深海チョコレート日和

それから時間は経ち翌日の放課後、メイルは自分より少し後方の席に座る熱斗の動向を密かに窺っていた。
幼馴染だからという言い訳ができるにしても、毎年この時期、この日だけは心臓が落ち着かなくなる、とメイルはひそかに想う。
昨日作った三層のチョコレートは薄桃色の綺麗な四角い箱にラッピングをして、熱斗をイメージした青いリボンを飾ってある。
あとは渡すだけなのだが、この渡すだけが毎年一苦労だとメイルは思う。

自分より後ろの席、すなわち熱斗の席で、熱斗が席を立つ気配がした。
どうやら帰り支度が終わったらしい。
メイルはすかさず自分も席を立つと、教室後方のドアから外へ出ようとする熱斗の背中を追って、その背に声をかけた。

「熱斗、一緒に帰っていいかしら?」

声をかけると熱斗はゆっくりと振り向いて、少しだけ困ったような表情を見せ、

「あー、今日はこのまま科学省に行く事になってて、だから途中までになっちゃうんだけど、いい?」

と訊き返してきた。
それを聞いてメイルは落胆する、と思いきや、逆に微笑を深めて、

「あらそうなの? じゃあ私も一緒に科学省まで行くわ。いいわよね?」

と更に訊き返した。
熱斗は一瞬、え? なんで? と言いたげな顔見せたが、メイルがそれで良いならまぁそれでもいいかと思ったのか、頷いて、

「分かった、じゃあ行こうぜ。」

と返事をし、再びメイルに背を向けて廊下を歩きはじめた。
メイルは少し軽く楽しげな足取りでその背を追う。
普段なら少し落胆する筈の展開も、元々科学省に行く予定のあった今日のメイルにとっては好都合の一つで、メイルは科学省に着いたら熱斗だけでなく祐一朗にもチョコレートを渡してしまおうと考えながら歩いた。
廊下を進み階段を下り、昇降口から校庭に出て正門を通り抜け道路へ出る。
そして閑静な住宅街を抜けて大通りに出て、そのままメトロの駅に向かう。
改札を通ると丁度電車が乗客の乗り降りを待っていて、メイルと熱斗はその電車に乗り込んで科学省を目指した。
十数分後、電車は科学省最寄りの駅に止まる。
メイルと熱斗はその駅で電車を降りて改札を後にし、科学省を目指して歩きだす、その途中でメイルは熱斗に声をかけた。

「熱斗、ちょっと良いかしら?」

メイルが訊くと、熱斗は、

「ん、何?」

と言いながら振り返って立ち止まる。
メイルは熱斗が立ち止まって振り返ってくれたのを確認すると、それまで背中に背負っていたカバンを下ろし、ファスナーを開け、青いリボンが付いた薄桃色の箱を取り出した。
熱斗が少し驚いたような顔でメイルを見る。
メイルは熱斗に歩み寄ると、その目前に桃色の箱をゆっくりと差し出して笑った。

「はい、バレンタインのチョコレートよ。頑張ったんだから、絶対食べてよね。」

熱斗はしばしキョトンとしていたが、そのうちハッとした様な顔でメイルとその箱を交互に見るようになり、やがて状況を理解しきったのかメイルが差しだす桃色の箱をゆっくりと受け取った。
その表情は驚きと嬉しさと恥ずかしさがどうにもごちゃごちゃに混ざりあっているようで、熱斗は少し照れくさそうに笑いながらメイルにお礼を告げる。

「あ、ありがとうメイルちゃん、大切に食べるよ。」

ほんのり赤くなった熱斗の頬とその笑顔を見て、メイルはとりあえず熱斗は喜んでくれたと確信して満足する。
そしてメイルは進行方向から見て熱斗の後ろに立っていたのを隣に立ち直すと、

「それじゃあ行きましょう。」

と言って再び歩きだした、
熱斗も薄桃色の箱を抱えたまま進行方向に向き直って歩きだす。
そして二人はしばらく雑談をしながら歩き、ようやく科学省に着いた。
メイルと熱斗は受付嬢に声をかける。
まず熱斗が受付嬢に挨拶をした。

「こんにちは!」
「あらいらっしゃい、今日はお友達も一緒なのね。」

いつでもにこやかで顔なじみの受付嬢は今日も出顔で出迎えてくれた。
熱斗はネットセイバーとしての会議の為に来たことを受付嬢に説明し、会議室の階数と部屋番号を聞く。
メイルはしばしの間その会話を黙って見守っていたが、熱斗が、じゃあ行ってくる、と言ってその場を離れようとした瞬間、それにストップをかけるかのように口を開いた。

「あのっ、光博士は今どこにいらっしゃいますか?」

メイルの突然の質問に熱斗も受付嬢も一瞬少し驚いたような顔を見せたが、受付嬢はすぐにいつもの笑顔に戻って、

「光博士なら指令室でディメンショナルコンバーターの調整中よ、何かご用事かしら?」

と訊いてきた。
メイルはそれに一度だけ頷いて、

「はい、ちょっとだけ。今会いに行っても大丈夫ですか?」

と訊き返す。
熱斗がどこか怪訝そうな顔でメイルを見ていたが、メイルは今だけはそれを気にせず受付嬢との会話を進める。

「えぇ、ちょっと待ってね……」

受付嬢は一時的に受付を離れ、奥の部屋へと入っていった。
おそらく内線で祐一朗にメイルが会いたがっている事を伝えに行ったのだろう。
少し緊張して、しかし楽しげに受付嬢の戻りを待つメイルに、熱斗はロックマンと一緒になって不思議なものを見るような視線を向けていた。
やがて受付嬢が連絡と確認を済ませたのか奥の部屋から出てきてメイルと熱斗の前にあるカウンターへと戻ってくる。
戻ってきた受付嬢は何処か微笑ましそうな笑顔を見せながらメイルに視線を向け、

「今連絡してきたわ、来てもらって良いそうよ。いってらっしゃい。」

と教えてくれた。
メイルは受付嬢に一礼して礼を言うと、少しだけ離れた所にいる熱斗に振り向いて、

「じゃあ私ちょっと行ってくるから、先に会議室に行ってて!」

と言って、熱斗の返事も聞かずにすぐにその場を立ち去るように軽く駆けだした。
熱斗とロックマンは何故メイルが祐一朗に用事があるのか、またその用事とは何なのかが分からず顔を見合わせる。

「ロックマン、メイルちゃんの用事って何だろう?」
「さぁ……とりあえず僕達は会議室に行こうよ。」

ロックマンの返事に、熱斗はやや納得がいかないながらも小さく頷いて、会議室のある棟に向かって歩きだした。
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