Re_そして僕らは嘘を突き通す
それから約六時間後の午前一時、それはニホンのインターネットシティの外れも外れにある、粗大ゴミ置き場のような、ロクな整備のされていない電脳世界での事。
ウイルスの一匹も見つからないような、世界の全てから忘れ去られたようなその場所で、二人のネットナビが背中合わせで床に腰をおろしていた。
小学六年生の子供程度の大きさで青色のそれはロックマンで、成人男性の中でもやや背の高い部類に入るであろう緑と黒が目立つそれはサーチマンだ。
二人はそれぞれ、ロックマンは自分の膝を腕の中に抱えて、サーチマンは片方の膝だけ抱えて座っている。
此処に来てこうして座ってから、二人の間には長らく沈黙が流れていたが、やがてロックマンがふと思い出したようにその沈黙を破った。
「……ねぇ、なんで否定したの?」
何処か寂しげで、悲しげで、悔しげで、そしてか細く静かな声のロックマンの問いかけに、サーチマンは答えなかった。
ウイルスの足音一つしないこの場所での事だ、ロックマンの声がサーチマンに届いていないという事は無いだろう。
つまり、サーチマンはわざとロックマンの問いに応えなかったのだ、と気付いたロックマンは、今度は言っている事の意味が分からないフリの沈黙という逃げ場が無くなる様に、少しだけ大きな声で詳しく問いかける。
「なんで、否定したの? ……同性愛の、事。」
ロックマンが問いかけ――否、問い詰めると、サーチマンは観念したように長い溜息を一つ吐いた。
そこに呆れのような突き放した雰囲気を感じ取ったロックマンは不快感から眉間に僅かなシワを寄せ、もう一度サーチマンを問い詰める。
「ねぇ、どうして?」
するとサーチマンはしばしの沈黙の後に答えた。
「……非難されるからに決まっているだろう。」
そう言った時のサーチマンの態度は至って冷静で、自分は正当な行動をとったのだ、と言いたげな言い方をしていて、それはロックマンの神経を逆撫でした。
だからロックマンはそんなサーチマンを嘲り、馬鹿にするような口調で、
「カッコつけないでよ。君、同性愛者でしょ?」
と、嘲笑混じりに吐き捨てた。
しかし、嘲笑されたサーチマンからすればその言い種はとんだお笑い種だったらしく、サーチマンは即座に、
「そう言うお前もな。」
と、言い返してきた。
言い返されたロックマンの表情から嘲笑が消える。
事実を突き付けられて返す言葉を失ったロックマンは、しばらくの間辛そうな顔で沈黙していたが、やがて先ほどの嘲笑とは少し別の、自嘲と呼ばれる笑みをその顔に浮かべて呟いた。
「そうだね……僕も君と同じ、同性愛者だ。」
ロックマンが自嘲気味に呟くと、サーチマンも僅かに視線を伏せて何処か寂しげな表情を浮かべる。
仲間達の否定的な意見に心を痛めているのはロックマンだけではなく、サーチマンも同じなのだ。
そんなサーチマンの雰囲気を察したのか、ロックマンはチラリと背後へ振り返り、サーチマンの背中を見た。
その背中は何処か小さく、寂しく見えて、ロックマンはその場で立ちあがると、サーチマンの両肩に両手を置いてから改めてその場に膝をつき、サーチマンの背中に身体を預けた。
そして、先ほどサーチマンを嘲笑った事を後悔する様な悲痛な声で呟く。
「それに、僕も否定しちゃったよね……。」
約六時間前、ロール達と共に科学省の会議室の大型モニターの電脳世界にいたあの時、ロックマンもサーチマンによる同性愛の可能性の否定に便乗して、自分も付き合うなら女性がいい、と、異性愛者のフリをして同性愛を否定していた、それがロックマンの罪悪感を誘ったらしい。
どうしてあの時素直に、そういう形が存在してもいいと思う、と言えなかったのかを考えるとロックマンは悔しくなり、また同時に、どうしてあの時自分は非難だけを恐れて仲間には勿論自分の本心にすら嘘を吐いてしまったのだろう、と考えて情けなくもなる。
自分がサーチマンの言葉に傷付いた様に、自分もサーチマンを傷付ける言葉を言っていたかもしれない、それを思うとロックマンは悔しいやら情けないやらで、やりきれない思いが湧きだして止まらなくなるのだ。
「ごめんね、君を傷付けたよね、きっと……。」
ロックマンの口から謝罪の言葉が零れた。
サーチマンは僅かに背後を振り返り、自分の肩の上に乗せられたロックマンの手を見る。
その手は僅かに震えていて、少しだけ肩が痛むような強い力がこもっていた。
サーチマンは膝を抱えていない方の腕を上げ、ロックマンの片手に自分の手を重ねる。
そして小さく首を左右に振ると、
「いや、それでいいんだ、きっと。」
と答えた。
ロックマンは少しだけ驚いて顔を上げ、サーチマンの手が重ねられた自分の手を見る。
その次に、いつの間にかロックマンの方から顔が見える程に振り向いていたサーチマンの表情を窺った。
サーチマンは、微笑している。
「……どうして?」
困惑した顔のロックマンの口から飛び出した言葉は賛同ではなく、疑問文だった。
「どうして? 嘘は良くないんだよ? 僕も君も、良い思いなんて一つもしないんだよ?」
この嘘によって得るものなんて一つも無い、あるとすればそれは自分の気持ちと恋人の気持ちに嘘を吐いたという見えない傷跡だけだ、と思うロックマンは、嘘を吐く事を肯定したサーチマンに反論した。
十代前半の無垢な子供らしいロックマンの理想論はとても美しく、それを非難することは正直な所サーチマンにはやや躊躇われる所があった。
本当の事を言えばサーチマンも、ロックマンが言うような、嘘をつかない過ごし方ができたら良いと思っている、それは否定しない。
しかしサーチマンは焦ることなく、その表情に多少の寂しさを滲ませて、小さく苦笑してから答える。
「嘘も方便と言うだろう? 俺達がこれからもこうしていく為に、多少の嘘は必要なんだ。さもなくば、きっと……」
サーチマンは“きっと……”の後に言葉を続けずに、否、続けられずにロックマンから視線を逸らした。
まだその兆しの見えない例え話だとしても、サーチマンにとってロックマンとの“別れ”は考えたくないものであるからだ。
口に出せば本当になってしまいそうて怖い、など、自分も随分と根拠の無い事を信じるようになったものだ、とサーチマンは思う。
ウイルスの一匹も見つからないような、世界の全てから忘れ去られたようなその場所で、二人のネットナビが背中合わせで床に腰をおろしていた。
小学六年生の子供程度の大きさで青色のそれはロックマンで、成人男性の中でもやや背の高い部類に入るであろう緑と黒が目立つそれはサーチマンだ。
二人はそれぞれ、ロックマンは自分の膝を腕の中に抱えて、サーチマンは片方の膝だけ抱えて座っている。
此処に来てこうして座ってから、二人の間には長らく沈黙が流れていたが、やがてロックマンがふと思い出したようにその沈黙を破った。
「……ねぇ、なんで否定したの?」
何処か寂しげで、悲しげで、悔しげで、そしてか細く静かな声のロックマンの問いかけに、サーチマンは答えなかった。
ウイルスの足音一つしないこの場所での事だ、ロックマンの声がサーチマンに届いていないという事は無いだろう。
つまり、サーチマンはわざとロックマンの問いに応えなかったのだ、と気付いたロックマンは、今度は言っている事の意味が分からないフリの沈黙という逃げ場が無くなる様に、少しだけ大きな声で詳しく問いかける。
「なんで、否定したの? ……同性愛の、事。」
ロックマンが問いかけ――否、問い詰めると、サーチマンは観念したように長い溜息を一つ吐いた。
そこに呆れのような突き放した雰囲気を感じ取ったロックマンは不快感から眉間に僅かなシワを寄せ、もう一度サーチマンを問い詰める。
「ねぇ、どうして?」
するとサーチマンはしばしの沈黙の後に答えた。
「……非難されるからに決まっているだろう。」
そう言った時のサーチマンの態度は至って冷静で、自分は正当な行動をとったのだ、と言いたげな言い方をしていて、それはロックマンの神経を逆撫でした。
だからロックマンはそんなサーチマンを嘲り、馬鹿にするような口調で、
「カッコつけないでよ。君、同性愛者でしょ?」
と、嘲笑混じりに吐き捨てた。
しかし、嘲笑されたサーチマンからすればその言い種はとんだお笑い種だったらしく、サーチマンは即座に、
「そう言うお前もな。」
と、言い返してきた。
言い返されたロックマンの表情から嘲笑が消える。
事実を突き付けられて返す言葉を失ったロックマンは、しばらくの間辛そうな顔で沈黙していたが、やがて先ほどの嘲笑とは少し別の、自嘲と呼ばれる笑みをその顔に浮かべて呟いた。
「そうだね……僕も君と同じ、同性愛者だ。」
ロックマンが自嘲気味に呟くと、サーチマンも僅かに視線を伏せて何処か寂しげな表情を浮かべる。
仲間達の否定的な意見に心を痛めているのはロックマンだけではなく、サーチマンも同じなのだ。
そんなサーチマンの雰囲気を察したのか、ロックマンはチラリと背後へ振り返り、サーチマンの背中を見た。
その背中は何処か小さく、寂しく見えて、ロックマンはその場で立ちあがると、サーチマンの両肩に両手を置いてから改めてその場に膝をつき、サーチマンの背中に身体を預けた。
そして、先ほどサーチマンを嘲笑った事を後悔する様な悲痛な声で呟く。
「それに、僕も否定しちゃったよね……。」
約六時間前、ロール達と共に科学省の会議室の大型モニターの電脳世界にいたあの時、ロックマンもサーチマンによる同性愛の可能性の否定に便乗して、自分も付き合うなら女性がいい、と、異性愛者のフリをして同性愛を否定していた、それがロックマンの罪悪感を誘ったらしい。
どうしてあの時素直に、そういう形が存在してもいいと思う、と言えなかったのかを考えるとロックマンは悔しくなり、また同時に、どうしてあの時自分は非難だけを恐れて仲間には勿論自分の本心にすら嘘を吐いてしまったのだろう、と考えて情けなくもなる。
自分がサーチマンの言葉に傷付いた様に、自分もサーチマンを傷付ける言葉を言っていたかもしれない、それを思うとロックマンは悔しいやら情けないやらで、やりきれない思いが湧きだして止まらなくなるのだ。
「ごめんね、君を傷付けたよね、きっと……。」
ロックマンの口から謝罪の言葉が零れた。
サーチマンは僅かに背後を振り返り、自分の肩の上に乗せられたロックマンの手を見る。
その手は僅かに震えていて、少しだけ肩が痛むような強い力がこもっていた。
サーチマンは膝を抱えていない方の腕を上げ、ロックマンの片手に自分の手を重ねる。
そして小さく首を左右に振ると、
「いや、それでいいんだ、きっと。」
と答えた。
ロックマンは少しだけ驚いて顔を上げ、サーチマンの手が重ねられた自分の手を見る。
その次に、いつの間にかロックマンの方から顔が見える程に振り向いていたサーチマンの表情を窺った。
サーチマンは、微笑している。
「……どうして?」
困惑した顔のロックマンの口から飛び出した言葉は賛同ではなく、疑問文だった。
「どうして? 嘘は良くないんだよ? 僕も君も、良い思いなんて一つもしないんだよ?」
この嘘によって得るものなんて一つも無い、あるとすればそれは自分の気持ちと恋人の気持ちに嘘を吐いたという見えない傷跡だけだ、と思うロックマンは、嘘を吐く事を肯定したサーチマンに反論した。
十代前半の無垢な子供らしいロックマンの理想論はとても美しく、それを非難することは正直な所サーチマンにはやや躊躇われる所があった。
本当の事を言えばサーチマンも、ロックマンが言うような、嘘をつかない過ごし方ができたら良いと思っている、それは否定しない。
しかしサーチマンは焦ることなく、その表情に多少の寂しさを滲ませて、小さく苦笑してから答える。
「嘘も方便と言うだろう? 俺達がこれからもこうしていく為に、多少の嘘は必要なんだ。さもなくば、きっと……」
サーチマンは“きっと……”の後に言葉を続けずに、否、続けられずにロックマンから視線を逸らした。
まだその兆しの見えない例え話だとしても、サーチマンにとってロックマンとの“別れ”は考えたくないものであるからだ。
口に出せば本当になってしまいそうて怖い、など、自分も随分と根拠の無い事を信じるようになったものだ、とサーチマンは思う。