七夕の願い事

「お願い、叶ったよな。」

幸せのままに微笑んで告げた。
一瞬、メイルが驚いたような、もしくは怪訝そうな顔をした気がするが、熱斗はそれを、きっとこの事を久しぶりに思い出したからか、七夕で本当に願いが叶うとは思っていなかったから驚いたのだろうと思う。
その暗く纏わり付くような重たい笑顔にメイルが一人で追い詰められていることや、メイルの願いも”熱斗と、ずっと一緒にいられますように”ではあるが、”こんな形で一緒にいたかったわけじゃないのに”と思っている事は知らぬまま、お互いがこの状況を望んでいるのだと錯覚して。
都合の良い夢のような錯覚の中で濁った感覚、それをお互いにとって全てだと信じ、熱斗は言葉を続ける。

「ねぇ、今年は何て書こうか? 俺はさ、”これからも”メイルちゃんと、ずーっと一緒にいられますように、って書くんだ。」

ハッキリ言って、熱斗が求めている答えは一つしか無い。
去年のあの短冊のように、お互いがお互いの事を願う、自分がメイルの傍にいることを願い、メイルは自分の傍にいることを願うことしか無い。
家族も友達も先生もライバルも戦友も社会的立場も全て捨てて良い、そんな自分の行動を、熱斗は無意識のうちにメイルにも強要する。
熱斗の目は最初のように期待を込めた視線をメイルに向けていて、そこからは逃げられないのだと感じたメイルは全てを諦めたように僅かに微笑んだ。

「私も、”これからも”熱斗とずっと一緒にいられますようにって、書くわ……。」

これからもずっと一緒、その言葉が嬉しくて、愛しくて、微笑む程度ではもう落ち着けなくなった熱斗は一層嬉しそうな笑顔になり、ソファーの背もたれから身体を離してメイルに正面から抱きついた。
メイルの膝に跨るように座りなおして両腕はその肩を掴み、体温を、存在を、確かめるように肩に顔をうずめる。
もう、メイルはそれを拒否も警戒もしない。

「嬉しい……! メイルちゃん大好き、愛してる……!!」
「うん……私も、熱斗のこと、愛してる……。」

柔らかな温もりに自分はメイルに触れているのだと実感して、それに狂喜しながら囁けば囁く程返ってくる普通なら恥ずかしい程にあからさまな愛の言葉、その最中背中に感じた重みと暖かさはメイルの腕だった。
熱斗は気付いていないが、メイルはこれが間違った形だという認識を捨ててはいない。
しかしそれを正そうという気力はとうの昔に消え失せ、もはやメイルにできる事は歪んだ好意すらなすがままに受け入れることだけ。
それがこの部屋のように暗く抜け出せない深みへ自分と熱斗の身を堕とす事だと知りながらも、正すことも拒絶する事も出来ないメイルは、自分にしがみつくように抱きつく熱斗の背中に自分の腕をまわした。
それは熱斗にとってメイルに愛されているという喜びと安心感になり、その安心感はメイルを更にきつく縛る鎖となる。

「これからもずっと一緒、絶対、離れないんだからな。」
「勿論よ……絶対、離さないでね……。」

肩にうずめていた顔をそっと上げて見詰め合った後、熱斗はメイルの唇にゆっくりと優しく触れる口付けを落した。
口内を荒らすような荒々しいものではなく、優しく触れるだけのそれは何故か濃厚で、どうしようもなく重く暗い、自由を奪う手錠と足枷の様だったが、そう思うのはやはりメイルだけで、熱斗からすればこれは自由を奪うためではなくただメイルが愛しくて、それを解ってもらいたいだけで――。
そっと唇を離して、熱斗が言う。

「今年のお願いも、叶えような。」
「えぇ……そうね……。」

いつの間にかカーテンの隙間から差し込む光は弱くなり、部屋の暗さが増していた。
きっと夜が近づいているのだろう、久しぶりに日付のある一日が終わりに近付いている。
それを見て、熱斗は言う。

「来年の今日、また、ロックマンに教えてもらわないとな。」

それまではまた二人、永遠の中で過ごそう。
笑顔を向けると、メイルも小さく微笑んでくれた。


End.
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