短編“未満”小説『サンタはパパだと知ってるよ』
【サンタはパパだと知ってるよ】
「ねぇ、Search。」
そう呼びかけた声は、どこか虚ろで寂しげだった。
ある穏やかな夕方、科学省の建物のわりと上部、その中でも外側に設置された窓の多い会議室でのこと。
黄色い髪と青い目をした白人の青年、Crown=Whiteは窓から降り注ぐ多少眩しくも暖かい光を浴びながら、少し離れたところに座る黒髪で背の高い女性――Search=Darknessに声をかけた。
それに気付いて女性が振り向くと、そこに見えるCrownは光の下で背もたれのある椅子に普通とは逆の向きで跨るように座り、腕を背もたれに置いている。
Crownに降り注ぐ光は若干逆光でCrownの顔を見辛くするが、それでも女性が目を凝らして見つめると、最近のCrownにしては珍しく楽しそうではない、ぼんやりと疲れたような、それでいて少し自嘲しているような顔が見えた。
「どうした、Crown。」
アイツが私に話しかけてくるなど珍しいこともあるものだ、と思いながら、抑揚の薄い声でSearchが訊き返した。
Crownの表情は変わらない。
そこへ降り注ぐ光はCrownを優しく彩るのではなく、古くなって色の落ちた写真のように見せている。
それはまるで、古びた小屋に一人で住んでいる老人を写したよう。
暖かくも寂しい光の中で、数秒の空白の後にCrownが口を開く。
「ねぇ、Searchはサンタクロースって信じてた?」
子供が大人になる直前にするような質問を二十五歳の男性からされたことに、更に三歳年上のSearchは一瞬意味が分からないと言いたげな顔をしたが、すぐに冷静に答えを返す。
「信じる信じない以前に、知らなかった。」
Searchがそう言いながら軽く目を伏せて首を小さく左右に振った時も、Crownはその視線をSearchから外さなかった。
結果、Searchが顔を上げ直してCrownを見ると自動的に視線が真っ直ぐぶつかり、Searchはそれにちょっとした違和感を覚えた。
今までCrownからこんなに真っ直ぐ見つめられたことがあっただろうか? と。
人一倍自尊心や自己顕示欲が強く、その分他者を見下す癖があったCrownは、警察に居ながら殺人鬼である自分のことなど視界に入れる価値もないと言いたげだった気がするのだが。
光 熱斗や桜井 メイルといった正面から輝く人間とさえ、最近になってようやく見つめあえるようになったその目が真っ直ぐこちらに向くことに、なんとなく違和感がぬぐえない。
多少不審に思いながらも、Searchは普段通りの無表情でCrownの返答を待つ。
「そうなんだ。……僕はね、周囲がそういう話を始めたころ、父さんから言われたんだ、”それはその家の親がやってる事だ、サンタなど嘘だ”ってさ。」
Searchが訊き返した訳ではないのにCrownは自分の話を始めた。
正直な話、Searchにはここで”お前の自分語りになど興味は無い”と言ってCrownを黙らせる選択肢が存在している。
周囲にいるどの人間も、何時殺すか分からない、大した価値など感じられない、他人を人間という枠でしか認識できないSearchにはCrownの過去など、足下に散らばる小さな埃と同じほどどうでもいい話。
実際、だからなんだと感じ、そうしようかと思った。
しかし、今回のSearchはあえてその選択肢を捨て、返答を自分らしさを残しつつもCrownの望むモノに沿わせる。
「それで。」
最後が疑問符にならないような安定し過ぎた声と、喜怒哀楽のどれも映さない顔。
普通なら相当鈍感な人間でも”この人は私の話に興味がない”と気付くような状況なのだが、Crownは話を続ける。
もしかしたら、気付きつつも話しているのかもしれない。
「うん、だけどね、なんでだろう、Ariaには毎年、サンタさんからだよって、二つ目のプレゼントを渡してたんだ、父さん達。」
Crownの視線がSearchの目よりも上の場所に向いた。
後ろの壁や天井しかない場所に、Crownは何を見ているのだろう。
「僕は幼稚園児の頃にそれが嘘だと教えられてたから、不満をこらえるのに必死だったよ。Ariaが怪しんだ時には、”僕は大人になったんだ”って言い張ってどうにかやり過ごした。でも、やっぱり不満だったんだ。プレゼントなんてどうでもいいけど、なんかね……」
でも、と言ったあたりから、少し、声が震えている気がした。
「やっぱり、とても羨ましかった、子供として優しくしてもらえるAriaが、羨ましかったよ。僕は最初から真実を教えられて、大人の中に引き込まれたのに、ねぇ、Ariaは今だってサンタクロースを信じてるんだよ? 二十三歳なのにさ……僕の代わりに、副社長になるのにさ……」
背もたれに置かれた腕が小さく震えている。
視線が上を向いているのは、涙を堪えているからかもしれない。
Searchはそれら全てを目を逸らすことも耳を塞ぐことも無く観察し続ける。
「僕は今、幸せなはずなのに、何故か、思い出しちゃってね……。」
もし続く言葉があるなら、続ける力があるなら、次にくる言葉は多分、”馬鹿みたいでしょ?”だったのではないだろうか。
Crownが光を嫌った――トランプ・マジシャンズのリーダー、キングとして世界中の人間の隷属化を目指したのは学生時代、それも十代後半の頃の残滓だと聞いている。
そしてそれは家族との軋轢というより、学校の知人からの嫉みが発端だったはず。
確かに、White Digital Project副社長としての自分と学校に居る自分の差に耐えられなかった部分もあると聞くから、家族間でのことも影響が無い訳ではないのだろう。
しかし、やはり学校での立場が不安定になりだしたのはそう早い――幼稚園児から小学生などという頃ではなく、それを基準に考えるならCrownにとって今の話は非常に小さいことになるはずで、それはSearchや周囲だけでなく、Crown自身も思っているはずだった。
けれども、その幼い頃の思い出という名の虚勢を語るCrownがどうしようもなく遠くを見ているように見えて、Searchはある事を悟る。
――光 熱斗という純粋過ぎる少年との友情が、既に疲弊した少年時代を掘り起こしてしまい、吐き出したくなったのか。
しかし悲しいものだな、それを吐いていいほど光 熱斗は大人ではなく、暗い影もない。
あんなに嫌った殺人鬼、つまり私のような人間にしか、吐き出しようがなかったのか。
ただ”馬鹿だ”とか、”無駄話に興味は無い”と言われる危険を冒してまで、私にしか。――
上を向いたまま沈黙するCrownに、Searchは何も言わない。
そしてじっと見つめていると、やがて一粒の滴が床に零れ、Crownの目が涙に濡れていることを証明した。
もし此処に居た人間が光 熱斗だったなら、Crownを気遣う言葉が飛び出したのかもしれないが、生憎今Crownの前に居るのは常識が無く他人の気持ちなど知った事ではない殺人鬼、Search=Darknessだ。
Searchにはそれを可哀想と言うことも、当たり前だと言うこともできはしない。
――可哀想だと慰めて欲しいならば私よりも光 祐一朗の方がいい、あの博士ならお前を哀れんでくれるだろう、自分の息子、光 熱斗と比較して。
当たり前だと言う様に突き放して欲しいならロンナ.EXEにでも言えばいい、アイツは正義の味方をしながらも一部の人間を憎む二面性があるから、笑顔で”私に言ってどうするの?”と言ってくれるだろう。
いや、これは私も言えることだが……しかし、――
目の前にいるセミロングの金髪と青い目の白人青年が、ショートの黒髪と水色の目をした黄色人種の青年の面影と重なった気がした。
父と母からの愛の記憶などというものはCrownよりも極少で、殺人ばかりに特化した人間らしさの薄い頭で散々考えてから、Searchが口を開く。
「……そうか。」
正直、今のSearchらしい返答では無かったかもしれない。
祐一朗のように哀れむふりも、ロンナのように突き落すことも、やろうと思えばできたことで、正直なところSearchの意見は想像の中のロンナとよく似ているのだが、あえてどちらもしなかった。
周囲の出来事をあるがまま、そういうものなのかと受け入れて受け流す。
Searchにこれを説明させるなら、表に出て来て間もない自分の返答に近いだろう、と答えであろう、非常にそっけない返事。
「……うん、そうなの。」
だが、それでも今のCrownは満足だったらしい。
やはりSearchがあまり興味を持っていないことを想定しつつ話していたのだろう、そうでなければこんな返事は納得できないはずだ。
Crownは空虚を見ていた視線を下ろし、背もたれに置いた腕に額を付けて顔を伏せる。
いつの間にか夕日は眩しさを失くし、会議室は薄闇が漂い始めて薄い青色に染まっていた。
「泣きたければ泣いておけ、夜の闇が隠してくれるだろう。」
「らしくない上に、何言ってんの。僕は明るい場所が好きだよ、熱斗くんの傍とかさ。っていうかそれ、なんか変なマンガっぽいよ。」
「仕方ないだろう、私はSearch=Darknessだ。」
「僕は、Crown=Whiteなんだけど、なぁ……。」
二人以外の誰も居ない、照明を消した会議室で、早熟を要求されていた青年――Crownのすすり泣く声がしばらく続いた。
青年が好きだと言った光をもたない女性――Searchは何をする訳でもなく、ただそこに留まり、青年を包む静寂を見守っていた。
End.
「ねぇ、Search。」
そう呼びかけた声は、どこか虚ろで寂しげだった。
ある穏やかな夕方、科学省の建物のわりと上部、その中でも外側に設置された窓の多い会議室でのこと。
黄色い髪と青い目をした白人の青年、Crown=Whiteは窓から降り注ぐ多少眩しくも暖かい光を浴びながら、少し離れたところに座る黒髪で背の高い女性――Search=Darknessに声をかけた。
それに気付いて女性が振り向くと、そこに見えるCrownは光の下で背もたれのある椅子に普通とは逆の向きで跨るように座り、腕を背もたれに置いている。
Crownに降り注ぐ光は若干逆光でCrownの顔を見辛くするが、それでも女性が目を凝らして見つめると、最近のCrownにしては珍しく楽しそうではない、ぼんやりと疲れたような、それでいて少し自嘲しているような顔が見えた。
「どうした、Crown。」
アイツが私に話しかけてくるなど珍しいこともあるものだ、と思いながら、抑揚の薄い声でSearchが訊き返した。
Crownの表情は変わらない。
そこへ降り注ぐ光はCrownを優しく彩るのではなく、古くなって色の落ちた写真のように見せている。
それはまるで、古びた小屋に一人で住んでいる老人を写したよう。
暖かくも寂しい光の中で、数秒の空白の後にCrownが口を開く。
「ねぇ、Searchはサンタクロースって信じてた?」
子供が大人になる直前にするような質問を二十五歳の男性からされたことに、更に三歳年上のSearchは一瞬意味が分からないと言いたげな顔をしたが、すぐに冷静に答えを返す。
「信じる信じない以前に、知らなかった。」
Searchがそう言いながら軽く目を伏せて首を小さく左右に振った時も、Crownはその視線をSearchから外さなかった。
結果、Searchが顔を上げ直してCrownを見ると自動的に視線が真っ直ぐぶつかり、Searchはそれにちょっとした違和感を覚えた。
今までCrownからこんなに真っ直ぐ見つめられたことがあっただろうか? と。
人一倍自尊心や自己顕示欲が強く、その分他者を見下す癖があったCrownは、警察に居ながら殺人鬼である自分のことなど視界に入れる価値もないと言いたげだった気がするのだが。
光 熱斗や桜井 メイルといった正面から輝く人間とさえ、最近になってようやく見つめあえるようになったその目が真っ直ぐこちらに向くことに、なんとなく違和感がぬぐえない。
多少不審に思いながらも、Searchは普段通りの無表情でCrownの返答を待つ。
「そうなんだ。……僕はね、周囲がそういう話を始めたころ、父さんから言われたんだ、”それはその家の親がやってる事だ、サンタなど嘘だ”ってさ。」
Searchが訊き返した訳ではないのにCrownは自分の話を始めた。
正直な話、Searchにはここで”お前の自分語りになど興味は無い”と言ってCrownを黙らせる選択肢が存在している。
周囲にいるどの人間も、何時殺すか分からない、大した価値など感じられない、他人を人間という枠でしか認識できないSearchにはCrownの過去など、足下に散らばる小さな埃と同じほどどうでもいい話。
実際、だからなんだと感じ、そうしようかと思った。
しかし、今回のSearchはあえてその選択肢を捨て、返答を自分らしさを残しつつもCrownの望むモノに沿わせる。
「それで。」
最後が疑問符にならないような安定し過ぎた声と、喜怒哀楽のどれも映さない顔。
普通なら相当鈍感な人間でも”この人は私の話に興味がない”と気付くような状況なのだが、Crownは話を続ける。
もしかしたら、気付きつつも話しているのかもしれない。
「うん、だけどね、なんでだろう、Ariaには毎年、サンタさんからだよって、二つ目のプレゼントを渡してたんだ、父さん達。」
Crownの視線がSearchの目よりも上の場所に向いた。
後ろの壁や天井しかない場所に、Crownは何を見ているのだろう。
「僕は幼稚園児の頃にそれが嘘だと教えられてたから、不満をこらえるのに必死だったよ。Ariaが怪しんだ時には、”僕は大人になったんだ”って言い張ってどうにかやり過ごした。でも、やっぱり不満だったんだ。プレゼントなんてどうでもいいけど、なんかね……」
でも、と言ったあたりから、少し、声が震えている気がした。
「やっぱり、とても羨ましかった、子供として優しくしてもらえるAriaが、羨ましかったよ。僕は最初から真実を教えられて、大人の中に引き込まれたのに、ねぇ、Ariaは今だってサンタクロースを信じてるんだよ? 二十三歳なのにさ……僕の代わりに、副社長になるのにさ……」
背もたれに置かれた腕が小さく震えている。
視線が上を向いているのは、涙を堪えているからかもしれない。
Searchはそれら全てを目を逸らすことも耳を塞ぐことも無く観察し続ける。
「僕は今、幸せなはずなのに、何故か、思い出しちゃってね……。」
もし続く言葉があるなら、続ける力があるなら、次にくる言葉は多分、”馬鹿みたいでしょ?”だったのではないだろうか。
Crownが光を嫌った――トランプ・マジシャンズのリーダー、キングとして世界中の人間の隷属化を目指したのは学生時代、それも十代後半の頃の残滓だと聞いている。
そしてそれは家族との軋轢というより、学校の知人からの嫉みが発端だったはず。
確かに、White Digital Project副社長としての自分と学校に居る自分の差に耐えられなかった部分もあると聞くから、家族間でのことも影響が無い訳ではないのだろう。
しかし、やはり学校での立場が不安定になりだしたのはそう早い――幼稚園児から小学生などという頃ではなく、それを基準に考えるならCrownにとって今の話は非常に小さいことになるはずで、それはSearchや周囲だけでなく、Crown自身も思っているはずだった。
けれども、その幼い頃の思い出という名の虚勢を語るCrownがどうしようもなく遠くを見ているように見えて、Searchはある事を悟る。
――光 熱斗という純粋過ぎる少年との友情が、既に疲弊した少年時代を掘り起こしてしまい、吐き出したくなったのか。
しかし悲しいものだな、それを吐いていいほど光 熱斗は大人ではなく、暗い影もない。
あんなに嫌った殺人鬼、つまり私のような人間にしか、吐き出しようがなかったのか。
ただ”馬鹿だ”とか、”無駄話に興味は無い”と言われる危険を冒してまで、私にしか。――
上を向いたまま沈黙するCrownに、Searchは何も言わない。
そしてじっと見つめていると、やがて一粒の滴が床に零れ、Crownの目が涙に濡れていることを証明した。
もし此処に居た人間が光 熱斗だったなら、Crownを気遣う言葉が飛び出したのかもしれないが、生憎今Crownの前に居るのは常識が無く他人の気持ちなど知った事ではない殺人鬼、Search=Darknessだ。
Searchにはそれを可哀想と言うことも、当たり前だと言うこともできはしない。
――可哀想だと慰めて欲しいならば私よりも光 祐一朗の方がいい、あの博士ならお前を哀れんでくれるだろう、自分の息子、光 熱斗と比較して。
当たり前だと言う様に突き放して欲しいならロンナ.EXEにでも言えばいい、アイツは正義の味方をしながらも一部の人間を憎む二面性があるから、笑顔で”私に言ってどうするの?”と言ってくれるだろう。
いや、これは私も言えることだが……しかし、――
目の前にいるセミロングの金髪と青い目の白人青年が、ショートの黒髪と水色の目をした黄色人種の青年の面影と重なった気がした。
父と母からの愛の記憶などというものはCrownよりも極少で、殺人ばかりに特化した人間らしさの薄い頭で散々考えてから、Searchが口を開く。
「……そうか。」
正直、今のSearchらしい返答では無かったかもしれない。
祐一朗のように哀れむふりも、ロンナのように突き落すことも、やろうと思えばできたことで、正直なところSearchの意見は想像の中のロンナとよく似ているのだが、あえてどちらもしなかった。
周囲の出来事をあるがまま、そういうものなのかと受け入れて受け流す。
Searchにこれを説明させるなら、表に出て来て間もない自分の返答に近いだろう、と答えであろう、非常にそっけない返事。
「……うん、そうなの。」
だが、それでも今のCrownは満足だったらしい。
やはりSearchがあまり興味を持っていないことを想定しつつ話していたのだろう、そうでなければこんな返事は納得できないはずだ。
Crownは空虚を見ていた視線を下ろし、背もたれに置いた腕に額を付けて顔を伏せる。
いつの間にか夕日は眩しさを失くし、会議室は薄闇が漂い始めて薄い青色に染まっていた。
「泣きたければ泣いておけ、夜の闇が隠してくれるだろう。」
「らしくない上に、何言ってんの。僕は明るい場所が好きだよ、熱斗くんの傍とかさ。っていうかそれ、なんか変なマンガっぽいよ。」
「仕方ないだろう、私はSearch=Darknessだ。」
「僕は、Crown=Whiteなんだけど、なぁ……。」
二人以外の誰も居ない、照明を消した会議室で、早熟を要求されていた青年――Crownのすすり泣く声がしばらく続いた。
青年が好きだと言った光をもたない女性――Searchは何をする訳でもなく、ただそこに留まり、青年を包む静寂を見守っていた。
End.
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