短編“未満”小説『お前ら一体何なんだ』
【お前ら一体何なんだ】
ある日の午後、科学省会議室で横長の机の前に置かれたパイプ椅子に足を組んで座りながら彼女は小さく唸っていた。
ニホン人男性と比較しても高い方に入るであろう身長、白いワイシャツにしっかりと締めた黒いネクタイ、そして黄土色と茶色の中間の色をした膝下まで丈のあるロングコート。
下半身は黒いスーツとセットであっただろうと推測できる黒いズボンを穿いていて、靴はよく手入れされた黒い革靴を履いている
艶やかな長い黒髪は後ろで一つにまとめられているが、それに加えられていない長い前髪は顔の左半分を隠していて、髪のかかっていない右半分から黄色人種にしては白い肌と共に覗く右目は血のように紅い。
それは普段は何も表情を見せないことが多いのだが、今日は何故か非常に強い苛立ちを見せていて、偶然近くにいた長い黒髪と青い上着が特徴のオフィシャルネットバトラーの少女やその知人、またはアメロッパを主な拠点とする大企業の元副社長の白人男性などはそれに怯え、今日は普段よりも彼女と距離を取っている。
少し俯いてテーブルを睨みつけているように見える彼女が時々いらだたしげに舌打ちをする度、少女と男性は一種の恐怖を感じずにはいられない。
少女の知人達もどこか居心地の悪そうな、どうしてこんな目に合っているのだろう、と言いたげな不満げでぎこちない表情をしている。
「いやぁ、待たせたね!」
と、そんな空気を知ってか知らずか、会議室と廊下を繋ぐ自動扉が開き、白衣の男性が現れた。
後ろには全体的に白い少女のような女性が居る。
先頭を歩く白衣の男性は少しふわっとした短い茶髪と穏やかで楽しそうな微笑をたたえ、シンプルなメガネをかけていて、そして白衣の下は”あのナビ”のナビマークが入った服――白衣の男性はこの科学省の中で一番の頭脳をもつであろう、光 祐一朗だ。
その後ろに控える女性はそれよりもかなり身長が低く、穏やかというより明るい微笑は彼女を女性ではなく少女のように見せることに一役買っているようだ。
ストレートだが多少ふんわりと柔らかいイメージの長髪は雪のように白い。
来ている服も同じく白をメインとした清純なものなのだが、ゆったりとしたカタチとピンクのレースや綺麗な青色をした太めのネクタイは清純さどころかあどけなさを演出してその女性から大人っぽさを更に失わせている。
またネクタイと同じように青色の目はぱっちりとして見るもの全てを美しいと信じている様な、疑うことを知らない子供、むしろ幼児のような年齢不相応の純粋な光を持っている。
能天気にも見える明るさで入ってきた祐一朗に、黒髪で青い上着の少女が溜息を吐いた。
「遅いですよ、光博士。」
「未彩ちゃんは厳しいね、まだ五分しか経ってないんだよ?」
なんてことないでしょ? とでも言いたいのか、かなり気楽に返す祐一朗に、清上院 未彩は多少切れ長の目を細めながらもう一度溜息を吐いた。
こういう明るい、というか柔軟性、いや、むしろ多少図太いところがこの博士の魅力の一つなのかもしれない、かもしれないが……規律を守ることが一種のアイデンティティと化している未彩に、それは納得できない。
今度は口には出さず、もう早く始めて下さいよ、という意味を込めてじっとりとした視線を向けるとさすがに祐一朗もそれを察したのか会議室の奥の方――巨大モニターの近くの机の前に歩み寄り、そこに立った。
先ほど祐一朗の後ろにいた白髪の少女のような女性もいつの間にか近くの席に座っていて、本当は無関係のハズの白人男性――白髪の女性の兄、Crown=Whiteもその近くに座っている。
未彩の知人であり今回の件に深くかかわっている少年少女、また他の女性達も席に着いたため、祐一朗は軽く咳払いをしてからモニターの電源を入れて説明を始めた。
「さて、今回みんなに集まってもらったのは、今熱斗達が居るパラレルワールド、つまり一種のビヨンダードに原因があるネットナビ暴走事件の余波の状況報告の為だ。まぁ、正直Crownくんは違うんだけど、妹のAriaちゃんがクロスフュージョンメンバーだからね、同席しても良いかと思って。」
前半はとても真面目で、さすが科学省のトップ!と褒め称えたくなるような厳格な雰囲気があったのだが、Crownの名前を出したあたりから最初のような能天気にも見える柔らかさが戻っていた。
それが気に食わないのか、未彩は随分不満そうな表情をしていて、その肩の上では世界の英雄によく似た少女ナビ、ロンナ.EXEがクスクスと笑っている。
また、名指しされたCrownの妹――白髪の女性――Aria=Whiteは自分が気にされたことが嬉しいのか、足を軽くぶらぶらと揺らすという何とも子供らしい動作をしながら笑う。
その右隣ではあの黒い髪と紅い目の女性が不機嫌そうに、モニターに映るもの――暴走したため科学省に強制転送、またはデリートされたナビたちの情報を睨みつけている。
Ariaは特に何とも思っていないようだが、その反対側、つまり紅い目の女性の右隣に居る茶髪の少年とその肩の上に居る黄色い少年型ネットナビは随分居心地が悪そうだ。
むしろ、そのまた右隣の黒い髪と垂れ目で赤いベストを着た少女も身をこわばらせ、必死に左を見ないようにしている。
少し離れた席に座る、普段は病院に居る白衣の天使が苦笑し、その隣の忍者のような女性が白衣の天使につられたように苦笑する。
Ariaの左隣の方に座る茶髪ショートの少女はあまり大したことを思っていないのか、授業でも聴くような多少だれた態度でモニター見ているが、その更に左隣に居る、水色と白の半袖の服を着た少年は苦い顔でモニターに視線を向け続けている。
どれだけ距離を取っても逃げられない威圧感という、どうにも居心地の悪い空気の中で祐一朗は説明を続ける。
それから約三十分後、全ての説明や意見交換が終わって祐一朗はモニターの電源を切った。
「じゃあ、今日の報告会は此処まで!みんな、体調には気を付けてね。熱斗や炎山くん達が居ない今、君たちを頼るしかないんだから。」
それって一種のモルモットですか?むしろ自爆テロ要員ですか?という捻くれた疑問という名の嫌味を、未彩は飲み込んだ。
正直クロスフュージョンメンバーは自分とその友人たち以外にも何人も居る筈なのだが、今都合がいいのが自分たちなのか、それともまだ解明できていない部分が多いため多用してみたいメンバーが自分たちなのか、その推測に困る。
未彩の何とも言えない不信感があらわになった視線に見送られながら、祐一朗は最低限の資料を抱えて会議室から出て行った。
……さて、あの威圧感の元凶はどうなっただろう。
「……チッ。」
未彩が見ると、紅い目の女性はPETの画面を見ながら舌打ちをしていた。
PETを持っていない左手は爪が手のひらに食いこみそうなほど強く握られている。
やはり、触らぬ神に祟りなし、と思って未彩は視線を逸らし、いつの間にか席を移動して紅い目の女性から離れていた茶髪の少年と茶髪の少女の元へ歩いて行った。
茶髪の少年は、待ってました!とばかりに未彩に話しかける。
「なぁなぁ未彩、もう今日は帰ろうぜ~?」
「マサナ、俺もそうしたいのは山々なんだがなぁ……いや報告会は終わったのだから帰ってもいいのか?」
茶髪の少年――旗見 マサナは先ほどからあの威圧感に神経を削られていたらしく、なんだか疲れたような情けない声で未彩に縋ってきた。
だが未彩の反応は微妙なもので、落胆するマサナは机にうつぶせて小さく”えぇー……”とぼやいている。
しかし帰宅をよしとしていない未彩自身も相当精神的に疲労しているのか、正直マサナの意見に乗りたそうである。
「いや、しかし、最近はいつどこで事件が起こるか……」
「でもさー、今日はまだ何にもないよ?いいんじゃないかなぁ、あたしたちぐらいは帰っても。ほら、学生の仕事は勉強って言うじゃん!」
「お前が言うな、勉強嫌いの低成績真波。あと小学生は学生ではなく児童だ。」
顎を軽くさすりながら悩む未彩の帰りたい欲求を茶髪の少女――桜木 真波が煽ったが、後半の言葉に説得力がなかったらしく、帰る帰らないの結論ではなく上げ足とも言えるツッコミを返されて終わった。
正直なところ、真波はあの女性からの威圧感にそれほど疲れた様子は無く、ただ単に早く帰って遊びに走りたいだけだ。
証拠にマサナよりも元気に足をばたつかせ、未彩の意地悪~!!などと喚いている。
そんな未彩達の後方、あの不機嫌そうな紅い目の女性の居る場所にAria=Whiteが近づき、ついに声をかけた。
「Search姉さま? なんだか随分ご機嫌斜めの様ですが、何かあったんですか?」
Ariaの声に、その部屋にいた全員が驚愕に凍りついたような顔で振り向いた。
未彩とCrownが明らかに動揺し、マサナは真波に”これってもうヤバイよな!?”という同意を求めるように縋るような目を向け、赤いベストを着た垂れ目の少女は世にも恐ろしい何かを見たようにガクガクと震えながらうつむき、水色と白の半そでの服の少年がその背中をさすっている。
白衣の天使はうつ病の人に頑張れと連呼する人を見たような”それは言っちゃ駄目!”と言いたげな視線をAriaに向け、忍者のような女性は一度振り向いた後視線を逸らした。
おそらくそれぞれのPETの中でも同じようなことが起こっているのだろう、……ロンナを除いて。
そんな状況になってもAriaは何も恐れる気は無いらしく、それどころか返答を楽しみに待っている雰囲気すら感じられる。
その後数秒間は誰の声もしない沈黙が続いたが、カタッとパイプ椅子が動く音、つまり紅い目の女性――Searchが静かに席を立つ音がした。
一体、その怨嗟にも似た荒々しい感情を剥き出しにした紅い目と口は何を語るのか、Ariaとロンナ以外の誰もが息をのむ。
ついでに言うと未彩は今ここに居ない二名、シャーロ軍のリエイ=サイトと一般人の紅剣院 冷亜を少し羨ましく……怨めしく思う。
「……ビなど……こ……して……。」
「え?」
机に、腕を真っ直ぐ伸ばして手を着いて立ったまま絞り出された最初の声はあまりにも小さく、近くにいたAriaすら何を言ったか分からず訊き返した。
しかしそれでもその声が異常な苛立ちを含んでいることはAria以外にはしっかりと伝わり、未彩とCrownはいよいよ逃げ出したくなり、特にCrownはもはや号泣一秒前の顔をしていて、忍者のような女性が”アタシのジャンルじゃないのよねぇ……”とぼそぼそ言っている。
その間にもSearchは何か言っているが、やはり何を言っているのかまでは上手く聞き取れない。
「姉さま?」
Ariaがもう一度Searchに訊き返した時、ついにSearchが叫んだ。
「など……ネットナビなど殺して、私に何の意味があると言うんだあああああ!!」
警察関係者であることを疑いたくなるその絶叫に、未彩はやりきれないと言いたげな疲れた顔で視線を逸らした。
マサナや真波も、やっぱりか……と言いたげに、あきれた表情でそれぞれ斜め下を見る。
赤いベストの垂れ目の少女はもはや耳を塞いで机にうつぶせており、水色と白の半そでの服の少年もその陰に隠れてしまった。
忍者のような女性が白衣の天使に”病院、連れてったげなよ”と言い、白衣の天使が”ちょっと管轄外ですねー……”と苦い顔で返す。
Crownが見つめる先にはSearchというよりAriaが居るのだが、以前の特殊なコミュ障非リア充完全シスコン自己顕示欲全開キチガイ王子だった時と少し違い、わざわざ訊かなきゃいいのにさぁ、と面倒くさそうな顔だ。
そして、そう見られているAriaもSearchの珍しい絶叫に付いて行ききれなかったのか、きょとんとして目をぱちくりさせてている。
「ね、姉さま? それはどういう……」
ああ訊かなければいいのに……と、未彩のPETの中にいるロンナ”以外”の全員が内心でうなだれた。
普段のSearchなら”キサマに話す義理は無い”とでもいうであろうが、今日はそのイメージがブチ壊れるぐらいの獰猛な剣幕で答えをまくしたて始める。
Crownは耳が痛いとでも言うように耳を塞いでそっぽを向いた。
「お前は私を誰だと思っている! 警察の殺人鬼だぞ!? 私は人を殺すために居るんだ!! 人を!! 人間を!! それなのに最近ときたらクロスフュージョンで暴走ネットナビ退治ってオイそれは無いだろう!? それこそ普段使わないような斧とか鎌とか弓矢とか使っておきながら、相手は血も内臓も骨も無いデータ! 所詮プログラム!! どれだけいつも中途半端な感覚が溜まると思っている!? ああどうしてくれるんだこのフラストレーションを!!」
それは、正直一般人には理解しがたい、というか絶対に理解できない叫びだった。
前々からSearchの呼び名がソレである事は多くの者が知っていて、熱斗や未彩といったネット警察と縁の深い者はその現場に居合わせたこともあるのだが、それでもその時のSearchは割と冷静で、殺人鬼というよりは人殺しの訓練を受けた冷酷な軍人のようなイメージが近かった。
確かに、それを全く楽しんでいない訳ではなかったかもしれないが、それでも自身のネットナビである殺戮狂――Blood.EXEや、Searchに憧れてDirty Bloodに入って穢れた血のセカンドキラーと成り果てた男性――藤咲 満に比べれば随分と落ち着いたものだったため、周囲はSearchを”殺人鬼”ではなく”特殊な目的に特化した警察官”と認識する事が多かったのだが……
「……今日のSearch刑事、警察官の自覚無いよな。」
マサナが傍にいた未彩に耳打ちで告げた。
未彩は黙って小さく頷く。
もはや警察官というよりもただの快楽殺人犯の様な持論を振りかざすSearchに、人を殺せない事にフラストレーション――欲求不満とはどういうことか、それでもお前は警察官なのか、と問い質したい未彩だが、それはするのは色々と危険過ぎるだろうなと苦い顔で溜息を吐いた。
普段から”姉さまには鮮血が似合いますね!”などと言ってSearchの”その面”を肯定していたAriaでさえ今回は多少腰が引けている。
あまりにも”人を殺す”ことに執着して取り乱しているSearchに、Crownがうんざりだと言いたげに表情をゆがめた。
「まぁまぁちょっと落ち着きなよ刑事さん、アタシだって仕事人だけど、暗殺依頼は受けちゃいないからね!」
少年少女達(※AriaとCrownと雪菜は成人している)の憂鬱を終わらせてあげようと、忍者のような女性がSearchの目の前に歩み寄り、できるだけ明るい態度で落ち着くように言った。
しかしSearchはそれに対して怒り……というよりも侮蔑や殺意の籠った目で刺すような視線を返す。
それを見て”あぁ、風美(さん)は地雷を踏んだ”と悟った未彩とCrownが顔を見合わせ、マサナがそれを見て”良い進展じゃなさそうだなぁ……”と感じ視線を伏せて溜息を吐く。
案の定、Searchは忍者姿の女性――葉暗 風美の胸倉をつかみ上げて罵倒するかのように反論を叩きつけ始めた。
「”アタシだって”だと……? 同じにするな! それはお前があろうとしているだけだろうがっ!」
「い、いや、確かにそうなんだけどねぇ……」
「お前は諜報専門かもしれないが、私はそもそも殺人専門だ! 諜報はおろか、ネットナビの始末など専門外! 人殺しであってこその私だ!!」
――自信持って言うことじゃねぇぇぇえええええ!!――
……と、ロンナとBlood”以外”の全員の内心の絶叫が響いた気がした。
もし此処に光 熱斗が居たら、内心ではなく実際に叫んでくれただろう。
遠くから見守る未彩やCrownでさえ疲れた顔をしているというのだから、胸倉を掴まれて至近距離で叫ばれる風美の疲労、というか気まずさは凄まじいもので、最初のちょっとした明るさはどこへやら、風美の視線は既に宙を泳いでいる。
本当なら此処は未彩あたりが宥めて風美を助けるべきなのだが、規則を守ることがアイデンティティな未彩と、警察に居ながら殺人を犯すSearchはネット警察所属という意味では同業者でも根本的な部分が真反対であるからこういう時はどうにもならないものがあり、未彩は動かない。
勿論Crownやマサナと言った冷静に見守る青年少年達も似たようなもので、しかも二人は身体もメンタルも未彩より弱い。
更に言えばCrownには正直後ろ暗いモノがあり、そこを突かれて玉砕するのがオチだ。
「だ、だけどねぇ、」
「言い訳は必要無い! キサマと私では立場が違い過ぎる! 勿論、周囲が求めるモノもだ!!」
「そうじゃなく」
「しつこい! このまま絞殺されたいか!?」
今周囲があなたに求めていることは沈黙だと思います、と、風美以外の人間、またロンナとBlood以外のナビ達が思った時、小さくカタ……と椅子が動く音がした。
音のした方を見ると、風美の隣に座っていた白衣の天使が立ち上がり、騒動の中心に向かって歩いている。
この白衣の天使はなかなか穏やかで人の扱いに慣れている部分があるので今度は誰も地雷だとは思っていないが、ご愁傷様と思っている者は既に何名かいたりする。
……それ以前に、赤い服の少女と水色と白の服の少年が小さく泣いているのはどうしたものか。
「Searchさん、とりあえず風美さんを離してあげてください、お願いします。」
騒動の中心にたどり着いた白衣の天使は殺人を否定する訳でも肯定する訳でもなく、頭を下げながらそれだけ言った。
この白衣の天使は言うまでもなく看護婦で、本当は殺人など否定したいところだろうが、看護婦であるがゆえにそれでは騒ぎを大きくするだけと察したのだろう。
……というより、風美や真波、Ariaといった一部の人間が異様に鈍いだけかもしれない。
しかしこの、肯定も否定もせずに最低限の要求だけ静かに告げる態度が功を奏したのか、Searchは一瞬キョトンとした後に風美の胸倉からゆっくりと手を離した。
「ありがとうございます。」
「あ、あぁ。」
「ゆ、雪菜ぁ……」
白衣の天使――冬花 雪菜のシンプルな態度に毒気を抜かれたのか、Searchは少し戸惑っているような、衝動的すぎる怒りはとりあえず収まったらしい。
手を離された風美は相当な恐怖にさらされていたのか、雪菜に縋りついてえぐえぐと泣きだし、頭を撫でられている。
未彩とCrownはもはや見たら負けだと思っているのかSearchにも風美にも視線を向けていない。
「……大人って、汚いよな。」
マサナの呟きが、未彩とCrownの胸を刺した。
「Search刑事のほうがある意味純粋って感じ? わざわざ風美の言葉にも反応してた訳だもんねー。」
真波の反応が、二人を撃沈させた。
それぞれのPETの中でチアルとハティが溜息を吐く。
特にチアルはロンナとの関係――ロンナは片思いの相手、ということもあり、それぞれのオペレーターであるマサナと未彩には仲良くいてもらいたいのだが、仲良くどころか今回は未彩の胸を抉ってしまっているこの状況に頭が痛いらしい。
その片思いの相手、ロンナは相変わらずクスクス笑っているのだが……。
さて、一応騒動はおさまった訳だが、だからと言ってSearchのフラストレーションが全て解消された訳ではないだろう、飽くまでも一時的に収まっただけで、いつ余震のような追加の騒動が来るか分からない。
しかしこればかりは未彩にもCrownにもマサナにも真波にも風美にも雪菜にもAriaにも机の影に隠れて泣いている二人にもそれらのナビにもどうする事も出来ない訳で、未彩とCrownはこの先を考えて軽い絶望感に襲われてきて頭を抱えた。
まさかSearchが此処まで頭のおかしい人間だったとは思わなかった、あとでリエイと冷亜にも警告しなくては……などと考える未彩の目は、呆れなど既に消えて完全な疲労の色を見せている。
と、その時急にSearchのPETが通信の着信音を鳴らした。
応答して、PETの上に立体ディスプレイを表示すると、そこに映っているのはDirty Blood事件の時によく見たお上の人。
「Search=Darkness、指令だ。お前の居る科学省から約五キロメートル離れた場所にあるビルにテロが発生した。何故かサイバー空間ではなく現実空間でのことでな、お前に処理を任せよう。」
「……。」
「おい、聴いているのか?Search、」
沈黙しているSearchを見て、”あ、ヤバイ”とそこにいる全員が直感した。
雪菜との会話で少し戸惑い気味の無表情になっていたSearchが、口元を吊りあげている。
「フ、フフ……ククッ、ククククッ……アハハハハハハハハハ!!」
ディスプレイに映るお上の人がポカンと口を開け、何があったと言いたげな顔でSearchを見ている。
Crownがそこには届かない程度の声で、さすが殺戮狂のオペレーター……と呟き、未彩と真波とマサナがそれに頷いた。
高らかに笑うSearchの表情は、警察官でも警察の殺人鬼でもない、警察所属の人間の要素を全て掃った、人を殺したくてたまらない殺人鬼の狂笑としか言いようがなく、珍しくAriaが呆然としている。
多分、数日後には”悪魔のようにダークでブラックな姉さまも素敵です!”などと言えるようになっているのだろうが。
「ハハッ、良いでしょう、引き受けますよ。勿論、皆殺しで構いませんよねぇ?」
もはや、警察官と殺人鬼のどちらがSearchの本質なのか、その場にいる誰にも解らない。
ディスプレイに映るお上の人が苦い顔で”あぁ”と肯定する。
数時間後にはこの部屋には血の臭いが漂うことになるのだろうと考えて、未彩とCrownは酷く気分が沈み、本日何度目か分からない溜息をついた。
「た、頼んだぞ……健闘を祈る……。」
あまりの様子にお上の人も随分と困り果てているようで、何か……おそらく、本当にSearchに頼んでいいのかを迷っているのだろう。
しかし未彩達からすれば頼んでもらわないと困るというか、むしろその頼みがしばらくなかったからこうなったのであって、頼むことが正しい、ハズ。
風美はまだ雪菜に縋りついており、赤い服の少女と水色と白の服の少年も未だ机の影で泣いているようだ。
Searchの了解という返事を最後に通信が切れると、テロ集団の殲滅を引き受けたSearchは近くの椅子を後ろに蹴り飛ばして会議室と外を繋ぐ扉へ向かって走り出した。
しかし何を思い出したのか一度だけバッと振り返り、今まで溜息ばかり付いていた少女に、
「あ、光博士に伝達頼んだぞ、清上院!!」
「えっ!? 俺ぇ!?」
それだけ言うと今度こそSearchは会議室を出た。
ドアが閉まる前、近くの部屋に向かって歩いていた科学省職員が邪悪な雰囲気のSearchに恐れおののいて廊下の隅に飛びのいて転げて書類をぶちまけるという、何とも表現しようのないコントじみたシーンが見えたが、笑うものはいなかった。
……いや、正確にはナビが一体だけ笑っていた。
「もー! 最後に面白いものを残していかないでよー! あはは!」
「……ロンナ、お前な……。」
未彩の肩の上でロンナが爆笑している。
この瞬間チアル以外の誰もが、Searchの殺人欲望とは別の恐怖が降臨したことを悟り、未彩の肩から視線を逸らした。
看護婦の雪菜でさえもまた”管轄外です”と言いたげな顔をしている。
この腹黒超魔王ロンナ.EXEがあの殺人鬼よりも精神的に恐ろしいことはもはやほぼ周知の事実で、むしろ、殺人のSearch、精神破壊のロンナ、と言っても過言ではない。
そこへ運悪く、水色と白の服の少年が顔を上げて出てきてしまった。
「うー……ねぇ、もうSearch刑事、行った?」
「優斗か…あぁ、Search”は”行ったぞ。」
未彩が一文字だけ妙に強調して答えたのは、殺人鬼は居なくなったが精神破壊者が代わりに降臨してしまった事を示していて、雪菜を筆頭として多くのオペレーター達が苦い顔をしている。
それでも水色と白の服の少年――光野 優斗はそれがロンナのことを指しているのだと気付けず、机にうつぶせて震えている赤い服の少女の背中を軽くゆすりながら優しく声をかけた。
「秋斗ちゃん、Search刑事はもう行ったって。」
「ほ、本当ですかっ……?」
優斗に教えられ、赤い服の少女――少院 秋斗はゆっくりと上体を起こし、顔を上げた。
その顔は涙でびしょ濡れになり、更にまだ恐怖でひきつっている。
そんな秋斗を見て嫌な予感がしたのは未彩だけか、それとも他の数名も口に出さないだけで思っているのか。
どうやらCrownは既に随分痛い目を見ているらしく、未彩と同じ苦い表情が他よりも顕著に表れている。
いや、ただ単にCrownが感情を隠す事を不得意としているだけかもしれないが。
「こ、怖かったです……優斗くん、未彩さん……」
秋斗はまだ小さく震えながら大好きな人たちへと助けを求めた。
優斗は近くにいるのと同時に実害がないからともかく、未彩は精神破壊者を連れているので本当は近づきたくないのだが、秋斗の某金融関係コマーシャルの犬のように潤んだ瞳に負けてゆっくりと秋斗に近付く。
秋斗は一番信頼のおける二人が来て宥めてくれて安心し始めるも、つかの間、
「秋斗ちゃんは自分に優しく良い子良い子してくれる人以外は全部怖いもんね!」
まだ血の臭いのしない空気が、完全に凍った。
「お前らマジで何なの……」
善人のフリをした悪人かよ、というマサナのぼやきに応えるものは誰も居なかったとさ。
End.
ある日の午後、科学省会議室で横長の机の前に置かれたパイプ椅子に足を組んで座りながら彼女は小さく唸っていた。
ニホン人男性と比較しても高い方に入るであろう身長、白いワイシャツにしっかりと締めた黒いネクタイ、そして黄土色と茶色の中間の色をした膝下まで丈のあるロングコート。
下半身は黒いスーツとセットであっただろうと推測できる黒いズボンを穿いていて、靴はよく手入れされた黒い革靴を履いている
艶やかな長い黒髪は後ろで一つにまとめられているが、それに加えられていない長い前髪は顔の左半分を隠していて、髪のかかっていない右半分から黄色人種にしては白い肌と共に覗く右目は血のように紅い。
それは普段は何も表情を見せないことが多いのだが、今日は何故か非常に強い苛立ちを見せていて、偶然近くにいた長い黒髪と青い上着が特徴のオフィシャルネットバトラーの少女やその知人、またはアメロッパを主な拠点とする大企業の元副社長の白人男性などはそれに怯え、今日は普段よりも彼女と距離を取っている。
少し俯いてテーブルを睨みつけているように見える彼女が時々いらだたしげに舌打ちをする度、少女と男性は一種の恐怖を感じずにはいられない。
少女の知人達もどこか居心地の悪そうな、どうしてこんな目に合っているのだろう、と言いたげな不満げでぎこちない表情をしている。
「いやぁ、待たせたね!」
と、そんな空気を知ってか知らずか、会議室と廊下を繋ぐ自動扉が開き、白衣の男性が現れた。
後ろには全体的に白い少女のような女性が居る。
先頭を歩く白衣の男性は少しふわっとした短い茶髪と穏やかで楽しそうな微笑をたたえ、シンプルなメガネをかけていて、そして白衣の下は”あのナビ”のナビマークが入った服――白衣の男性はこの科学省の中で一番の頭脳をもつであろう、光 祐一朗だ。
その後ろに控える女性はそれよりもかなり身長が低く、穏やかというより明るい微笑は彼女を女性ではなく少女のように見せることに一役買っているようだ。
ストレートだが多少ふんわりと柔らかいイメージの長髪は雪のように白い。
来ている服も同じく白をメインとした清純なものなのだが、ゆったりとしたカタチとピンクのレースや綺麗な青色をした太めのネクタイは清純さどころかあどけなさを演出してその女性から大人っぽさを更に失わせている。
またネクタイと同じように青色の目はぱっちりとして見るもの全てを美しいと信じている様な、疑うことを知らない子供、むしろ幼児のような年齢不相応の純粋な光を持っている。
能天気にも見える明るさで入ってきた祐一朗に、黒髪で青い上着の少女が溜息を吐いた。
「遅いですよ、光博士。」
「未彩ちゃんは厳しいね、まだ五分しか経ってないんだよ?」
なんてことないでしょ? とでも言いたいのか、かなり気楽に返す祐一朗に、清上院 未彩は多少切れ長の目を細めながらもう一度溜息を吐いた。
こういう明るい、というか柔軟性、いや、むしろ多少図太いところがこの博士の魅力の一つなのかもしれない、かもしれないが……規律を守ることが一種のアイデンティティと化している未彩に、それは納得できない。
今度は口には出さず、もう早く始めて下さいよ、という意味を込めてじっとりとした視線を向けるとさすがに祐一朗もそれを察したのか会議室の奥の方――巨大モニターの近くの机の前に歩み寄り、そこに立った。
先ほど祐一朗の後ろにいた白髪の少女のような女性もいつの間にか近くの席に座っていて、本当は無関係のハズの白人男性――白髪の女性の兄、Crown=Whiteもその近くに座っている。
未彩の知人であり今回の件に深くかかわっている少年少女、また他の女性達も席に着いたため、祐一朗は軽く咳払いをしてからモニターの電源を入れて説明を始めた。
「さて、今回みんなに集まってもらったのは、今熱斗達が居るパラレルワールド、つまり一種のビヨンダードに原因があるネットナビ暴走事件の余波の状況報告の為だ。まぁ、正直Crownくんは違うんだけど、妹のAriaちゃんがクロスフュージョンメンバーだからね、同席しても良いかと思って。」
前半はとても真面目で、さすが科学省のトップ!と褒め称えたくなるような厳格な雰囲気があったのだが、Crownの名前を出したあたりから最初のような能天気にも見える柔らかさが戻っていた。
それが気に食わないのか、未彩は随分不満そうな表情をしていて、その肩の上では世界の英雄によく似た少女ナビ、ロンナ.EXEがクスクスと笑っている。
また、名指しされたCrownの妹――白髪の女性――Aria=Whiteは自分が気にされたことが嬉しいのか、足を軽くぶらぶらと揺らすという何とも子供らしい動作をしながら笑う。
その右隣ではあの黒い髪と紅い目の女性が不機嫌そうに、モニターに映るもの――暴走したため科学省に強制転送、またはデリートされたナビたちの情報を睨みつけている。
Ariaは特に何とも思っていないようだが、その反対側、つまり紅い目の女性の右隣に居る茶髪の少年とその肩の上に居る黄色い少年型ネットナビは随分居心地が悪そうだ。
むしろ、そのまた右隣の黒い髪と垂れ目で赤いベストを着た少女も身をこわばらせ、必死に左を見ないようにしている。
少し離れた席に座る、普段は病院に居る白衣の天使が苦笑し、その隣の忍者のような女性が白衣の天使につられたように苦笑する。
Ariaの左隣の方に座る茶髪ショートの少女はあまり大したことを思っていないのか、授業でも聴くような多少だれた態度でモニター見ているが、その更に左隣に居る、水色と白の半袖の服を着た少年は苦い顔でモニターに視線を向け続けている。
どれだけ距離を取っても逃げられない威圧感という、どうにも居心地の悪い空気の中で祐一朗は説明を続ける。
それから約三十分後、全ての説明や意見交換が終わって祐一朗はモニターの電源を切った。
「じゃあ、今日の報告会は此処まで!みんな、体調には気を付けてね。熱斗や炎山くん達が居ない今、君たちを頼るしかないんだから。」
それって一種のモルモットですか?むしろ自爆テロ要員ですか?という捻くれた疑問という名の嫌味を、未彩は飲み込んだ。
正直クロスフュージョンメンバーは自分とその友人たち以外にも何人も居る筈なのだが、今都合がいいのが自分たちなのか、それともまだ解明できていない部分が多いため多用してみたいメンバーが自分たちなのか、その推測に困る。
未彩の何とも言えない不信感があらわになった視線に見送られながら、祐一朗は最低限の資料を抱えて会議室から出て行った。
……さて、あの威圧感の元凶はどうなっただろう。
「……チッ。」
未彩が見ると、紅い目の女性はPETの画面を見ながら舌打ちをしていた。
PETを持っていない左手は爪が手のひらに食いこみそうなほど強く握られている。
やはり、触らぬ神に祟りなし、と思って未彩は視線を逸らし、いつの間にか席を移動して紅い目の女性から離れていた茶髪の少年と茶髪の少女の元へ歩いて行った。
茶髪の少年は、待ってました!とばかりに未彩に話しかける。
「なぁなぁ未彩、もう今日は帰ろうぜ~?」
「マサナ、俺もそうしたいのは山々なんだがなぁ……いや報告会は終わったのだから帰ってもいいのか?」
茶髪の少年――旗見 マサナは先ほどからあの威圧感に神経を削られていたらしく、なんだか疲れたような情けない声で未彩に縋ってきた。
だが未彩の反応は微妙なもので、落胆するマサナは机にうつぶせて小さく”えぇー……”とぼやいている。
しかし帰宅をよしとしていない未彩自身も相当精神的に疲労しているのか、正直マサナの意見に乗りたそうである。
「いや、しかし、最近はいつどこで事件が起こるか……」
「でもさー、今日はまだ何にもないよ?いいんじゃないかなぁ、あたしたちぐらいは帰っても。ほら、学生の仕事は勉強って言うじゃん!」
「お前が言うな、勉強嫌いの低成績真波。あと小学生は学生ではなく児童だ。」
顎を軽くさすりながら悩む未彩の帰りたい欲求を茶髪の少女――桜木 真波が煽ったが、後半の言葉に説得力がなかったらしく、帰る帰らないの結論ではなく上げ足とも言えるツッコミを返されて終わった。
正直なところ、真波はあの女性からの威圧感にそれほど疲れた様子は無く、ただ単に早く帰って遊びに走りたいだけだ。
証拠にマサナよりも元気に足をばたつかせ、未彩の意地悪~!!などと喚いている。
そんな未彩達の後方、あの不機嫌そうな紅い目の女性の居る場所にAria=Whiteが近づき、ついに声をかけた。
「Search姉さま? なんだか随分ご機嫌斜めの様ですが、何かあったんですか?」
Ariaの声に、その部屋にいた全員が驚愕に凍りついたような顔で振り向いた。
未彩とCrownが明らかに動揺し、マサナは真波に”これってもうヤバイよな!?”という同意を求めるように縋るような目を向け、赤いベストを着た垂れ目の少女は世にも恐ろしい何かを見たようにガクガクと震えながらうつむき、水色と白の半そでの服の少年がその背中をさすっている。
白衣の天使はうつ病の人に頑張れと連呼する人を見たような”それは言っちゃ駄目!”と言いたげな視線をAriaに向け、忍者のような女性は一度振り向いた後視線を逸らした。
おそらくそれぞれのPETの中でも同じようなことが起こっているのだろう、……ロンナを除いて。
そんな状況になってもAriaは何も恐れる気は無いらしく、それどころか返答を楽しみに待っている雰囲気すら感じられる。
その後数秒間は誰の声もしない沈黙が続いたが、カタッとパイプ椅子が動く音、つまり紅い目の女性――Searchが静かに席を立つ音がした。
一体、その怨嗟にも似た荒々しい感情を剥き出しにした紅い目と口は何を語るのか、Ariaとロンナ以外の誰もが息をのむ。
ついでに言うと未彩は今ここに居ない二名、シャーロ軍のリエイ=サイトと一般人の紅剣院 冷亜を少し羨ましく……怨めしく思う。
「……ビなど……こ……して……。」
「え?」
机に、腕を真っ直ぐ伸ばして手を着いて立ったまま絞り出された最初の声はあまりにも小さく、近くにいたAriaすら何を言ったか分からず訊き返した。
しかしそれでもその声が異常な苛立ちを含んでいることはAria以外にはしっかりと伝わり、未彩とCrownはいよいよ逃げ出したくなり、特にCrownはもはや号泣一秒前の顔をしていて、忍者のような女性が”アタシのジャンルじゃないのよねぇ……”とぼそぼそ言っている。
その間にもSearchは何か言っているが、やはり何を言っているのかまでは上手く聞き取れない。
「姉さま?」
Ariaがもう一度Searchに訊き返した時、ついにSearchが叫んだ。
「など……ネットナビなど殺して、私に何の意味があると言うんだあああああ!!」
警察関係者であることを疑いたくなるその絶叫に、未彩はやりきれないと言いたげな疲れた顔で視線を逸らした。
マサナや真波も、やっぱりか……と言いたげに、あきれた表情でそれぞれ斜め下を見る。
赤いベストの垂れ目の少女はもはや耳を塞いで机にうつぶせており、水色と白の半そでの服の少年もその陰に隠れてしまった。
忍者のような女性が白衣の天使に”病院、連れてったげなよ”と言い、白衣の天使が”ちょっと管轄外ですねー……”と苦い顔で返す。
Crownが見つめる先にはSearchというよりAriaが居るのだが、以前の特殊なコミュ障非リア充完全シスコン自己顕示欲全開キチガイ王子だった時と少し違い、わざわざ訊かなきゃいいのにさぁ、と面倒くさそうな顔だ。
そして、そう見られているAriaもSearchの珍しい絶叫に付いて行ききれなかったのか、きょとんとして目をぱちくりさせてている。
「ね、姉さま? それはどういう……」
ああ訊かなければいいのに……と、未彩のPETの中にいるロンナ”以外”の全員が内心でうなだれた。
普段のSearchなら”キサマに話す義理は無い”とでもいうであろうが、今日はそのイメージがブチ壊れるぐらいの獰猛な剣幕で答えをまくしたて始める。
Crownは耳が痛いとでも言うように耳を塞いでそっぽを向いた。
「お前は私を誰だと思っている! 警察の殺人鬼だぞ!? 私は人を殺すために居るんだ!! 人を!! 人間を!! それなのに最近ときたらクロスフュージョンで暴走ネットナビ退治ってオイそれは無いだろう!? それこそ普段使わないような斧とか鎌とか弓矢とか使っておきながら、相手は血も内臓も骨も無いデータ! 所詮プログラム!! どれだけいつも中途半端な感覚が溜まると思っている!? ああどうしてくれるんだこのフラストレーションを!!」
それは、正直一般人には理解しがたい、というか絶対に理解できない叫びだった。
前々からSearchの呼び名がソレである事は多くの者が知っていて、熱斗や未彩といったネット警察と縁の深い者はその現場に居合わせたこともあるのだが、それでもその時のSearchは割と冷静で、殺人鬼というよりは人殺しの訓練を受けた冷酷な軍人のようなイメージが近かった。
確かに、それを全く楽しんでいない訳ではなかったかもしれないが、それでも自身のネットナビである殺戮狂――Blood.EXEや、Searchに憧れてDirty Bloodに入って穢れた血のセカンドキラーと成り果てた男性――藤咲 満に比べれば随分と落ち着いたものだったため、周囲はSearchを”殺人鬼”ではなく”特殊な目的に特化した警察官”と認識する事が多かったのだが……
「……今日のSearch刑事、警察官の自覚無いよな。」
マサナが傍にいた未彩に耳打ちで告げた。
未彩は黙って小さく頷く。
もはや警察官というよりもただの快楽殺人犯の様な持論を振りかざすSearchに、人を殺せない事にフラストレーション――欲求不満とはどういうことか、それでもお前は警察官なのか、と問い質したい未彩だが、それはするのは色々と危険過ぎるだろうなと苦い顔で溜息を吐いた。
普段から”姉さまには鮮血が似合いますね!”などと言ってSearchの”その面”を肯定していたAriaでさえ今回は多少腰が引けている。
あまりにも”人を殺す”ことに執着して取り乱しているSearchに、Crownがうんざりだと言いたげに表情をゆがめた。
「まぁまぁちょっと落ち着きなよ刑事さん、アタシだって仕事人だけど、暗殺依頼は受けちゃいないからね!」
少年少女達(※AriaとCrownと雪菜は成人している)の憂鬱を終わらせてあげようと、忍者のような女性がSearchの目の前に歩み寄り、できるだけ明るい態度で落ち着くように言った。
しかしSearchはそれに対して怒り……というよりも侮蔑や殺意の籠った目で刺すような視線を返す。
それを見て”あぁ、風美(さん)は地雷を踏んだ”と悟った未彩とCrownが顔を見合わせ、マサナがそれを見て”良い進展じゃなさそうだなぁ……”と感じ視線を伏せて溜息を吐く。
案の定、Searchは忍者姿の女性――葉暗 風美の胸倉をつかみ上げて罵倒するかのように反論を叩きつけ始めた。
「”アタシだって”だと……? 同じにするな! それはお前があろうとしているだけだろうがっ!」
「い、いや、確かにそうなんだけどねぇ……」
「お前は諜報専門かもしれないが、私はそもそも殺人専門だ! 諜報はおろか、ネットナビの始末など専門外! 人殺しであってこその私だ!!」
――自信持って言うことじゃねぇぇぇえええええ!!――
……と、ロンナとBlood”以外”の全員の内心の絶叫が響いた気がした。
もし此処に光 熱斗が居たら、内心ではなく実際に叫んでくれただろう。
遠くから見守る未彩やCrownでさえ疲れた顔をしているというのだから、胸倉を掴まれて至近距離で叫ばれる風美の疲労、というか気まずさは凄まじいもので、最初のちょっとした明るさはどこへやら、風美の視線は既に宙を泳いでいる。
本当なら此処は未彩あたりが宥めて風美を助けるべきなのだが、規則を守ることがアイデンティティな未彩と、警察に居ながら殺人を犯すSearchはネット警察所属という意味では同業者でも根本的な部分が真反対であるからこういう時はどうにもならないものがあり、未彩は動かない。
勿論Crownやマサナと言った冷静に見守る青年少年達も似たようなもので、しかも二人は身体もメンタルも未彩より弱い。
更に言えばCrownには正直後ろ暗いモノがあり、そこを突かれて玉砕するのがオチだ。
「だ、だけどねぇ、」
「言い訳は必要無い! キサマと私では立場が違い過ぎる! 勿論、周囲が求めるモノもだ!!」
「そうじゃなく」
「しつこい! このまま絞殺されたいか!?」
今周囲があなたに求めていることは沈黙だと思います、と、風美以外の人間、またロンナとBlood以外のナビ達が思った時、小さくカタ……と椅子が動く音がした。
音のした方を見ると、風美の隣に座っていた白衣の天使が立ち上がり、騒動の中心に向かって歩いている。
この白衣の天使はなかなか穏やかで人の扱いに慣れている部分があるので今度は誰も地雷だとは思っていないが、ご愁傷様と思っている者は既に何名かいたりする。
……それ以前に、赤い服の少女と水色と白の服の少年が小さく泣いているのはどうしたものか。
「Searchさん、とりあえず風美さんを離してあげてください、お願いします。」
騒動の中心にたどり着いた白衣の天使は殺人を否定する訳でも肯定する訳でもなく、頭を下げながらそれだけ言った。
この白衣の天使は言うまでもなく看護婦で、本当は殺人など否定したいところだろうが、看護婦であるがゆえにそれでは騒ぎを大きくするだけと察したのだろう。
……というより、風美や真波、Ariaといった一部の人間が異様に鈍いだけかもしれない。
しかしこの、肯定も否定もせずに最低限の要求だけ静かに告げる態度が功を奏したのか、Searchは一瞬キョトンとした後に風美の胸倉からゆっくりと手を離した。
「ありがとうございます。」
「あ、あぁ。」
「ゆ、雪菜ぁ……」
白衣の天使――冬花 雪菜のシンプルな態度に毒気を抜かれたのか、Searchは少し戸惑っているような、衝動的すぎる怒りはとりあえず収まったらしい。
手を離された風美は相当な恐怖にさらされていたのか、雪菜に縋りついてえぐえぐと泣きだし、頭を撫でられている。
未彩とCrownはもはや見たら負けだと思っているのかSearchにも風美にも視線を向けていない。
「……大人って、汚いよな。」
マサナの呟きが、未彩とCrownの胸を刺した。
「Search刑事のほうがある意味純粋って感じ? わざわざ風美の言葉にも反応してた訳だもんねー。」
真波の反応が、二人を撃沈させた。
それぞれのPETの中でチアルとハティが溜息を吐く。
特にチアルはロンナとの関係――ロンナは片思いの相手、ということもあり、それぞれのオペレーターであるマサナと未彩には仲良くいてもらいたいのだが、仲良くどころか今回は未彩の胸を抉ってしまっているこの状況に頭が痛いらしい。
その片思いの相手、ロンナは相変わらずクスクス笑っているのだが……。
さて、一応騒動はおさまった訳だが、だからと言ってSearchのフラストレーションが全て解消された訳ではないだろう、飽くまでも一時的に収まっただけで、いつ余震のような追加の騒動が来るか分からない。
しかしこればかりは未彩にもCrownにもマサナにも真波にも風美にも雪菜にもAriaにも机の影に隠れて泣いている二人にもそれらのナビにもどうする事も出来ない訳で、未彩とCrownはこの先を考えて軽い絶望感に襲われてきて頭を抱えた。
まさかSearchが此処まで頭のおかしい人間だったとは思わなかった、あとでリエイと冷亜にも警告しなくては……などと考える未彩の目は、呆れなど既に消えて完全な疲労の色を見せている。
と、その時急にSearchのPETが通信の着信音を鳴らした。
応答して、PETの上に立体ディスプレイを表示すると、そこに映っているのはDirty Blood事件の時によく見たお上の人。
「Search=Darkness、指令だ。お前の居る科学省から約五キロメートル離れた場所にあるビルにテロが発生した。何故かサイバー空間ではなく現実空間でのことでな、お前に処理を任せよう。」
「……。」
「おい、聴いているのか?Search、」
沈黙しているSearchを見て、”あ、ヤバイ”とそこにいる全員が直感した。
雪菜との会話で少し戸惑い気味の無表情になっていたSearchが、口元を吊りあげている。
「フ、フフ……ククッ、ククククッ……アハハハハハハハハハ!!」
ディスプレイに映るお上の人がポカンと口を開け、何があったと言いたげな顔でSearchを見ている。
Crownがそこには届かない程度の声で、さすが殺戮狂のオペレーター……と呟き、未彩と真波とマサナがそれに頷いた。
高らかに笑うSearchの表情は、警察官でも警察の殺人鬼でもない、警察所属の人間の要素を全て掃った、人を殺したくてたまらない殺人鬼の狂笑としか言いようがなく、珍しくAriaが呆然としている。
多分、数日後には”悪魔のようにダークでブラックな姉さまも素敵です!”などと言えるようになっているのだろうが。
「ハハッ、良いでしょう、引き受けますよ。勿論、皆殺しで構いませんよねぇ?」
もはや、警察官と殺人鬼のどちらがSearchの本質なのか、その場にいる誰にも解らない。
ディスプレイに映るお上の人が苦い顔で”あぁ”と肯定する。
数時間後にはこの部屋には血の臭いが漂うことになるのだろうと考えて、未彩とCrownは酷く気分が沈み、本日何度目か分からない溜息をついた。
「た、頼んだぞ……健闘を祈る……。」
あまりの様子にお上の人も随分と困り果てているようで、何か……おそらく、本当にSearchに頼んでいいのかを迷っているのだろう。
しかし未彩達からすれば頼んでもらわないと困るというか、むしろその頼みがしばらくなかったからこうなったのであって、頼むことが正しい、ハズ。
風美はまだ雪菜に縋りついており、赤い服の少女と水色と白の服の少年も未だ机の影で泣いているようだ。
Searchの了解という返事を最後に通信が切れると、テロ集団の殲滅を引き受けたSearchは近くの椅子を後ろに蹴り飛ばして会議室と外を繋ぐ扉へ向かって走り出した。
しかし何を思い出したのか一度だけバッと振り返り、今まで溜息ばかり付いていた少女に、
「あ、光博士に伝達頼んだぞ、清上院!!」
「えっ!? 俺ぇ!?」
それだけ言うと今度こそSearchは会議室を出た。
ドアが閉まる前、近くの部屋に向かって歩いていた科学省職員が邪悪な雰囲気のSearchに恐れおののいて廊下の隅に飛びのいて転げて書類をぶちまけるという、何とも表現しようのないコントじみたシーンが見えたが、笑うものはいなかった。
……いや、正確にはナビが一体だけ笑っていた。
「もー! 最後に面白いものを残していかないでよー! あはは!」
「……ロンナ、お前な……。」
未彩の肩の上でロンナが爆笑している。
この瞬間チアル以外の誰もが、Searchの殺人欲望とは別の恐怖が降臨したことを悟り、未彩の肩から視線を逸らした。
看護婦の雪菜でさえもまた”管轄外です”と言いたげな顔をしている。
この腹黒超魔王ロンナ.EXEがあの殺人鬼よりも精神的に恐ろしいことはもはやほぼ周知の事実で、むしろ、殺人のSearch、精神破壊のロンナ、と言っても過言ではない。
そこへ運悪く、水色と白の服の少年が顔を上げて出てきてしまった。
「うー……ねぇ、もうSearch刑事、行った?」
「優斗か…あぁ、Search”は”行ったぞ。」
未彩が一文字だけ妙に強調して答えたのは、殺人鬼は居なくなったが精神破壊者が代わりに降臨してしまった事を示していて、雪菜を筆頭として多くのオペレーター達が苦い顔をしている。
それでも水色と白の服の少年――光野 優斗はそれがロンナのことを指しているのだと気付けず、机にうつぶせて震えている赤い服の少女の背中を軽くゆすりながら優しく声をかけた。
「秋斗ちゃん、Search刑事はもう行ったって。」
「ほ、本当ですかっ……?」
優斗に教えられ、赤い服の少女――少院 秋斗はゆっくりと上体を起こし、顔を上げた。
その顔は涙でびしょ濡れになり、更にまだ恐怖でひきつっている。
そんな秋斗を見て嫌な予感がしたのは未彩だけか、それとも他の数名も口に出さないだけで思っているのか。
どうやらCrownは既に随分痛い目を見ているらしく、未彩と同じ苦い表情が他よりも顕著に表れている。
いや、ただ単にCrownが感情を隠す事を不得意としているだけかもしれないが。
「こ、怖かったです……優斗くん、未彩さん……」
秋斗はまだ小さく震えながら大好きな人たちへと助けを求めた。
優斗は近くにいるのと同時に実害がないからともかく、未彩は精神破壊者を連れているので本当は近づきたくないのだが、秋斗の某金融関係コマーシャルの犬のように潤んだ瞳に負けてゆっくりと秋斗に近付く。
秋斗は一番信頼のおける二人が来て宥めてくれて安心し始めるも、つかの間、
「秋斗ちゃんは自分に優しく良い子良い子してくれる人以外は全部怖いもんね!」
まだ血の臭いのしない空気が、完全に凍った。
「お前らマジで何なの……」
善人のフリをした悪人かよ、というマサナのぼやきに応えるものは誰も居なかったとさ。
End.
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