にゃんにゃん☆ぱにっく!

その時、光 熱斗は非常に機嫌を損ねていた。

「も~、本当に可愛い~。」

とある休日の午後、桜井 メイルの家のリビングの中で、熱斗はソファーに少し行儀悪く座り、右隣に座っているメイルの様子を不機嫌そうな眼差しで眺めていた。
隣に座るメイルは手元の白い毛玉に意識の全てを注いているのか、左隣に座っている熱斗には僅かな視線すら向けてくれない、それが熱斗の不満を加速させる。
それでもメイルはそれに気付く事無く手もとの白い毛玉を撫でつづけていて、熱斗はどうしてこうなってしまったのか、と思いながら、ふと小さな溜息を零した。

つい一ヶ月間程前に晴れて幼馴染から恋人同士へと人間関係のランクアップを果たした熱斗とメイルは、それ以降の休日は毎回のようにどちらかの家に集まり、おしゃべりをしたり、おやつを共にしたりと、互いの時間の共有を進めていた。
特に熱斗は、親ですら割り込まぬ二人だけの時間が心地良かったのか、最近では一人でゲームをするよりも、ロックマンと二人でインターネットをするよりも、何よりも、この二人だけの休日を好いている。
しかしそんな幸せもつかの間、いつものようにメイルの家にアポもそこそこに訪れた熱斗が見たものは、二人の間を繋ぐ事も切り離す事もできるであろう――今回は切り離す事になるであろう、白い毛玉――悪戯っ子の仔猫であった。
メイルが以前にも二回程預かった事があるそれは何かとトラブルメーカーなものであったが、それがまさかこんな形で現れるなどと言う事は、熱斗は勿論、メイルもロールも、ロックマンも考えはしていなかったであろう。

白い仔猫を撫でながら、メイルはとても幸せそうな表情を繰り返し浮かべる。
隣でそれを見詰める熱斗は、まるでいつぞやのラッシュのように不満げな表情を浮かべるが、メイルはそんなこと知った事ではないとばかりに白い仔猫を撫で、時には頬ずりさえしている。
全く、あの時あの後この猫がとんでもない悪戯っ子だと知って困っていたのは何処の誰だったか、という嫌味が頭の中でグルグルと回って、熱斗はそっぽを向きながらもう一度溜息を吐いた。
熱斗の肩の上では、ロックマンとロールが苦笑を浮かべている。

「ん~、ふわふわ~。」

しかしそんな不穏な空気など知った事ではないのか、メイルは仔猫の背中に頬ずりをしながらそんな事を呟いた。
ロックマンとロールが苦笑を深めて顔を見合わせ、熱斗は眉間に不満をシワとして刻みこむ。
まったく、本当にどうしてこうなってしまったのだろう、親でさえ割り込めない二人だけの時間だったはずなのに、たかがこんな仔猫一匹で……と思いながら熱斗が仔猫を睨むと、仔猫はこちらもそんな事は知った事ではないと言いたげに目を細め、呑気に欠伸を一つ漏らす。
もしかしたら仔猫には悪意など無かったかもしれないが、どうにも不機嫌な熱斗にはそれが仔猫から自分への自慢と挑発に見えて、普段なら普通に湧いてくるはずの小動物に対する可愛いという感想が壊れ、メイルの膝の上の仔猫に言い表しきれない憎らしさを感じた。
犬畜生ならぬ猫畜生め、という自分らしくないトゲトゲとして毒々しい苛立ちを感じた熱斗は、どうにかしてこの仔猫とメイルを引き剥がしたいと思い、思い切ってメイルに声をかける。

「ねぇメイルちゃん、」
「なぁに、熱斗。」

メイルは視線を仔猫に向けたまま声だけで応えた。
少しの視線も向けてもらえない事に、熱斗の不満はもはや無限大の領域まで深まる。
先ほどまでは何も話していなくてただ隣に座ってただけだったから分かるが、声をかけてもその薄くて適当、いやテキトーな反応はどういう事かと、熱斗は苛立ちから軽く唇を噛みしめる。
それでも、熱斗は仔猫とメイルを引き剥がしさえすればその後はどうにでもなると信じ、怒鳴りたい衝動を堪えつつ言葉を続けた。

「今日は家じゃなくて何処か出かけない? 公園とかさ。ゲームセンターでもいいぜ? あぁ、花屋とかでもいいよな! ヒグレヤで新しいチップ探しも良いし、たまにはちょっと遠出して最近できたお洒落なカフェとか――」

正直なところを言えば、本来ならば他人の多い、もしくは知り合いに出会う可能性が高い場所にはあまり出向きたくないのが本音であったが、それでも今日のように家の中に居ても自分を見てもらえないよりは、知り合いに会う可能性が多少あったとしても外に出る方が良いと、熱斗は普段からよく通っている場所を軒並み言葉にしてメイルに提示してみた。
これだけの場所をあげればメイルも一つぐらいは何か肯定の返事をしてくれるだろう、というよりも頼むから肯定して欲しい、そんな願いを込めて熱斗は様々な場所の名前をあげ続ける。
しかしメイルは熱斗に視線を向ける事はなく白い仔猫を撫でながら、小さく首を横に振った。

「え、どうして?」

困惑した熱斗が驚いて問いかけると、メイルは、

「だってこの子、とっても悪戯っ子なんだもの。今日は一日この子の様子を見ておかなくっちゃ。」

と言って再び仔猫に頬ずりをした。
熱斗は落胆して肩を落とすと同時に、仔猫に対して並々ならない怒りと憎悪と嫉妬を感じ、先ほどよりも強く唇をかみしめ、眉間のしわをより一層深いものにした。
その形相のあまりの迫力、すなわち怒りのオーラに、熱斗の肩の上のロックマンが後ずさり、ロールがこれ以上見ていられないと言わんばかりにメイルのPETの中に戻る。
それでも肝心のメイルはそれに少しも視線を向ける事はなく、平和そうに仔猫を撫でている。
熱斗はもう、我慢ならなくなっていた。

あの仔猫がもしも人間だったなら遠慮無く一発殴ってやるのに、いや許されるものなら仔猫のままでもその首根っこを捕まえて床に全力で叩きつけてやりたい、そんな暴力的な衝動をギリギリのラインで堪えながら、熱斗は勢い良くソファーから立ちあがった。
それでもメイルはそれが大した用事だと思っていないのか、視線を熱斗に向けてはくれず、やはり仔猫の背中やお腹を撫でてニコニコとした幸せそうな笑顔を浮かべている。
親兄弟や親戚、もしくは自分より確実に魅力のある人間の男性ならまだしも、こんな小さく何もできないどころか悪行しか働かない仔猫に負けるなんて、という敗北感が熱斗の心をより惨めに打ちのめし、普段なら抱える事のない、まるでダークオーラを背負ったダークロイドのような暴力的な雰囲気を熱斗に纏わせる。
先ほどからそれを見ているロックマンなどはもう、何時何が起こる事かと不安で不安でたまらず、表情に必要以上の緊張が現れているのだが、全意識を仔猫に向けていると言っても過言ではないメイルはそれにも気付かない。

「……ッ、帰る!!」

熱斗は最後の警告だと言わんばかりに乱暴な声でそう告げた。
しかし、

「あらそう、じゃあまたね。」

メイルはその最後の警告さえ無視をすると同じような澄ました声で流してしまったのだ。
これにはもう仔猫が憎いだけではなくメイルまで憎らしくなってきた熱斗は、新たな返事を考える事も忘れてそのまま玄関へ向けて歩きだした。
熱斗の肩の上ではロックマンが非常に苦い表情で頭を抱え、メイルの肩の上ではロールが何かをメイルに気付かせようと必死になっている。
しかしメイルは涼しげな顔で仔猫とじゃれあい続けるものだから、熱斗はもう怒りが普段の喧嘩よりも、悪の組織に対峙した時よりも、何よりも強くなって、限界を超えて、玄関のドアを開けて外に踏み出した後に一度だけメイルに視線向けて叩きつけるように叫んだ。

「メイルちゃんの馬ぁぁぁあ鹿!!」

これにはメイルもムッと来たのか、此処に来てようやくメイルは顔を上げて熱斗を見たが時すでに遅し、熱斗はそのまま玄関のドアを当てつけだと言わんばかりに勢い良く大きな音を立てて閉じた。
一人と一匹でリビングに取り残されたメイルは、失礼ね! などと言って軽い不満を零すが、普段なら同意してくれるであろうロールは苦い顔でメイルから視線を逸らすだけだった。
その表情は、まさかメイルがこんな所で熱斗よりも鈍感だったなんて、と言いたげである。
それでもメイルは今まで熱斗に向けていたはずの自分の愛情を全て仔猫に向け、その背中を撫でながら言う。

「貴方は熱斗と違って可愛いわねー。」

ロールはもう、何も言えなかったという。
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