短編“未満”小説『孤独の共鳴 (前編)』

【孤独の共鳴 (前編)】


ある日の夕方、藤咲 満は自宅の寝室の机の上のパソコン画面を睨みながら両肘を机について頭を抱え、かつてない程悩んでいた。
その体勢のまま溜息を吐くのは何度目か、
もはや一生分の溜息を吐き尽したのではないかという頃、満は非常に複雑そうな声で自分のナビに話しかける。


「ねぇイツアーサ……僕、どうして未彩ちゃんとアドレス交換しちゃったんだろう……?」
「オレに訊かれても……。」

イツアーサもかつてない満の困惑ぶりに困惑しているようだった。


事の発端は数時間前、満が科学省やネット警察の動きの情報を収集するため、そして自らの最大の憧れで目標の殺人鬼、Search=Darknessに逢うために科学省に来ていた時のこと。
その日は一番逢いたいSearchの他に、ネットセイバーの光 熱斗、オフィシャルネットバトラーの清上院 未彩、その親友の桜木 真波、友人の旗見 マサナの四人がいて、Searchはそこから少し離れた場所で非常に真面目に資料、つまりは満のいるDirty Bloodの事件に関する調査書などを読みこんでいたため、満は自動的に四人の会話に加わる形になってしまった。
長方形の机が多く並ぶ会議室でSearchとは少し離れた場所に集まっている熱斗と未彩と真波とマサナ、その中の二人、熱斗と真波に手招きされて、満は四人が集まっている場所へ静かに歩み寄る。
そして、正直面倒だと思いながらも四人の近くにあって空いている椅子に静かに座ると、この四人の中で一番元気で一番警戒心が緩いであろう熱斗がさっそく満に話しかけてきた。

「満さん、こんにちは!」

一つの悩みどころか一欠片の悩みも無さそうな明るい声に吐き気のような嫌悪感がした。
どうせコイツは何も知らない側なのだろう、お綺麗な世界だけが全てで、他も皆そうだと思ってこの世界を誇り、そして正義の味方として戦うのだろうなどと考えると、子供が使うちゃちな悪口からテレビ放送ならピーという機械音がかぶせられるような過激な言葉まで、自分が知る限りの全てを使って罵倒してやりたい衝動にかられる。
しかし、今ここで熱斗達と相対する満は“Dirty Bloodの二番目の殺人鬼(セカンドキラー)、No.02”ではなく“Searchの中学生時代の同級生、藤咲 満”で、飽く迄も少し弱気でごく普通の成人男性でなければならない、だから嫌悪感を前面に出す事は許されない。
Searchに会う前は親を相手に、会ってからは同級生にも使ってきた綺麗な作り笑顔を貼り付けて、満も笑顔で挨拶を返す。

「こんにちは、熱斗くん。」

これがマンガの一ページなら背後にキラキラとかほわほわとか、そんな擬音が書かれていそうなぐらいの爽やかさ、または穏やかさを目指した作り笑顔と声をあまりにも純粋過ぎる少年達は疑うことは無く、熱斗に続いて真波とマサナが身を乗り出して挨拶をしてきた。
二人の声も熱斗と同じで悩みとは無縁、また青春を謳歌している雰囲気がわざわざ気をつけなくても分かるほどで、満はこういうのを“リア充”と言うのだろうなどとぼんやり思う。
本当に反吐が出るような気持ち悪さだ、綺麗な世界だけで生きてそれを全てだと思う光 熱斗達も、それへの対応が上手くなった自分も……と思った時、満はある事に気づく。

「未彩ちゃん?」

未彩だけがまだ、何も言っていない。
三人とは違って艶やかでしなやかに見える長い黒髪を持つ少女は、そこにいるのにそこにいないような、曖昧な場所でただ存在して満を含む四人をフェンス越しのような目で見つめているだけ。
それに気付いた満が不思議そうな声で未彩を呼び、熱斗達が未彩に視線を向けると、未彩は何かを失敗した様な気まずそうな顔で、あっ、と声を漏らす。

「……こんにちは。」

気まずそうに小声でぼそぼそとした挨拶をした彼女だけ、纏っている空気が熱斗達と違う気がした。
どうも人間慣れしていないような、もしくは熱斗と真波とマサナから取り残された場所に存在している様な、所謂“ぼっち”の空気だ。
……それは満にとってどこかで感じたことのある空気なのだが、どこで誰が纏っていたのか全く思いだせない。
似たようなケースでよければ彼女達の友人である少院 秋斗の名が浮かぶのだが、アレは単に“ぼっち”というよりも“似非メンヘラ”をこじらせた末のぼっちの気がして、未彩と同じだと扱うには多少何かが多いような、そして逆に足りない気もする。
それに、少院 秋斗が纏う空気はある意味では光 熱斗達と同じもので、相当気分が悪かったのだが……

「えっ、と……未彩ちゃん、なにか悩み事?」

なんとなく、未彩のこの空気に放っておけない何かを感じて、表で大人に保護されつつ暮らす人間などどうでもよくて彼等が苦しめば苦しむ程嬉しいはずの満は何故か未彩の調子を心配する言葉をかけていた。
多分これが後々の事態につながっていたのだろう、ということは後に気付けたが、何故そうなるような言葉をかけたのか、その理由は後になっても全く分からない。
ともかく、少し困った顔の満にそんなことを言われた未彩は、これまた困惑に固まった表情を無理矢理動かしているような苦々しい笑顔で小さく首を左右に振る。

「いえ……そんなことは、ないですよ。」

しかしそれはどう見てもそんなことがある顔なのだが、とツッコんでやりたい思いを堪えつつ満は、そう? と再び訊くが、やはり未彩は小さく頷いて何も無いと言うだけ。
どうも怪しい未彩の態度にもう少し問い詰めて訊き出したい気もするが、自分は彼女に深く関わる理由も別に無く、そういうことの解決は自分よりも光 熱斗や桜木 真波といった未彩の友人達に任せるのが普通だろうともなんとなく思った満はそれ以降の追及をやめた。
とりあえず笑顔でありきたりなセリフを残す。

「そっかぁ、それならいいんだけどね。まぁ、僕でよければ相談に乗れるから。」
「あ、はい、ありがとうございます。」

満はなるべく綺麗にニコリと笑って見せた筈なのだが、未彩が返した笑みはどうも苦笑いに見えて仕方がない。
しかしそれは秋斗の様に自分を卑下した故の苦笑には見えなくて、満は余計に訳のわからない不安や焦りのような何かが身体の奥からじわじわと溶けだしてくるような気がした。
一体未彩は何を思ってこんな笑みを浮かべるのだろう? 熱斗や真波達とは何が違うのだろう? そもそも何故自分は未彩の纏う空気など気にしているのだろう? いくら考えても満には分からない。
次に言うべき言葉が思い付かず、こんな事なら少し無理矢理にでもSearchちゃんの方へ行けば良かった……と満が思い始めた頃、マサナが未彩をからかうような口調で何かを話し始めた。

「なんかですねー、未彩のヤツ、最近ずっとこんな調子なんですよー。」

随分おどけたような調子で面白おかしく話すマサナに、未彩が不快感を明らかにした視線を向けて抗議に出ようとする。

「バッ、お前」
「え? だってホントの話じゃんか。最近誰が話しかけても反応遅いし、なんかボーっとしてるし、かと思ったら俺と真波の会話にいきなり入ってきたりしてさー。」
「それは……。」

最初は随分強気で抗議に出ようとしたらしい未彩だが、マサナの話が事実過ぎたようで黙り込んでしまった。
そのせいで、熱斗や真波には似合わない何とも重すぎる沈黙が五人の上にのしかかる。
これには満も普通の意味での居心地の悪さを感じ、真波もどうしてこうなったと言いたげな気まずそうな顔をして、熱斗は周囲に助けを求めようと部屋の中を見回すが、悲しい事に自分たち以外には警察の殺人鬼、つまりはSearchしか居なかった。
原因を作った当人であるマサナも、未彩がこんなにも黙り込むとは思っていなかったらしく、その表情には困惑が浮かんでいる。
やはりこういう時は大人が何か言うべきなのかもしれないと薄々思い始めた満だが、正直この手の現象を解決する側に回ったことが全く無く、やはり上手い言葉は出てこない。
どうするべきかと悩んでいると、急に未彩の肩の上に青い少女ナビが現れて、

「もー、皆そんなに重く考える事無いって。 未彩はただの“コミュ障”ってだけなんだから。」
「オイコラ、ちょっと待て誰がコミュ障だ!」

ロンナがマサナ以上の爆弾発言を笑いながら落して沈黙を無理矢理破った、というか破壊した、むしろ爆撃した。
未彩は自分がそういう人間だと周囲に悟られることを嫌っていたようでロンナの発言を否定する事に必死だが、その周囲である熱斗、真波、マサナの三人は“こみゅしょーってなぁに?”とでも言いそうな顔で二人の口論を見つめている。
ただ一人例外である満だけが、未彩に同情する様な視線を送っている。
未彩が“コミュ障”という単語を大まかに知っていること、また逆に熱斗達がそれらを全く知らないせいで、先ほどから感じていた未彩を中心としての四人の中の違和感の理由が大体わかってしまったせいだ。

「ねぇロンナ、こみゅしょーって、何?」
「それはね、未彩みたいな人間の事を言うんだよ。」

本当に何も知らないらしく、発音もわざとらしい程あやふやな真波に、ロンナは楽しそうに笑いながらも詳しい意味は説明しなかった。
貶める範囲と保護する範囲は一応分けていると言うことなのか、それとも他に何かあるのか、そこまではさすがに満にも分からず、また明るい人間筆頭である熱斗にも分からない、警察の殺人鬼であるSearchにも分からないだろう、多分。
相変わらず会話の流れはグダグダとしているが、沈黙が破れたおかげで少し勢いが付いてきたようで、真波とマサナ、そして未彩をなだめながら熱斗が話しだす。

「まぁまぁ、満さんも言ってたけどさ、俺もなんか出来ることがあったらやってりたいと思うから、相談ぐらい乗るぜ?」
「あぁ、ありがとう。」

未彩の肩を軽くポンポンと叩きながら熱斗が言って、未彩が軽く礼を言った、その瞬間に一瞬だけ見えた未彩の他人を蔑むような目を、満は見逃さなかった。
その目はまるで熱斗に対して“お前には絶対理解できないよ”と言っているようで、背中に軽い悪寒が走るような感覚に満は背筋を伸ばす。
少院 秋斗だったら絶対にしないその目は他にも、“恩着せがましいんだよ……最後には何もしてくれない癖に……”と言っている様な気もして、満はネット警察の人間を見ている気がしなかった。
多分、この目はSearchでもしない。
でも知っている、知っている気がする、一体どこで、誰が、この目を、

「満さん?」
「えっ?」

その目をどこで見たのか考えるあまり満は未彩を凝視したまま固まっていたようで、その姿を不思議に思った熱斗が声をかけてきた。
周囲を見れば真波とマサナ、また凝視されていた未彩も不思議な物を見るような目で満を見つめてきている。
自分が何かを考えている姿はなるべく周囲に見せたくない満はこれを酷い失敗だと感じ、内心で物凄く恥じるが、まずは自分への懺悔よりもこの場を取り繕う方が先だ。
とりあえず笑って、言葉を紡ぐ。

「あ、ごめんね、なんかぼーっとしちゃって……ほら、未彩ちゃんとロンナちゃんって仲が良いんだな、って思ってさ。」

もしかしたら熱斗達でさえそう思っていないかもしれないが……とは思うものの、それは満にはあまり嘘のない言葉だったりする。
ロンナはよく未彩の隠したい部分や弱い部分を暴露してしまうが、本当に暴露してはいけない部分はしっかりとわきまえているイメージが満にはあって、ロンナは未彩を非常に大切に扱っているように見えてくるのだ。
……悪く言えば、常に生かさず殺さずに近い状況に追い込み、試練を与えまくっているとも言えるかもしれないが。
上手く誤魔化せたかどうか不安に思いながら熱斗達の表情を見回すと、どうやら熱斗と真波とマサナはロンナと未彩は仲が良いと思っているらしく、三人で勝手に同意を始めている。
ただし、そう思う理由が満と同じかどうかは分からない。
ロンナのオペレーターである未彩はなんとも微妙な苦い顔をしているが、その表情は先ほどの目のような明らかな嫌悪ではなく、大体正解だが一部納得できないという複雑な心境の顔で、未彩もロンナを嫌ってはいないのだろうと思う。
そして未彩の肩の上のロンナも笑顔で、

「もちろんだよ、満さん。私は未彩のナビだから、未彩のことは誰よりもよく知ってるの。たとえば……未彩と満さんは、どことなく似てる……とかね。フフフフッ。」

そう言って綺麗で軽快に笑ったロンナの顔が満には酷く恐ろしいもの、まるで地の底の亀裂から覗く目に見つめられるような、得体の知れない恐怖を感じるほど全てを見透かした顔に見えた。
もしかしたらこのナビは自分がDirty Bloodのセカンドキラーであることも知っていて、あえて黙っているのではないか?
そんなことを疑うほど、ロンナの目は全てを見通している気がしたし、そもそもそうでなければ、そう、未彩と自分が似ているなど言うはずがない、絶対に! ……と考えて、満は改めて背筋が凍る。
しかし他の面々、つまり熱斗と真波とマサナ、そして未彩はそこまで重く考査する事はしなかったらしく、空気が凍ったなどの印象はあまり無い。
真波が未彩と満を交互に見つめて、うーん……と唸っている。

「似てる、のかなぁ?」
「いや、その、顔を見比べても仕方ないんじゃないか? それはそもそも性別が……」

ロンナは満と未彩を似ていると言ったが、どこが似ているとは言わなかったため、真波は真っ先に顔を疑ったらしい。
未彩が呆れたように言って、あっちへ行けとばかりに手で真波を押しのける。
正直なところ、満と未彩の顔はあまり似ておらず、特に目元は違いが大きい。
満の目はぱっちりと大きめに開いていて、ほんの少しだけ垂れ目気味だが、未彩は俗に言う切れ長で、なおかつわりと吊り目であり、更に言うなら満の目の色は水色、未彩の目の色は黒である。
他のパーツも特に似てはいないし、髪も色こそ同じだがその程度の似ているなど沢山いる訳で、それを言ったらキリ無いし、髪型という意味ではあまり似ていない。
それでも顔の酷似かと疑うのは何とも悩みのない明るい子供らしいというか、単細胞と言うべきか。
ロンナが言った似ているというのは多分、性格のことじゃないだろうかと満が少しもやもやとした気分で考えていると、

「んー、顔じゃなくてさ、なんかこう、ちょっと雰囲気というか……いや、雰囲気とはちょっと違うかな……でもさ、ところどころなんだけど、性格が似てる感じが……しない?」

熱斗が満とほぼ同じ事を考えていたようで、少し悩みながら四人にそう言った。
それは満の考査やロンナの全てを見通した目には劣る自信の無い意見だったが、それでも鈍いなりに鋭く切り込んた意見に満は、コイツは平和ボケの筆頭だと思っていたけど意外と鋭いところもあるんだな、と少し感心する。
しかし、授業中にある問題を解けと指名されたらその問題が自分の理解の範疇を超えていて答えはおろか解きかた分からない時のように困り果てた表情を見る限り、熱斗自身は深く切り込んだ答えを出した自覚は無いのだろう。
他の三人も、真波とマサナは熱斗の発言を不思議に思っている顔で互いの顔を見合わせ、未彩は……なんとなく、図星を突かれたような顔をしているように見えるのは、満の気のせいだろうか?
ただ、ロンナだけが全てを見透かしたような目で微笑んでいる。

「えっとさ……俺、なんか変なこと言った?」

悪い事を言った訳ではないはずなのに反応が返ってこない事態に違和感と危機感を覚えた熱斗が、四人へ遠慮がちに問い掛けてきた。
こういう沈黙は熱斗でも多少こたえるらしい。
やはり反応はそれぞれ別で、真波とマサナはこれといって深刻な顔はせず首を軽く左右に振り、未彩は、変なことは言っていないが反応しにくいことは言った、とでも言いたげな困惑気味の顔で軽く頭を掻き、ロンナはやはりただ微笑むだけで、満は、

「ううん、そんなことないと思うよ。」

とりあえず、そう言って笑った。
熱斗は事の当事者である満から嫌悪の眼差しや言葉を受けなかったことに安堵して、それならよかったと緊張が解けたように笑う。
こういうところは他の子供、今いる人間で例をあげるなら桜木 真波や旗見 マサナと全く変わらないと思うのだが、それでもあの発言はなかなかの鋭さだった、と満は思っている。
そう、未彩のあの目は他人がしているのを見たのではない、自分がしていたであろう目と同じだと直感していたのだと、満はロンナの意味深長な微笑と熱斗の発言でようやく気付き始めていた。
同じ、といっても自分の目など見る機会は限られていて、それは“同じのような気がした”ことに過ぎないだろう。
しかしそれでも、満が未彩を放っておけなかった理由の証明としては十分だ。
満は、未彩の中に自分の姿を見ていた。
……しかし満には、この話題に長々と触れているのはあまり良くない気もしている。

――どれだけ僕と未彩ちゃんが似てたって、僕はDirty Bloodのセカンドキラーで、未彩ちゃんはオフィシャルネットバトラーだ。今更、慣れ合う訳にはいかない。更に言うなら、未彩ちゃん以外……真波ちゃんやマサナくん、そしてやっぱり熱斗くんにも、僕の内面は見せたくないし、もし僕と未彩ちゃんが本当に似ていると言うのなら、彼女だって自分の内面を探られるような事は多分、避けたいはずだ。――

とにかく話題を変えなければと思った満が、とりあえず適当な理由――大企業様はどんな方法で成功してるのか検証してみようと思って、などというような、中小企業の重役らしい理由でIPCの話題でも振ってみようと思った、その時、ガタリと誰かが椅子から勢い良く立ちあがる音がして、

「そうだっ! じゃあさ、未彩と満さん、メアド交換したらどうだよ?!」

何故か立ちあがって右手の人差し指を天上に向けている旗見 マサナが、画期的な発明でもしてそれを自慢するかのように高いテンションで残りの四人に告げた。
一瞬四人の時間が止まる。

「……えっ?」
「おおっ、それ良いね!」
「はぁ!?」
「満さんと未彩がかー……」

いきなり何の前触れもなく放たれた提案に満は間抜けな声でひらがな二文字を使い聴き返し、真波が提案を全面的に肯定したことで当事者の片方にされた未彩が焦り、割と客観的な立場にいる熱斗が冷静にその後を想像している。
マサナは真波と熱斗の好意的な反応に気を良くしたのか、子供が持ちがちな何処かの教授のイメージのように胸を張って、エッヘン! と偉そうに声に出した。
相変わらず未彩は状況が飲み込めずにポカンとしているし、満は素で荒々しく反論してしまいそうになる事を必死に抑えているせいで表情が固く、ぎこちない。
ロンナは“興味深い展開になってきた”とでも言いたげに微笑を続けている。

一番避けるべき展開の到来に、満は焦っていた。
何故そうなる、いやあり得る展開ではあっただろう、が、何故こんなにタイミング良くそうなる、自分がこれ以上慣れ合う訳にはいかないと思った直後にアドレス交換? とどのつまりメール友達、所謂メル友だと?
しかも何故未彩本人ではなくお前が言いだす、自分よりもお前が相手をすればいいじゃないか、お前は空気こそ違えど未彩の傍にいる一般的な人間で、なのに何故その役目をこちらへ投げてきた!?
正直断りたい、そんなところで繋がる義理は無いと言いたい、しかしそれでは藤咲 満という人間のイメージが……未彩から断ってくれないだろうか?
いや、もし自分と未彩の空気が、性格が同じだとしたら彼女も清上院 未彩というイメージを壊さないために断れないような……そんな考査が満の頭の中でぐるぐるぐるぐるぐるぐる回る。

実際、満がそんな考査を始めた頃には状況を呑み込んだ未彩も相当苦い顔をしていた。
未彩にも、満とメール友達になる気など全くなかったのだろう。
それでもマサナと真波は乗り気になっているようで、熱斗は強制はしないだろうがわざわざ止めもしないだろう。

「よしっ! そうと決まれば未彩、早くPET出せよ!」
「え、えぇ……」

マサナの煽りに未彩が一層苦い顔をする。
いっそ断ってくれたら、と満は再び思うが、やはり先ほど考えたように未彩にも自分のイメージというものがあるらしく、渋々ポケットに手を突っ込んでいる、PETを取りだそうとしている。
本当に、無視してSearchに話しかけていれば……と内心で溜息を吐くと、今度は真波が満を煽る。

「ほらほら、満さんもPET出して!」

真波の言葉に、満は酷い不快感を覚えた。
未彩にメールを入れてやるのは本当はお前の役目だろう、親友の桜木 真波……と。
旗見 マサナといい桜木 真波といい、なんだか清上院 未彩を自分には扱えない危険物のように他人に……ここでは満に押し付けているような気がして、満は未彩が哀れであると同時に、真波とマサナはこの先絶対に打ち解けることは無く、むしろ戦場であったら真っ先に殺してやりたい類の人間だと思う。
しかし、それでもここでそんなことを言う訳にはいかない。

「あぁ、うん……イツアーサ、ロンナちゃんにアドレス通知よろしく……。」

だからこちらもPETを取り出してイツアーサに呼び掛ける、すると、いいのか?と問い掛けるような視線のイツアーサが画面の上に現れた。
満は何も言わなかったが、イツアーサだけに伝わるように嫌々ながら視線で肯定していたらしく、イツアーサは満に向けて小さく頷いてから未彩の方へと歩いていく。
未彩もPETを机の上に置き、肩の上にいたロンナがヒョイッと軽く飛び降りたかと思うとイツアーサに歩み寄り始めた。
ロンナはイツアーサの正面に立つと、カードのような、もしくは小さなフォルダらしき物を右手で差し出した。
相変わらず顔はほのかな笑み、つまりは微笑なのだが、それは満とイツアーサには薄気味悪いものに見える。

「はい、これが未彩のアドレスだよ。扱いには気を付けてね?」
「……わかった。」

ロンナがフォルダを差し出しながらそう言った時、イツアーサは扱いの意味を個人情報の観点ではなく、人間関係の観点だと直感した。
個人情報という意味での注意にしては、ロンナの笑みは妙な暗さというべきか、何かを探るような、もしくは諭すような、ただの注意とは別の重みを持っていた。
しかし、多分それに気付いたのは自分と満ぐらいだろうとイツアーサは思う。
よくあるファンタジーのようにこの世界が光と闇に分かれているとして、満と自分が闇だとするなら、ロンナは……その中間であり、基本的にはどちらにも肩入れはしない主義なのではないだろうか?
それでも一応光に加担するとしたら、それは、オペレーターである清上院 未彩が辛うじてそこにいるからで、それでも未彩の内面は満と近い部分が多くて、その満は闇で、だとすれば――。
そんな疑いを脳裏に抱えながらイツアーサはロンナの右手からフォルダを受け取り、次に自分の右手を差し出した。
その上にはロンナが持っていたものによく似たカード状のデータ、つまりはフォルダがある。

「満のアドレスはこの中にある。お前も、気を付ける事だな。」
「そうだね、未彩にも言っておくよ。」

周囲が怪しまないように“お前も”と言っておいたが、ロンナはその忠告の“本当の対象”をしっかりと分かっていたらしい。
未彩は満、満は未彩の扱いに気を付けろ、とお互い思っている、その事実にイツアーサは少し笑いたくなるような、むしろ嘲笑いたくなるような、はたまた自嘲したくなるような何かを感じた。
そんな、何とも微妙な距離感の中でロンナはイツアーサの手からフォルダを受け取り、すぐさまアドレス帳にインストール、つまりは登録した。
イツアーサも同じ事をしたらしく、満はPET画面をしげしげと眺めている。
ロンナは役目を終えるとイツアーサに背を向けて歩き、そのままPETの中へ入ってしまったが、イツアーサはなんとなくその場を離れられずにいた。
満は今、どんな顔をしているのだろう。
イツアーサが満へ向き直ろうとしたとき、少し離れた席で多くの紙を机の上で整える音がして、熱斗がそちらに振り向く。

「あ、資料読み終わった?」

熱斗が振り向いた視線の先には満が一番会話をしたい相手、警察の殺人鬼――Dirty Bloodの一人目の殺人鬼(ファーストキラー)――花道または光闇夫妻の娘――Search=Darknessが居る。
熱斗の問いかけに、Searchは浅く小さく頷いて、近くに置いていた通勤鞄に書類を仕舞い、静かに席を立った。
放っておけばそのままこの部屋を出そうなSearchに、満が机の上のPETを即座にポケットに戻してから椅子を蹴るように勢い良く席を立って駆け寄っていく。
イツアーサはPETが仕舞われ始めた直後にその中へ戻っていた。
席を離れ出入り口に向かうSearchの右腕に飛びつくようにしがみついて、満は言う。

「Searchちゃん! ねぇ、この後何処かカフェでも行こうよ、折角だから昔話でも、ね?」

先ほどまでの大人しい印象を払拭してしまいそうなほど元気な満に、熱斗と未彩がしばしポカンとしたような視線を送っていた。
真波とマサナはそれよりも、自分たちの提案が成功したことを二人だけで喜んでいる。
はたして、“そこ”に未彩の居場所はあるのかどうか。
そして、Searchを前にしてとても楽しそうな満に、未彩が羨むような視線を送っていた事を、静かにこちらへ来ていたロンナ以外の誰が知るだろう。
右腕を掴まれたSearchが呆れたように溜息を吐く。

「折角も何も、それを狙っていただろう。お前。」
「えへへ、だってSearchちゃんは僕の憧れだからね。」

Searchの返事はなんとも面倒くさそうで呆れた様子だったが、満は引き下がる気は無い。
そのまま幾度か会話が交わされ、最終的にはSearchが“少しだけだぞ”と言って折れた。
さすがにこのままでは色々な意味で歩き難いと分かっているのか、満は満面の笑みで手を離す。
鞄を右手に持ちながら心底呆れ顔で部屋を出るSearchを追って、笑顔の満も外に出る。
部屋には、熱斗と真波とマサナ、そして未彩、またそれらのナビだけが残された。

「満さん行っちゃったねー。」

何とも能天気な、それでいて少しつまらなそうな声で真波が言った。
熱斗も少し不服だったようで、納得のいかない顔をしている。

「満さんがSearchのことを尊敬してるのは分かってるけどさ、なんていうか、こう、俺たちとも仲良くしてほしいなーなんて、ワガママなのかなぁ。」

つまらなさそうに溜息をつきながら、熱斗が言った。
熱斗は満が自分と仲良くしてくれない事を不服に思っているらしいが、実は満自身は“仲良くする演技はしているつもり”だったりする、ということを熱斗はまだ知らない。
そのあたり、熱斗は全体的に鈍いのに妙なところで鋭いという満の考査は間違っていないだろう。
証拠に、熱斗の愚痴に対して真波とマサナが、えっ、と驚いた声を漏らす。

「え、満さんそんなにあたしたちと距離作ってた……?」
「すっかり打ち解けてくれてると思ってたんだけど、違った?」

物凄く意外な新事実を聞いた、と言いたげな顔の真波とマサナは、満の演技にすっかり騙されていたらしい。
熱斗が、気付いてなかったのかよ? と、こちらも新事実を聞いたような顔で驚く。
ただ一人、どちらへの共感も反論の無い未彩はそもそもそんなことどうでも良かったのかもしれないし、それよりも先ほどの出来事を整理する事で精一杯なのかもしれない。
……もしくは、他に思うことがあるのかもしれない。
ともかく熱斗が真波とマサナに反論する。

「全然打ち解けてないって! なんかこう、表現しにくいんだけどさ、一歩引いた感じがするんだよな、満さんの態度って。でもSearch相手だと逆に踏み込みたくて仕方ないって感じで、なんか、Searchにじゃれつく子犬みたいだろ? って俺は思ってたんだけど……どう?」

またも曖昧ながら鋭い考査だったが、それがどう鋭いか考える人間はそこには居なかった、いやもしかしたら、未彩の肩の上のロンナだけが色々と考えを巡らせていたかもしれないが、ロンナがそれを進んで口にすることは無い。
真波とマサナは、言われてみれば……などとブツブツつぶやいて、お互い顔を見合わせている。
未彩は独り、PETの画面を見つめている。
満の情報が登録されたアドレス帳の画面を、見つめていた。


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