短編“未満”小説『太陽と月』
【太陽と月】
それはトランプ・マジシャンズ壊滅から一ヶ月が経った頃の夜、西洋の王室のような装飾品の多い部屋でのこと。
一つの灯りも点けていない、月明かりだけが微かに届く青いような黒いような暗い部屋の中、その一角にある寝台の上で、この部屋の主であるCrown=Whiteはうつ伏せで横たわり枕に顔をうずめながらある少年の名を呟き続けていた。
「熱斗くん、熱斗くん、熱斗くん、熱斗くん……」
顔をうずめた枕を爪が刺さりそうなほど強く掴み、会いたくて仕方がない少年の名前を繰り返す。
あの時、トランプ・マジシャンズが潰れて、そのトップであったことが世間と家族にバレて社会的地位も失って絶望の底に沈みかけた自分の手を握ってくれた、自分に新しい光を見せてくれた、こんな自分と友達になってくれた、その彼に逢いたい。
あの包み込むような温かい手を、輝くような明るい笑顔を、行動的な元気な姿を見たい、そしてその傍にありたい。
自分に”俺が友達になる!”と宣言してきた強い決意の瞳や、”Crownも一緒に行こうぜ!”と言って友達の輪に入れてくれた時の明るい笑顔、そしてそれらに自分の中の冷たい氷のような孤独が解けていく感覚、それらを思い出しては一層強く枕に爪をたてる。
会いたい、逢いたい、遇いたい、逢いたい、逢いたい、遇いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい――……。
――あぁ、メールでも着たらいいんだけどなぁ。――
しかしこんな時間にそんな奇跡が起こる訳も無いことはCrown自身よく分かっている。
現在、午前一時。
健全な小学生である熱斗がこんな時間まで起きてPETやパソコンを弄っているなどあり得ないことで、例えこちらから何らかの連絡を取ったとしても反応は翌日、もしくはロックマンが”明日連絡させるよ”と言ってくれるだけだろう。
夜の暗く重い静寂だけがCrownを囲う。
「熱斗くん、熱斗くん、逢いたいよ、ねぇ、独りにしないで……熱斗くん……」
今まで――トランプ・マジシャンズとWhite Digital Project(通称、WDP)の副社長を兼任していた時、Crownが科学省に行く理由はトランプ・マジシャンズの活動を円滑に進める情報収集のためと、最愛の妹――Aria=Whiteのためだった。
しかし今は、初めての友達――光 熱斗に逢いたい、ただそれだけで、オフィシャルネットバトラーの少女――清上院 未彩や警察の殺人鬼――Search=Darknessなどに散々”このシスコン”と罵られたCrownの面影は随分と薄れている。
Ariaが居ようが居まいが科学省に来て、一番初めに口にする言葉が”熱斗くん!”や”熱斗くんは?”となっていくCrownに、彼女たちは非常に驚いていた。
未彩は当たり前としても、あのSearchすら最初の内は驚きを隠せていなかったというのはなかなかの事態だ。
そして、Crownのナビ――レナート(または、ジョーカー)も、そんなCrownに驚き、そして哀れみを感じる一人である。
「熱斗くん熱斗くん、熱斗くん、熱斗くん、熱斗くん、熱斗くん――」
「……Crown様、もうお休みになられた方が良いです。」
奇跡は起こらないと知りながらも熱斗を呼び続けるCrownは全人類を己が支配下に置くのだと意気込んでいた時よりも遥かに不気味で、これならまだ熱斗に手を差し伸べられる前――トランプ・マジシャンズがつぶされ、全ての気力を失って死体のようだった時のほうがマトモだった気がする。
寝台に横たわるCrownを机の上に無造作に置かれたPETの傍で見つめるレナートの目には、呆れとも言える冷めた感情と、それでも自分のオペレーターを心配するがどうも表面化出来ない思いが燻っているような陰りがある。
いつまで、繰り返すつもりなのだろう。
最近のCrownは毎晩毎晩こうして熱斗を呼び続け、独りで異常な孤独感と争い、それに浸食され、午後になると何かが切れたように高揚した精神状態で科学省へと向かう。
そして熱斗が居ると真っ先に駆け寄って行き、居ないと近場の人間に”熱斗くんは?”と訊く。
あまりにもそれが酷いものだから、熱斗の父親である祐一朗に”まるで熱斗の弟になったみたいだね”とか、未彩のナビのロンナから”これがホントの熱中症だね!”とか、果てにはSearchから”一種の薬物中毒だな”と言われてしまっている。
普通なら怒ってもいい、以前のCrownなら”馬鹿にしないで!”と言った筈のその言葉達。
しかし、今のCrownはキレるどころか、祐一朗には”本当になれたら楽しそうですよね”とか、ロンナには”それだけ熱斗くんが魅力的なの!”とか、Searchにさえ”とても良い意味でね”などと、好意的とも言えるような穏やかな反応を返している。
心に余裕ができた、と考えることもできるが、熱斗以外はどうでもいいのかもしれない、と考えることもできるこの事実を、レナートは危惧している。
今まで一心不乱に熱斗だけを呼び続けていたCrownだが、レナートの声は届いたようで、枕に爪を立てる指から少し力が抜けた。
声は届くことにレナートがホッとしたのもつかの間、すぐにCrownの反論が始まる。
「無理だよ、熱斗くんのことを考えるだけで、凄く苦しくなっちゃうのに、全然やめられないんだから……あぁ、早く午後にならないかな……。」
どうせニートなのだから、今からその時間まで寝ていた方が楽だとおもう、という少し捻くれた更なる反論を、レナートは吐かずに飲み込んだ。
レナートに反論するためなのか、枕から手を離して体勢を仰向けに変えたCrownのセリフはまるで恋する乙女だが、生憎Crownは乙女という歳ではないどころか、そもそも性別が違う。
そもそもこれは恋情ではなくて友情なのだからこの例えは根本的に間違っている気もするが、それでもそれと同じ危うさを今のCrownが抱えていることは間違っていないだろう。
例えるなら、桜木 真波と旗見 マサナの友情を越えた親密さに薄々気づき、静かに、しかし確実に歪み始めている清上院 未彩のような――。
「今日は科学省に来るのかな? 僕の組織が潰れて事件が減ったから、来ないかな……学校まで行きたいけど、さすがに迷惑だよね……」
どうしようもなく、熱斗に逢いたい。
この夜の一分一秒が辛い、夜なんて大嫌いだ、こんな時間を好くのはファンタジーによくある人外か、あの殺人鬼と殺戮狂ぐらいのものだろう?そうだろう?
自分はこんな暗い時間も場所も好きではない、だから早く、あの日差しの降る時間に、最先端技術の研究所で、自分に光を与えてくれたあの子に、熱斗に逢いたい。
そうして熱斗に抱き締めてもらうことでも夢想するかのように、Crownは独りで空気を抱く、自分を抱き締める。
レナートはCrownに気付かれない程度に小さく溜息を吐いた。
Crownはまだ止まらない。
「あぁ熱斗くん、早く逢いたいよ、熱斗くん、熱斗くん……熱斗くんのおかげで、僕だって……だから……熱斗くん……」
Crownは自分も光り輝く人間の一部になった気でいるが、それは月と太陽の関係ではないだろうか?
自分で輝くことができるのは熱斗だけで、Crownは所詮それを受けて自分が光っているように見せることしかできず、だから熱斗が居ない独りの夜はこんなにも熱斗を想い、その存在を渇望する。
これなら光など無く闇に紛れて多くの命を奪ってきた殺人鬼Searchのほうがしっかりした”自分”を持っているし、更に言うなら、Crownに近い立場ではあるが、自分は所詮帳の外だと気付き始め、そのせいで歪み始めている未彩の方がまだマシだろう、色々と気付いているのだから。
自分が今まで見下してきた人間に及ばないCrownを哀れむように見て、レナートはもう一度溜息を吐いた。
End.
それはトランプ・マジシャンズ壊滅から一ヶ月が経った頃の夜、西洋の王室のような装飾品の多い部屋でのこと。
一つの灯りも点けていない、月明かりだけが微かに届く青いような黒いような暗い部屋の中、その一角にある寝台の上で、この部屋の主であるCrown=Whiteはうつ伏せで横たわり枕に顔をうずめながらある少年の名を呟き続けていた。
「熱斗くん、熱斗くん、熱斗くん、熱斗くん……」
顔をうずめた枕を爪が刺さりそうなほど強く掴み、会いたくて仕方がない少年の名前を繰り返す。
あの時、トランプ・マジシャンズが潰れて、そのトップであったことが世間と家族にバレて社会的地位も失って絶望の底に沈みかけた自分の手を握ってくれた、自分に新しい光を見せてくれた、こんな自分と友達になってくれた、その彼に逢いたい。
あの包み込むような温かい手を、輝くような明るい笑顔を、行動的な元気な姿を見たい、そしてその傍にありたい。
自分に”俺が友達になる!”と宣言してきた強い決意の瞳や、”Crownも一緒に行こうぜ!”と言って友達の輪に入れてくれた時の明るい笑顔、そしてそれらに自分の中の冷たい氷のような孤独が解けていく感覚、それらを思い出しては一層強く枕に爪をたてる。
会いたい、逢いたい、遇いたい、逢いたい、逢いたい、遇いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい――……。
――あぁ、メールでも着たらいいんだけどなぁ。――
しかしこんな時間にそんな奇跡が起こる訳も無いことはCrown自身よく分かっている。
現在、午前一時。
健全な小学生である熱斗がこんな時間まで起きてPETやパソコンを弄っているなどあり得ないことで、例えこちらから何らかの連絡を取ったとしても反応は翌日、もしくはロックマンが”明日連絡させるよ”と言ってくれるだけだろう。
夜の暗く重い静寂だけがCrownを囲う。
「熱斗くん、熱斗くん、逢いたいよ、ねぇ、独りにしないで……熱斗くん……」
今まで――トランプ・マジシャンズとWhite Digital Project(通称、WDP)の副社長を兼任していた時、Crownが科学省に行く理由はトランプ・マジシャンズの活動を円滑に進める情報収集のためと、最愛の妹――Aria=Whiteのためだった。
しかし今は、初めての友達――光 熱斗に逢いたい、ただそれだけで、オフィシャルネットバトラーの少女――清上院 未彩や警察の殺人鬼――Search=Darknessなどに散々”このシスコン”と罵られたCrownの面影は随分と薄れている。
Ariaが居ようが居まいが科学省に来て、一番初めに口にする言葉が”熱斗くん!”や”熱斗くんは?”となっていくCrownに、彼女たちは非常に驚いていた。
未彩は当たり前としても、あのSearchすら最初の内は驚きを隠せていなかったというのはなかなかの事態だ。
そして、Crownのナビ――レナート(または、ジョーカー)も、そんなCrownに驚き、そして哀れみを感じる一人である。
「熱斗くん熱斗くん、熱斗くん、熱斗くん、熱斗くん、熱斗くん――」
「……Crown様、もうお休みになられた方が良いです。」
奇跡は起こらないと知りながらも熱斗を呼び続けるCrownは全人類を己が支配下に置くのだと意気込んでいた時よりも遥かに不気味で、これならまだ熱斗に手を差し伸べられる前――トランプ・マジシャンズがつぶされ、全ての気力を失って死体のようだった時のほうがマトモだった気がする。
寝台に横たわるCrownを机の上に無造作に置かれたPETの傍で見つめるレナートの目には、呆れとも言える冷めた感情と、それでも自分のオペレーターを心配するがどうも表面化出来ない思いが燻っているような陰りがある。
いつまで、繰り返すつもりなのだろう。
最近のCrownは毎晩毎晩こうして熱斗を呼び続け、独りで異常な孤独感と争い、それに浸食され、午後になると何かが切れたように高揚した精神状態で科学省へと向かう。
そして熱斗が居ると真っ先に駆け寄って行き、居ないと近場の人間に”熱斗くんは?”と訊く。
あまりにもそれが酷いものだから、熱斗の父親である祐一朗に”まるで熱斗の弟になったみたいだね”とか、未彩のナビのロンナから”これがホントの熱中症だね!”とか、果てにはSearchから”一種の薬物中毒だな”と言われてしまっている。
普通なら怒ってもいい、以前のCrownなら”馬鹿にしないで!”と言った筈のその言葉達。
しかし、今のCrownはキレるどころか、祐一朗には”本当になれたら楽しそうですよね”とか、ロンナには”それだけ熱斗くんが魅力的なの!”とか、Searchにさえ”とても良い意味でね”などと、好意的とも言えるような穏やかな反応を返している。
心に余裕ができた、と考えることもできるが、熱斗以外はどうでもいいのかもしれない、と考えることもできるこの事実を、レナートは危惧している。
今まで一心不乱に熱斗だけを呼び続けていたCrownだが、レナートの声は届いたようで、枕に爪を立てる指から少し力が抜けた。
声は届くことにレナートがホッとしたのもつかの間、すぐにCrownの反論が始まる。
「無理だよ、熱斗くんのことを考えるだけで、凄く苦しくなっちゃうのに、全然やめられないんだから……あぁ、早く午後にならないかな……。」
どうせニートなのだから、今からその時間まで寝ていた方が楽だとおもう、という少し捻くれた更なる反論を、レナートは吐かずに飲み込んだ。
レナートに反論するためなのか、枕から手を離して体勢を仰向けに変えたCrownのセリフはまるで恋する乙女だが、生憎Crownは乙女という歳ではないどころか、そもそも性別が違う。
そもそもこれは恋情ではなくて友情なのだからこの例えは根本的に間違っている気もするが、それでもそれと同じ危うさを今のCrownが抱えていることは間違っていないだろう。
例えるなら、桜木 真波と旗見 マサナの友情を越えた親密さに薄々気づき、静かに、しかし確実に歪み始めている清上院 未彩のような――。
「今日は科学省に来るのかな? 僕の組織が潰れて事件が減ったから、来ないかな……学校まで行きたいけど、さすがに迷惑だよね……」
どうしようもなく、熱斗に逢いたい。
この夜の一分一秒が辛い、夜なんて大嫌いだ、こんな時間を好くのはファンタジーによくある人外か、あの殺人鬼と殺戮狂ぐらいのものだろう?そうだろう?
自分はこんな暗い時間も場所も好きではない、だから早く、あの日差しの降る時間に、最先端技術の研究所で、自分に光を与えてくれたあの子に、熱斗に逢いたい。
そうして熱斗に抱き締めてもらうことでも夢想するかのように、Crownは独りで空気を抱く、自分を抱き締める。
レナートはCrownに気付かれない程度に小さく溜息を吐いた。
Crownはまだ止まらない。
「あぁ熱斗くん、早く逢いたいよ、熱斗くん、熱斗くん……熱斗くんのおかげで、僕だって……だから……熱斗くん……」
Crownは自分も光り輝く人間の一部になった気でいるが、それは月と太陽の関係ではないだろうか?
自分で輝くことができるのは熱斗だけで、Crownは所詮それを受けて自分が光っているように見せることしかできず、だから熱斗が居ない独りの夜はこんなにも熱斗を想い、その存在を渇望する。
これなら光など無く闇に紛れて多くの命を奪ってきた殺人鬼Searchのほうがしっかりした”自分”を持っているし、更に言うなら、Crownに近い立場ではあるが、自分は所詮帳の外だと気付き始め、そのせいで歪み始めている未彩の方がまだマシだろう、色々と気付いているのだから。
自分が今まで見下してきた人間に及ばないCrownを哀れむように見て、レナートはもう一度溜息を吐いた。
End.
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