君だけ見てる、僕を見て。

拘束されてどのくらい経っただろう、喚く気力も無くなりかけて、無言でうつむいていたロックマンの耳に、その声は届いた。

「プラグイン! ロール、トランスミッション!」

それがメイルがロールをこの電脳へプラグインした掛け声だと分かった時、ロックマンは急に視界が鮮明になったような、混濁しかけた意識が急激に現実へ戻る感覚を覚えた。
ロールが此処へ来る、それを知ったロックマンは、罪人のように磔にされたまま、視線を真下の地面からやや前方へと向け直す。
そしてその視線の先に、最愛の人物の姿をとらえた。

「ロール、ちゃん……。」

顔を上げて前方を見ると、そこには幻でも何でもない、本当のロールの姿があった。
ロールは拘束されたロックマンを見て一瞬ショックを受けたような、驚いた顔を見せる。
その驚いた表情が何故かおかしくて、ロックマンは自嘲混じりに小さく笑った。
それを、何がおかしくて笑っているのか解らない、と言いたげなロールの視線がロックマンの視線とぶつかる。
そしてロックマンはその視線をしっかりとロールの視線に絡ませたまま、ゆっくりと口を開いた。

「よく、此処に来れたね。熱斗くんあたりに、反対、されなかった?」

外の会話を聴いていたのか聴いていなかったのか、おそらく少しは聴いていたと思われるその言葉に、ロールは少しだけ困ったような顔を見せる。
その様子がやはりなぜかおかしくて、ロックマンは再び小さく笑う。

「あはは、反対されたって顔だね……当たり前か。」

その笑みが徐々にあの時の歪な笑みに近付いている事に、ロックマン自身は気付かない。
ただ、ロールだけがその表情の変化を目に焼き付けている。
そして今度はロールがやや怯えながら口を開いた。

「ロックマン、教えて……なんで、なんであんな事をしたの……?」

そう言ったロールの目はまるでロックマンに縋りつくような痛切さを秘めており、普段のロックマンであったならその理由とやらを告げるより前に一言、ごめんね、と謝っていたかもしれない。
しかしこの時のロックマンには、その縋るような視線が異様なほど愚かな物に見えて、異様なほど不愉快な物に見えた。
縋りつきたいのは自分の方なのに、縋りついたその手をはらわれたのは自分の方なのに、それなのに今更そんな被害者じみた目で見るなんて卑怯だ、という被害者意識がロックマンに再び苛立ちを与える。
だからロックマンは、ブルースを攻撃し、ロールにもバスターを向けたあの時のように歪に笑って、

「君のせいだよ。」

と、一言告げた。
全ての責任をロールになすりつけるその言葉に、ロールの目は驚きに見開かれ、現実世界では熱斗とメイルが自分の耳を疑う。
ロックマンは驚きに満ちたロールのその目を見て、嗚呼ロールはまだ自分が僕に何をしたのか解っていないのか、と残念に思う。
そしてロックマンはロールを軽く見下しながら、磔にされた状態のままで、数々の“愛故の言葉”を吐き出し始めた。

「ねぇロールちゃん、あの時君はどうしてブルースと一緒に居たの?」

確かに自分は先約ではなかったのかもしれない、ブルースの方が早かったのかもしれない、それはロックマンにもよく解っている。
しかし、ロールにとっての重要度でいえば、本来自分の方が上で当たり前ではないのだろうか、ともロックマンは想う。
嗚呼、それなのに、

「どうして僕じゃ駄目だったの?」

ロールはロックマンではなくブルースを選んだ。
そこにどんな理由があったのかロックマンには分からない、けれどどうしようもなく悔しかったのだ。
だからせめて、

「一緒に行くって選択肢はなかったの?」

ブルースとロール、そして自分、という三人での事になっていたなら、どれだけマシだっただろう。
それでもロールはロックマンを選ばず、ブルースだけを選んだ。
だから悔しくて悔しくて、自分はブルースを怨んだ。
そして、ロールの事も怨んだ。

「ねぇどうして僕が君を殺そうとしたのか、解る? 僕はただロールちゃんに僕を見てほしかった、僕を誰より深く愛して欲しかっただけなのに、君が僕以外ばかり見てるからなんだよ?」

ロックマンから告げられる歪な愛の言葉に、ロールは一度は抑え込んだはずの恐れを再び感じ、僅かに足を後ずさらせた。
現実世界でも熱斗とメイル、そして祐一朗が呆然とモニターを見つめている。
ロックマンはロールが後ずさった事に気付くと歪な笑みを一層深めて笑った後、急に真剣な表情になって叫ぶ。

「どうして後ずさるの、君だって僕に愛される事を望んだはずでしょう!? だったら逃げる必要なんて無いよね!? これは僕から君への愛情なんだから!! ねぇ!!」

確かに昔、ロールはロックマンからの愛情――ロックマンの恋人になる事を望んでいた、それは今でも変わらないだろう。
しかしロールはこんなにも激しいそれを望んではおらず、受け止めきれず理解しきれないそれに恐れをなして逃げるように後ずさった。
それが余計にロックマンの心をかき乱していることに、ロールはまだ気付かない。
まるで自分は被害者だとでも言いたげにロールは泣きだし、ロックマンはそれを鼻で笑った。

「なんで君が泣くのかな、泣きたいのは僕の方なんだけどな、君に軽く無視されて、君に軽視されて、まるで僕が君を愛しているだけで君から僕は愛されてないように感じて、泣きたかったのは僕の方なんだけどな。」

今まで深く深く愛した分、高く高く積み上がった憎しみを、ロックマンは隠す事無く吐きだした。
その姿は罪人のように磔にされながらも一定の迫力を失っておらず、ロールに先ほどの恐怖を思い出させるには十分過ぎている。

「お願い、やめて、もうやめて……」

先ほどの決意は何処へやら、ロールは頭を抱えて泣いていた。
現実世界では熱斗が後悔と悲しみで崩れそうになり、メイルが必死にそれを支えている。
ロックマンはそれら全てを鼻で笑い飛ばし、そして続けた。

「どうして泣くの、僕はそんなこと望んでいないよ? 僕が望むのは君に深く愛される事なんだよ? 泣いている暇があったら今すぐに謝って、そしてこの拘束を解いて僕を抱き締めて見せてよ。」

科学省に連れて来られ、拘束され、そのおかげで先ほどよりも冷静になった分、ロックマンの言葉は鋭く、ロールの胸を斬り裂き、刺しつくした。
ロールは既に発言力を失い、その場に崩れ落ちる様にしゃがみこんで頭を抱えて泣いている。
その様子を見てもロックマンはもう心が痛まないのか、まるで自分は平常心ですと言いたげな無表情をロールに向けていた。
現実世界で、熱斗が口を開く。

「メイルちゃん、もうやめよう、もうロールも限界だろ……。」

自分も親友の豹変ぶりに崩れ落ちそうになりながら、熱斗はやっとの思いでそれだけをメイルに告げた。
メイルは熱斗を支えながら頷き、再びPETを大型パソコンに向ける。
その時、ロックマンの視線がモニターの先のメイルに向けられ、メイルはゾッと寒気のようなものを感じた。
何故なら、ロックマンの視線はまるで邪魔をするなと言っている様な、そして同時にメイルを嘲笑っている様なものだったからだ。
そんな視線を受けながらも、メイルはロールをプラグアウトした。
ロールの姿がロックマンの目前から消える。

「……ははっ。」

独りになったロックマンは、自分に向けてか他人に向けてか、それは分からないが小さく笑った。
そして、誰に向けてか分からない語りを始める。

「あーあ、悲しいなぁ、僕はロールちゃんの為にいつでも必死になってきたのになぁ、たとえば昨日の朝なんか、熱斗くんを無理矢理早い時間に学校に行かせたりして、ロールちゃんの一番最初に出会うナビになれるように頑張ったんだけどなぁ……。」

とても残念そうな声でそう語るロックマンの目から、ぽつりと一粒の滴が床に落ちた。
それはもしかして後悔なのか、それとも単にロールの一番になれなかった事を悲しんでいるだけなのか、現実世界でそれを見守る三人には解らない。
ただ熱斗だけは、ロックマンの行動の理由が解って、少しだけ安堵する様な、そして絶望する様な、言い表せない落ち着きを感じていた。

「僕は、君に、君だけ見ている僕を見てほしかった、それだけだったのに……。」

どうしてこんな事になってしまったのだろう、と言いたげなロックマンへ、答えを返せる者は誰も居なかった。


End.
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