にゃんにゃん☆ぱにっく!

そんなネットナビ達の困惑はさて置き、現実世界はというと、此方もやはりメイルがネットナビ達と同じ、いや、それ以上の困惑を独りで抱えていた。
熱斗は相変わらずソファーの足下で手足を曲げて丸くなるように寝そべっているし、唯一熱斗の行動の理由を知っている(とメイルは思いこんでいる)ロックマンも、何かばつが悪いのかメイルのPETに隠れてしまってそれっきりだ。
相談出来る相手は無く、ただただ独りで困惑することしかできないメイルは、玄関の扉を閉めた後その場で立ちつくして熱斗の様子を窺っていた、と、その時である。

「ニャー」

どこかから熱斗の声ではない本当の猫の鳴き声がして、メイルはハッとして部屋の中を見まわした。
そうだ、熱斗があまりにも突拍子もない登場の仕方をするものだから忘れていたが、今日はいつもの知人からあの悪戯仔猫を預かっているのだった、と気がついたメイルは、あの仔猫は今部屋のどの辺に居るのかと、そしてまた何かやらかしているのではないかと考えて焦る。
そうして焦るメイルは知らなかったが、その時熱斗もその鳴き声に気付いており、メイルよりも早く仔猫をその視界に収めていた。
熱斗の視線はリビングのカーテン向いている。
そう、その時あの仔猫はリビングの窓にあるカーテンの足下で、そのカーテンで爪を磨ぎたいと言わんばかりにカーテンにその手を伸ばし、爪を引っ掻けようと必死になっていた。
そしてついに仔猫はそのカーテンの布地に爪を引っ掛けるに成功し、仔猫がそのまま手を下にずり下ろすと、ビリリリリと嫌な音を立ててカーテンが破けた。
その音に反応して、メイルも遂に仔猫を視界に入れる事に成功したが、カーテンが破られた以上それは少し遅かったと言わざるをえないだろう。

「ああっ! もう、駄目じゃない!」

メイルは急いで悪戯仔猫の下へ足を進める、その背後で、それまでソファーの足下でその仔猫の様子を見守っていただけであった熱斗がのそりと動き、胴体を床から浮かせた。
そしてまた四足歩行でゆっくりと動き出し、ソファーの足下を離れる。
メイルがカーテンの端っこにたどり着き仔猫を抱きあげて悪戯を辞めさせた時、熱斗はそれとは反対側のカーテンの端っこにたどり着いていて、その指先であの銀色のカッターの刃がギラリと凶暴に輝いていた事に、メイルはまだ気がつかない。

「もう、悪戯しちゃダメよー。」

メイルは子供をあやすように仔猫を抱きあげて抱え、そう言った。
しかし仔猫は、ニャー、と何も分かっていないような鳴き声だけ返して、呑気に顔を擦って手を舐めて、嗚呼何とも、数日預かるだけならともかく毎日共に生活するのは自分には無理だろうな、とメイルは思うのであった。
と、悪戯仔猫はもう抱きあげてその悪戯を辞めさせたのに、メイルの耳にまたカリカリと不穏な音が聞こえてきた。
そしてその音は、ビリッという先ほどの仔猫の悪戯の時のような音に変わる。
メイルはとてつもない嫌な予感を感じながら、ゆっくりと視線をその音のした方――自分とは反対側のカーテンの端っこに向けた。
すると案の定、

「ちょ、ちょっと熱斗!! 何やってるの!?」

仔猫を抱いたメイルの視線の先では、熱斗が爪代わりのカッターナイフの刃で悪戯仔猫と同じようにカーテンを引っ掻き、その一部を破っていた。
メイルは焦って熱斗を止めに向かうも、腕に抱いた仔猫のせいで熱斗の手を取り抑える事が出来ない。
そうしてメイルがあわあわと困惑している間にも、熱斗は何度もカッターの刃をカーテンに向けて刺し、そして簡単にカーテンを引き裂いて見せる。
メイルはしばし悩んだ末に、仔猫をそっと床に下ろした。
仔猫はメイルの足下をすりぬけて何処かへと去っていく。
そして、メイルは熱斗の背後に立ってその両手首を掴んだ。

「にゃ?」

手首を掴まれた熱斗は呑気な声で、なぁに? と聞くかのように短く鳴いて見せるだけで、やはり人間の言語を喋ろうとはしなかった。
しかもその表情はどう見ても笑顔で、それを見たメイルは怒りさえも忘れて困惑したのち、はぁ、と疲れたように溜息を吐くしかなかったのである。
メイルは熱斗の手をゆっくりと、その指先がこれ以上カーテンやその他周囲を傷付けないようにカーテン及び壁際から離すと、此処に至ってようやくその指先に着いている銀色の輝きの正体を確認する。
それが細かく折られたカッターナイフの刃だと気付いた時、メイルは驚いて熱斗の顔を見た。
熱斗の視線とメイルの視線が正面からぶつかり合う、が、熱斗はそれがどうしたのかと言いたげ、いやそれすらも感じさせない真っ直ぐな視線をメイルに向けると、

「にゃーにゃー。」

と言いながら笑顔を作って見せたものだから、メイルは背筋が凍るような恐怖を感じずにはいられず、思わず熱斗の手首から手を離しそうになった。
そうしてメイルが手の力を緩めてしまうと、熱斗はまたカーテンへ手を伸ばそうとする。
それに気付いたメイルは焦って再び腕と手の力を強め、熱斗の手の動きをけん制し、先ほど仔猫に言い聞かせたよりは少し強く、

「駄目よ熱斗、やめてちょうだい。」

と言った。
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