七夕の願い事

「今日は七夕なんだって。」

暗い暗い部屋の中、右隣に座った熱斗の呟きに、メイルは小さく肩を震わせた。
ここしばらく今が何日で何月で何曜日なのか分からない日が続いていたが、久しぶりに日付を知った。
言い方からして、熱斗自身も自分で確かめたのではなく、ロックマンから聞かされただけだろう。
相変わらず曜日は知らないし、今が朝か夜かも正直よく分からない。
多分、朝か昼ごろだとは思うのだが。

この暗い部屋はメイルの家のリビング。
窓という窓は全部遮光カーテンが閉められて、その隙間から見える僅かな光だけで二人は大まかな時間を計っていた。
正確な時間はロックマンが知っているのだろうが、熱斗はわざわざ訊こうとはしない。
ロールはもう正確な時間を知らない、何故ならメイルのPETの時計やメールといった外と繋がる、もしくは外を知る機能は、熱斗がロックマンに壊させてしまったから。
僅かな光しかない暗いリビングでソファーに腰かけている二人の姿は、第三者から見れば異様なものであろうが、此処に第三者は居ない。
居るのは二人だけ、もしくは二人と関係者だけ。

暗い部屋の中でも、その暗闇に慣れてきたメイルの目は、熱斗が返答を期待してこちらを見つめていることに気付く。
何か、何か返事をしなくては。

「……そう、なんだ。」

震えるような、掠れたような、力の無い小さな声でその一言だけ返し、メイルは俯いた。
他の音が一切しないこの部屋ではそれを聴き取る事はとても簡単だったのだが、熱斗はもっと別の返答が欲しかったようで、少し不満げに一瞬目を細める。
そして何を思いついたのか、左隣に居るメイルとのわずかな距離を狭めて互いの肩を密着させ、更に自分の右手をメイルが膝の上に力なく置いていた左手に重ねて軽く握る。
こんな異常な空間にこうして監禁して居るわりには、熱斗は大した暴力をふるってはこない、全身が痣だらけになる程殴られるとか、凌辱されるだとか、そんなものは無い。
最初の頃はたまに叩かれたり、手首を強い力で握られたりもしたが、今はそれもほとんど無くなっている。
そう分かっていても、メイルは反射的に警戒してしまい、腕に力が入る。
だが、それは飽く迄も力が入るだけで振るわれる事はないと、メイルだけでなく熱斗も知っているらしく、力で抑えつけようとはしない。
ただ、最初にしようと思った事を、言おうと思った事を続けるだけ。

「ねぇ、去年のお願い事、覚えてる?」

熱斗の声はメイルほど弱々しくはなく透き通るような音が健在だったが、それでも以前の明るさは薄れて曇ったような雰囲気を纏っていた。
メイルがゆっくりと熱斗の顔を見ると、熱斗はほんのりと嬉しそうに微笑んでいる。
去年、自分は何を願っていただろう?
確か、学校で書いた短冊には――

「これからも、仲の良いクラスで」
「違うだろ?」

メイルが言い切る前に、熱斗が否定した。
熱斗の右手がメイルの左手を離れ、今度は左頬を撫でる。
先ほどよりも強引になってきたその態度でメイルは熱斗が少し怒っていることを感じ、息を飲んだ。
以前だったら驚きと喜びを感じたかもしれない恋人としての動作に、今は恐怖ばかり感じてしまう。
怖い、大好きな人なのに、こうして欲しかったぐらいだった筈なのに、これ以上なく愛されているのに、酷く怖い。
そうして怯えるメイルの耳元で、熱斗は質問を続ける。

「それは建前、学校での話だろ。……隣町の商店街で書いた短冊には、なんて書いたか覚えてる?」

そう、あれは確かに去年の七月七日、メイルは熱斗と一緒に隣町の商店街に行っていた。
理由は、隣町で七夕限定の小物が発売されていたからで、いつものようにメイルが熱斗に一緒に来てほしいと半ば無理やり頼み込んでいたのだ。
熱斗は最初こそ興味が無い上に面倒臭いと言いたそうな顔をしていたが、そんなに言うなら、と、ついてきてくれた。

――あの時はとっても面倒臭そうで、俺はあんまり関係無いって言いたそうだったのにね……。――
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