君だけ見てる、僕を見て。

どうしてあの時ロールの隣に居たのはブルースだったのか、どうしてブルースとの密会の為に自分の誘いを断ったのか、もしそこに深い意味が無いならブルースとロールと更に自分という三人構成では駄目だったのか、様々な疑問という名の悔しさがロックマンの中を駆け抜ける。
もしかして、ロールは自分を裏切ったのか、そんな考えさえ浮かんできて、頭をグラグラと揺らし、鼻の奥をツンと痛ませた。
身体の奥底から溶岩が湧きあがるようなドロドロとして激しい衝動を感じながら、ロックマンはそれをそのままロールへと刺すように叩きつける。

「ねぇ、どうして今君はブルースと一緒に居たの? 昨日僕からの誘いを断ったのはブルースの為? なんでブルースが君の隣に居るの? 僕はブルースのせいで君と離れなきゃいけなかったの? ねぇ、教えてよ、君にとってブルースって何? ただの友達なら、僕も含めて三人で来ちゃいけなかったの? ねぇ、どうして? ねぇ、これって、浮気って事でいいのかな? 君の気持ちは僕から離れてたって事でいいのかな? ねぇ、なんで黙ってるの。黙ってる暇があったら今すぐ地面に頭をつけて謝って見せてよ、ねぇ、僕に、僕に謝ってよ、裏切ってごめんなさいって、独りにしてごめんなさいって、謝ってよ、ねぇ、謝ってよ! 僕に! 謝って見せてよ!! ねぇ!!」

まるでロールの反論を許さないかのように矢継ぎ早に言葉を紡いだその声は僅かに引き攣っていて、ロックマンの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
悔しくて、苦しくて、悲しくて、憎らしくて、なのに愛しくて、人間でいう心臓が軋む、頭の中がグラグラと揺れる、それでもロックマンはロールに自分の中の想いの全てをぶちまける事をやめはしない。

「謝ってよ、ごめんなさいって言ってよ!! 僕がどんな気持ちで君に断られて、どんな気持ちでブルースと君の姿を見たのか知ってるの!? ねぇ、謝ってよおおおおおおおおお!!」

ロールを愛しく思う心と、それと並行して湧きあがる憎悪が、頭の中で溶けあって混ざり合って言葉では言い表せない苦しみを呼び込む。
愛があれば上手く行くだの、愛は全てを救うだの許すだの、そんなものは嘘なのだろうとこの時ロックマンは強く思った。
嗚呼、こんなにも愛しているのに、愛しているからこそ裏切られた気がして、愛しているからこそ独りにされた気がして、愛しているからこそ、

「……ははっ、あははは……」

殺したい程、憎い。
ロックマンは小さく笑うと、まだ腰を抜かしたまま地に手を着いて怯えるロールへ、ゆっくりとロックバスターの銃口を向けた。
どれだけ叫んでも、嘆いても、泣いても謝罪は無く、ロールはこの自分、ロックマンへの裏切りを罪だとは思っていない。
それならせめて、自分の手で私刑を言い渡そう、これ以上罪を重ねないでいいように。
ロックマンはロールに向けたバスターの奥底で、ゆっくりとエネルギーのチャージを始めた。
その時ロックマンの頬を一粒の涙が伝い落ちたが、ロールはその意味を読みきる事はなく、ただ自分が撃たれる恐怖に怯え、言葉も無く身を固くするだけであった。

「大丈夫、すぐに、終わるから。」

どれだけ愛しても届かないのなら、いっそこの手で終わらせてしまおう、そんな結論に至っていたロックマンは、両目に涙を溜めながらも口の端を釣り上げて歪に笑って見せる。
まるで気違ってしまったかのようなその笑みに、ロールは目を見開いて怯え、嫌、やめて、お願い、と小さく繰り返す。
そんなロールを見るロックマンは、歪な笑みをたたえたまま、冷静な声で言う。

「やめてほしければ、言って。ごめんなさいって、私が悪かったですって、言って。」

だがロールは自分が悪いとは思っていないのか、もしくはロックマンの言葉を上手く認識できていないのか、謝ろうとはしない。
それがロックマンの心を余計に刺激して、バスターのエネルギーのチャージの速度が少しずつ早くなる。
嗚呼この期に及んでもロールは自分が悪いとは思わないし、自分の足に縋って殺さないでと叫ぶことすらしない、それがロックマンには許せなかった。
せめてロールがその場しのぎでも謝ってくれたなら、貴方と生きたいから殺さないでと言ってくれたなら、ロックマンはすぐにバスターのチャージを中断し、その手を下ろしただろうというのに。

「……さよなら、ロールちゃん。」

やがてチャージは完了し、ロックマンは改めてバスターの照準をロールに合わせながらそう言った。
ロールの目が恐怖と悲しみに見開かれる。
銃口にショッキングピンクの光が見える。
そして、十分に充填されたエネルギーがロールに向かって解放される、と思われたその時、

「プラグアウトッ!!」

一度は窓が消え途切れた熱斗の声が、再びインターネットシティに響いた。
そしてバスターから銃弾が飛び出すよりも早く、ロックマンの姿がその場から消える。
辺りはしんと静まり返り、ロールは見開いた眼から徐々に力を抜き、野次馬達も一人、また一人とその場を離れ、人の流れが再開し始めた。
ロックマンの居た場所の後ろで倒れていたブルースも少しずつ立ちあがろうとして動き出す、そのブルースとロールの間に再び現実と電脳を繋ぐ窓が現れた。
窓の中にはやはり、熱斗が自分の部屋を背景にして映っている。

「ロール! 大丈夫か!?」

熱斗の声でハッとして、ロールは窓を見る。
ロールを呼ぶ熱斗の表情はやや必死ながらもロックマンのような異常性は無く、ロールは恐怖では無く安堵からわっと泣き出した。
熱斗はそれを神妙な様子でしばらく見つめた後に、何も言わずに窓を閉じた。
窓のあった場所の背後では、ブルースがなんとか立ちあがって、ロールへと歩みを進めようとしている。
野次馬は居なくなっていた。
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