君だけ見てる、僕を見て。
そんなこんなで数時間が経ち、大盛況のヒグレヤも少しは落ち着いてきて、夕方には普段の静けさを取り戻し始めていた。
レジも最初に見たような行列はなく、注文を決めた客が一人、二人程度ぽつぽつとやってくる程度になっている。
そうなるとやはり客も普段はいないロールよりも、普段からいてこの店の電脳店長とも言えるナンバーマンの方に信頼が行くのか、ロールは徐々にレジ打ちの仕事が無くなっていった。
たまに来る客は高確率でナンバーマンの元へ行き、稀にロールの方にくることもあるが、それは大抵ナンバーマンも他の客に対してレジ打ちをしていて手が空いていないという状況の時だけだ。
営業スマイルも大分疲れてきたことだ、昼は大盛況だったのだし、静かになるのも悪くない、そんな事を考えるロールの背後に、一人のナビが歩み寄っていく。
誰かの気配を感じてロールが振り向くと、そこには見なれた青いボディの少年型ナビ、つまりはロックマンがいた。
ロックマンは何か困ったような、戸惑うような、もしくは躊躇っているような、少し落ち着けない様子でロールを見つめている。
「ロックマン? どうかしたの?」
ロールが微笑んで問いかけると、ロックマンは少し緊張した面持ちでゆっくりと口を開いた。
「あの……よかったら明日、何処か一緒に出かけない?」
先ほどアクアマンの言葉から得たヒントを元に、ロックマンはロールを外出、つまりはデートに誘いに来ていたのだ。
ロックマンがロールから見て何か困ったような様子に見えたのは、ロックマンがその恋人同士なら一般的とも言える約束を取り付ける事に少し緊張していたからである。
元々昔は、デリカシーが無い、だの、朴念仁、だの、鈍感、だのと言われてきたロックマンである為か、やはりロールから誘われるのは慣れても自分から誘うのはなかなか慣れず、未だ僅かな恥ずかしさがまとわりつくものらしい。
初めての恋に戸惑う初々しい少女のように緊張して、その内側では胸を高鳴らせ、ロックマンはロールの返答を待つ。
「あ、ごめんなさい、明日はちょっと用事があって……此処にも来られないの。」
ロールの返事はロックマンの期待には全くそぐわないものだった。
両手を顔の前で軽くパチンと合わせて謝るロールを見て、胸の高鳴りが一気に消える、期待が落胆に変わっていく。
「そっか……それじゃあ仕方ないね。」
ロックマンは今度は明らかに残念だと言いたげに落胆した様子でそう言うと、小さく溜息をついて顔を浅く伏せた。
折角、この手ならロールに自分の事をしっかり見てもらえて、自分もロールだけを見ていられると思ったのに、酷く残念だと、ロックマンの中で何かが温度を失う。
先ほどまでの澄み渡るような気持ちは何処へやら、ほんの薄っすらではあったものの、ロックマンの顔にはあの陰りが復活し始めていた。
それを見てロールは少しだけ胸を痛め、ロックマンも同じように胸を痛めているだろうと思い、軽いフォローを入れる。
「そう、ごめんなさい。また今度、違う時に何処か行きましょう? その時は、また誘ってちょうだいね!」
そう言って笑顔を見せると、ロックマンも残念そうながらもロールへ薄っすらと微笑んでくれた。
「ああ、うん……そうだね、また誘うよ。」
それを見てロールは、ロックマンが元気を取り戻してくれた、きっとこれで二人とも胸は痛くない、と安堵する。
しかし実際はそんな事はなかった。
また誘うよ、といったロックマンは、“また”って何時だろう、とぼんやり考えていたのだ。
人間の間でも良よくある事だが、期限を決めた事がらはその期限に合わせて実現できるが、いつかやろう、いつか行こう、いつかしよう、等といった不確定な言い方は高確率で実現できないものである。
だからロックマンは、いつかによく似たまたという表現に一抹の不安を覚えずにはいられなかったのだ。
そう、ロールの感じた胸の痛みと、ロックマンの感じた胸の痛みは、その深さが、質が、あまりにも違いすぎた。
一過性の痛みを感じただけのロールのその曖昧な言葉が、慢性的な痛みを抱えるロックマンの重い心を簡単に癒せる訳など、無い。
人でいう胃の中に鉛の重りを入れられたような鈍い気分の悪さを感じながら、ロックマンは無理矢理笑っていた。
そこへ突如、現実世界からの音が、耳に直接入ってくる。
「ロックマン、今日はもう上がっていいってさ!」
声の主は熱斗で、どうやらヒグレヤの手伝いは今日は此処で終わりらしい。
一仕事やり切ったと言いたげな熱斗の声は、弾んでこそいないものの、それなりの爽快感と達成感を含んでおり、ロックマンはその明るさに僅かに眉をひそめる。
それの理由が何だったのかは、ロックマン自身にもよく分からなかったが、少なくとも良い感情で無い事だけは確かである。
薄っすらと湧きあがったのは、いつも元気で明るく、こんな重い想いなど抱える事のない熱斗への嫉みか、それにロックマンが気付き始めた時、ロールの頭上に現実世界を映す窓が開いた。
「あ、メイルちゃん! そっちは終わったの?」
「えぇ、熱斗がもうロックマンに言ったと思うけど、今日はもう終わっていいそうよ。」
熱斗と違ってわざわざ窓を開いてロールに知らせてきたメイル、その姿を見てロックマンはロールの用事の理由を無理矢理納得しようとする。
ああきっと、今日はメイルが暇だったから来れただけで、明日はメイルは忙しいのだろう、だからロールはそれに付き添って忙しくなるのだろう。
そう思ったが、そう考えると今度はメイルが妬ましくなってきて、ロックマンはそんな自分に少しだけ嫌気を感じた。
ナビがオペレーターに付き添うのは当たり前のことだというのに、それが何だか邪魔な制約だなどと、自分は一体何を考えているのだろう?
そんな事を想うロックマンは、自分が既にその制約を半分破棄しかかっている事に自覚は無い。
もしも熱斗がこの時のロックマンの思いを知っていれば、熱斗はロックマンが最近朝から不機嫌になりやすい理由に酷く納得した事であろう。
ともかく、今日のヒグレヤでの手伝いは終わった。
メイルから終了を知らされたロールはロックマンに向き直る。
「じゃあ、一緒にプラグアウトしましょ!」
一緒に、の一言に、ロールは対して重い意味など持たせたはいなかった。
しかしロックマンはその一言だけで様々な思考を巡らせる事が出来てしまうのだ。
嗚呼もしもその一緒にが一瞬の事でなかったなら、これからも続くものであったなら、そう想うロックマンの表情の陰りが僅かに増す。
大切で、大好きで、最愛の人物と共に居るというのに心を吹き抜ける冷たく乾いた風に、ロックマンは複雑な寂しさという寒さを感じていた。
それでも、
「……うん、そうしようか。」
表面上はなんとか薄っすら笑って見せて、ロックマンはロールに心配をかけないように努めた。
その笑みの裏の酷い陰りに気付かないまま、ロールはロールが思う形で同じように微笑んで見せた。
そして、現実世界でメイルの声がする。
「プラグアウト。」
それと同時にロールの身体はその場から消え、PETへと戻っていく。
それを知らせる文字を見届けた瞬間、ロックマンの表情が本格的に暗くなった事は誰も知らない。
続いて、同じく現実世界で熱斗の声がする。
「プラグアウト。」
ロックマンの姿もその場から消え、PETへと戻っていった。
レジも最初に見たような行列はなく、注文を決めた客が一人、二人程度ぽつぽつとやってくる程度になっている。
そうなるとやはり客も普段はいないロールよりも、普段からいてこの店の電脳店長とも言えるナンバーマンの方に信頼が行くのか、ロールは徐々にレジ打ちの仕事が無くなっていった。
たまに来る客は高確率でナンバーマンの元へ行き、稀にロールの方にくることもあるが、それは大抵ナンバーマンも他の客に対してレジ打ちをしていて手が空いていないという状況の時だけだ。
営業スマイルも大分疲れてきたことだ、昼は大盛況だったのだし、静かになるのも悪くない、そんな事を考えるロールの背後に、一人のナビが歩み寄っていく。
誰かの気配を感じてロールが振り向くと、そこには見なれた青いボディの少年型ナビ、つまりはロックマンがいた。
ロックマンは何か困ったような、戸惑うような、もしくは躊躇っているような、少し落ち着けない様子でロールを見つめている。
「ロックマン? どうかしたの?」
ロールが微笑んで問いかけると、ロックマンは少し緊張した面持ちでゆっくりと口を開いた。
「あの……よかったら明日、何処か一緒に出かけない?」
先ほどアクアマンの言葉から得たヒントを元に、ロックマンはロールを外出、つまりはデートに誘いに来ていたのだ。
ロックマンがロールから見て何か困ったような様子に見えたのは、ロックマンがその恋人同士なら一般的とも言える約束を取り付ける事に少し緊張していたからである。
元々昔は、デリカシーが無い、だの、朴念仁、だの、鈍感、だのと言われてきたロックマンである為か、やはりロールから誘われるのは慣れても自分から誘うのはなかなか慣れず、未だ僅かな恥ずかしさがまとわりつくものらしい。
初めての恋に戸惑う初々しい少女のように緊張して、その内側では胸を高鳴らせ、ロックマンはロールの返答を待つ。
「あ、ごめんなさい、明日はちょっと用事があって……此処にも来られないの。」
ロールの返事はロックマンの期待には全くそぐわないものだった。
両手を顔の前で軽くパチンと合わせて謝るロールを見て、胸の高鳴りが一気に消える、期待が落胆に変わっていく。
「そっか……それじゃあ仕方ないね。」
ロックマンは今度は明らかに残念だと言いたげに落胆した様子でそう言うと、小さく溜息をついて顔を浅く伏せた。
折角、この手ならロールに自分の事をしっかり見てもらえて、自分もロールだけを見ていられると思ったのに、酷く残念だと、ロックマンの中で何かが温度を失う。
先ほどまでの澄み渡るような気持ちは何処へやら、ほんの薄っすらではあったものの、ロックマンの顔にはあの陰りが復活し始めていた。
それを見てロールは少しだけ胸を痛め、ロックマンも同じように胸を痛めているだろうと思い、軽いフォローを入れる。
「そう、ごめんなさい。また今度、違う時に何処か行きましょう? その時は、また誘ってちょうだいね!」
そう言って笑顔を見せると、ロックマンも残念そうながらもロールへ薄っすらと微笑んでくれた。
「ああ、うん……そうだね、また誘うよ。」
それを見てロールは、ロックマンが元気を取り戻してくれた、きっとこれで二人とも胸は痛くない、と安堵する。
しかし実際はそんな事はなかった。
また誘うよ、といったロックマンは、“また”って何時だろう、とぼんやり考えていたのだ。
人間の間でも良よくある事だが、期限を決めた事がらはその期限に合わせて実現できるが、いつかやろう、いつか行こう、いつかしよう、等といった不確定な言い方は高確率で実現できないものである。
だからロックマンは、いつかによく似たまたという表現に一抹の不安を覚えずにはいられなかったのだ。
そう、ロールの感じた胸の痛みと、ロックマンの感じた胸の痛みは、その深さが、質が、あまりにも違いすぎた。
一過性の痛みを感じただけのロールのその曖昧な言葉が、慢性的な痛みを抱えるロックマンの重い心を簡単に癒せる訳など、無い。
人でいう胃の中に鉛の重りを入れられたような鈍い気分の悪さを感じながら、ロックマンは無理矢理笑っていた。
そこへ突如、現実世界からの音が、耳に直接入ってくる。
「ロックマン、今日はもう上がっていいってさ!」
声の主は熱斗で、どうやらヒグレヤの手伝いは今日は此処で終わりらしい。
一仕事やり切ったと言いたげな熱斗の声は、弾んでこそいないものの、それなりの爽快感と達成感を含んでおり、ロックマンはその明るさに僅かに眉をひそめる。
それの理由が何だったのかは、ロックマン自身にもよく分からなかったが、少なくとも良い感情で無い事だけは確かである。
薄っすらと湧きあがったのは、いつも元気で明るく、こんな重い想いなど抱える事のない熱斗への嫉みか、それにロックマンが気付き始めた時、ロールの頭上に現実世界を映す窓が開いた。
「あ、メイルちゃん! そっちは終わったの?」
「えぇ、熱斗がもうロックマンに言ったと思うけど、今日はもう終わっていいそうよ。」
熱斗と違ってわざわざ窓を開いてロールに知らせてきたメイル、その姿を見てロックマンはロールの用事の理由を無理矢理納得しようとする。
ああきっと、今日はメイルが暇だったから来れただけで、明日はメイルは忙しいのだろう、だからロールはそれに付き添って忙しくなるのだろう。
そう思ったが、そう考えると今度はメイルが妬ましくなってきて、ロックマンはそんな自分に少しだけ嫌気を感じた。
ナビがオペレーターに付き添うのは当たり前のことだというのに、それが何だか邪魔な制約だなどと、自分は一体何を考えているのだろう?
そんな事を想うロックマンは、自分が既にその制約を半分破棄しかかっている事に自覚は無い。
もしも熱斗がこの時のロックマンの思いを知っていれば、熱斗はロックマンが最近朝から不機嫌になりやすい理由に酷く納得した事であろう。
ともかく、今日のヒグレヤでの手伝いは終わった。
メイルから終了を知らされたロールはロックマンに向き直る。
「じゃあ、一緒にプラグアウトしましょ!」
一緒に、の一言に、ロールは対して重い意味など持たせたはいなかった。
しかしロックマンはその一言だけで様々な思考を巡らせる事が出来てしまうのだ。
嗚呼もしもその一緒にが一瞬の事でなかったなら、これからも続くものであったなら、そう想うロックマンの表情の陰りが僅かに増す。
大切で、大好きで、最愛の人物と共に居るというのに心を吹き抜ける冷たく乾いた風に、ロックマンは複雑な寂しさという寒さを感じていた。
それでも、
「……うん、そうしようか。」
表面上はなんとか薄っすら笑って見せて、ロックマンはロールに心配をかけないように努めた。
その笑みの裏の酷い陰りに気付かないまま、ロールはロールが思う形で同じように微笑んで見せた。
そして、現実世界でメイルの声がする。
「プラグアウト。」
それと同時にロールの身体はその場から消え、PETへと戻っていく。
それを知らせる文字を見届けた瞬間、ロックマンの表情が本格的に暗くなった事は誰も知らない。
続いて、同じく現実世界で熱斗の声がする。
「プラグアウト。」
ロックマンの姿もその場から消え、PETへと戻っていった。