にゃんにゃん☆ぱにっく!

そしてメイルはそれから数分後、熱斗が溢れる血液を舐め尽して、自分の血小板の働きもあり出血が止まってきた頃、事の重大さに気付いたネットナビ達が現実世界を見に来た時にようやく解放され、浴室に脚を洗いに行く事を許されていた。
シャワーにノズルから溢れる熱すぎず冷たすぎない水がメイルの太股、その傷跡を中心にかかり、脚を伝って床に流れ落ちていく。
一応血が止まっているとはいえ、まだ完全には乾き切っていない傷口を伝う水はほんのりと赤くなって床に垂れ、メイルはそれを見て溜息を吐く。
大体の事は、推測とはいえロールとロックマンから聞いた。
その内容を思い出して、メイルは、今もこの浴室の入口の外で待っているであろう大きな猫――熱斗の事を思ってまた溜息を吐く。

一方熱斗は、これ以上なく満足した表情でメイルが浴室から出てくるその瞬間を待っていた。
近くにあの悪戯仔猫は居ない、今あの仔猫は小さなケージに入れられてラッシュの監視下にある。
そしてそれはメイルが自分を、熱斗を構ってくれる事を決めた合図でもあり、熱斗はそれが飛び上がって踊り出したい程に嬉しかったのだ。
口で言いたかった事はロックマンとロールが代わりに大体伝えてくれたのだし、後はメイルが出てきたら今度はもう少し大人しく、けれど放置は許さない猫として側に居よう、そんな事を考える熱斗は表情が自然と緩まるのを止める事はできなかった。
その肩の上で、ロックマンが溜息を吐く。

やがてザァザァという音が止み、両足が素足で片足に大きな傷をつけられたメイルが浴室から出てきた。
熱斗はすかさず反応し、近くにあったタオルを手に取る、その手にはもうあの刃物の付けられた手袋は付けられていない。
それはどういう意味なのか、メイルには分からなかったが、熱斗はしっかりと自覚していた。

もう刃物で脅さなくてもメイルは自分の傍にいてくれるであろうから外したのだ、と。

メイルはしばしの沈黙の後、熱斗の右手から清潔なタオルを受け取った。

「……ありがと、熱斗。」
「にゃん。」

メイルの礼に、熱斗はまた人語ではなく猫の鳴き真似を返した。
メイルとロックマンがほぼ同時に溜息を吐き、メイルは疲れた表情のままタオルで脚の水気を拭いた。
怪我をしていない方の脚を拭いてから怪我をしている方の脚を拭く、そしてタオルを見るとタオルはほんの僅かに、薄っすらとだが赤く染まっている。
やはりしばらくはガーゼか包帯でも貼るか巻くかしなくては駄目か、と思いメイルが何度目か分からない溜息をついた時、熱斗がふとメイルに背中(いや、二足歩行ではなく四足歩行なので正確には尻だ)を向けて廊下へと出ていった。
そしてしばらくしてから後ろを振り向いたその様は、まるで“こっちについて来い”と命令しているようで、メイルは納得がいかない顔をしながらも、まだ少し痛む太股を気にしつつ歩きだした。
熱斗はそんなメイルを今更ながら気遣うようにちょいちょい背後に振り返りながら廊下を四足歩行で歩き、リビングに入る。
そして熱斗はそのままソファーまで歩いて行き、その上に飛び乗ってまた最初にその足元に寝そべった時のように丸くなって寝そべってしまった。
もう、一体何なのよ? と言いたげなメイルだったが、ソファーから視線を逸らした時、そのソファーの前にあるテーブルの上に四角いものが置いてある事に気がついた。
何かしら? と思って近付いてみるとそれは救急箱で、メイルはもしかしてと思って熱斗を見る。
熱斗はメイルの視線に気付いて自分の視線をメイルに向けるとニコッと笑い、

「にゃ!」

と返事をした。
すると熱斗の肩の上のロックマンが少し困ったように、しかし落ち着いた声でメイルへ告げる。

「えっとね、熱斗くんが用意したんだよ。」

よく見ると、救急箱の影にはガーゼや救護用のテープも置いてある。
そういえば先ほどロールが自分の傍から姿を消していた時間があったが、もしかしてそれは熱斗にこの救急箱やガーゼの置き場所を教えに行っていたのか、とメイルは考える。
他にも、そういえば浴室の前に熱斗がいなかった時もあったっけ、と思った時、メイルは急激に熱斗への反感が和らいでいくのを感じた。
熱斗は先ほどの事を悪かったと思っている、だからあの凶器のような手袋も外してこうして救急セットも用意してくれたんだ、と思うと、メイルは急に熱斗を放置していた事が申し訳なくなってきた。
だからメイルは、ゆっくり歩いてソファーのある場所に行くと、熱斗の隣に腰掛けて、その頭を猫耳のカチューシャごと撫でた。
……其処まで全てが熱斗のある程度の計算の範囲内で、よくある飴と鞭の使い分けだとは知らないまま。
ともかくこうしてメイルの関心を悪戯仔猫から自分に向け変える事に成功した熱斗は、嬉しそうに微笑み、

「にゃーにゃー。」

と言いながら大人しくメイルに撫でられているのであった。
ロックマンとロールも、メイルの肩の上で少しホッとしたように微笑んでいる。

その時、光 熱斗は非常に機嫌を良くしていた。


End.
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