君だけ見てる、僕を見て。

奥の部屋、所謂倉庫の中で、ロックマンは大きな溜息を吐いていた。
理由は色々ある、あり過ぎるほどにある。
まず、ロールに馴れ馴れしかったあのクソ男性客が憎い、次に、それと楽しげに話していたロールが許せない、更に、ただの接客であるであろうそれらに酷く苛立っている自分が情けない、の三つが主である。
それらが重なって肩に感じる重み、すなわち倦怠感はロックマンの思考と動作を鈍らせ、気が付けばロックマンはアクアマンに比べてあまり役に立たないという情けない状況に陥っていた。
まるで、朝の教室の電脳の再現である。
アクアマンが取れない位置にあるチップデータを取るだけ取って、搬送はアクアマンに任せる、というあまり役に立たないやり方を、ロックマンはただ漠然と繰り返していた。

と、そこへ注文のメモを持った訳ではないアクアマンがやってきた。
どうやら今回はアクアマンでも取れる場所に少しだけの注文が来たらしい。
テキパキとチップデータを探し、取り出してはカウンターに戻っていくアクアマンを見て、ロックマンは今の自分の役立たず具合が情けなくなり、また大きな溜息を吐いた。
既に陰った表情に、更なる陰りが差す。

そこへまたアクアマンが今度は注文のメモを持ってやってきた。
どうやらアクアマンだけでは取れない位置に在庫があるらしく、ロックマンの方へと向かってくる。

「ロックマ~ン。」
「あぁ、うん……今度は何処?」

ロックマンに手助けを求めるアクアマンの声、それに対してロックマンはどこかやる気が無く覇気も無い、疲れてぼんやりとした声で答え、問いかけた。
その疲れ切った様子は普段あまり見られないものだったせいか、アクアマンが何か不思議な物を見るような目でロックマンを見てくる。
それに対して表情の陰ったままのロックマンは、そんな目で見ないでほしい、自分は今見られていい顔をしていない、だからそんな、おかしな物を見るような目で見ないでくれ、と思い、そっと顔をそむけた。
それでもアクアマンは不思議な物を見るような目でロックマンを見つめ、そして、

「ロックマン、どうかしたっぴゅ?」

ついに、と言うべきか、当たり前、と言うべきか、それは分からないが、アクアマンはロックマンにそう問いかけてきた。
ロックマンはしばらく返答に迷い無言で視線を背けていたが、やがてその陰りのあり疲労した表情をアクアマンに向け、問う。

「……ねぇ、アクアマンはさ、もしもアイスマンがバブルマンと、もしくはバブルマンでも僕等でもなくて君が知らない誰かとばかり遊んでいたら、どうする? そしてその遊びの輪の中に君は入れなかったら、その時君は、どうする?」

それはそのまま、今日のロックマンとロールに当てはまる話だった。
その例え話のアイスマンの立場はロールに、バブルマンはガッツマンに、知らない誰かは先ほどの男性客に、そしてアクアマンの立場はロックマンに当てはまるのだ。
次元が違うことぐらい分かっている、自分とロールは恋人同士だがアクアマンとアイスマンはただの友人である事ぐらい分かっている、そもそもアクアマンという小さな子供型ナビにこんな事の答えを望むこと自体が間違っている事も解っている。
それでもロックマンは藁にも縋る思いでその問いを絞り出し、アクアマンの答えを待った。
アクアマンはしばしの間その問いの意味が理解できなかったのか、ぴゅるる? と言いながらやはり不思議な物を見るような顔をしていたが、やがて口を開いた。

「アイスマンはボクを置いてけぼりにはしないっぴゅ! でも、もし、なにかがあってボクがいちゃいけなかったら、その時は……」
「その時は?」

アクアマンはしばしの沈黙を挟んでからこう切り出した。

「別の時に沢山遊んでもらうっぴゅ!」

その返答に、ロックマンは自分の周囲の重い霧が一気に消えて晴れた気がした。
アクアマンのそれは多分、ロックマン程重く深い意味での考えではなかっただろう。
しかし、だからこそアクアマンの答えはロックマンにとって新鮮で、新たな可能性や選択肢を作るに値するものだったのだ。
そうか、わざわざ学校やヒグレヤでまで一緒に居ようとするから逆にこじれてしまったのか、そう思ったロックマンの中に、一つの考えが浮かぶ。
それはアクアマンが言った通り、別の時に相手にしてもらう、というものであった。
そうだ、後で別の日に二人で出かける約束をしよう、最初から二人の約束ならば、そこに邪魔など入らないはずだ、そう考えた途端、ロックマンの表情からは陰りが消え、希望の光さえ差し込んだような、澄んだ思考が走り出す。

「うん……うん、そうだね、ありがとう、アクアマン!」

ロックマンは思わずアクアマンの両手を握り、少し乱暴に、しかし楽しく遊ぶ父親のようにアクアマンを持ちあげた。
驚いたアクアマンが悲鳴にも似た声を漏らす。

「わわわっ!? ロックマン!? どうしたっぴゅ!?」
「え、あ、ゴメン!」

アクアマンが本気で驚いている様子を見て、ロックマンは少し焦りながらアクアマンを床に下ろした。
アクアマンは相変わらず、しかし今度は先ほどとは多少別の意味で、不思議な物を見るような視線をロックマンに向ける。
だが、ロックマンはもうその視線を嫌だとは感じず、顔を背けることも無く笑って見せた。
ロックマンが笑顔になった事でアクアマンは安心したのか、ふと思い出したように注文メモを渡してくる。

「これ、お願いっぴゅ。」
「よしっ、じゃあ僕が取ってくるよ。」

ロックマンは先ほどとは打って変わって頼もしい調子でそう言い、メモされたチップデータの場所まで跳躍した。
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