。

――どうして、か。――

何を答えるべきか分からなくて、いや、自分の思っていることが全く分からなくて、満は口を開くことができない。
そういえば、どうしてだっただろう。
最初にSearchを見た時は、危ない過去のある人、でしかなかったハズなのだけれど、何時から憧れるようになったのだろう。
あぁ、そうか、思い出した、あれはとある日の休み時間、Searchが殺人鬼であることをネタにして困らせるつもりだったアイツ等が、“予想外の展開”を見た時の――

「……僕は、どれだけ誰かを憎んでも何もできなかった。ただ削られていくだけで、許さないと誓っても、まだ、何も出来なくて……。でも、Searchちゃんは違った。あのクズ共が嫌がらせの為に、困らせるために差しだした野良猫を簡単に切り裂いたその姿と、それに恐れおののくクズ共と、それでもなお凛とした、自信に満ちていると言っても良いかもしれない姿に、僕は……」

答えの間近まで来た満を見て、白夜が緊張する。

「僕は……そうなりたいと思った、そう、そのぐらい強くなりたい、羨ましかったんだ、多分。」

満の返答に、白夜はしばし口を開かなかった。
その表情はやはり満を哀れんでいるようで、自分はそんなに哀れまれるような滑稽な事をしているのだろうかと、胸が痛む。
頭すら痛い気がするのは、緊張のし過ぎだろうか。
満は、白夜から否定の言葉が出てくることが恐ろしいのだ。
やがて、白夜がゆっくりと口を開く。

「……もう一度言うよ、君の殺人の動機の根源は怨恨だけど、Searchの動機の根源はDirty Bloodの環境と快楽殺人だ。君とSearchは、根本的に、違う。」

あぁ、やっぱり否定か、と満が落胆に視線を落とし、目を細めた、その時、

「ねぇ白夜さん、確かに満さんの最初の動機は怨恨かもしれないけど、今でも社会なんていう見えないものを相手に殺人を続けるのは、意外と“そっち側”なんじゃないかな?」

突然聞こえた少女の声は、いつの間にか白夜と満の近くに座っていたロンナ.EXEのものだった。
白夜と満が驚いて振り向いたその先で、ロンナはニコニコと笑っている。

「……ねぇ、それってどう言う意味、なのかな?」

その笑顔が怖かったのか、白夜が恐る恐るロンナに訊いた。
満はまだ状況が飲み込めずに声が出ない。
まともな返事など来るはずが無いとどこかで思いながらも質問を投げかけた白夜の顔は緊張で少し強張っている。
対照的とも言える笑顔のまま、ロンナは答えた。

「だって、怨恨殺人は怨んでる相手を殺して怨みを晴らしてスッとするためのものでしょ? そう考えたら殺人なんて、大抵は快楽殺人じゃないのかな? 少なくとも、社会のルールとか空気を読むとか、そんなことをメインにしちゃえばだけど、ね。」

でも! という白夜の反論を制してロンナは続ける。
その姿が何処か恐ろしく、社会的であると同時に反社会的に見えたのは満だけか、白夜も同じか、それとも世界の誰が見ても同じなのか。

「けどまぁ、ここで大事なのってやっぱり“そこ”じゃないんだよね。だって満さんは、Searchが強く見えて、羨ましくて、そうなりたいって憧れた。つまり、弱い自分を捨てたかっただけなんだから。」

呆然とする白夜を置き去りにして、ロンナは満と視線を交える。
綺麗な黄緑の瞳は透き通るような透明感を感じるのに、一方で酷く濁って見えるのはどうしてだろう、と満は思う。
ロンナの笑顔は何時も、その下に何かおぞましいものを隠しているような気がして仕方ない。

「駄目だと思ったんでしょ? 秋斗ちゃんみたいにひたすら自己嫌悪ばかりして、自虐に浸ってなんて、嫌だったんでしょ? だから、そうなるぐらいならいっそ、全部周囲が悪い事にしたかったんだよね? Searchに出逢うずっと前から、復讐の意思も憎悪も既に持ってて、Searchとの出逢いは最後のひと押しに過ぎない……そうじゃないかな?」

それは全て疑問形で語られているのに、疑問形だと思えない重みを感じた。
満はしばし返答が思い浮かばず、その横で白夜がオドオドと不安そうに満の返答を待つ。
ロンナはずっと笑顔のままだ。

そうだ、答えはもう既に出ている。
自分はただ、

「……そうだよ、多分君の言う通り、僕は怨恨なら元々持ってた。」
「そうだと思ってたよ。」
「Searchちゃんの事は全ての始まりじゃなくて、最後の一押しさ。」
「引けなかった引き金を一緒に引いてくれたようなものでしょ?」
「うん。僕は、Searchちゃんみたいになりたいって……多分、Searchちゃんの行動力が羨ましかったんじゃないかな。僕もそれぐらいの行動力が欲しかった、そしてそれは、僕には強さに見えた。だから僕は、意識的にも無意識的にもSearchちゃんと自分がさも同列であるように語りたがる……多分、そういうことなんだ。」

全てを語り終えてほんのりと笑う満の表情をみた白夜の表情が悲しみで覆われていく。
実の娘を殺人者にしただけでなく、その殺人者となった娘が新たな殺人者を生みだしてしまったことは白夜には重すぎたのだろう。
ロンナの表情は最初からずっと変わらない、明るい仮面の下におぞましいものを隠したような笑顔のままだ。
それは少し満の気に障る笑顔だったが、もはやいつもの事なので変に指摘することを満はやめておく。

「良かったね、満さん。自分が何を思ってSearchと自分を同じに見たがってるのか分かって。」
「まぁね……気付かない方が幸せだった気も、少しするけど。」

満はロンナに向けて少し苦笑して見せた。
ロンナもニコニコとした笑顔を返すが、これはもはやいつもの事だ。
それら後ろで、白夜だけが悲しげにつぶやく。

「君には、綺麗な道もあったのに……。」

――どうして、それを強さだと思うの?――


End.
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