にゃんにゃん☆ぱにっく!

メイルはどうやらそれが本物の猫ではなく人間の声だというのは分かっている様だったが、それが何を意味するのかは分からなったらしい。
明らかに疑問符を携えた声でそう漏らしたメイルはしばし黙っていたが、やがてその声の主を予想したのか、それともモニターでも見たのか口を開く。

「……熱斗?」

しかし、熱斗は日本語――人語で答えようとはしなかった。

「にゃー。」

熱斗はメイルの問いかけに再び猫の鳴き声の真似を返し、メイルを困惑させた。
メイルがまた、受話器越しに、えっと……等と困惑している声が聞こえる。
しかし熱斗は意地でも人語を話す気が無いのか、きちんとした言葉でメイルに話しかけようとはしない。
するとそれを見兼ねたのかロックマンが熱斗の肩の上に現れ、熱斗の代わりにインターホンに向かって声をかける。

「メイルちゃん、僕達だよ、熱斗くんとロックマンだよ。多分熱斗くんは、その、家に入れてほしいんだと思う。だから、えっと、ここを開けてくれる……かな?」

正直、今の熱斗をメイルと逢わせていいのか分からない、そんな不安がロックマンの声に躊躇いを持たせていたが、このままこうしていてもらちが明かないのは目に見えているのでロックマンはメイルに玄関を開けてくれるよう頼んだ。
メイルはしばし悩んだ様でしばらくの間沈黙を保っていたが、やがて小さい溜息をフゥと一つだけ吐いて、やや呆れたように、少し困ったように、

「分かったわロックマン……今開けるわね。」

と言って再びガチャリという音――受話器を置く音をスピーカーから響かせた。
そして数秒も立つと、ドアの向こうでメイルが玄関に近付いてくる足音がトントントントンと聞こえてくる。
熱斗はその足音を聞きながらこの後のメイルの反応を色々と想像して、なんにせよ今の自分の姿にそれなりの驚きを見せてくれるのだろうと期待を膨らませた。
さて、扉が開いた時メイルはどんな顔をしているのだろう? やはり驚くのだろうか? それとも可愛いとでも言ってくれるのだろうか? 万が一スルーだったら引っ掻いてやろう、等という事を考えながら、熱斗は玄関の扉が開くその瞬間を待つ。
やがて熱斗の期待通り、ガチャリとやや重い音を立てて玄関のドアが開かれ、中からメイルが恐る恐ると言った様子で顔を出してきた。
それを視界に入れて、熱斗は鳴く。

「にゃ!」

おそらく挨拶の代りであろうそれに、メイルはしばしキョトンとしてから熱斗の姿を上から下まで何度も見直し、その頭に猫耳、その背後に尻尾が付いている事を確認すると、その肩の上で非常に苦い顔をして固まっているロックマンに視線を移した。
ロックマンはメイルから縋るような視線を向けられている事に気付くと殊更苦い顔になって、その苦さの中に作り笑いを混ぜ、苦笑いと呼ばれるような表情を見せた。
要するに、ロックマンにも今の熱斗の行動の理由は分からず、お手上げ状態という訳だ。
メイルはそれを感じとってしばしの間困ったような顔を見せたが、熱斗の楽しげで期待に満ちた表情に何かを感じ取ったのか、途中までしか開けていなかったドアを全て開き、熱斗が通れるように自分は少し端に寄ってから尋ねる。

「えっと……入、る?」

メイルが恐る恐る尋ねると、熱斗は元気良く、

「にゃー!」

と言って元気良く右手を上げた。
その時、メイルは熱斗の手のその指先に何か光を反射して輝く物が付いている事に気付く。
背後の陽の光がまぶし過ぎて、メイルにはそれがカッターナイフの刃である事は分からなかったが、何やら尖ったものである事だけは理解できたので、あの手では触られたくないなぁという、何やら嫌な予感を感じる事だけはできた。
しかしそう思ったのもつかの間、熱斗は手を下げて普通に家の中に入り、玄関で靴を脱いだ、まではよかったのだが……熱斗はなんと、部屋の中に入るといきなり床に手をついて四つん這いになり、人間でいうなら赤子、動物でいうなら犬猫のように四足歩行を始めたではないか。
メイルは思わずポカンとしてそれを見詰め、しばしの沈黙の後に疑問符も付けられない様子で熱斗へ問いかける。

「……熱斗、何してるの。」

しかし熱斗はその問いかけに振り返ってこそ見せたものの、

「にゃー?」

と、まるでメイルの問いかけの意味を理解できない、もしくはそんなものどうでもいいとでも言うように鳴いて見せただけであった。
熱斗はそのまま四足歩行でソファーのあるリビングの奥までまで進むと、ソファーの足下にまるで猫か犬かのように丸くなって寝そべった。
何時の間にやら熱斗の肩の上からずり落ちてメイルの肩の上に登っていたロックマンは酷く苦く固まった顔でそれを見ている。
メイルも何が何やら分からないと言いたげな顔でそれを見詰めていたが、しばらくして状況を理解したのか、いつの間にか自分の肩の上に登っていたロックマンに視線を向け、問う。

「熱斗、どうしちゃったの?」

するとロックマンは酷く歯切れの悪い声で、

「えっと、ええっと……ど、どうしちゃったんだろうね?」

と返した。
そして逃げるようにメイルのPETの中に入っていってしまう。
そんな事だからメイルは諦めてこの現実をありのままに受け入れるしかなくなってしまい、一体これからどうしろというのか分からない、と言いたげに不満げな溜息を吐くのであった。
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